第9話 空に星が輝き、静かな夜に絆は深まる




 「伊絽波がサルサラの手に落ちたか…」

次の日、伊吹はウメ婆に話をした。
何故か伊絽波が邪気を纏っており、その邪気を体内に入れられて先日、自分たちが倒れたことをである。
そして夕食後、皆がそのまま居間に残って話をすることになった。

「イロハちゃん、私のこと怨んでるみたいだった。 分家とか、本家とか…そんなことも言ってたけど…」
「伊絽波はそのことを気にしておったのか。 …あやつは巫女になりたがっておったからの」

ウメ婆は苦渋の表情で茶を啜る。

「巫女に?どうして?」
「力が欲しかったんじゃろ。皆に期待され、特別扱いされる為の力がな」
「そんなの…」

全然羨ましくもなんともないことなのに…。
特別扱いされることは今まで自分を苦しめていたことだ。
自分が一個人として認められているわけではない。
“白巫女”という器が必要なだけで、私を必要とする大人なんていなかった。
こんな立場になりたかったの?イロハちゃん…。
――もしかして伊吹兄と結婚したくて…?

は伊絽波の心が少しわかった気がした。
伊吹との交際を周囲から認められ、祝福されるのは、許婚の巫女だけ。
しかし正式な巫女は
しかも伊絽波自身も初代の巫女の血を少なからず受け継ぐ者なのにもかかわらず、
が直系血族の当主の娘だから、という理由で巫女の役割は伊絽波からへと、が誕生した時点で移ってしまった。
それがとても悔やまれることなのだろう。

きっと長い間、巫女になることを望んでもいない私が何も知らずに生きているのを見て
憎しみが生まれてしまったのだ、彼女の中に。
…それほどまでに伊吹兄を…?

はちらりと伊吹の方を見た。
伊絽波の強い想いに心が打たれる。

しかし今はどうなのだろうか。
この前、伊吹と話していた時の伊絽波の冷静さから見ると、今は私への復讐しか考えていないような感じだったが…。

「――伊絽波を救えるのはだけじゃ。霊気をぶつけ、邪気を追い出すしか術はない」
「あ、うん」

ウメ婆にじっと見られてはハッと意識を話し合いに戻した。

「もし次に来た時は遠慮せずに攻撃するのじゃ。…伊絽波を救いたかったらな」
「…うん」

静かに頷く。

「サルサラのような邪気の塊の傍にいれば、いずれあやつの精神が壊れていく。
 精神が崩れればサルサラの好きなように操られ、世は乱れていくだろう。
 伊絽波はお前よりも弱いとはいえ、力を持つ者なのだからな」
「…わかった」

話し合って何も変わらなければ、私がイロハちゃんを倒す。
…哀しいけど、それが一番の解決法だ。

そうして話を終えたたちは各自、自分の部屋へと戻っていった。



 「イロハちゃんのことは“最悪の場合、戦う”ってことになったけど…」

サルサラはどうすればいいのだろう。
さすがにウメ婆にサルサラを救いたいとは言えなかった。
邪気の塊のサルサラを救うのと、伊絽波を救うのとでは訳が違う。
邪気の量が圧倒的に違いすぎる。

…やっぱり私には救えないのか。

白巫女としていろんな人に期待されて生きてきたのに、それ相応の力を祖先に貰って生まれてきたのに、
自分は今までと同じようにすることでしか、自分を築けないのだろうか。
疑問に思うこともなく、ただひたすらにサルサラの封印を解かぬように、結界を張り続ける存在――それが白巫女。

最初は自分が犠牲になるなんて嫌だと思っていた。
だけど今は犠牲だとは思っていない。
…でもそうしたらサルサラは?
サルサラは多くの人に傷つけられてきた。
そして生まれたての純粋無垢だった心と身体を人に穢されて邪神化してしまったというのに
その事実を忘れて、どこかに追いやって、サルサラを一方的に悪者とし閉じ込めておくのはどうなのだろう。
――最初の犠牲者はサルサラだ。

そんなことを考えたらの心は沈んでしまう。

駄目だ、こんなことじゃ。
救いたいのに、自分が弱っちゃ意味がない。
こんな時こそ元気出さなきゃ。





葉月に会いに行く。

伊吹に会いに行く。

真織に会いに行く。

天摩に会いに行く。

風呂に入る。

星でも見る。