夢見堂 a la carte


〜相性診断〜

 ワタシは運命なんて信じていない。
何故なら相性は努力によって変えることができると身に染みて知っているから。

 ワタシが見ることのできる人々の中にある赤い石は、生まれた時から皆1つ持っている。
それは最初から個性を持っていて形も不規則だし、大きさも不揃い。
けれど自分とは別にピタリと合う組み合わせが存在する。
 まさにそれを運命と言うのだろうが、ワタシはそうは思わない。
石の形は生活する上で変化することもあるのだ。

「サバっち、相性診断お願い」
「はーい」

 ワタシはお客様を奥の席へと案内した。
カーテンを常に閉めており薄暗いその席にはワタシが使う水晶玉が置かれている。
年の割に高い代物を持っているが、これは祖母が買ってくれた。
 ワタシが不思議な力があると気づいたのは初等学校に通い始めてからだった。
ガラス玉で遊んでいた時に玉を覗き込むと人の丁度胸辺りに赤い石を見つけたのがきっかけだ。
その後、色々と試したところ透明な何かを介すると石が見えることが分かった。
当時、そのことを信じてくれたのは夢見堂のメンバーだけ。他の子どもたちからは「おかしな子」という認識をされた。
 そんな中でワタシが心を腐らせてしまわなかったのは、たち友人らと家族がワタシの能力をそのまま受け入れてくれたからだと思う。
ワタシの力を喜んでくれた家族はワタシが思う存分能力を発揮できるようにと現在使っている水晶玉を買ってくれた。
水晶玉の持つ力が強いこともあってそれを使い始めてからはくっきりと赤い石が見えるようになった。
そのことを話すと家族は更に喜び「お前の力が人の役に立つといいね」と言い、
元々ワタシの家系は白巫女様に仕えていた能力者の一族でワタシは隔世遺伝なのだろうと嬉しそうに話してくれた。
ワタシの力は世の為になるような大きな力ではないけれど、
家族が誇りに思ってくれていることでコンプレックスに陥ることなくこれまで生きている。
 ――人と比べるのはよろしくないことだけれど、やざくろは自分の力を嫌っている。
彼女らも、特には白巫女の血筋を継いでいる能力者なのだ。分家ではあるようだが彼女がワタシたち以上に力が強いのも頷ける。
そうやって考えていくと恐らく夢見堂のメンバーはジッカラートにおける巫女に仕えた能力者の血が流れている。
特にシロくんは現代の御三家と呼ばれる大瀬川家、蓮妙路家、桜田門家のうちの桜田門家の跡継ぎというから、
と能力的な相性が良いのは巫女を支える何かしらの力を先祖代々受け継いでいるのかもしれない。

「僕たち、お見合い相談所で紹介されてお付き合いすることになったんですが…、
 出会いはお見合いですけど、出会った時から物凄くウマが合うというか意気投合して今では心から愛し合ってるんです!」
「はあ…」

 基本的に相性診断に理由など求めないのだが、目の前の男は熱く語り始めてしまった。ワタシはその勢いに少々のけぞる。
そこまで愛し合っているのなら相性診断なんてしなくてよいのではないかしらん、と思うのだけれど、
話し始めてしまったことだし、とりあえず最後まで話を聞いてみましょうか。
 ワタシがそう思って聞く態勢になったと同時にがハーブティーを持ってきた。
男と女は「どうも」と恐縮したり礼を言ったりしながらもまだ口を付けることなくワタシを見据えるように座っている。
 二人の前にカップを置くとは静かにカウンターへ戻り、カナちゃんが用意していた飲み物を持って
別の部屋で寛いでいるだろう紫朗くんとトラのところへ運んでいた。
あの二人は基本的には表に出てこない。奥で本を読んだりゲームをしたり時には学校の課題をしたりして過ごしている。
ざくろはカウンターの隅に座ってお茶を飲みながら読書していることが多く、
は商品管理や接客、軽食の調理や飲み物を用意し、カナちゃんはのサポートをしている。
普段はほぼしか働いていないが、ワタシたちは基本的には毎日夢見堂に集まる。
いつお客様が来てもいいようにというのは実際は建前で、ここがワタシたちにとって心地良い居場所となっているからだ。

「――実は、僕の父親が経営する会社の業績が最近落ちてきていまして。
 近頃は彼女の父親から良い顔をされなくなり結婚の話が白紙に戻りそうなんです」
「小さい会社ながらも私の父は経営者をしておりまして、
 将来的に彼の会社に父の会社が吸収されるという話で結婚話が進められていたのですが、
 急に掌を返す父が恥ずかしいやら腹立たしいやら…」
「僕はまだ学生の身分ですが、この春に卒業しますしなんとか経営を上向きにできるように粉骨砕身する所存ですが」

