意識を取り戻したは体力も徐々に回復していった。
リハビリによりある程度自力で生活できるまでに筋力も戻し、退院する頃にはすっかり元の朗らかで明るい人格を取り戻したようだった。
 それでも記憶は未だ戻ってはいなかった。
元々の後見人を勤めていたデルタが彼女の退院の手続きをして、その後は以前住んでいたカイトたちとの共同宿舎に戻ることになった。
まだ完全に体力が戻っていないのと力も衰えているので、傭兵の仕事は暫く休んで家事などをしながら少しずつ体を鍛えることにした。
 カイトも遠出する任務は受けずにギルドの事務手伝いや、サンティアカ内の依頼を受けるようにして
常に夜にはの待つ家に帰るようにしていた。

 それ以外のメンバーは皆、の帰還を見届けると家を出て行った。
アステムは幼馴染みを探す為にティン島から旅立ち、リットンは実家に戻って家督を継ぐ為の準備をしている。
レディネスは魔王としてまずは自国の制度を整え、獣型魔物の被害を抑えるべく制御方法を研究したりパトロールを強化しているようだが、
時々堅苦しい生活に嫌気がさして傭兵団のギルドへ顔を出すようで、その途中でカイトたちに土産物を渡しに立ち寄ったりもする。

 は自分を心配してくれて回復を喜んでくれたメンバーを思い出せないまま見送ったことを申し訳なく思っていた。
しかしながらカイトやパッシが無理に思い出そうとしなくても良いし、もし思い出した時はまたいつでも集まれるさ、と励ましてくれるので
ひとまず今の生活を一つずつこなしていき、まずは介助がなくても重い荷物を運べるようになりたいと考えている。

 パーティの面々がいなくなり広くなってしまった家で一緒に暮らしているカイトは面倒見が良く明るくて頼もしい人だ。
 彼の自分へ向ける眼差しが優しいのと、自分が記憶を失う前から身につけていたロケットペンダント
(中には四つ葉のクローバーと赤い髪の毛とピンク色の髪の毛を結んだものが入っていた)を
見る彼の瞳が少し寂しげなので、どうやらこれは彼がプレゼントしてくれたもので、私たちは特別な関係だったらしいとは感じているが、
前述の彼の言葉を思い出し無理に思い出そうと考えるのはやめることにした。
 毎日彼と楽しく過ごして、彼のいない間に洗濯などをして、彼の帰りを待ちわびて物音がしたら急いで走って玄関で出迎える。
そんな変わらない日々が記憶や過去に関係なくには愛しく思えるのだった。
 彼の知っている“過去の”に対して嫉妬じみた感情を抱くこともある。
彼とどんな話をしていたのだろうか。首の傷のこと、彼がいつも身につけているロケットペンダントのことなど過去の自分は全て知っているのだろうか。
寝起きが悪いから絶対に朝は部屋に来ないでくれ、という彼の夢見の悪い原因も分かっているのだろうか。
また一緒に戦えるようになったら、彼は頼ってくれて記憶を失ったままでも私を愛してくれるのだろうか――

 そんな思いを抱くようになったは、筋力トレーニングに精を出し、少しずつ外に出てランニングなどをするようになり、
半年経つ頃にはエウリード事変前とほぼ同じくらいの身体能力を取り戻した。
 彼女の回復具合を見て、カイトは少し遠出しないかと誘った。
彼の両親のお墓参りで申し訳ないが一緒にカッシート遺跡まで行こうと言う。
勿論は承諾した。彼が記憶がない方の自分を必要としていると感じられて嬉しかった。
この小旅行を無事に終えられたら簡単な傭兵の任務を請け負わせてもらおう、とは思った。


 カッシート遺跡の近くにあるマリーという町に宿を取り、翌朝二人はカッシート遺跡の前を通り過ぎ、
短い草が岩の間からちらほらと生えている丘へと向かった。
2人は頂上へと伸びる細い道を無言でゆっくりと登っていく。
 カイトの手にはマリーで購入した白い花束があり、歩く度に振動で揺れていた。
丘の上には砂で壁が茶色味がかっている教会があったが、その中には入らず脇へと抜けて裏庭の開けた場所へと行き着いた。
 見晴らしの良いところに土埃を纏った墓碑がいくつか建っている。
その中の一つの前にカイトは歩み寄った。
彼が伸びている草を抜いている間に、は鞄から布を取り出し水筒の水で湿らせて丁寧に墓碑を拭いた。
薄ら土埃で見えづらくなっていた文字がくっきりと現れた。
 
