ルゥと交際が始まってからは午前中はルゥは部活、私は図書館で読書して過ごし、
午後から待ち合わせをしてプールに行ったり、森林公園を散歩したり、臨海地区で夕日を眺めたりした。
夕方からしか会えない時もあったし、30分は待たされたり、初日のように待ち合わせ時間を過ぎてキャンセルの連絡が来ることもあった。
 流石にルゥを好きかどうかは関係なく遅れたり来れそうにない時は早く連絡しろと思う。
これは社会生活において最低限のマナーだ。
私は急ぐ用事がないので大人しく連絡が来るまで待っているけれど、
予定の詰まっている人間にとっては相手に好意があろうとなかろうと許しがたい行為だ。
 記憶障害を疑ってしまう程にルゥは約束を重複させる。
私だけでなく友人らも同じような目に遭っていたりしないか気になるところだ。
恐らくこれは恋人にしか適用されないことであって彼の作戦の為にわざとそうしているのだと思うが、
会っている時のルゥは気が利いて気さくな好人物のようなのでこの落差が残念で仕方がない。
とはいえ、彼がわざとそうしているのであろうから私はそれ以上は何も考えないようにしている。

 交際最終日の今日でさえ、ルゥは待ち合わせ時間に現れない。
今日は昼過ぎまで用事があって遊びに行くことはできないけれど少しだけでも会いたい、と彼が言うので
夕方にいつもの公園で待ち合わせをしたのだ。
 最終日の今日は恐らくトラップを仕掛けてくるのではないかと思い、
最初から遅れてくるかキャンセルされることを想定していたが天候は想定外だった。
待ち合わせ時には薄暗い曇り空だったのが、次第に分厚い雲に覆われて雨が降ってくる。
念の為に傘を持って来ていたが、雨は徐々に激しくなり風も出てきた。
遠くの方では空が光っているようにも見える。
 私は携帯端末を確認した。しかしルゥからは何の連絡も入らない。
もう少しここで待つことにしようと私はベンチから立ち上がり、公園の入り口付近に移動した。

 10分、20分と過ぎてもルゥは現れない。携帯端末も変化はない。
次第に近づいてくる雷雲に私は不安を覚え始めた。
横殴りする雨に足元や肩口が濡れていき、風が体温を奪っていく。
こんな状況でもルゥを待つ私はいじらしいのか愚かなのか、まともな思考もできないくらいに私はルゥのことだけを考える。
 ――ルゥ、貴方の作戦は見事だ。こんな状況で待たされたら貴方のことしか考えられない。
早く貴方から連絡が欲しい、貴方に会いたいと切実に願ってしまう。
これが恋心だと勘違いしてしまうくらいに。

「――!」

 雨が一呼吸置くように小雨になり始めた頃、待ちに待った声が聞こえた。
ルゥの声を聴いた瞬間の安堵感はこの上ないものだった。
私は迎えが来た迷子の子どものような気持ちで声の方を振り向く。
この時ばかりは待ち続けた王子様が現れた時のお姫様の気持ちが何となく分かる気がした。

「こんな中でずっと待っててくれたなんて…ごめん。
 今日に限って携帯端末を着け忘れてきてたんだ」
「いいのよ、ルゥが来てくれたから」
「とりあえず早く着替えた方がいい。お前の家に行こう」
「ええ」

 彼に手を引かれ、急いで私たちは家へ向かう。
いつもの匂いに包まれた自宅に入って漸く私は自分が震えていることに気が付いた。
彼が一先ずシャワーを浴びて体を温めた方がいいと言うのでそうさせてもらうことにする。
 バスタオルを肩と腰に巻き、その上からシャワーを浴びる。
洗濯物は増えるがこうするとスチーム効果があり手っ取り早く体を温められるのだ。
ルゥを待たせている以上あまり時間はかけられないし、彼も濡れていたから早くシャワーを譲った方がいいだろう。

「お待たせ。ルゥもシャワーをどうぞ。
 ただうちには男性用の着替えがないから乾くまでバスタオルかタオルケットを着けてもらうことになるけど」
「シャワーを貸してもらうのは助かるし別にパンツ一枚になろうが俺は構わないけど、お前はいいのか?」
「ええ、全然構わない。ルゥが風邪ひいたら大変だもの」

 シャワーの使い方を教えてバスタオルを含むタオルを数枚用意し、洗濯籠に濡れた服を入れるように言った私は
彼がシャワーを浴びている間に生姜紅茶の用意をしておき、自動空気調節機能を手動にして少し温度を上げる。
そうして私が髪の毛を乾かし終わる頃にシャワーを済ませたルゥが現れた。

「寒くない?」
「ああ、ありがとな」
「飲み物用意するから座って待ってて」
「ありがとう」

 腰にバスタオルを巻いたルゥに生姜紅茶を淹れる。生姜の香りと紅茶の香りがリビングダイニングに広がっていく。
慌ただしく過ぎた時間が漸く緩やかに流れ始めるのを感じた。
私も彼の隣に腰かけて紅茶を一口飲む。

