一日完全に私は私だけのものとなり、冷静に自分の心を見つめてみた。
最初で最後になるかもしれないこの勝負。良くも悪くも一番思い入れがある相手を選んだ方がいいだろう。
――そうして、真っ先に私の頭に思い浮かんだのはレナードだった。
夏休み終了二日前、0時を回ってすぐに私はレナードに告白する覚悟を決めた。
こちらの告白を受け入れてもらえないという可能性はあったが、杞憂に終わりそうだとも思う。
本当に彼が私を想ってくれているなら交際が終了した今も彼女など作らず私の言葉を喜んで受け入れてくれるだろうし、
もし遊びだったとしても私の告白を面白がって受け入れるだろうからだ。
――レナード、貴方のキスを私は恐れた。
ゲーム中であっても「貴方がもしきょうだいだとしたら」という思いを私は捨てきれなかった。
ひょっとしたら貴方に惹かれていく自分に薄らと気づいていたのかもしれない。
けれど、私は心の片隅で違う恐怖も感じている。
もし、私がトリガーを引き彼がルールを発動した瞬間、私は自分の勝利に思わず笑みを浮かべてしまうのではないか。
或いは私が遊びだったことを知り本気で傷つくレナードを見て喜ぶという嗜虐な心が目覚めやしないか。
ただでさえ私は彼と言葉をぶつけあうことを楽しんでいるのだ。彼を打ち負かした瞬間の快感はさぞ甘美なものであろう。
その快感は恐らく私を狂わせる。完全にゲームの虜になってしまったら、この先私はもう純粋な恋愛は望めないだろう。
そんな狂気に憑りつかれてしまうかもしれない自分を何より恐ろしく感じるのだ。
もしもそんな私が生まれるようなことがあったら、その時はレナードが私を徹底的に打ちのめしてくれたらいい。
そうすれば私はこれまでのように見えない血縁者に怯え、人と距離を置く日々に戻ることができる。
朝になるのを待とうかとも思ったが以前レナードは日付が変わってすぐに連絡してきたことを思い出したので朝を待たずに告白することにした。
気持ちを落ち着ける為、甘めのホットミルクを作って一杯飲んだ後、私はレナードに連絡を入れる。
もしかするともう彼女がいて断られるかもしれない。そう思うと少し胸にぴりりとした痛みが走る。
これが彼の嫌う嫉妬心なのだろうか。心拍数が上昇しているのが分かる。
「…もしもしレナード?です。遅い時間にごめんなさい」
「いや、僕は構わない。どうかしたのか?」
抑揚をつけない話し方をするレナードとの会話が久しぶりな気がして先程とは違う胸の高鳴りを感じる。
私は本当に暗示にかかってしまったのかもしれない、と四週間ほど前のことを思い出した。
はっきりと好きだと言葉に出したのはレナードだけだった気がする。
彼の狙い通り言葉に魂が宿ってしまったのだろうか。
「以前貴方が言ったことは継続中なのか知りたくて」
「どのことだ?」
「私を諦めないってこと。もう別の人と付き合ってる?」
そう言うと携帯端末の向こうからレナードのふっと笑う様子が分かった。
それが安堵感からくるものなのか、してやったりという気持ちからくるものなのかは今は判別できない。
けれど、うじうじする女は彼の好みではないような気がして私は話を続ける。
「昨日久しぶりに誰とも付き合ってない状態で一日過ごしたけれど、貴方のことばかり考えてた」
「暗示が効いたかい?」
「ええ、そうね。あの時は言葉だけだったけど、今は気持ちを込めて言えるわ。
レナード、私は貴方が好きよ」
「僕もが好きだよ。この気持ちは継続中だ」
レナードは珍しく優しげな声で答えた。これは彼の本心なのかもしれないと思うが、それは私の願望なのかもしれない。
