一日完全に私は私だけのものとなり、冷静に自分の心を見つめてみた。
最初で最後になるかもしれないこの勝負。良くも悪くも一番思い入れがある相手を選んだ方がいいだろう。
――そうして、真っ先に私の頭に思い浮かんだのはハリソンだった。
夏休み終了二日前、0時を回ってすぐに私はハリソンに告白する覚悟を決めた。
こちらの告白を受け入れてもらえないという可能性はあったが、杞憂に終わりそうだとも思う。
本当に彼が私を想ってくれているなら交際が終了した今も彼女など作らず私の言葉を喜んで受け入れてくれるだろうし、
もし遊びだったとしても私の告白を面白がって受け入れるであろうからだ。
――ハリソン、無邪気で繊細な貴方を傷つけようとしている私はなんて罪深い女なのだろうか。
自分で決めたルールのはずなのに貴方が私を軽蔑して突き放す瞬間を私はとても恐れている。
それでも私は心の片隅で違う恐怖も感じているのだ。
もし私がトリガーを引き彼がルールを発動した瞬間、私は自分の勝利に思わず笑みを浮かべてしまうのではないか。
もしくは私が遊びだったことを知り本気で傷つくハリソンを見て喜ぶという嗜虐な心が目覚めやしないか。
完全なるゲームの虜となってしまったら、私はもう一生純粋な恋愛は望めないだろう。
そんな狂気に憑りつかれてしまうかもしれない自分を酷く恐ろしく感じる。
もしもそんな私が生まれることがあったら、その時はハリソンが私を手酷く痛めつけてくれたらいい。
そうすれば私はこれまでのように見えない血縁者に怯え、人と距離を置く日々に戻ることができる。
夜中に連絡するのは気が引けた為、朝まで待つことにしたもののなかなか寝付けないまま朝になってしまったが、
顔を洗って眠気覚ましにコーヒーを一杯飲んだ後、私はハリソンに連絡を入れた。
彼が返事をした瞬間からもう後には引けない。心拍数が上昇しているのが分かる。
「…もしもしハリソンくん?です」
「うん、ハリソンだけど。ちゃん、朝からどうしたの」
レナードやルゥと付き合っていた四週間は会ってもいないし連絡も取っていなかったのでハリソンの声を聞くのは久しぶりのような気がした。
明るく元気そうな彼の声に私の顔は自然と笑顔になる。
「誰とも付き合っていないフリーの状態になって昨日一日考えていたの。
――私、これまで誰も好きになれなかったけれどこれからもそうなのかな、貴方たちと付き合っていた時はどうだったのかなって。
そうやって考えた時、ハリソンくんの顔がすぐに浮かんだ。
そうしたらもう一度ハリソンくんに会いたいと思った。貴方とまた楽しく過ごせたらって…」
「ちゃん、それって」
「まだ実感は湧かないけれど…私、貴方が好きだと思う」
顔だけでなく全身が熱かった。自分でもどこまでが本当の気持ちなのかは分からない。
けれどこんなにも体温が上昇するのだから、彼を好きな気持ちは完全なる嘘ではないのだろうと思う。
「ほ、本当に?ボクでいいの?」
「ええ、ハリソンくんが好きよ」
私がはっきりそう言った次の瞬間、ハリソンは「やった、良かった…」と安堵したような声を漏らした。
喜びを噛みしめるような彼の声に私は胸の奥を鋭い爪で抓られたような痛みを感じる。
――もしかすると彼は本当に私を愛しているのか。
だとしたらこのまま私がトリガーを引かないように付き合い、そして彼がきょうだいでないことを確認すれば
何の問題もなく二人とも幸せになれるかもしれない。
けれど、それではこれまでのゲームが台無しになってしまう。ゲーム目的に付き合った他の二人と過ごした時間も無駄になる。
私は無駄を好まない。目的を持って遠まわりし綿密に成功率を高める工夫をするのは好きだが、あからさまに無駄になってしまうことは嫌いだ。
とはいえ、ゲームを続けようがこのままゲームを放棄しようがレナードやルゥを傷つけることには変わりがないのだけれど。
謂わば最後までゲームを楽しむというのは私のポリシーでありプライドでもある。
彼らと付き合ってきた日々も自分らしさを貫いた。自分で決めたことはやはり何があっても曲げたくはない。
…ルゥは芯が強いと言ってくれたが、やはり私は偏屈だ。
「じゃあさ、今日は会える?すぐ会いたい」
「ええ、大丈夫」
そう言って私たちは待ち合わせ場所と時間を決めた。
いつもの公園に10時。私たちの始まりの場所だ。…そして終わりの場所にしよう、と私は考える。
今日は目一杯恋人気分を楽しみ、明日全て壊して終わりにしよう。
その時、顔を歪めるのは私だろうか、それともハリソンだろうか。
