missing 最終話
強行軍でサンティアカに到着した一行は、街で一番大きく先進的な設備を整えている病院へを運んだ。
以前ネープル帝国にいたという最先端技術を知る医師の見立ては、脳(正確に言うとに右耳上部の外耳と中耳の境界付近の骨の中)にあるマイクロチップによる
(そこから放たれた電磁波が原因というレディネスの話が本当であれば)影響が脳を麻痺させた状態、らしい。
レントゲンで見る限りは血流量が下がっているけれども脳に損傷があるようには見えないということなので、
組織が破壊されているわけではないので、時間が経てば意識が戻るかもしれないし、
レントゲンでは分からない部分が損傷している可能性もあるのでこのまま死亡する可能性もある、ということだ。
意識が戻ったとしても、以前のように活動できるかどうかも分からないし、記憶や知能に影響があるかもしれない、ということで
医師の「かもしれない」という言葉に皆は絶望して怒りを覚えた。
結局、医師に診せたとて何も分からないのだ。
とはいえ、今のは呼吸数や心拍数も極端に下がっていて延命器に繋がれている状況である。
そんな状況で頭蓋骨を削ってマイクロチップを摘出する為の外科手術をするわけにもいかず、の体が回復してからすることになった。
その間にレディネスはエウリードの施設に戻り、実験室の設備や動力源などを確認した後、
ギルド長を通しての入院している病院に特別室を用意させて、エウリードの実験室の設備を運び入れて再現した。
その準備が整った頃、幸いにもの容態が安定した。
彼女の担当医が手術を担当することになり、レディネスが立ち会った。
折角状態が回復したに再び麻酔をして意識レベルを下げることに躊躇する気持ちはあったが、
カイトやアステム、リットンから大丈夫だと声をかけられたことを思い出し、レディネスは手術内容を全て手持ちのカメラ型記録媒体に記録することに努める。
の皮膚にメスが入れられ、小さなドリルが頭蓋骨に穴を開けていく。
予定されていた部分まで到達したら医師はピンセットに持ち替えて穴の中に入れて組織を取り出した。
ボーンワックスのようだ。ボーンワックスは骨の止血用に使われるセメントのような創傷被覆材である。
本来は骨の結合や血流を阻害するので術後は除去するべきであるのだが、傭兵を実験台に使っていたエウリードが気にするわけがない。
医師はマスクの下で溜息を吐いた。ボーンワックスを除去するのには手間がかかるのだ。
しかしながら魔王軍のトップであるレディネスが見ているので、丁寧に扱わざるを得なかった。
手術時間は予定よりも延びたが、できるだけ丁寧に医師はワックスを除去していき、漸くライトの光がマイクロチップへと到達した。
そっと摘出されたマイクロチップは、その名の通り金属製オイルライターに使われる部品のネジ程度の大きさであった。
指定された強さの電磁波を出すだけの装置ではあるが、ここまで小型化したエウリードの頭脳と器用さに一端憎しみを忘れて感動すらする。
そんなエウリードは帝国軍の本拠地で拘留されており、先日裁判が開かれた。
第2回目の公判にレディネスたちは証人として出廷し、今回の事件に巻き込まれた当事者として証言したし、
魔王軍として証拠を集めていたレディネスはそれら全てを提出した。
まだ判決は出ていないけれど、3つの組織を戦争へ向かわせようとした大規模なテロを計画していたことは大罪であり、無期懲役は免れないだろうという噂だ。
けれども旧帝国軍の非公式の兵器開発という任務に強制的に就かされて爆破事故に遭ったという悲劇性と、
生き残った際に傍にあった魔硝石によって中毒に冒されたことによる思考の汚染という偶発性が、
同じく旧帝国軍で働かされていた兵士たちの同情を引いた。
旧帝国軍の行いを正し不当な行為を受けた者に対する救済を打ち出している現在の新政府はその点で彼の死刑を回避するだろうという予測だ。
後にこの事件はエウリード事変として歴史に残ることとなる。
優秀な研究者であり技術者でもあった男が、犯罪者として名を残すことになったことは非常に残念だ。
もっと早く出会えていたら尊敬できる話の合う無二の親友になれたかもしれない、とレディネスは後に出版した回顧録に記述している。
「――手術、終了」
「お疲れ様でした」
穴を開けた部分にはアルギン酸塩被覆材が使われた。
海草から抽出されたアルギン酸塩を繊維状にしたもので、これはボーンワックスと違い体に吸収されるものなので摘出手術もいらないそうだ。
切開した皮膚を丁寧に縫い合わせる。
エウリードの施術ではボーンワックスは使っていたが、皮膚の接合跡などは目立たなかった。
これは、彼が銃型の埋め込み器を開発して使っていたからだ。
こめかみ部分に銃口を合わせてマイクロチップを打ち込み、その後ボーンワックスを注入しながら引き抜くことで
最小限の傷口で済んだために縫合痕などがなかったのだ。
それらの機器を見つけて医師に見せると非常に驚いており、今後何かに使えるかもしれないと研究することになった。
衝撃が少なければ脳動脈瘤のコイル塞栓術を直接患部に打ち込むことができるので、
足の付け根からカテーテルを入れる必要もなくなり患者の負担が減ると考えているようだ。
こうやって正しいことに使われる可能性があるなら、分野によってはエウリードの名前が良い意味で残る未来もあるかもしれない。
少し救われた気持ちになりつつレディネスは記録媒体を終了させ、いい加減疲労を感じていた腕を下ろした。
翌日、は目を覚ました。
交代で付き添っていたパーティの面々が丁度全員揃った時に、幸運にも彼女が意識を取り戻したのだ。
しかしながら喜ぶ仲間たちの姿を見てもはぽかんとしたままだった。
暫く眠っていたのもあって言葉が出にくいこともあり、久しぶりの彼女の言葉は
「だ…れ?」
という短いものだった。
*ノーマルエンドへ
*カイトエンドへ
*アステムエンドへ
*リットンエンドへ
*レディネスエンドへ
*バッドエンドへ
(第2章 第11節 でカイトたちがヒロインに反撃してしまった場合のif未来)