レナードは食えない男だ。表情の見えない会話のみの状態では彼の気持ち次第で簡単に騙されてしまうだろう。
「流石に深夜だし今からは会えないな。明日は会えるか?」
「ええ、勿論」
「じゃあ、久しぶりにの作った料理が食べたい」
「いいよ、私もレナードと一緒に食事するの好き」
その後は読んだ本の感想を言い合ったり新作の女性向けゲーム情報を教えたりという世間話をしたが、どことなく会話が甘く感じた。
彼と好きなことを語り合う時間は優しく温かな気持ちに満たされる。
吐く息すら甘くなっているのではないかという程にお互いの会話がくすぐったい。
一瞬、彼に遺伝情報を確認してもらいこのまま何事もなく付き合い続けたいという考えが頭を過る。
そうすればレナードも私も傷つくことなんてないのだ。
けれどそれでは私らしさが失われてしまう。
自分で決めたことを己の都合で取り消してしまったら、もうそれは“私”とは呼べない別の誰かになる。
そんな私をレナードは好きだと言い続けてくれるのだろうか。
…どちらにせよ、恋人気分を味わえるのは明日までだ。
私は自分の決めたルールに則りゲームを終了させる。
レナードの希望もあって朝から図書館のカフェで待ち合わせをした。
待ち合わせの5分前に着くようにしたのだが、彼もそうだったようで入り口で顔を合わせる。
おはよう、と挨拶をすると彼はにこりと笑って挨拶を返した。
涼しげな顔をしているのに温かく感じてしまうのは私の心の変化なのかもしれない。
「なんだか久しぶりだな」
「そうね」
少し気恥ずかしさを感じながら見つめ合った。そんな私の手に彼は自分の手を絡める。久しぶりの彼の手は変わらず指が細くて綺麗だ。
彼が二階の本棚を見に行こうと誘うので頷き、彼と並んで本棚の間を散歩するように歩く。
自習室には課題を持ち込んでいる学生たちの姿が数人見えるが、開館後すぐに本を読みに来ている人は私たち以外には二、三人もいないようだ。
しんとして空調の音しか聞こえない静かな空間は嫌いではないが、レナードと手を繋いでいる今はやけに心臓の音が煩い気がして
馴染みの大好きな場所にいるのに何故か緊張してしまう。
「朝はまだ空調が効いてないね。あっちにいこうか」
「そうね」
そうして彼について部屋の隅の人目につかない場所に行くと同時に私は本棚に押し付けられた。
彼は右手で私の頬を撫で首を愛撫しながら親指で唇に触れる。
私は人の目がないか気になり辺りを見回そうとしたが、レナードは私の太腿の間に自分の足を入れ体を密着させてくる。
「大丈夫、辺りには誰もいない」
「何だか悪いことをしている気分だけど」
身動ぎできない私の耳元でレナードが囁いた。一気に体が熱を持ち息苦しく感じる。
もしきょうだいだったら、という考えが一瞬過ったがレナードが耳元に息を吹きかけるだけで思考が飛んでしまう。
力が抜けそうになり私は彼の洋服を掴んだ。
「顔、赤い」
「レナードが近いから」
「少し我慢してよ。僕はずっと我慢してたんだから」
意地悪そうな笑みを浮かべてレナードは私の唇に軽く触れるキスを落とした。
唇の先が触れているだけなのにふっくらとして柔らかく感じる。彼の唇はそんなに厚い方ではないのに不思議だ。
前回と前々回は突然で全然覚えていなかったが、今回は感触まで記憶できそうである。
私は感覚を研ぎ澄ます為に目を閉じて唇に集中した。彼は軽いキスを繰り返す。
唇の先やふち、口角など場所を変えていく。私は下唇のふちにキスされるのが好きだと思った。
