第2章 第4節
カーテンの隙間から差し込む光で目が覚めた。
リットンと話した後、ぼんやりと部屋に戻って再び床に就いたものの、眠りが浅かったようで少し瞼が腫れぼったい気がする。
それでも頭痛がしないだけマシだった。
少々のむくみなら水で顔を洗えばすぐに治る、と思いながらベッドから立ち上がり窓辺に行くと、カーテンを開けた。
空は青空が広がっていたが、ずうっと西の方に大きな雲が見える。
西の魔王軍の大陸の方から吹く湿った風に乗ってその雲がやってくれば、
もしかしたら夕方か夜にはティン島では雨が降るかもしれない。
「折角の満月なのになぁ……」
そう呟きながら窓をぐぅっと外に開き、部屋の空気を入れ替える。
すると、トンと肩にキャスカが飛び乗ってきた。
「昨日はよく眠れた、キャスカ?」
「うなん」
ゴロゴロと喉を鳴らしての左頬に頭を摺り寄せる。
そっと撫でるとふわりとした毛に指が埋もれた。
「今日も仕事はせずに待機かな?」
「なぅ」
そんな成り立っているのか成り立っていないのか分からないような会話をしながら、
は穏やかな気持ちでキッチンへと向かう。
するとキッチンには既に3人が集まっていた。
「おはようございます。早いですね、特にカイトさん」
テーブルの上には彩り豊な野菜中心の朝食が広げられていた。
「おぅ、たまには俺だって早起きするっつーの。
ほら、飯の用意はできてるから早く食おうぜ」
そう言ってカイトが座るように促すと、アステムが静かに口を開く。
「お前は何もしていないだろう」
「そうそう。殆どアステムが作ってくれたのだよ、」
グラスにアイスティーを注ぎながらリットンも軽口を叩く。
そんな彼の言葉には目を丸くした。
「そうなんですか!? やっぱりアステムさんって器用ですよね。
料理、美味しそう! じゃあ、いただきましょう!!」
そうしてとキャスカが所定の位置につく。
「「「「いただきます」」」」
朝食を終えたカイトたちはとりあえずギルドへ向かった。
しかし街の人や傭兵たちからも訝しい視線を送られていることに気づく。
中には指差した後、仲間に耳打ちする者もいる。
「なぁ、俺たち何か変な恰好でもしてるのか?
やけに注目を浴びてる気がするんだが」
ギルドのカウンターに腰掛け、カイトは目の前のパッシにここに来るまでの様子を話した。
すると彼の表情が少し曇る。
「……実は、今朝から変な噂が飛び交ってるんだ」
「噂?」
アステムとリットン、も椅子に腰を下ろす。
「あぁ。――昨夜、警備隊と傭兵から作られた捜索隊が壊滅したそうだ」
「まさか!シルバーLv以上の傭兵たちが請け負ったのだろう?」
「そうだ。だが、魔物を追い詰めた所で、捜索隊は壊滅した。
……2人だけ生き延びたようだが、さっき1人は医院で死んだそうだ。
もう1人は片腕を失った出血性ショックで身体が動かない上に、
極度の恐怖による精神的なショックもあってかろくに話すこともできないらしい」
パッシは医院から届いた報告書を見ながら説明する。
「――ただ、“おんな” “まもの” “コウモリ”という言葉を発しているのは錯乱状態の時でも確認できた。
更に髪の長い救護婦の姿を見ると怯え、狂ったように叫び声を上げるそうだ」
「――っ!」
が立ち上がると同時にガタンと椅子が倒れる音が響く。
「どうした? ――顔色が悪い」
「いえ、別に……」
隣に座っていたアステムと目線を合わすことができずに、床に転げていた椅子を立て直し再び腰掛ける。
椅子を掴んだ手は何故かとても震えていた。
「――パッシさん、もしかして、私………」
は恐る恐る口を開く。
とても嫌な予感がした。
何か恐ろしいことが起こるような気がした。
何故なら――
「――私が……捜索隊を…………襲ったのでは――」
昨日の悪夢が鮮やかに思い出され、パッシの話で見事にイメージが合致したのだ。
「何をバカなこと、言ってんだよ。お前がそんなことするわけないに決まってるだろ。
っていうか絶対ありえないって。な、パッシ?」
カイトは笑いながらの頭を人差し指でツンと突付く。
そんな2人を見ながら、パッシは俯いた。
「俺もはそんなことするヤツじゃないことは分かってる。 でも……そういう噂が流れてるんだ。
とキャスカが、傭兵殺しの犯人なんじゃないかって」
――ドクン、と心臓とこめかみ部分から鼓動が聞こえた気がした。
「「「そんな、バカな!!!」」」
今度は3人の椅子が床に倒れる。
「許せないね、そんな酷い嘘を言い回る者がいるなんて」
「そんなデタラメな噂流したヤツ、ひっ捕まえてやるぜ!!」
「出所は分からないのか?」
男たちはパッシに詰め寄るが、彼も苦しそうな表情で首を振る。
「――多分、が女ってことと、いつも一緒にいるキャスカの羽がコウモリの羽に似てるから……そういう噂が流れたんだと思う。
俺もそんなことあるわけねぇってここに来る連中には言ってるんだが……。
街にもいつの間にか広がっちまってる。残念ながら出所なんて分かんねぇよ」
「皆さん、ご迷惑をかけて……すみません」
「「「「!?」」」」
は1人、ギルドを飛び出した。
治まっていた頭痛が再び頭を締め付けていた。
――嫌だっ、いやだ!!!!
怖い。
自分が怖い――っ!!
――私は…………一体、どうしちゃったの……?
走っている間、色々なことが頭の中に浮かんでは消えた。
昨日の夢のこと。
傭兵の仕事で様々な土地に行って魔物と戦った時のこと。
サンティアカの街で傭兵になった時のこと。
ギルドでカイト、アステム、リットンに自己紹介した時のこと。
キャスカと出会った時のこと。
ティン島にやってきた時のこと……
ティン島に来る前のこと………………
……それよりずっとずっと――――昔の、こと……?
どれが夢でどれが現実なのかが分からなくなってきた。
次第にどの記憶も靄がかかったように曖昧になっていくのだ。
徐々に無という恐怖が足の先からゾクゾクと押し寄せてくる感覚がする。
「私、自分が分からない。 自分の記憶が……信じられない?」
ガタガタと身体が激しく震え出し、は崩れるように地に膝を落として顔を覆った。
自分は昨日、ずっと家にいた。
あれはたまたま同じような夢を見ただけだ。
――なのに、何でこんなに不安なの?
「――?」
自分の名を呼ばれては咄嗟にパッと顔を上げた。
「カイトさん……」
「アステムさん……」
「リットンさん……」
「……貴方は…………?」