意識を取り戻したは体力も徐々に回復していった。
リハビリによりある程度自力で生活できる程度まで筋力も戻し、
退院する頃にはすっかり元の朗らかで明るい人格を取り戻したようだった。
 それでも記憶は未だ戻ってはいなかった。
元々の後見人を勤めていたデルタが彼女の退院の手続きをして、
その後はレディネスが引き取り、彼女をレディネスの住む魔王城へと連れて行くことになった。

 パーティメンバーは皆、の退院を見届けると家を出て行った。
アステムは幼馴染みを探す為にティン島から旅立ち、リットンは実家に戻って家督を継ぐ為の準備をするようだ。
そんな彼らが出て行くので今の家は広すぎると言って、カイトは単身向けの宿舎へ移動するという。

 は自分を心配してくれて回復を喜んでくれたメンバーを思い出せないまま別れを告げたことを申し訳なく思っていた。
しかしながらカイトやパッシが無理に思い出そうとしなくても良いし、もし思い出した時はまたいつでも集まれるさ、と励ましてくれたし、
実際にレディネスは転送魔法の研究が進んでいるので近い将来には本当にすぐ会えるようになるよ、と言っていたので
少し安心してはイビリア大陸へと旅立った。


 魔王城は城と言うだけあって広く、はリハビリがてら城の雑用係として働くことにした。
レディネスの部下たちには「貴女様がそんなことをしないで」「やめてください」と悲鳴を上げられ止められたのだけれど、
レディネスが「もう好きにやらせておいて。色々禁止して居づらくなって脱走されても困る」とお触れを出したようで
それからはが掃除などをしていると恐縮されながらも挨拶をされるようになった。
 レディネスは魔王なだけあって忙しそうで、やれ獣型魔物の制御方法はないかとか魔硝石の魔素を取り除く機械の増産を急げとか、
同盟を結んだ傭兵団やネープル帝国との衝突を避ける為に国境付近のルールを明確化す新しい法律を考えたりだとか、
部下に無茶を言いつつ自ら色んな所へ飛び回っていて、唯一と一緒にいる時間は夕食の時だけだった。
 そんなに忙しそうにしている敏腕な魔王様ではあるが、の前のレディネスはやる気なさそうな顔をして
「あ〜両国会議の調整が面倒ったらないね」とか「ちょっとは筋力増えたの?もう少し下半身鍛えた方がヒップラインが綺麗になると思うよ」などと
アイスクリームを突っつきながら言い放ったりして、国のトップとは思えないような言動なのだった。
 それでも彼が軽口を叩く姿はなんだかとても安心した。
彼が忙しく働いている姿は格好良いとも思うけれど、遠く感じてしまうのだ。
レディネスが自分を引き取ってくれたのは何らかの情を抱いてくれているのだろうとは思うけれど、
それが何なのかは分からなかった。
 彼の色々な部下に話を聞いてみると、どうやら自分はこの大陸一帯を守護するミーシャという女神様の生まれ変わりらしく
レディネスは交信者としてその女神様と交流があったらしい。
但し、今現在はミーシャの魂は消えてしまっているので何も心配はいらない、ということだったが。
 そんな事情があるので、彼女に対して思い入れが強い為にレディネスはミーシャの器となった自分のことを
気にかけてくれているのだろうか?とは考えている。
 もう彼女は私の中にはいないのに、とは自嘲気味に独りごちた。
その独り言に傷ついている自身がいた。
 もし、レディネスがミーシャでなく“”を求めてくれるなら、
もっと会いに来てくれるのだろか。
 彼は夕食が終わると早々にの部屋へと送られて、「おやすみ」と挨拶されて帰って行ってしまう。
夕食は彼の仕事が終わるのを自分が勝手に待っているだけでもあるので、遅くなる時もあるからか
「夜更かしは美容に悪いよ」と言われてお喋りもそこそこに部屋へ帰されてしまうのがには不満であり、寂しくもあった。
自分ばかりが彼を求めているようで、なのに彼の庇護を受けていることが心苦しくていたたまれなくなる。

