第8話 救いの手は、誰に



 目覚めて数時間経ってもは起き上がれなかった。
サルサラの昔の負の感情をまともに受け止めてしまった為に身体が動かせない程の脱力感だったのだ。

「…私はどうすればいいの…?」

拭っても拭っても溢れてくる涙で枕を濡らしながら、は呆然と天井を見つめる。
するとドアを開ける音がして、誰かがパタパタとこちらに近づいてきた。

、どうしたのじゃ?朝食にも起きて来ずに」
「ばぁちゃん…。身体が…動かないの。…夢見が悪くて」
「うむ…。サルサラの邪気の影響をかなり強く受けているようじゃな。――少し待っておれ」

そう言ってウメ婆は部屋を出て行く。

サルサラを救いたい。
暗い闇の底から出してあげたい。
その為には、彼の存在自体を消してやることが一番の救いになる筈。
彼自身にとっては不幸なことかもしれないけど…。
それでも、このまま人を怨み続けて、冷たい地下にずっと閉じ込められているよりはいいと思う。
…だけど、私ではきっとサルサラをこの世界から消すことなんてできない。
たとえ、どんなに霊力が増えたとしても、きっと無理だ。

実際に、結界を張るのは
男たち4人は巫女に精を与え、彼女がサルサラの封印地に行く為の道を切り開いてくれるという役割である為、
サルサラの元へ行くのは1人だけなのだ。

…私1人じゃ、結界を張るだけでやっとだ。
私にサルサラは救えない…。

 『チリン』

音が聴こえた。
忘れもしない鈴の音。
そして微かに感じる邪気。

「――イロハちゃん…」

はやっとのことで顔を右に動かす。

「ウメ婆様が作った特製のお茶、代わりに持ってきたわよ」

それを聞き、ゆっくりと手に力を入れ上半身を起こしていく。

「…今日は…従姉として来たの?」
「えぇ。邪気を受けた男たちの様子見も兼ねてね。
 ――生憎男たちの周りには結界が張られて近寄れなかったけど」

その言葉にはホッとする。

「さぁ、飲みなさいよ」

そんな彼女に伊絽波は茶を差し出す。

「…」

はそれを静かに受け取った。

「精神を落ち着けるお茶ですってよ。――相変わらず、お姫様扱いね」
「…」

今までとは違う伊絽波の冷たい口調には戸惑いながらも出された茶を飲み干した。

「…貴女は昔からそう。誰でもすぐに信用して、イイコで…。
 ――それに毒が入ってたら、とか考えたりしないのね」
「…今、私は動けないんだから、そんな遠回しなことしなくても殺そうと思えば殺せるでしょ」

そう言うものの、ウメ婆のお茶の効用なのか、の全身に熱が広がり次第に倦怠感が取れてきた。

「…私は貴女なんて死ねばいいと思ってるわ」
「イロハちゃん…」

伊絽波はジロリ、とを睨みつける。

イロハちゃんはこんなこと、言う人じゃない。
確かに見た目は美人で近寄りがたい感じの人だったけど、でも実際は誰に対しても親切だった。
私にだってとても優しくしてくれた。

「サルサラに操られてるんでしょ?だからそんなことを…」
「違うわ。私の意志よ。私の意志で、サルサラ様側についたの」
「そんな…」

はポトリと湯飲みを落とす。

「私の望みは、貴女の死よ」

伊絽波は冷たく微笑み、を見下ろした。

「でもサルサラ様は貴女を殺してはいけないと言ったわ。復活には貴女の力がいるから、と…。
 それに私では貴女に敵わないから、貴女には手を出すなって。
 …悔しいけど、仕方ないことよね。貴女は本家で私は分家だもの。霊力のケタも質も違う」
「私、イロハちゃんをそんな風に思ったことなんて――」
「貴女はそうでも私は嫌でも思い知らされたのよ。 貴女は何も知らずに今まで育ってきた。それだけで罪よ」
「…」

そんなこと、考えたこともなかった。
本家とか分家とか…。

「――覚悟しておくことね。3日後、貴女が結界を張りに来た時は容赦なく貴女を殺すわ。
 サルサラ様の命令でもこれだけは譲れない。どっちにせよ、貴女が結界を張らなければサルサラ様は復活できるもの。
 …いいわね、どんな手段を使ってでも貴女を殺すわ」
「…」

『チリン』

静かな鈴の音を残し、伊絽波は去っていった。

「…ふぅ」

緊迫感から解放されたは深く深呼吸する。
そして少しずつ、手を開いたり閉じたりして、力の入り具合を確認した。

「…あのお茶、無茶苦茶効くなぁ。実はウメ婆の方が私よりも強いんじゃないかな?
 さてと――」

ある程度、身体に力が入るようになったみたいだ。

さて、今からどうしよう…。





「…葉月に会いたい」

「…伊吹兄に会いたい」

「…真織に会いたい」

「…天摩に会いたい」

「少し落ち着こう」