夏休み最終日。私がゲームに勝利しようが敗北しようがハリソンとの関係の終わる日となる。
私が勝利すればハリソンが私を拒絶し交際終了するがハリソン攻略レポートが完成し、
私が敗北すればハリソンに真相を話し勿論のこと交際終了するだろうが、今後私は彼らから軽蔑されどんな扱いを受けるか分からない。
それはそれでゲームや漫画のような特殊な条件下で生きることになって新たな発見もありそうではあるが、
シオが悲しんだり怒ったり、それ以上に彼女に嫌われたりするだろうから、やはりできれば勝利して何事もなかったように新学期を迎えたいものだ。
昨日の別れ際にハリソンから遊園地に誘われたので今日はそこに行くことになっている。
夜には花火もあるらしく、彼はとても楽しみにしているようだった。
丁度、試したいこともあったので私も快く遊園地行きを承諾した。
夏休み最後の日、遊園地という非日常的な場所で夜に花火を見て最高の気分に浸り、
帰り際に寄ったいつもの公園で、私は彼のトリガーを全力で引くのだ。
そして私がこっそりと防弾装備していることを知ることなく、ハリソンも全力で私に弾を撃ち込めばいい。
互いに全力で戦い抜いた後、静かな公園に立ち尽くすのは誰か――恐ろしくもあり楽しみでもある。
「――ねえ、次はパニックルームに行こうよ」
「ええ、行きましょう」
昼前に遊園地に着き真っ先に人気のアトラクションに立て続けに並んで乗った後、軽食を取りながら一休みしているとハリソンがある建物を指差した。
その建物は古いホテルの外観をしており、中は人の恐怖を掻き立てたり突然驚かす仕掛けが施されている夏限定のアトラクションだ。
パンフレットの説明では、五階建ての建物で各階に一組通される。
恐怖レベルが1から5まで設定されており、レベル1の一階からレベルは上がり五階がレベル5で一番怖い仕掛けになっていて、客は任意に階層を選べるのだ。
またそれぞれコンセプトや内装が違うので同じアトラクションでも5回は楽しめる、というのが遊園地側の売りのようだ。
内装や仕掛けはホログラムや音響などを利用したこども騙しに過ぎないのだろうが、外まで叫び声が聞こえてきたり出口から出てきた子どもたちが泣いていたりするので
もしかすると予想外に恐ろしい何かが待っているのかもしれない。
とはいえ、私を怯えさせるには私と血縁者であることを示す遺伝情報を持った者が待ち受けていればよいだけなのだが。
しかしながら、私はこのパニックルームを遊園地に来た目的としていた。
ハリソンの“女から手を出すとアウト”というルールはどこまで適用されるか知りたかったのである。
恐怖心から相手と手を繋ごうとしたり、咄嗟に相手に抱き付く女性もいるだろう。
そんな下心のない状況でもハリソンのトリガーを引くことになるのだろうか。
だが、実行に移す前に私は徐に立ち止まる。
もしかしたら入る時点でアウトかもしれないと思い、私は少し緊張した。
ここで終了してしまっては流石につまらないし、アトラクションの入り口で別れ話などをされては後続の客に迷惑がかかる。
仕方がないのでとりあえず彼に伺いを立ててから手を繋いでみようと考える。
「…ハリソンくん。手を繋いでもいい?」
「うん、繋ごう。もしかしてちゃん怖いの苦手だった?大丈夫?」
「こういうところに来たことないから分からないけど、大丈夫…と思う」
そう言って私が手を差し出すと彼はにっこり笑って私の手を握った。
その後、入り口の端末にワンディパスポートIDを入力した私たちの携帯端末を近づけてチェックを受け、パニックルームの中へ進む。
私たちが選んだのは比較的空いていた四階だ。
中に入るとまず死にかけの人間が現れる。そして「外に出るには鍵が必要だ。だがどこかの部屋に落としてしまったから探せ」と
このアトラクションの終了条件と目的を端的に示してくれた。
そして「このホテルは恐ろしい化け物がいる。そいつは中をあちこち徘徊している。もしかしたら鍵もそいつが持っているかもしれない」というエネミー情報と
「そいつを倒すには道具が3つ必要らしいが、それがどこにあるかはわからない」と、ある程度の倒し方も教えてくれ、
最期には「…殺された者の魂は怨念となってこのホテルから出られない。俺も…もうすぐ……」と、恐怖心を煽る台詞をきっちり言い終わった後に絶命する役割を全うした。
どうやらこのアトラクションは恐怖を味わいながら探索し謎解きをすることが目的らしい。
ゲーム好きな私としては謎解き要素があるというだけで断然興味の持ちようが違ってくる。
