長く机の前に座っていると時間の感覚が分からなくなる。集中していると尚更だ。
大学などの授業時間に見られるように人の集中力の限界は90分までという考えがあるようだが、平均は45分。
できるだけ集中力を高めて持続させる為には短く時間を区切ると良いらしい。
40分作業をしたら10分間休憩を取るという具合だ。
その休憩時間にトイレや水分補給、メールチェックなどの用事を済ませておくと集中する時間を良質に保てるらしい。
他に、ブドウ糖は脳を動かす為のエネルギーとなるので休憩の合間に補給しておくとより良い。
更には疲労回復効果のあるクエン酸を取ると効果的である。
――そういうわけで、は休憩時間になると複数の野菜や果物がミックスされたジュースを飲む。
また、クエン酸を活性化させる為に必要なビタミンB1は緑黄色野菜に含まれているので
疲労回復の為にも野菜のミックスジュースを飲むのが一番合理的だと考えているのだった。
「また野菜ジュース?」
いつものように所内を軽く散歩した後、休憩所でジュースを飲んでいたにミュウが声をかける。
彼は売店の袋を持っていた。どうやら今から食事を摂るらしい。
とはいえ時間は16時を回ったところだ。これは昼食になるのかそれとも夕食になるのか微妙なところである。
「ミュウ、今から食事ですか?」
「うん、お昼食べ損ねちゃって。もう夕食も一緒でいいやと思って沢山買ってきたんだ」
ミュウは袋からチーズとトマトとバジルのサラダ、ミートソースの入ったライスコロッケ、
ほうれん草のキッシュにビスコット、そして彼がいつも飲んでいる生搾りオレンジジュースを取り出した。
「貴方だっていつものオレンジジュースじゃないですか」
「あはは、それもそうだね」
「それにしても昼食を忘れるなんて何度目ですか?いい加減に身体を壊しますよ。
ある程度は仕事をセーブしてもいいのではないですか」
「でも今はAL開発の合間に依頼を請けるのを許してもらってるから尚更きっちり仕事しないとさ」
「それはそうですけど…貴方、最近は研究書や医学書もよく読んでいるでしょう?休む時間もないくらいに」
「うん。ナヲミが来てからは生物学や病理学も勉強してるよ。分野が違うから楽しいんだ」
そう言ってミュウは無邪気に笑う。
身体のことは心配であるが彼の気持ちも分かるはつられて微笑んだ。
知らないことを学ぶことは面白い。
物事に興味がなかった頃はそう感じたことはなかった。
時間を潰す為に本を読んで知識だけは得ていたけれど、興味や関心があるわけではなかった。
ナナミたちと出会った当初も彼女らの感覚を通じて世界に触れていたように思う。
その後、一緒に過ごすうちに彼女らの思考や行動原理を知りたくなり、
次第に彼女らが興味を持つ世界のあらゆる物へ関心が広がっていった。
それから知ることに対する欲望は留まることを知らない。そんな自分が少し恐ろしくもある。
ナヲミの病気のことも専門外だと分かっているのに気にせずにはいられない。
それは彼女を心配する気持ちと、あの病を完全に解明したいという気持ちが合わさった単なる自分のエゴなのだとは自覚している。
「分かります。またミュウは優秀ですから何でもすぐに習得しますしね。素晴らしいことです」
「君程じゃないよ!君ってば、実力があるのにボクなんかの下についちゃって。
まあ、ボクは凄く助かってるけどさ」
「いえそんな!私は昔から飽きっぽいので色々なことに手を出しているだけですよ。
自分で新しく生み出すよりも、色々な方の下で勉強させてもらう方が性に合っているんです」
「……謙虚な君らしい、凄く」
一寸黙したミュウは心得顔で頷き、ゆっくりと言葉を発した。
しかし、次の瞬間には真顔でを正視して動かない。
は彼に責められているような気持ちになる。
「だけどね、能力があるのに使おうとしないのは、もしかすると罪なことなのかもしれないよ」
「あ…はい。すみません」
「いや、違うんだ。君が誰かの下につくことで怠けてるとかそういうことじゃない。
責任持って誰よりも一生懸命仕事してるのも知ってる。
――ボクは悔しいんだ。
今のままじゃ君の力が最大限に発揮されないような気がして」
「ミュウ…」
「…ボクはさ、君に憧れてるんだ。君のようになりたいと常々思ってる。
だから君が全力を出せるような環境があればいいのに、って思う。
それが、結果としてボクの願いを叶えることになるしね」
「ミュウの願い、ですか?
ナヲミさんの回復と、人間のようなALの完成ですよね?」
「うん、そうだよ。、よく分かったね!」
「ずっと傍にいましたからね。何となく分かるんです」
「あはは、そういうのって嬉しいなあ。
、これからもよろしくお願いするよ、ナヲミのことやALのことだけじゃなくボクのこともさ」
「はい、勿論です」
は温容をたたえて頷いた。
それを見たミュウも笑って頷き、目の前の料理に手を伸ばす。
そんな彼の様子を見ては
*もう少しミュウと話をしようと思った。
*食事の邪魔をしてはいけないと席を立った。
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