「――ルゥとはキスしなかった?」
「ええ、してない」
「良かった」
レナードはゆっくり離れると私の手を引き態勢を戻してくれた。
先程まで異空間に入り込んでしまったような気分だったのに急に日常風景へと戻る。
「本借りたらスーパーに寄って帰ろう。レナードの好きな料理作るよ」
「本当に?夜もいいか?」
「ええ、レナードがいいなら食べていって」
「じゃあお言葉に甘えて」
その後、私たちはそれぞれ本を借り、図書館の近くにある大型スーパーマーケットで買い物し帰宅した。
荷物は地下流通システムにより自宅へと配送される為、私はいつもその日の分だけでなく数日分まとめ買いしている。
レナードは手作りの料理はあまり食べないのだそうだ。だから買い物の時点から凄く楽しそうにしていた。
彼らの家は自動配送サービスを頼んでいるらしく味気ないプレートそのままで食べているらしい。
勿論、企業宣伝によると栄養面だけでなく見た目も味も良いはずなのだが、毎日食べるとなると味気なく感じても仕方ないかもしれない。
レナードは全体的に人の温もりに飢えているように思える。
一緒に料理を作ったり、食卓を囲み食事をする時の彼の明るい表情を見ているとこちらも気持ちが高揚した。
盛り付けは彼の方がセンスがあると分かったし、さっぱりした味付けの方が好みだということも分かった。
けれど、彼の新しい一面を知る度に私の心には氷のナイフが刺さっていくようだった。
明日にはゲームの勝敗がどうであれ、彼と別れることになるのだから。
とはいえ、今日のレナードは一度も他の女性と関わりを持っていない。
私が席を外している時にまとめて返信しているのかもしれないが、メッセージ交換をしている素振りも見せないのだ。
これでは彼に嫉妬する機会がなくトリガーを引くことができない。
上手く元カノの話に持って行くという方法もあるが、レナードにはあまり使いたくない手だ。
余計なことをすると彼に疑われてしまう。チャンスが巡ってくるのを祈るばかりだが…。
とはいえ、夏休みはもう一日ある。最終日に勝負する予定であるので焦ることはないのだが、
今日は特別朝から気分が盛り上がって最高潮な一日だと思うので、トリガーを引いて一気に気分を落とすのには絶好の日にも思える。
昼食後、互いに凭れながらフィルムディスクを見ていると、二本目が終わる頃にレナードの携帯端末から音が鳴った。
私は来たか、と一瞬息を止めてしまった。私はトリガーを引きたくてたまらない気持ちを抑えられなかった。
冷静になる為にも私はレナードに気づかれないように目を瞑りゆっくりと、だが浅く呼吸する。
レナードが携帯端末を手に取り親指を動かし始めた。その後、視点操作に切り替えたのか指の動きは止まる。
その様子を見て私は今しかない、と覚悟を決めた。心の中でカウントする。3、2、1――
「レナード。…それ、誰から?」
「…友達からだけど」
「女の子?」
「確かにクラスメイトの女子だけど、何故そんなことを聞く?」
ぴりっとその場の空気が凍ったのが分かった。彼の別れのルールが発動しかけているのかもしれない。
だがこのくらいではまだ弱い気がした。もっとあからさまにトリガーを引かなければ。
「この前、レナードの噂を聞いた。今までいろんな子と付き合っては別れを繰り返してるって。
でも、そんなことどうでも良かった。貴方は私を好きだと言ってくれたから。
――だけど、今は凄く嫌。貴方が私と一緒の時に別の誰かのことを考えるのは苦痛なの。
この気持ちは何なのかしらね。…嫉妬?