ハリソンもどうやらそうだったようで、入り口付近の館内図を見ながら怪しい部屋を探していた。
とはいえ、私は心から楽しむわけにもいかない。
私の目的は恐怖状態において思わずハリソンに触れてしまった際の彼の反応を調べることなのだ。
怖くもないのに怖がってみせるのは自分を偽ることに抵触しそうではあるが、今回は実験の為なので仕方がない。
状況に応じてごく自然に怖がってみせなければ。
「…何か聞こえた」
「例の化け物かな?」
とりあえず全ての部屋を回るのがセオリーだろうということで、私たちは手前の部屋から順番に見回っていた。
仕掛けは思ったよりもよくできているが、あまり悩ませても回転率が落ちてしまうからか謎解きは単純であるようだ。
だがしらけている場合ではないので、積極的に怖がっていくことにする。
「創造物って分かっててもなんか気持ち悪い」
「さっきのゾンビ化した犬もリアルに作ってたもんね」
「ええ…」
私はそっとハリソンの腕に触れる。しかし彼は私を励ましながら先に進んだ。
どうやらこの程度ならばまだセーフらしい。
「…この穴、怪しいけど見るからに罠っぽい」
「絶対手を突っ込んだら引っ張られそうだよね」
そう言いながらハリソンは粘液のようなものが飛び散っている壁の穴に手を入れた。瞬間「わっ」と声を発する。
私は慌てて駆け寄って彼の腕を引っ張るようにして抱き締めた。
ハリソンは笑いながら穴から手を引き抜き、私に赤い石を見せる。どうやらこれが化け物退治に必要なアイテムのうちの1つだろう。
私は「もう」と言いながら拳で彼の胸をぽかりと軽く叩いた。何だか本当に恋人同士のようだなと私は冷静さを残す頭の片隅で思う。
ハリソンは「驚かしてごめん」とお茶目な笑顔を向けて私の頭を抱いた。
どうやら恐怖状態であればある程度の接触は許してもらえるらしい。
「ちゃん、意外と怖がりだね。見えるものしか信じないってタイプかと思った」
「見えるものなら対策を考えられるけれど、見えないものは対応が遅れるから怖いわ」
私は顔を背けながら彼の手を強く握った。
これは嘘ではない。私は見えない父親を恐れ、彼が他に残したかもしれない子どもを恐れている。
実際、この世界では見えないものの方が恐ろしいと思う。
よく恐怖系ストーリーで“結局一番怖いのは人間だ”なんて終わり方があるが、まさにその通りだ。
自分自身ですら全容を把握できない、感情や思考や行動を完全にコントロールすることもできない己が一番恐ろしい存在なのに、他人の本心なんて見えるはずがない。
今日が終わった時、ハリソンが私を恐れることだってあるかもしれないのだ。
パニックルームでの目的を遂げた私は、後は彼が帰ろうと言うまでトリガーを引かないように気を付けながら一緒に遊園地を楽しんだ。
興味のなかったアトラクションでもハリソンと一緒にいると待ち時間も楽しく思えた。
アイスクリームを食べ比べてみたり、子どもしか遊んでいないようなゲームコーナーで射的やビンゴゲームをしたり、夜の花火は観覧車から並んで見たり、
こんな他愛のないことでも付き合い始めの恋人たちにとっては忘れられない思い出になるであろう一日だった。
それを私は今からぶち壊そうとしている。ハリソンの想いや思い出を汚してしまうかもしれない。
彼の私に対する想いが深ければ深いほど彼は今日という日を苦いものとして記憶するのだろう。
遊園地の帰り道、私たちはいつものように公園に立ち寄った。
これまでは公園のベンチに座り空の色が変わるのを眺めながらとりとめのない話をしたり、
以前ハリソンらが餌をやっていた猫たちが里親の許で元気にやっているか思いを馳せたり、その日のデートを振り返ったりしていた。
今日は遊園地での話に花が咲く。
あのアトラクションは並んだね、とか絶叫マシンって言ってたけど思ったより怖くなかったね、とか花火が大きくて凄く綺麗だったね、とかだ。
あまり騒いでも近所迷惑にもなるし、私がしようとしていることへ持って行きづらいので
私はある程度彼の会話に付き合って相槌を打った後、携帯端末で時間を確認して見せる。
そして、まだ帰りたくないと言いたげにハリソンの腕に触れ、そのまま体を傾けて彼に凭れた。
その瞬間、ハリソンの体に力が入ったのが分かった。しかし無言で動かない。
そのまま彼が反応を返さないので、私は更に彼を攻めることにする。
私は彼の名前を呼び、ゆっくりと彼の頬に触れた。そして物欲しげに上目づかいで彼を見つめ、彼の太ももに手を置く。
「――いやだ、やめてよ!な、なんでちゃんがそんなことするの?
