お姫様とハートの欠片





ある小さな国にお姫様がおりました。
お姫様は周りの大人たちに愛され何もかも許されて育ちました。
そうしてお姫様は良くも悪くも素直な性格になりました。

ですが、年月が経つと大人たちはお姫様の言動が我儘だと言うようになりました。
そしてお姫様が素直に行動するたびに、大人たちはお姫様を叱ったり、悲しい顔をするようになったのです。

お姫様は薄々気づいていました。
大人たちは自分を大人にしたいのだと。
それでもすぐに大人になれるはずがありません。
お姫様は自分の心を偽ったり、思ってもいないことを言うことがどうしてもできなかったのです。

しかし、自分の言動が相手を傷つけていることにも気づいていました。
なのでお姫様は自分の言動で人を傷つけるたび、また意にそぐわない言動をしなければならないたびに
生まれた時から手に持っていた不思議な形の赤い石に八つ当たりをするようになりました。

心がモヤモヤと苦しい気持ちの時に赤い石を壁に投げつけると
少しだけ石に傷がつき、たまに欠けることもあります。
ですが、お姫様の心は傷ついた石を見ると救われた気持ちになるのでした。

そうして赤い石の形がすっかり変わってしまった頃、大人の一人が言いました。
「そろそろ外に出かけてみてはどうかしら?」
それまで限られた場所で限られた大人としか関わっていなかったお姫様は外の世界に興味を持ちました。
そして喜んで外へ出かけたのです。

外で出会ったのは、沢山のお姫様と王子様でした。
そうです。この国で生まれた女の子は皆、お姫様であり、男の子は皆、王子様なのです。
お姫様は自分が特別な存在ではないことを知りました。

少し寂しい気持ちになりながら周りを見回すと、自分以外のお姫様と王子様は赤い石を見せ合っていました。
お姫様の一人に話を聞くと、生まれた時から誰もが持っているこの赤い石はハートの欠片と呼ばれ、
この世界には必ず一人、自分とペアになっている石を持つ人がいて、
その相手の持っている石と自分の石を組み合わせると綺麗なハートの形になるというのです。

お姫様は自分の相手がどんな人なのか気になって、自分の王子様を探し始めました。
ですが、あちこち欠けていびつな形をしているお姫様の石は、どの王子様の石とも合いませんでした。
それでも、お姫様は王子様を探し続けました。
しかし、お姫様の王子様は全然見つかりません。

周りが運命の相手を見つけて結婚式を挙げていく中でもお姫様は王子様を探し続けました。
そんなお姫様を見かねてある王子様は言いました。
「石の形を変えてしまっては、一生運命の相手は見つからないよ。
 それ以前にこれほど大切な石を傷だらけにする人を好きにはなれない」

お姫様は自分の石を見つめました。
石の傷はお姫様の心が痛み、人を傷つけた数そのもの。
ツルツルだった最初の頃よりも、今のボコボコの形をした石の方がずっと愛おしいと思えるので
お姫様は石に八つ当たりすることを後悔はしませんでした。
心が重く苦しいまま生きる方が、ずっと人を傷つけてしまうからです。
そして、お姫様は王子様を探すのをやめたのでした。

お姫様はお姫様でいることもやめました。
そうして元お姫様は歌う仕事を始めました。
元お姫様は歌姫となったのです。

元お姫様の歌を良いと言う人も悪いと言う人もいましたが、歌っているときは光を浴びて特別な存在になれました。
ですが、歌えば歌うほど諦めたはずなのに心のどこかで運命の王子様に自分の歌が届くようにと祈ってしまうのです。

そんなある日、元お姫様はある小説家と出会いました。
彼と目が合った瞬間、ポケットに入れていた赤い石が熱くなった気がして、
元お姫様は石を取り出してじっと見つめました。
しかし、特に変わりはありません。

そんな元お姫様を前に、小説家は「はじめまして、お姫様」と挨拶をしました。
元お姫様は「私はお姫様ではないわ、王子様」と言いました。
「私は昔から心に想いを溜め込むと、この石に八つ当たりをしていたの。
 形が変わってしまったこの子に合う石を持っている王子様を見つけることはできなくなってしまった。
 最近、漸く諦めがついて私はお姫様でいることをやめたのよ」

すると小説家は優しく笑い、「僕も王子様ではないのですよ」と言いました。
「僕も想いを胸に溜める方なのですよ。そういう時は、硬い布で石を一心不乱に磨くのです。
 そうして一通り気持ちが落ち着いた時に手元の石を見つめて漸く気が晴れる。
 そんなことをしていたら石の凹凸が次第になくなって、僕の石も形が変わってしまいました。
 相手を見つけられない僕は、王子様であることをやめました」

元王子様の話を聞き、元お姫様は何だか嬉しくなりました。
心の曇りを晴らす方法は違えども、二人は通じるものがあるのです。
元お姫様は元王子様に興味を持ちました。

そんな元お姫様の気持ちが伝わったのか、元王子様は自分のポケットから赤い石を取り出しました。
その石は丸みを帯びていて表面がピカピカと光っています。
元お姫様はゴツゴツしている自分の石が何だか急に恥ずかしく思えてきました。
そっと手の上にのせた石を人差し指で転がします。

「貴方の石はとても綺麗。私の石はボロボロで少し可哀相ね」
元お姫様は呟くと、元王子様がこう言いました。
「そうでしょうか?僕には貴女の石はとても魅力的に見えますよ。
 ――そうだ、もしよろしければ石を交換しませんか?」
「交換?」
元お姫様は首を傾げます。