…愚かなものね、噂を真に受けるなんて」
レナードに負けず私も冷たい笑みを浮かべた。
正直に言うと、レナードが誰を相手にしていても私は特に気にしない。それは以前彼に話した通りだ。
けれど噂を真に受けてこのゲームを考えたのは本当だ。私は敢えて嘘と本当を混ぜて話した。
嘘だけではばれやすいと思ったからだ。
しかし、レナードはそんな私の考え全てを見透かしたように美しく、そして氷のように冷たく微笑んだ。
思わず彼から身を離すが彼は私の腕を掴み、動けなくなった私の頬を右手の親指と人差し指で挟むようにぐっと掴む。
彼の指で挟まれた私の顔は中央に歪んだ。
これは彼のトリガーを引けたということなのだろうか。それとも私の思惑に気づかれてしまったということか。
私は視線を逸らせたら負けが確定してしまうような気がして、正面のレナードと見つめ合う。
そんな私は先程までの甘い雰囲気とは180度違って宿敵を前にしたような眼光人を射る目つきをしているに違いない。
「――、君は何を企んでいるんだ?」
「何とは?」
「君がそんなことを言うなんて僕は信じられないな。先日の話と全く違うじゃないか。
それとも僕を好きになった途端にそんなふうに変わってしまったのか?」
「そうかもしれない」
「嘘を言うなよ。僕は騙されない。
僕を試すようなことを言って何がしたいんだ?僕が狼狽えたり言い訳をするところが見たいのか?」
この時点で私は己の敗北を認めた。彼のキスを心地よく感じていた時点で既に確定していたのかもしれないが、
彼に行動が疑わしいと断定されたことで私は完全に諦めがつく。
体から力が抜けた。もう私には真相を話し、彼が私に罪するべきと思えば甘んじて罰を受けることしか許されないのだ。
それが私の決めた敗者の掟だ。
「…ごめんなさいレナード、私の負けよ。…私は貴方を騙してた。
噂を聞いたというのは本当よ。それも夏休み前。
貴方たち兄弟の噂を聞いて、私は貴方たちが何らかのルールを持って交際しているように思えた。
そこで私は貴方たちのルールを看破するというゲームを思いついたの」
「成程…ね、それを聞いたら全てのことに納得できる。
何故君のような人と距離を置いてる人間が急に人に興味を持ち始めたなんて言い出したのか、
遊びで男と付き合うことに嫌悪感を抱かなかったのか、更に言うと僕ら兄弟と順番に付き合うなんて提案してきたのか。
…君は目立つようなことはしないけれど僕らから見たら優等生だったからね。ずっと不思議だった。
ただゲーム好きな君だから現実で本当にゲームのような恋愛ができるかどうか検証したいのかも、なんて考えてた」
流石はレナードだ。最初から冷静に私というものを観察し分析していたのだ。
彼は満足そうに表情を緩めて私の顔から手を離した。
私は体の向きを変え、彼に顔が見えないように座り直す。
「そのゲームの中で私はルールを決めたの。
勝利条件は貴方たちの別れのルールを見つけ出すこと。
敗北条件は私の思惑を見破られること、貴方たちのルールを看破できないもしくは貴方たちには最初からルールなんて存在していない場合、そして恋に落ちた場合。
勝利した際は集めた貴方たちの情報を必要とする者に公開し、敗北した場合は相手に私の思惑全てを話し、
その際もし逆上した相手に何かされたとしても甘んじて受け入れ恨みは持たないこと」
「へえ、流石ゲーム好きなだけあって難易度を高めに設定したね」
「貴方たちが遊びであれ本気であれ騙すことには変わりないから、これくらいのペナルティは必要だと思ったの。
それに私は人を本気で愛せるはずがないと思っていたから」
「…それで、君は僕らのルールを看破したのかな?」
「確実かはわからないけれど、目星はつけてる。
――ハリソンの別れのトリガーは女性から接触、もしくは色目を使われた時。レナードは女性が嫉妬を露わにした時、
ルゥは少し微妙だけれど、自分の大切なものや自分の世界を相手が軽んじた時、例えば比べようもないものを比べさせるとか」
「うん、全問正解だ。凄いな、よく分かったね。
