第2章 第8節
ある所に、仲の良い貴族の夫婦がおりました。
妻は妊娠していることがわかり、とても幸せで平和な日々を過ごしていましたが、
夫が不慮の事故に遭い、この世から去ってしまうと、残された妻はあまりの寂しさで禁断の石に手を出してしまったのです。
夫を亡くしてからというもの、彼女は神経が衰弱し、精神状態も不安定でしたが
魔硝石と呼ばれる紫色の石を闇マーケットで手に入れてからは元気を取り戻しつつあるようでした。
しかし次第に目の色は紫色になり、彼女は魔硝石中毒と思われる狂った言動が多くなっていきました。
それでも、彼女のお腹の中の子どもはすくすくと育ち、ついに臨月となりました。
生まれてきた男児は母体からの血流量や栄養が少なかったのか、
色素が薄く、今にも止まりそうな弱い鼓動を辛うじて繰り返していましたが、
臍の緒を切ると同時に、強い紫色の魔力が彼を包み込みました。
なんと母体に蓄積されていた魔硝石の力が、彼に全て受け継がれてしまったのです。
そうして母体からは石の影響が全て消えました。
ですが、その男児は生まれながらに魔硝石への耐性を持ち、強い魔力を持つことになりましたが、
魔硝石特有の中毒は現れない代わりに沈静剤を飲まなければ魔力がコントロールできない身体になってしまいました。
それでも、満月の日は魔硝石の力が強まる為、一気に凶暴化してしまい、
身体の再生能力も爆発的に上がる為、髪の毛や爪が伸び、姿形が変わってしまうのです。
しかし完全に魔物化すると、魔硝石の力を無効化するので狂って人を襲うようなことはしないのですが、
変態途中は完全に錯乱状態の為に、近づくものは皆、攻撃してしまうのでした。
そんな自分を激しく嫌悪している男児は、争いことを好まない穏やかな大人に育ちました。
正常に戻った母親は再婚し、義理の父親も新たに生まれてきた弟も、勿論、母親自身も彼をとても大切にし、愛情を注いでくれました。
そうして成長した男児は、そんな愛すべき家族を厄介事に巻き込まないように家を出たのです。
「もしかして……」
静かに語られた物語にはゆっくりと口を開く。
「カイトさん、その男の子って……」
「アステムさん、その話って……」
「……リットンさんの…こと?」