「――、あんな雨の中を待たせて本当にすまなかった。
 時間が大分過ぎてたし雨も降ってるからもう帰ったかなとも思ったけど念の為に寄ってみたんだ。
 ホントに…ごめん」
「もういいわ、さっき聞いたから。
 でも家に一旦戻るなんてあの時は思いつきもしなかった。
 貴方に早く会いたいと思って、そのことしか考えられなかったの」

 私はルゥに笑いかけた。すると彼は私を力強く抱き締める。
タオル一枚の男に抱き締められているというのは傍から見たら少々格好がつかないが、抱き締められている方はなかなかドキドキする。
ルゥの体温と私の体温の差が次第になくなっていくのを感じた。

「ごめん…」
「ふふっ、ルゥったら初日の私みたい」
「そうだったな」

 昔のことではないのに二週間前のことを懐かしく思い出す。
あの日もキャンセルされたが公園で結局会うことになり、怪我をしていた彼の手当てをしたのだった。
 ルゥは約束を守らない駄目な男ではあるが、それ以外は魅力的な人だと思う。
友人や部活動を大事にし、一緒にいるときは恋人も大切にしてくれる。
 彼は自分の世界を大事にしているのだ。だから彼の世界を蔑ろにする者は許せない。
ルゥにとっては自分の世界に存在する比べられないそれぞれ大切なものを比べさせ、どれが一番大事かと問い質すのは愚問でしかないのだ。
だからそれが彼のトリガーとなる。
 
「――そろそろ乾燥が終わる頃だから取ってくる。待ってて」
「ああ、ありがとう」

 これ以上抱き合っていたらキスする雰囲気になりそうだったので洗濯物を取りに行くことにした。
彼が身に着けていたTシャツとスポーツ用のハーフパンツは乾きやすかった為、既に乾燥は終了していた。
このようなことが今後ないように男性用の着替えくらいは用意しておいた方がいいのだろうかとも思ったが、
こんな機会がこれから先あるはずもないと思い直し、私はルゥに服を渡す。

 その後、彼を食事に誘った。
一人での食事なんて当たり前のことだったのに、この約一ヶ月で一人で取る夕食が寂しくなってしまった。

「この二週間ルゥと過ごせて楽しかった、ありがとう」
「…それなんだが、、この後も俺と付き合ってくれないか。
 もう二度とお前を傷つけるようなことはしない」

 どこまでが本心か分からないがルゥがそう言ってくれたのは嬉しかった。
私の手を引き、前へと導いてくれる力強さを持ったルゥ。この数年で私の頭を撫でてくれたのは彼だけだ。
あの激しい雨の後で彼を見つけた時のような安堵感を私はこれから先、感じられるだろうか。
 ――以前、ハリソンは私のことをファザコンかもしれないと言っていた。
私がルゥと一緒にいて安心感を抱くのは彼に父性を感じているのかもしれない。
彼に守られ彼を頼り引っ張ってもらうことはとても楽だ。しかし――

「…ルゥ、貴方の気持ちはとても嬉しい。
 私も貴方と一緒にいると凄く安心する。貴方の傍にいたら何も…怖くない気がする。
 だけどそれは貴方に依存しているだけかもしれない。
 今の私にはこの感情が依存なのか恋心なのか分からない。
 だから、最初に決めた通り今日で恋人関係は終わりましょう。
 少し時間を置いて自分の気持ちを確かめたいの」
「…そうか、そうだよな。分かったよ。今回は一旦引く。
 今度は俺が待つよ。お前を待たせてきた何倍の時間でも待ち続けるから」
「ルゥ…」

 夕食の後片付けを手伝い、ルゥは帰っていった。
彼の姿がドアの向こうに消えていくのを見送った私は安堵なのか憂鬱なのか分からないため息をつく。
とりあえず無事にルゥとの交際も終了した。

 ――ゲームの終わりはいつも寂しい。
遊んだことのない人には分からないとは思うが、ゲームをする上で気力や体力、集中力は必須だ。
勿論自分の好きな時に終えて良いのだが、ゲームの終わりはストーリーの完結だけではなく攻略対象キャラクターの背景や心の闇、
世界の謎などを全て解明してイベントやCGを集めきった時に訪れる。
完全なるゲームクリアまでに時間がかかるのはこういう全ての要素を集めるからなのだ。
なのでゲームを終える時はやり切った満足感と疲労感、そしてもうゲームをする必要がないことを少し寂しく思う気持ちも抱く。
 しかしこのブリズナー兄弟でのゲームは疲労感はないけれど、寂寥感が心に広がる。
まだ計画の途中なのだから寂しい思いをするはずがないのに何故だろう。
 所詮、実体験の足りない私が生身の人間でゲームをして遊ぶなど無理なことだったのかもしれない。
相手への感情や相手の性質情報をリセットしたつもりでいたけれど、
一度知ってしまったこと、感じてしまったことは心から簡単に消えるわけがないのだ。
 今の私が恐れているのは、私のルールが露見することではない。
彼らがそれを知った時に傷ついたり私を軽蔑するかもしれないということを恐れるようになってしまっている。
これは彼らに愛着を抱いてしまっていることに他ならない。
 それが一時的なものなのかそれとも本心なのか、ルゥに言ったように少し時間を置いて自身の気持ちを確かめたい。
明日一日は様子を見ることにしよう。
そしてその翌日には最初のターゲットを決め、夏休み最後の日に勝負に出るのだ。







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