ハリソンはどちらかというと女性不審で性的な女性らしさを露わにされると駄目だし、僕は女が嫉妬する時に醜く歪む顔が嫌いだ。
ルゥのは特に難しい。あいつはバカみたいな質問をしてくる奴って言ってるけど、恐らく君の言うことが真理なんだろう。
…いつから気づいてたんだ?」
「友人に噂を聞いた時から何となく見当を付けていたの。でないと付き合ってすぐにトリガーを引いたら間抜けでしょう。
噂なんて貴方たちは気にしないかもしれないけど女子は事細かに話すものよ。これからは気を付けた方がいい」
「そうだな、あいつらに言っておく」
そう言ってレナードは寛ぐようにソファに凭れた。
彼はすっかりご機嫌だ。彼の様子を見るに、彼もまた本気で付き合っていたわけではないということか。
その可能性は考えていたにも関わらず、私の心は締め付けられるようだった。
私のことを好きだと言ったあの言葉も嘘であり、待ちきれないように図書館でしたキスも全て遊びのうちだったのだ。
私も同じ立場であったはずなのに何故こんなにも胸が痛いのだろう。
――やはりこのゲームは完全なる負けだったらしい。
今頃自分の気持ちに気づくなんて私はゲームの主人公か。
卒業まで気づかずに相手に告白させる主人公らのことは自分でプレイしていても不思議に思う。
けれどそれがゲームの仕様だからと最初から割り切ってプレイするが、実際に自分の気持ちに気づくのがこんなにも遅い女がいるのだ。
残念ながら私はゲームの主人公とは違い、相手に告白させるほどの魅力は持っていない。
「――というわけで、君のルールに則ると僕は何をしてもいいんだな」
「ええ、何でも受け入れるつもりよ」
私がそう言うとレナードは柔らかく微笑んだ。獲物を捕まえ食べる前の捕食者は皆彼のように幸せそうな顔をするのかもしれない。
情けないがこんな状況でも私は彼の顔に見惚れてしまう。
人を好きになるというのはやはり恐ろしい。
ルール関係なく今の私はレナード相手ならば何をされても許してしまいそうだ。
そんな想いを抱いている私の指を絡め取ったレナードはいつものように指にキスを落とした。
壊れ易いものを扱うように優しくデリケートに触れる彼の指や唇。
――それらの感触は新しい私を生み出してしまった。
私は心の底から激しく沸き立つある感情に気づく。
レナードは他の人にもこんなに優しく魅惑的に触れたのか?
理解できないと思っていた執着心と別の者への妬心が目覚めてしまった。
私は彼を騙した挙句、更にレナードの嫌う女になってゆく。
それは我ながら惨めで悲しいことだ。
「それじゃあ、君に二つ命令させてほしい」
「ええ、どうぞ」
「一つ目は君がゲームに出てくる男しか愛せない理由を教えてくれ。
君は僕らの事情はあらかた知って、それなりに推理しているだろ?
僕も君のことを知りたい。何故君は人を愛せないのか」
「ええ、分かった。全部話すわ。貴方にとってはとてもくだらない理由かもしれないけれど」
レナードの求めに応じ、私は全てを話した。
彼のような冷静な人間は「そんなのくだらない」とか「確率を考えろ」とか「そんなに心配なら私立探偵にでも調べさせろ」などと
言いそうだなと思いながらも、彼は黙って静かに耳を傾けていた。
「――上手く言えないけれど、でも、私にとってはとても怖いことだったの。
好きになった人がきょうだいと知った時の背徳感に襲われるのも、その人との別れのつらさも、
社会不適合者のように思われるのも、私には全て恐ろしかった。
だから最初から誰も好きにならないようにしていたの。
人に関心を持たず一定の距離を保てば恋に落ちることなんてないと思っていたのよ」
そこまで話した私の目には何故か涙が溢れていた。
これまで頑なに自制していたのに、ゲームだと割り切っていたはずなのに、私はレナードに惹かれてしまった。
この気持ちは本物なのだ。苦しくて切なくてあまりにも自分勝手な想いだけれど私にとっては大切で初めて見つけたこの気持ち。
それをこのまま心の中で腐らせてしまいたくない。たとえレナードにあっさり捨てられるとしても。