「レディネス……」

 はベッドに腰掛けて項垂れる。
記憶を失う前の自分は彼とどんな交流をしていたのだろう。
今と同じように彼が気を遣わないような友人だったのだろうか。
それとももう少し違った男女の関係だったのだろうか。
彼は記憶を失った自分のことをどう思っているのだろうか。
早く戻って欲しいと思っているのか。それとも記憶がなくても構わないと思ってくれているのか。
彼を見る限りでは後者のようには思えるけれど。

「――私、このままでいいのかな」

 もっと記憶を取り戻す為に努力するべきなのではないだろか。
病院でカウンセリングを受けたり、ショック療法的にもう一度頭に電流を軽く流したりしてみても良いのではないだろうか。

「何悩んでんの?」

 突如、の影から黒い物がぐにゃぐにゃと形を変えながら立ち上がっていく。
「ひゃあ!」とが叫び声を上げ立ち上がった。
彼女はじりじりと後ろに下がるが、目の前のその黒い物体はレディネスへと変わっていった。

「な、何なの!?どこから現れたの!?」
「あれ、言ってなかったっけ?オレは影に潜めるんだよ。
 だからこうやって夜はの影に潜んで見守ってたわけ」
「…いつから?」
がここに来てからずっとだけど。
 ――え?ってことは今のってオレに話しかけたわけじゃないの?」

 独り言でレディネスの名を呼んだことが恥ずかしくは固まってしまった。
レディネスはにやりと猫のように唇の縁を上げて笑う。

「オレのことで悩んでるの?恋煩い?」
「そっ、そういうわけじゃないけど。
 その、なんて言うか私の記憶のことで」

 気持ちを悟られたくなくてが話を強引に変えようとすると、レディネスは急に真剣な表情を見せた。

「もっと記憶を取り戻そうとした方が良いんじゃないかって思って。
 その方がレディネスも良いんじゃない?
 レディネスは昔と変わらず接してくれてるかもしれないけど、今の私は正直扱いづらいでしょ?」

 が顔をそらして早口でそう言うと、レディネスは「記憶なんてどうだっていい!」と声を荒げた。
驚いては彼の方へ向き直る。
するとレディネスはをベッドに押し倒した。目を見開いたままは彼を見つめる。
レディネスは泣きそうな顔をしていた。

「生きてるだけで十分なんだよ。記憶なんて戻らなくたって。そりゃ戻った方が皆喜ぶだろうけどさ。
 でも、お前が生きて笑ったり怒ったりしてるだけでオレは……くそっ」

 涙が滲んだ姿を見せたくないのかレディネスは急にから離れると、ボンっと姿を変化させた。
背中にコウモリのような羽を付けた猫のような魔物の姿が目の前に現れ、その姿のままに突進してくる。
起き上がっていた彼女は再びベッドに倒れ込んだ。

「――キャスカ、泣いてるの?」

 の頭の中に流れ込む彼との記憶。
ティン島で目覚めた時からずっと傍にいた相棒。
可愛い見た目だったのに、いきなり大人の男性に姿を変えて驚いた時を今でも覚えている。
 そんな彼はいつも皆を引っ張ってくれて、のことを何より大事にしてくれた。
「ミーシャや守護石よりもが大切だからじゃん」と言ってくれた時のことを何で忘れていたのだろう。
何よりも嬉しい言葉だったのに。

「レディネス、顔を見せて」

 久しぶりのキャスカとの再会だったけれど、今会いたいのは人の姿をした彼だった。
キャスカのふかふかでつるつるした頬の毛を両手で撫でる。
そんなの手を振りほどくかのようにぶるぶると顔を震わせて、キャスカはの胸の上から飛び降りた。

「――今までオレの名前、呼んだことないくせに」
「だって人型の方のキャスカに会いたかったから」

 人型に戻ったレディネスはの上になだれ込む。
二人でそれぞれの顔を手で挟むように撫で合って涙を拭った。

「ただいま、キャスカ」
「お帰り、

 レディネスはの額にキスを落とした。
そして彼女の首筋に顔を埋めて「記憶が戻らなくてもいいとは言ったけど、他の奴を好きになったらどうしようって思ってた」と弱音を吐いた。
それでイビリア大陸まで連れてきてしまったと。
 なんて可愛いところがあるんだ、とは声を出して笑った。
普段は何でも知っていそうな自信満々な彼なのに。