 真剣に話す彼らを前にしたワタシは何だか面接官、もしくは彼女の父親になったような気持ちだ。
自分よりも年上の人から相談じみた話を受けるのは少し複雑である。
本当にワタシのような若輩者が相手でも良いのかしらん。

「彼女の父親を自信をもって説得できるような材料の一つとして、僕たちの相性も必要だと思っているんです。
 数年前に奥様を亡くされておりますがお義父さんは大恋愛の末に結婚し、苦労しながら今の会社を立ち上げたそうで。
 なので僕たちの相性がぴったりなことと真剣な姿を見せれば絆されてくれるのではないかと」
「ですが、お父様が相性診断というものを信じなければ意味がないでしょう」
「う、それはそうなのですが…」

 ワタシが気になったことを言うと、途端に男は言葉を失った。
突っ込まれて完全に黙ってしまうなんて面接だったら落とされる。
 うーむ、逆境に弱い男はよろしくないですね。
酒癖が悪い、暴力をふるう、ギャンブル依存症の男は三大あり得ない要素だけど、いざという時に頼れない男も次点ですわよ。
などとどうでもいいことを考えながらワタシは目の前の男と女をちらちらと見やった。
 すると彼女の方が小さくため息をついて口を開く。
瞬間、この二人の関係性が見えた。

「――実は駆け落ちを考えているんです」

 男が言ったことと正反対のことを考えているではないか。
ワタシは思わず突っ込みを入れたかったが何とか堪えた。
夢見堂のお客様だ、失礼があってはに迷惑がかかる。

「勿論、父をどうやっても説得できなかったらの話です。
 でも何もかも捨てて出て行く勇気もなければ、誰も頼れない土地でやっていけるのか自信もなくて踏ん切りがつかないと彼が言うので。
 …だからここ最近、おみくじを引いてみたり、占いをしてみたりして駆け落ちする勇気を貰っていたんです。
 もし私たちの相性が良ければどんなところでも支え合いながら暮らしていけると思って」
「もしも今回相性が悪かったらどうするおつもりですか?」
「その時は…運命など信じず、駆け落ちはやめて結婚も延ばして僕は会社の立て直しに全力を尽くします」
「私は元より彼について行くつもりですし、駆け落ちをしないなら彼が自信を持って迎えに来てくれるのを待つつもりです」
「どちらにせよ結婚するつもりなら相性診断なんて必要ないと思いますが…、
 ともあれお二人がご所望ならワタシは診断しますが」
「元々願掛けのつもりで来ましたのでお願いします」

 男の方が強く望むのでワタシは相性を見ることにした。
石を見なくてもある程度の関係は分かるけれどもこれが商売なのでやりましょうか。
 ワタシは水晶玉に被せていた布を外し静かに覗き込む。
水晶玉越しに男と女の胸元に赤い石が見えた。
話を聞く分には女性優位ながらも仲睦まじく見えたが…石は別の姿を見せる。
 基本的に交際している二人の石は相手に合わせて変化しようとする。
付き合っていく上で多少妥協したり我慢したりするのは最低限のマナーのようなものだ。
だから相手のことを心から愛している人の石は相手に合わせて変化する。
相手をより想う方が変化しやすいし相手の石を抱え込むように変わっていく。
最初から殆どペアになっている石もあるけれど、それは稀だ。
 けれど、男の方は女に合わせようとしているが女の方は相手に合わせようという心意気が感じられない。
駆け落ちを考えているとは思えない程だ。彼女は本当に彼を愛しているのだろうか、などという考えが一瞬浮かぶ。
 ワタシはざくろとを見た。
は穏やかに笑って大丈夫、というように頷いてみせる。

「…お二人の相性はあまり良いとは言えません。
 ぴたりと合う二人を100%とすると、お二人は30%といったところです」

 ワタシの言葉を聞いた瞬間、女の方から舌打ちしたような声が聞こえた気がしたが
彼女は優雅にハーブティーを口に運んでいたので気のせいかもしれない。

「そうですか…。やはり短絡的な駆け落ちなんて方法はやめた方がよさそうですね。
 でも店長さんの説明を聞く限り今の相性が悪くても後々良くなることもあるんですよね?」
「はい、互いを思い遣ることで100%に近くなります。
 ――ワタシが言うのもなんですが悪い結果は教訓程度にして信じないことです」
「はあ…」

 最初の勢いが全くなくなった男は肩を落とし、料金を支払う。
女も仕方がないといった様子で立ち上がった。
 丁度その時、ドアベルが鳴る。
入ってきたのは顔馴染みの警備隊員、草薙陽太郎さん。は子どもの頃から彼と面識があった。
子ども相手にも優しく親しみやすい対応をする彼はこの地域にある警備隊分庁舎に勤務している部隊長だ。
部隊長に昇任してからは彼が巡回任務をすることは滅多になく会う機会も減ったが、今日はどうしたというのだろうか。