「レナードに最初キスされた時の私は感触も覚えていないくらい凄く驚いて、後から恐怖を感じたわ。
でも今日のキスは恐怖なんて吹き飛ぶような心地よさを覚えた。
…私は貴方に本気で恋をしてしまったんだわ。
貴方の冷たくて凍りそうな綺麗な笑顔も、一緒に料理する時の少し幼げな瞳も好きだし、こうやって貴方と殴り合うような会話をするのも好き。
この気持ちを貴方に信じてもらえなくても仕方がないことだと思う。
でも、私はレナードがきょうだいでないことを切実に祈ってる。
それは恐怖からくるものではなくて、純粋に貴方が好きという気持ちからよ」
「、君って人は…」
レナードは私の頬を流れる涙を拭い強く抱き締める。
何故彼は全てを曝け出した私なんかに優しくするのだろう。
私はただの臆病で狡い女なのに。
けれど彼は私を抱き締めたまま髪を撫でた。このまま身を任せ彼の背中に手を回したい。
でも、私にはレナードの本心が分からない。この行為も何かしら企てているのだろうかと考えてしまう自分が嫌だ。
先程拭われた頬はもう新しい涙で濡れている。
「どこまでも僕の斜め上の思考なんだな。君がそんなに臆病だなんて思ってなかった。
そんなに怖いならすぐにでも安心させてやるから、待ってて」
そう言って彼は私からそっと離れ、リビングのテレビジョンに携帯端末を接続しネットワーク画面を映した。
政府が管理している遺伝子データベースにアクセスしてIDを入力し、異なる3つのパスワードを入力して自分の遺伝情報ページ参照の許可を出し、
その後、私にも同じように許可を取らせ、鑑定のページの異母きょうだい鑑定にて二人のIDを入力して父親の遺伝子が共通するか調べた。
精度を高める為にそれぞれの母親の情報も照らし合わせると良いらしく、
偶々二人の母親が“子が知る権利を施行した際、情報の参照を許可する”という項目にチェックを入れていた為、母親の分も合わせて鑑定できた。
その結果は――悲劇的な物語のような結末ではなく、どちらかというとラブコメディにありがちな血は繋がっていませんでした、というものだった。
レナードにしてみたら当然なのかもしれないが、私は脱力するくらいに安心した。
これで彼とのキスも不義のものではないのだ。
とはいえゲームで付き合っていた際にしたのだから節操のあるものとも言えないが。
「安心したようだな」
「ええ、とても」
「それならこれで問題解決だ」
「そうではないでしょう?貴方はもう一つ命令したいことがあったはずよ」
「もう命令する必要はないと判断した」
「どういうこと?」
「…まったく、君は聡いようで鈍感だな。
命令なんてしなくてもは僕のものだってことだよ」
少し呆れたように、けれど少し頬を赤らめながらレナードは笑った。
私は呆然と問いかける。
「私を許すの?」
「許すも何も僕は別になんとも思っちゃいない。
ただ君が何か企てているみたいだから真相を知りたいと思った、それだけだ。
――何より、僕らの方が許されないようなことをしてる。
君が言ったようにこれまでいろんな子と付き合ってわざと挑発して捨てるように別れてきたし、今回も君を誰が一番先に落とせるか賭けてた。
結局、皆が君に本気になったんでゲームは無効になったけど、僕らの方が罪深いさ。
でも君はそんな僕でも好きって言ってくれるんだろ?」
「ええ、そうよ」
「だからもう君の方に問題はないんだ。
ただそれだけじゃ流石の僕も胸が痛むから、君やこれまでの彼女らへの償いの方法として考えていることがある。
それは僕が今後もを真剣に愛し続けること、遊びで人と付き合うのはやめるようにルゥとハリソンに話を付けること、だ。
…君がそれで許してくれるなら、今度こそ本当の恋人になろう」
「レナード、ありがとう…!」
私たちは互いに手を伸ばして抱き締め合う。
そして本当の恋人になって初めてとなる長めのキスを交わした。
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