「記憶がなくなっても私は貴方のこと好きになったよ。
 ただあまりにも構ってくれないから寂しかったの」
「そっか、ごめん。変に馴れ馴れしくするのもなんか洗脳とか刷り込みをしてるような気がして気が引けてね。
 オレにはの記憶をごちゃごちゃにした前科があるし、今回は自然に任せようと思ったんだ」

 ――それに、とレディネスは続ける。

「それに我慢できなくて先に手を出したらやばいかなって思って」
「あら、道行くお姉さんには夜明けのコーヒーを一緒に飲まないかって躊躇なく誘ってたのに?」
「今はしてないってば。それに勝率は0だったんだって」
「本当かな〜」

 は意地悪に笑って彼の首に手を回した。
レディネスは優しい表情をしている。

「記憶が戻ったんだから遠慮はいらないってことだよね。
 これから覚悟しといてよね」
「ふふっ、キャスカもね」

 二人は笑って唇を重ねる。
ベッドがふかふかだからなのか、気持ちが高揚しているからなのか
はふわふわと柔らかい綿や羽に包まれているかのような温かな幸せに包まれて目を閉じた。



 その後、レディネス王と皇后は魔物だけでなく人間からも愛された。
二人の間には8人もの子どもがいて、いつまでも仲の良い夫婦としても有名だった。
 皇后は8人目の子どもを懐妊した際「自分は彼よりも早く死んでしまうから少しでも多く家族を残したかった。
残された彼が寂しい思いをしないように子どもや孫に囲まれて幸せに過ごして欲しいと思って大家族を望んだ」と
笑顔でインタビューに答えている。
 







-レディネスルート BEST END-



これにて、 『missing』 完結です!!
サイト開設当初から公開していた連載小説で、完結するまでにまさかの20年かかるっていう……。
本当にお待たせいたしました。
さて、このmissing。
連載が長すぎて何でタイトルmissingなんだっけ?って成ってしまった情けない作者であります。
単語を調べたら、行方不明者とか失われた物とかで、
「ああ、そうだ。ティン島での傭兵行方不明事件とヒロインさんの記憶消失に絡めてmissingにしたんだった〜」と
20年経った今頃思い出しました。
各キャラそれぞれも失ったものがあって、そのトラウマ救済の為の小説でしたのであまり恋愛に力を置いていなかったのと、
戦闘シーンが難しくて手が止まっていました。

今回、レディネスのルートは思ったより難しかったです。
レディネスは前科があるので今回は絶対に記憶に関しては手を出さないと決めていて、
無理に思い出さなくても問題ないと考えている人です。(他のキャラもそうは言うけども。でもできれば戻って欲しい人が多い)
長生きする種族なのもあって待つの離れているので、記憶が戻らなくてももう一度口説けば良いかくらいに思っています。
ただ、彼女が先に誰かを好きになる可能性はあるので自分の傍に置いておきたくて、彼女の身の回りにも女性の人型魔物しか配置していません。
嫉妬深いんです。
レディネスに関しては闇はほぼなく。自分で自己分析して解決しちゃうタイプなので本当に頼りになるキャラでした。
女神様は初恋の人だし、図太いんでしょうね。あと一途。
女神が愛したヒトに興味を持っていて、今回は良いメンバーに恵まれましたが、
それ以外の欲深い人たちばかり見ていたら失望する時は早いかもしれません。
(バッドエンドでは闇落ちします)
何だかんだカイトやアステム、リットンたちの様子を気にして、彼らの子孫とかがいた場合は
通りすがりを装って面倒を見てやったりしそうなくらいには彼らのことを気に入っています。
そんなわけで、チート気味ではありますが魔王様のレディネスを幸せにしてくださった皆様、ありがとうございました!!!!

サイト20周年を迎えることができましたのも、応援してくださる皆様のおかげです。
missingは完結しましたが、他にもまだ書きたい話や書き途中のものもあったりするので
今後も是非足をお運びいただけると幸いです。
どうぞ今後とも宜しくお願いいたします!

裕 (2025.11.3)


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