「やあ、皆。しばらくだね」
「サビさん!お久しぶりっす!!」

 草薙さんに憧れているトラは奥の部屋からいそいそと出てきて笑顔で迎え、それに続いで紫朗くんも出てくる。
そんな突然の来客で店内が和気藹々とした雰囲気に一変したのを不思議そうに横目で見ながらカップルは店を出ようとしていた。
しかし、草薙さんは徐にドアの前に立ちはだかるように佇み、カップルを前にしても動こうとしない。

「そこの美しいお嬢さん、恐れ入りますが少々お尋ねしたいことがあるのですが」
「…何ですか、貴方」

 いきなり彼女に話しかけてきた男に不信感を抱いたらしく、彼氏がぐっと草薙さんを睨み付ける。
けれども草薙さんは動じない。警備隊証の入ったケースを掲げ、「クエハギノだな?」と女に問いかけた。
すると彼女の顔色は真っ青になり、じわりと下がった。

「有印私文書偽造、詐偽、殺人幇助の罪で逮捕する」

 落ち着き払った草薙さんの声は夢見堂の空気を凍り付かせた。
草薙さんは当然として動じていないのはとカナちゃんだけだ。
クエと呼ばれた彼女も、そして彼女の隣にいる彼氏は今にも目玉が零れ落ちそうな顔をしている。

「ど、どういうことですか!?彼女はそんな人間では――」

 男がやっとのことで声を出した時には草薙さんは女を捕まえていた。 
懐から指名手配犯の顔が印刷されている紙を取り出し、敢えて彼女の目の前に差し出して問い質す。

「顔を少し弄ったようだが残念だったな」
「くっ…」

 その後、複数人に囲まれているこの状況では逃げられないと悟ったのか、女は大人しくなり錠をかけられた。
相手の男は状況が未だに理解できずに偽名と思われる彼女の名前を何度も呼びかけるが、返事はない。

「では一先ず彼女を警備隊に連れていくよ。
 …貴方もご同行いただけますか。伺いたいことがあります」

 草薙さんに同行を求められ、男は漸く現実を受け入れたのか大きく項垂れて小さな声で「はい」と返事をした。
先程まで物凄い勢いで愛を語っていたとは思えない悲しい背中だった。

「お客様」

 草薙さんの後に出て行こうとする男にざくろが呼びかける。
男は力なく振り向いた。

「明日からお試しで縁切り無料サービスを行おうと思っているのですが…宜しければいかがでしょうか」

 ちらりとざくろはの方を見た。は優しげな瞳を向け、軽く頷いている。
男は泣きそうな顔でざくろの方を見て、ワタシたちもぐるりと見回した後に既に店の外で待機している草薙さんと女、
そして外で待機していた二名の警備隊員に目を向けた。

「――はい、お願いします。暫くは来れないかもしれませんが」

 そう言って男は深く頭を下げ店を出た。
残されたワタシたちは無言でカウンターに集まる。

、何で気づいた?」

 元々強面なトラは更に険しい顔でに問う。
彼は怒っているわけではないのはを含めここにいる全員が分かっている。
けれどワタシたちはトラがそんなに真剣に尋ねることも理解できるのだ。

「カウンターの下にマニュアルがあるのはみんな知ってるかな?
 その最後の方にね、指名手配犯の似顔絵や写真が特徴と共にファイルされているの。
 他のお店も同じようになってると思う。もしかしたらお店に立ち寄る可能性があるからね。
 犯罪者の顔なんて怖いからあんまり見たくなかったけど、もしもってことがあるから一応は目を通していたのよ」
「今日がそのもしもって時だったわけね」
「そうね、本当にびっくりしたよ。でもみーくんが気づかれないように草薙さんに連絡を入れてくれたから助かったわ」

 ざくろとワタシにいつもの飲み物を差し出した後、はカナちゃんににこりと笑いかける。
それでカナちゃんは草薙さんが書状を出した時に動じていなかったのだ。
恐らく電話をしたタイミングはがトラや紫朗くんへお茶を運んだ時だろう。
ワタシたちの意識がそちらを向いた時にカナちゃんがカウンターに隠れて警備隊に電話したのだ。
 
「それにしても良く分かったな。サビさんは顔を弄ってるって言ってたけど」
「前に草薙さんからポイントを教えてもらったの。
 どんなに顔を変える手術をしても目や鼻なんかの位置は変えられないし、目を見れば大体わかるって。
 だから何となくピンときたの。あの人の目は変わっていないようだったから。
 だからとりあえず草薙さんに連絡して直接見てもらうことにしたの。別人だったらそれでも構わないし」
「その時はサビさんが無駄足じゃない」
「まあまあ、当たってたんだからいいじゃないか」

