第12話 と伊絽波
外の状況とは反対に、サルサラの神殿内は魔物も怨霊もおらずシーンと静まり返っていた。
しかしそれが余計に不気味さを物語る。
更に邪気の重くて冷たい空気が神殿の奥の方から流れて来て、気を抜くと邪気に身体を絡めとられてしまいそうだ。
は慎重に奥へと足を進めていく。
すると一番奥の部屋へ辿り着いた。
その部屋の奥に地下へと続く階段がある。
はゴクリと唾を飲み込み、階段へと向かうと、背後に気配を感じた。
『チリン』
静かな部屋に響く鈴の音。
次第に大きくなる靴音。
そして邪気の混じった霊気。
周りの黒い邪気に紛れてしまいそうな黒い髪と洋服。
その黒に浮き上がって見える白い肌。
こちらを見据える鋭い眼光は彼女の思いの強さを表しているかのよう。
そう、その思いはへの憎しみ。
その思いがこんなにも彼女を妖しく美しく演出しているのだ。
「ついにこの日がやって来たわね」
「…イロハちゃん」
フッと口角を上げて笑う伊絽波には余裕が満ちていた。
サルサラの神殿内ということで以上の力を得たと思っているのだろうか。
それとも何か秘策でもあるのか。
この場所にいる限り油断はできないと思い、グッと拳に力を入れ足を少し開く。
「…力も得ずにここに来るなんて、お姫様は何を考えてるのかしら?」
伊絽波がを見る。
「純潔を守って死ぬの? ――馬鹿みたい。貴女はいつだって綺麗事ばかり。
人間の汚い部分なんて見つめようともしない。 そんな所が大嫌いなのよ」
『ダンっ!』
伊絽波は笑みを浮かべたまま壁を殴りつけた。
手には黒い邪気が纏わりつき、その邪気によって壁が黒く焦げて凹んでいる。
完全に彼女は邪気をコントロールしているようだ。
「…貴女をここで殺すわ。
サルサラ様の所へなんか行かせない」
そう言うと伊絽波はガーターに付けていた棒手裏剣を取り出す。
「行くわよ。私は行かなきゃならないの」
はキッと伊絽波の瞳を見据えた。
そうだ。こんな所で死ぬわけにはいかない。
それにこの目の前にいる伊絽波も救い出さなければ。
は白い霊気を纏う。
黒い邪気の空間が彼女の周りだけ瞬時にして浄化され、白く浮かび上がった。
そうして懐から札を取り出す。
「死になさい、!」
「イロハちゃん!!」
2人は同時に駆け出し、手に持っていた物を投げた。
伊絽波の投げた手裏剣はの左腕を掠り、の投げた札は伊絽波の左足と右肩に貼り付く。
「っ…」
手裏剣によってできた傷がジリジリと熱い。
直に注がれた邪気がの皮膚を焼いているのだ。
しかしすぐに彼女の霊気でその黒い火は消えた。
それでも焼かれた細胞までは再生できない為、ヒリヒリとした痛みは残る。
一方、の札を受けた伊絽波は固まっていた。
札の周囲にパリパリと雷のような霊気が結界を作っていき、彼女を動きを封じる。
「っ…く…っまだよ…!」
伊絽波はグググっと左手を動かし、右肩の札に手をかけた。
そして表情を歪ませ、じわじわと札を剥がしていく。
「私には霊気なんて効かないわよ」
そう言って伊絽波は左足の札も剥がした。
「…」
そうだ。伊絽波も霊気を使うことができるのだ。
そこら辺の魔物や怨霊のように私の霊気で倒すことはできない。
しかし、邪気はどこから出ているのだろう。
霊気と邪気が体内に同時に存在することなんて考えられない。
何らかの手段を用いて、邪気を身体に纏わせているに違いないが…。
その邪気を発生させる為の媒介はどこ?
とりあえずそれを探す為に、は伊絽波の投げる手裏剣を避けながら我武者羅に札を投げつつ、彼女との距離を縮める。
伊絽波は飛んでくる札を手裏剣で壁に張り付けながらとの距離を一定に保とうとする。
体術を得意とするに近づかれるのは遠距離攻撃が主体の自分にとって不利になると分かっているからだ。
「…、何を考えているの」
「ただ貴女をここから連れ出したいだけよ」
激しく動き回って伊絽波の息は乱れていた。
は少しずつ彼女との距離を縮めていく。
――これが最後の1枚。
懐に手を入れながら最後の札を握り締めた。
確実な一撃を加えなければ。
は冷静に考える。
しかしその時、伊絽波の後ろに黒い影が見えた。
「――っ…」
がその影に気を取られている隙に伊絽波から2本の手裏剣が放たれていた。
慌ててそれを避けようとして横に飛び、地面を転がる。
しかし着地の態勢が悪かった。
体勢を立て直す前に、再び投げられた8本の手裏剣が自分に向かってくる。
は両手に霊気を集めて向かってくる手裏剣を叩き落していく。
だが――
――ダメだ、全部は避けられない!
死角から飛んできた2本に気づいたは避けることもできず、両手で急所をガードする。
「!」
すると誰かが前に飛び出て2本の手裏剣をパシパシと地面に叩き落した。
「…アゲハくん…」
「…サルサラ…」