 ジョーンズ=シュトラエル
 アナスタシア=リューズ=シュトラエル
 サーシャ=リ=シュトラエル

 ここに3人の家族が眠っているのか――は刻まれたそれぞれの文字をそっと撫でるように触れる。
その様子をカイトは静かに見守っていた。表情は無表情なようでどこか曇っていた。
 墓碑から離れたと目が合い、カイトは墓碑の上に花束を供えた。
地面に片膝をついて頭を下げ祈りを捧げる。もそれに倣って傍らに両膝をついて胸の前で手を合わせ祈りを捧げた。

「ありがとうな、ついてきてくれて」
「とんでもない。誘ってくださってありがとうございました」

 が穏やかに微笑んでみせると、カイトは顔を大きく歪ませた。
そして下を向き肩を震わせる。

「俺は、また、失うところだった。また大切な人を、を…。
 俺は肝心な時に力になれなかった!」

 硬く拳を握りしめて、怒りを抑えきれないような声で彼は叫んだ。

「一緒に生きようって言ったのに、俺がこんな不甲斐ないんじゃ今後もお前を危険な目に遭わせるかもしれない。
 本当に…守ってやれなくてすまない」

 カイトは膝を地に落としてに懺悔するような体勢で謝り続ける。
はそんな彼を見たら恐ろしくてたまらなくなった。
このまま彼は自分は不甲斐ないからと理由を付けて離れて行ってしまうのではないかと思ったのだ。
 は一時命が危なくなったかもしれないけれど、記憶も失ってしまったけれど、
それでも生きていてまたこうやって彼と一緒に出かけることができてとても嬉しかった。
記憶がない自分のことを遠慮させない程度に気にかけてくれて、恐らく努めて依然と変わらない接し方をしてくれているのであろうカイトが
何よりも大切な存在であるし、愛しいと思っている。
 彼のいない世界で生きるなんて想像もつかないくらい恐ろしいことだ。

「貴方のせいじゃありません。
 私は…記憶がなくなってしまいましたが、それでもカイトさんと一緒に過ごす日々が何より楽しくて、大切で…」

 は自らも膝をついてカイトの胸部分の服を握りしめた。
その手は先ほどのカイトのように力を入れすぎて震えている。

「記憶がない私は嫌ですか?弱い私のままじゃ貴方を苦しめ続けますか?
 私じゃ貴方の弱いところを支えられませんか?」

 墓地にの甲高い声が響いた。
カイトは驚いた表情で固まっている。

「私は、貴方と一緒に生きていきたいです!
 貴方を幸せにしたい――」

 その言葉を発した瞬間、の頭の中に映画のフィルムが流れ込んだように記憶が蘇っていく。
それは以前のように不完全で偽物なものではなく、自分の歩んできた記憶の欠片たちが一瞬で繋ぎ合わさっていき、
完全に自分の人生を取り戻したかのように思えた。

「――カイトさん。“お前が俺と一緒にいることを望んでくれるなら、俺はお前を幸せにする為に生きる”って。
 “だから、お前は俺を幸せにする為に生きてくれ”って言ってくれましたよね?
 私、これからも貴方を幸せにする為に生きますから。どうか、私を離さないで」
、記憶が――」

 二人は抱き合って涙を流した。久しぶりの恋人同士の再会だった。
カイトはごめんな、ごめんなと言っていたが、は首を振ってカイトの顔を両手で包み込んだ。
彼女の指に彼の温かい涙が触れる。

、俺はこれからも不甲斐ないところを沢山見せると思う。
 でももう絶望しない。お前が傍にいてくれるだけで…たとえ記憶がなかったままだったとしても、
 お前が俺を真っ直ぐ見つめてくれるから、俺はお前を幸せにするために生きたいって思う。
 ――これからも俺と一緒に生きてくれるか?」
「勿論ですよ」