ちゃんもそんな女なの!?」
ついにトリガーを引いた私はハリソンに手を振り払われた。
彼は立ち上がり少し離れたところで怯えたような目で私を見ている。
このゲームは私の勝利だと達成感を感じてもおかしくないのに、私はそうは思えなかった。
ハリソンが私の手を振り払い慌てて距離をとった時、私はナイフで胸を貫かれたような痛みと空虚感に襲われたのだ。
そして無意識に私の目からは涙が溢れ出す。それで私は悟った。
このゲームはよくて引き分け、最悪敗北条件を満たしてしまった私の負けだ――と。
「ハリソン…、貴方はこれまで付き合った女の子たちにもそんな反応をしたの?」
「これまでって…」
「私は貴方たち兄弟が沢山の女の子と付き合っては別れを繰り返しているという噂を知っていて付き合った。
それが事実かどうかは分からなかったし最初は興味もなかったけれど、
友人らから話を聞いていたら貴方たちはルールを持って交際をしているように思えたの」
「君は…もしかしてボクを試したの?」
「ええ、そう。貴方たちがゲーム感覚で交際しているのではないか、そうだとしたら別れを切り出す行動は何か知りたくなった。
――貴方は女性から積極的に接触する、もしくは色欲を露わにすることを別れのトリガーにしてる」
「…そうだよ。そうだけど……こんなの嫌だよ、ボク」
ハリソンは本気で苦しんでいた。彼は私を心から愛してくれていたのだ。
しかし敗北者である私は自分の決めたルール上、彼を突き放すことしか許されない。
私たちはもう二度と手を繋いで笑い合うことなどできやしない。
私がトリガーを引いたが最後、私たちはナイフを互いに振り下ろし続ける定めなのだ。
「ハリソン、私は酷いことをしたわ。貴方が怒るのも無理はないと思うし、何をされても文句は言えないと思ってる。
でも、最後に本当のことを教えて欲しい。
――貴方はこれまで付き合った女の子たちと真剣に付き合っていた?それともゲーム感覚だったの?」
質問に答えることなく殴られても仕方がないとは思ったが、ハリソンは食い入るように私を見つめた。
彼の瞳に映る私は涙を流し続け醜い顔を晒しているに違いない。それでも私は彼と目を逸らさなかった。
ここまで来たら何もかも知りたいし、こちらのことも話すべきだと思ったからである。
「…遊びだったよ。君が言ったようにボクらはそれぞれ別れるきっかけを心の中で決めてた。
そして誰が一番短期間で別れるか、または誰が一番先に落とせるか兄弟で賭けてたんだ。
――ちゃんも最初は賭けの対象だった。
でも、ボクらは君と付き合ううちに本気になったんだ」
「…ねえ、ハリソン。
貴方がゲーム感覚としてではなく自身のコンプレックスの為に女性を拒絶するのなら私は仕方のないことだと思う。
けれど、拒絶されることがこんなに胸が苦しくて張り裂けそうだなんて最初の頃は思ってもみなかった。でも、今なら分かるわ。
全ての人がそうではないだろうけど人は誰かを愛した時、その人に近づきたい、傍にいたい、相手に触れたいと思うのは自然なことじゃないかしら。
私だって貴方と手を繋いでいる時、凄く穏やかな気持ちになれたし心地よくてもっと長く傍にいられたらいいのにって思った。
そんな相手の気持ちを無視して貴方は自分の決めたルールに則り簡単な気持ちで相手を拒絶したの。
…遊び感覚で付き合われる気持ちはどう?