「これからは僕が貴女の石を磨き、僕の石に貴女が八つ当たりをするのです」
「でもそんなことをしたら、貴方の石が傷だらけになってしまうわ」
「その時はまた交換したらいいのです」
「でもでも、そうしたら石はどんどん小さくなっていってしまうわ」
「ええ、石は今までよりもずっと速い速度で小さくなるでしょう。
 ですが、考えてみてください。このまま自分の石を持ち続けても、いつかは失われてしまいます」
「ええ、そうよ。私はその時を想像するのが怖いの。
 この石がなくなってしまったら、私の心はどうなってしまうのかしらと。
 かといって、この石に八つ当たりするのを止められない」
「そうです、僕も同じです。だから、こうするのはどうでしょう。
 交換する石が無くなってしまったら、それからは言葉を交わすのです」
元お姫様は不思議そうに元王子様の唇を見つめます。
彼の口からは想像もつかない言葉が沢山出てくるのです。

「心に溜まっている想いを、言葉で外に出す練習をするのですよ。
 僕達は思うに目の前の相手に想いを伝えることが酷く下手なのです。
 なに、苦しいことだけでなくてもいいのです。楽しかったことなど何でも話していいということにしましょう。
 恐らくその方が話しやすい」
「でも、私は昔からとても我儘なの。それで人を傷つけてきた。
 だからきっと貴方も傷つける」
「いいじゃないですか。僕も貴女を傷つけることもあるでしょう。
 そうやって他人に慣れていくしかないと思いませんか?
 ――それに、実を言うと僕は貴女にとても興味があるのです。
 僕は貴女と逆で人に言われるままに生きてきて自分の意見なんて殆ど言えない人生でした。
 だから貴女の真っ直ぐな性格には非常に憧れる」
「まぁ、嘘でしょう?
 貴方は今、そんなにも流暢に話しているじゃないの」
元お姫様がそう言うと、元王子様ははにかみました。

「こう見えて僕は今、人生で初めて、そして一番勇気を持って死にもの狂いで貴女を口説いているのですよ。
 貴女のような方と出会えるのはもう二度とないだろうから、ここで物語を終えたくないのです」
照れながらも真剣に見つめる元王子様の言葉を聞いた元お姫様は笑いました。
何故なら、元お姫様ももっと彼のことを知りたいと思ったのです。

そうして、二人は石を交換することにしました。
最初は彼の石に八つ当たりするのは気が引けた元お姫様でしたが、そのままでは彼にもう会えないような気がして
いつものように壁に向かって投げることにしました。
すると濁った水のようだった心が、すっと澄んでいくような感覚がしました。
そして床に落ちた彼の石を拾ってそっと撫でると、自分の石以上に愛おしく思えてきたのです。

それから二人は数回石を交換しました。
ですが、元お姫様は次第に石に八つ当たりしなくても心が落ち着く方法を見つけました。
元王子様のことを思い浮かべながら次に会った時はあの話をしようと考えるだけで、心は穏やかになるのです。
それは、不思議な感覚でした。
初めて感じる温かい気持ちでした。
元お姫様は次に彼と会う時は是非ともこの感覚を彼に伝えたいと思いました。
聡そうな彼ならこの気持ちの名前を知っているのではないかと考えたのです。

それでも、石を交換しなければ彼には会う理由がないような気がします。
元お姫様は悩みました。
悩んで悩んで心がモヤモヤしてきたので、また彼のことを考えました。
すると心が少し温かくなります。

元お姫様は、やはり今の自分には八つ当たりをする為の石は不要なのだと思いました。
そしてこれからはそっと撫でてやろうと思ったのです。
彼のことを想いながら石を撫でたら、さぞ心地よい気持ちになれるでしょう。
元お姫様は元王子様に会いに行くことにしました。

元王子様に会った元お姫様は自分の心の中をゆっくりと言葉にしていきました。
今まで相手を傷つけるとわかっていても正しいと思うことは躊躇なく言えていたのに、
彼を前にすると言葉がなかなか出てきません。
それでも一生懸命に話をする元お姫様を元王子様は優しく見つめるのでした。

元お姫様が最後の言葉を言い終わった後、元王子様は彼女の気持ちに名前を付けました。
「それは恋です」
――というよりも僕の希望も入っているのだけれど、と付け加えて彼は笑いました。
元お姫様はそれを聞いて漸く納得しました。
苦しくて切なくて、でも温かい。この気持ちが恋なのだと。
それはなんて綺麗な言葉なのだろう、と元お姫様は思いました。

すると元王子様がポケットから石を取り出しました。
そして口を開きます。
「僕も最近は石に頼らなくても気持ちを落ち着けることができるようになりました。
 貴女のことを想うだけで、僕の心は救われる」
そうして二人は最後となる石の交換をします。

しかし、二人はあることに気付きました。
交換を繰り返すうちに形が変わっていった石たちは、組み合わせると綺麗なハートの形になったのです。

――こうして、元お姫様は本物のお姫様に、元王子様は本物の王子様になりました。
二人は寄り添って石を撫でながら、今は愛という名前の感情を育てています。

めでたしめでたし。




誰か挿絵を描いてくださいm(__)m と声を大にしていいたい。
子ども向けの絵本っぽい話を作りたくなって考えたネタなのですが、語彙が少ない為に段々言い回しや簡単な言葉が出てこなくなって…
結局、大人向けの話にしてしまいましたorz

というわけで、2011年初の更新でした!
読んでくださった皆様、ありがとうございましたヽ(・∀・)ノ
どうぞ今年もよろしくお願いいたします!!

吉永裕 (2011.1.1)


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