 二人は泣きながら唇を重ねた。
しょっぱいですね、とが言うと「いつもお前の前じゃ泣いてるな」とカイトは頬をポリポリと掻いて立ち上がり、
へ手を差し出して、彼女が握ったのを確認するとぐっと引き上げ立ち上がらせた。

「俺には勿体ないくらいの女性だよ、みんな」
「私にとってカイトさんは素晴らしい人ですよ。
 そんな素敵な方と一緒に生きていけるなんて私は幸せ者です。
 これから宜しくお願いしますね」

 墓標に挨拶をして、二人は教会を後にした。
その後、は傭兵へ復帰したもののその半年後には二人で傭兵団を退団し、サウスランドへ渡った。


 二人が訪れたのはの故郷だった。
ずっと忘れていた生まれ育った場所は大型の機械魔獣によって破壊され、連れ去られたを除いて村人たちは全滅した為に、
黒ずんだ地表と黒く煤けた家の柱が点々と残るだけの廃村になっていた。
とカイトは彼女の家族や故郷の人々を弔う為にやってきたのだ。
 かつて生家があった場所には立ってみる。
ここは姉と自分の共同の部屋で、ここが台所で母がよく焼き菓子を作ってくれていた。
自分が幼い頃は父と祖父は窓辺でいつもチェスをしていて、祖母が簡単に縫えるワンピースをいくつも作ってくれた。
 思い返される記憶を愛おしむようにはゆっくりと歩を進めてかつての我が家を想像してみる。

「皆、ただいま」

 そう呟くと同時に涙が溢れてくる。
離れて見守っていたカイトが慌てて近づき、手をそっと握る。

「隣のおばさんやおじさんも、ただいま。
 村長さんも…」

 は辺りを見渡してそれぞれの方向へ向かって「ただいま」と発した。

「私、皆の仇を討てたのかな…。あの人も悪い人だったけど悲しい人だった。
 どうしてこんなことになったのか、今でも理解できない。
 私は皆のこと、暫く忘れてたんだ。ごめんね…。
 皆を死なせるきっかけが私だったと思い出した時……自分を呪って、凄く悲しかった。
 ――それでも私は生きていくよ。幸せにしたいって言ってくれる人がここにいるんだ。
 その人はここにまた村を作ろうって言ってくれたんだ。優しくて強い人なんだよ。
 彼と一緒に生きることは私の誇りなの」

 だから、ごめんね。私は先へ進むね――
そう言っては村にあった誰のものか分からない白骨化した遺体の一部を一つずつ丁寧に拾い上げてまとめていった。
それらをカイトが掘ってくれた墓穴に丁寧に埋葬していく。
 周辺で形が四角に整った石をいくつか見繕い、二人で運んできて並べていった。
今後は木なども探してきて柵を作りたいなと思っていると、魔力を感じては振り返る。

「こんなところにいるなんて思わなかったよ」

 空間から魔方陣が浮かび上がり、大きな両開き扉が現れた。
そしてそこから出てきたのは呆れ顔をしたレディネスだった。

「何だよ、復興するにしても機材も材料も何も持たずに身一つで来たのかい?
 事前調査したの?サウスランドは資源が乏しいんだよ」
「久しぶりに顔を出したかと思ったら何だよ、文句言うなよな」

 カイトは腕組みをしてレディネスの前に立った。
は久しぶりな二人のやり取りに頬を緩める。

「仕方ないから、後で人も機材も資材も全部送ってやるよ。
 いつまでも新婚夫婦が野宿するわけにはいかないでしょ」
「別に野宿でも楽しいよ?」
「いや、どこまで暢気なんだよ」

 はぁ、とため息をついてレディネスは後ろを向いた。
そしてドアの隙間から誰かを呼んでいる。

「ちょっと、記憶戻ったと思ったら前より逞しくなってるんだけど、オレたちの女神」
「ほう、それはまた新たな魅力で素敵ではないか!」
「それくらいないとサウスランドではやっていけないし、いいだろう」

 聞き慣れた仲間たちの声がする。
とカイトは扉が大きく開かれるのを待った。

「やあ、とカイト!約2年ぶりかな?
 元気そうで良かったよ」
「リットンさんも顔色も良くてお元気そうで」
「ああ、レディネスの力添えで魔硝石の呪いから解かれたんでね。清々しい日々を送っているよ」
「そうか、良かったな」