本当に私が好きだというのなら今の貴方ならその気持ちを理解できるでしょう」
自分にも跳ね返ってくるような言葉だが言わずにいられなかった。
好きな人に少しでも近づきたい、触れたいと思うことは彼が思っているような汚らわしいことではないと知ってほしかった。
勝手な話だが私はハリソンにはもう遊びで人と付き合ってほしくはない。
彼のような純粋で繊細な人は素敵な女性に愛されて幸せになってほしいと思う。
残念ながらその女性が私ということは決してないのだが。
「――分かるよ!相手に遊ばれてたって知った時の苦しさも、相手に触れたいと思う気持ちも…!!
ボクだって君と同じように考えてた。
君にもっと近づきたい、もっと触れたい、キスして抱き締めて…君が考えもしないだろうそれ以上のことだって考えたよ!
君に触れられた時だって、君もボクと同じ気持ちなのかなって嬉しく思ったりもしたさ。
最後のは流石にあからさまな挑発過ぎたから体が勝手に動いたけど…」
ハリソンはそう言って身を守るように両手を体の前で交差した。
遊びで別れのルールを決めていたとはいえ、そのルール自体は恐らく彼のコンプレックスから来ているのだろう。
叔母が自分の父親と浮気をしていたのを知っていた彼は女という存在に少なからず恐怖や嫌悪を抱いている。
だから彼は相手が女の顔を見せた瞬間に拒絶し女性という存在そのものを馬鹿にしていたのだ。
どうせどんなに清楚な子もコケティッシュな面を持っているのだ、という風に見縊っていたのではないだろうか。
「――ボクも聞きたいことがある。
君はボクでゲームをしてたんだろ。
なのに何で君はそんなに苦しげにするのさ?どうして涙を流すの?
遊びなら最後まで笑顔で突き放せよ…っ!」
ハリソンは息もできないような苦悶の表情で私の頬を両手で挟みこんだ。
私の涙が彼の手を濡らしていく。私はとうとう彼から目を逸らし、瞼を固く閉じた。
――この瞬間に激しい雨が降ればいいのに。
涙も悲しみも全て流してしまう程の激しい雨に打たれて心も体も冷えて何かを考える余力もなく疲れ果て、
そのまま何も言わずに雨に溶けるように別れてしまいたかった。
「…ハリソン、私は漸く本当の気持ちに気づいた。私は貴方が心の底から好きよ。
言ったでしょう、これまで誰も愛さないように生きてきた私は見えない絆に怯える程に臆病なの。
それでも貴方に惹かれてしまった。この気持ちは嘘じゃない。
――けれど自分で決めたルールを貫くことは私の存在意義でもあるの。
だから私は貴方をとことん傷つけると分かっていても躊躇わずにトリガーを引き、全てを話すことに決めた」
ハリソンは未だ私の頬に手を添えて痛々しく視線を落としている。
たとえ彼が首まで手を下ろし絞め殺そうとしても私はそのまま身を任せよう。
そのくらい私は残酷な仕打ちをしたのだと思っているし、ハリソンがもし私のきょうだいであったとしても永遠に私は彼のものになれる。
…ハリソンの立場も考えずそんなことを考えてしまう私は、やはり人とあまり付き合ってこなかっただけあって
自分本位で我儘な思考の持ち主だなと頭の片隅で思った。
「――残念な女でごめんなさい」
「…本当に残念だったよ。
でもボクもそうだった。残念な男だったろ。…お相子だよ」
私はハリソンが何を言おうとしているのか分からずきょとんと彼を見上げた。
私の理解力が乏しいのからかもしれない。彼の言い方はまるで私を――
「ボクらは最初ゲーム感覚で付き合ってた。でも今は愛し合ってる。
それがボクらの真実だよ」
「…ハリソン、貴方は私を許すと言うの?」
「さっき言ったじゃない、お相子だって。
散々取り乱したけど、でも、君の本当の気持ちを聞いて確信した。
ボクは君が今ボクを好きならそれでいいって。
…ボクは君の最後まで自分らしさを貫くところが好きなんだ」
思い切りハリソンは私を抱き締めた。
私も戸惑うことなく彼の背中に手を回し、指の一本一本に力を込める。
今度は先程と違う温かい涙が私の頬を濡らしていく。
もしもハリソンが私のきょうだいだとしても、私はもう二度と彼から離れることはできないだろう。
世界を敵に回しても私は私を受け入れてくれたハリソンと一緒に生きていく。
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