 つまらなそうな顔をしている紫朗くんをカナちゃんが宥める。
普段からやる気のない、何を考えているか分からない表情をしている彼だけれど
が危険なことに巻き込まれるのだけは耐え難いと思っているようだ。
それはワタシたちも同じだけれど、彼女の傍に一番長くいる彼は殊更その想いが強いに違いない。

「…でも、あの人何したんだよ。サビさんは殺人幇助とか言ってたけど」
「この紙には簡単に事件のことを書いているわね。
 資産家を殺して自分たちにお金が入るようにしたと書いてあるよ。
 男と女の二人組というからもしかすると先程の男性が言っていたお義父さんという男が共犯者かもしれないね。
 その人が資産家を殺害し、文章を偽造して遺産を自分たちのものにした」
「結局、あの依頼人の男は騙されてたんだよな?」
「さっき言ったように石を見る限り女の方は全然相手を想う様子がなかったわ。
 結婚詐欺でもしようとしたのかしらね」

 ワタシはココアを一口飲んだ。猫舌の私でもじっくり味わえる適温である。
本当はもう少し熱い方が最後まで美味しく飲めるのだそうだが、は私好みの温度でココアを出してくれる。
しかもできるだけ冷めにくい器に入れてくれて。
 皆もそれぞれのカップを手に持っている。
けれど紫朗くんは口には運ばずゆっくりと揺らしていた。
ミルクティーの香りが鼻先をくすぐった気がした。

「…あの言葉通り駆け落ちするつもりだったんじゃない?」
「愛し合ってないのに?」
「駆け落ちした後に女はある日どこかへ消え、父親と名乗る男から何故か連絡が入る。
 大事な娘を浚われて精神的に参ってるとか経営に支障が出てるとか言って金をせびる。
 払えないならお前の父親の会社に行くなんて脅されたりもするかもしれない。それで仕方なく金を払うパターン。
 それよりもあり得るのは、駆け落ち後にささやかな結婚式だけでも挙げたいとか女が言った場合。
 自分が管理すると結婚資金を預かり、そのまま消えるパターン。
 もしくはその両方合わせたパターンもあるかもしれないね」
「父親の会社の話は本当かな?」
「恐らく嘘でしょうね。偽の名刺でも作ってたんじゃないかしら。
 あの男の人、人が良さそうだもの。彼女の身辺調査なんて必要ないと思うタイプでしょうし」
「そこを逆手に取られたのか。気の毒な話だな」
「でも親も説得できない、経済力もない、駆け落ちする勇気もない人とは絶対結婚したくないわ。
 そんな人はたとえ駆け落ちしたとしてもくよくよして結局中途半端に終わりそうだもの」

 ざくろはふんと鼻を鳴らした。彼女は騙される方も悪い、という立場なのかもしれない。
けれど彼の去り際にしたあの提案は彼女の優しさを表している。
 彼女は見た目と中身が非常にアンバランスだ。
童顔だけれど言葉は意外と辛辣。かといって強い人間ではない。
なのでワタシは以上にざくろを独りにしてはいけないと思っている。
彼女はを守ることを生きる理由にしているように思えるからだ。
 だからワタシは時間が進むのが少し怖い。
がもし誰かのものになってしまったら――ざくろは相手を許せるだろうか、自分を生かせるだろうか。
ワタシの考えすぎなのかもしれないけれど、いつかはワタシたちにも別れの日がくるだろう。
このまま死ぬまでここに集い続けるのは難しいことであるときっと皆が知っている。
そしてその日は案外近いかもしれないということも。






夢見堂メンバー、2人目サバの話です。冷めてそうだけどそれなりに年相応の女の子のつもり。
お節介な大人になりそうなタイプ。
ちなみにサバの皆の呼び方は
  対 ヒロイン→名前呼び捨て
  対 シロ→シロくん
  対 クロ→ざくろ
  対 ミケ→カナちゃん
  対 トラ→トラ
  対 サビ→草薙さん

草薙さんの登場!そして謎展開でほんとすみません。
私もなんだこりゃと思いながら書いていたよ…。
でも相性診断と草薙さんをどう絡めれば良いのか分からなくてこんな着地点にしてしまいました。
うう、頭の良さと技量が欲しいね。
ついでですが、普通小説部屋にある『お姫様とハートの欠片』と似た世界観だったり。
あちらは何故か石を持って生れてきますが、この世界では自分の身体の中に持っている設定です。

…と、長くなりましたが読んでくださってありがとうございました!!

裕 (2015.8.23)


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