 扉から現れたリットンがとカイトの順に握手を求めてくる。
以前よりも血色が良くなって儚げさはなくなり、健康的に見える。
 アステムもリットンに続いて扉から出てきてそれぞれ目を見つめて頷いた。

「アステムさんもお元気そうで何よりです」
もな。リハビリを頑張ったんだな」
「はい!今なら以前のように動けますよ」
「それは良かった」

 アステムが穏やかに微笑んでみせるとカイトが彼の背をパンと叩いた。
お前も元気そうで良かった、とカイトに言っている。

「それで、皆いきなり現れてどうしたんだ?」
「実は忙しすぎてオレの戴冠式がずっと行われてなくてね。漸く明日することになったんだよ。
 それでたちにも参列して欲しくて呼びに来たって訳だよ」
「そうだったの?おめでとう!」
「めでたいことだけど、急だなおい」
「いいじゃない、負荷なく行きたいところへ移動できる転送装置も使えるようになったから試してみたくてね」
「それって機械と魔法を組み合わせた魔動機器というものかい?」
「そうだよ。流石に相手の居場所はある程度調べて座標指定する必要はあるけどね。
 ――アステムの足取りがなかなか掴めなくて苦労したよ」
「それはすまなかったな」

 そのままレディネスとアステムは経由地などの話をしている。
リットンは辺りを眺めて天を仰いだ。

「空が綺麗なところだね」
「はい、ありがとうございます」

 何もない廃村なのに、彼はこうやって良いところを見つけて褒めてくれるのだ。
微笑んだと目が合ってリットンも相好を崩す。

「というわけで。我が魔王城へご案内しますよ、お二人さん。
 明日までにその砂まみれの全身をピカピカに磨き上げてドレスアップさせるから覚悟しといてね」

 「ええ~!?」ととカイトが笑って顔を見合わせる。
そんな二人をレディネスが恭しく扉へと案内した。
その彼らの後にアステムとリットンが続いていく。
久しぶりのパーティの結成にの胸は高鳴った。
ただあの頃と違うのは今の自分はカイトと手を繋いでいて、二人一組なことだ。
 この手を決して離さずに生きていこうとは思った。
互いの幸せの為にこれからも生きていこうと。










-カイトルート BEST END-



これにて、 『missing』 完結です!!
サイト開設当初から公開していた連載小説で、完結するまでにまさかの20年かかるっていう……。
本当にお待たせいたしました。
さて、このmissing。
連載が長すぎて何でタイトルmissingなんだっけ?って成ってしまった情けない作者であります。
単語を調べたら、行方不明者とか失われた物とかで、
「ああ、そうだ。ティン島での傭兵行方不明事件とヒロインさんの記憶消失に絡めてmissingにしたんだった~」と
20年経った今頃思い出しました。
各キャラそれぞれも失ったものがあって、そのトラウマ救済の為の小説でしたのであまり恋愛に力を置いていなかったのと、
戦闘シーンが難しくて手が止まっていました。

今回、カイトルートのエンディングは唯一事前に作っていたプロット的なものと
同じ流れになりました。他は本当にキャラクターが言うこと聞かなくてね。
自分で泣きながら書きました。
人の死はやはり悲しい。
二人とも自分のせいで大切な家族を死なせてしまったという罪悪感を抱いていて、
それぞれ自分の幸せの為には生きていけないけれど、
好きな人の幸せを願い、その為なら生きていけるという似たものカップルとなりました。
カイトは面倒見の良い元気なお兄ちゃんというキャラクターなのですが誰よりもつらい過去もちで
普段は表に出ないけれど、トラウマ発動すると一番危なそうなタイプです。
ヒロインと結ばれない場合はパッシやギルド長が支える感じになるのかな。
カイトを幸せにしてくださった皆様、ありがとうございました!!!!

サイト20周年を迎えることができましたのも、応援してくださる皆様のおかげです。
missingは完結しましたが、他にもまだ書きたい話や書き途中のものもあったりするので
今後も是非足をお運びいただけると幸いです。
どうぞ今後とも宜しくお願いいたします!

裕 (2025.11.3)


メニューに戻る