隣の石田くん 第8話?
その後、びしょ濡れで戻ってきた私たちは体操服に着替えて、いつも通り放課後遅くまで残って作業をした。
「何だかご機嫌じゃない」と含み笑いするミヤをさらりとかわす。
親友のミヤにも、今はまだこの高揚感の訳を説明したくなかった。
もう少し、じわじわ・じりじりと胸を温かくし、顔を火照らせるようなドキドキする気持ちを独りで噛み締め、味わいたかったのだ。
――しかし、顔が火照っていたのはどうやらそんな想いのせいだけではないらしく。
「…38度7分」
夜、夕食後に急に身体の力が抜けるようにしてダウンしてしまった。
雨に打たれた後、着替えはしたものの髪の毛は濡れたままだったから、きっと身体が冷えてしまったのだろう。
だけど――明日、学校を休むのは嫌だった。
こんなことは初めてかもしれない。
寧ろ私は少しでも熱があったり、お腹が痛かったりすると学校を休んでいた人間だった。
そんなに学校生活が楽しいわけじゃない。
勿論、友達に会えるけれど、別に1日や2日会えなくても携帯のメールだってあるし淋しくない。
平日の、家族が誰もいない家の中でボケーっとしながらベッドに横になって映画のDVDを見たり、
見上げた窓の向こうの空を流れる雲を目で追ったりする時間がとても好きだった。
仮病と思われるかもしれないけれどそれでも実際にそういう1日があるだけで、心身ともに元気になれる気がするから
そんなに罪悪感は抱いていない。
――だけど、今は違う。
少しでも長く学校にいたい。
少しでも生徒会メンバーと一緒にいたい。
生徒会室でわいわいと話しながら、時々シーンと仕事に熱中しながら作業するのが好き。
変に気を遣わなくても嫌わない・嫌われない、そんな関係が幸せ。
そして……悠樹くんがいる。
そんなことを考えながら冷却シートを額に貼って床についたら、いつの間にか眠っていた。
朝起きて熱を計ってみたら37度8分。
頭痛もないし、吐き気もしない。大丈夫。
学校に行く!――そう気合を入れて学校へと向かった。
「…お前、顔色変」
「変って何よ」
ドサリと鞄を机に置き、椅子に腰を下ろすと石田くんはジーっと睨むようにこちらを見つめた。
「青いような赤いような…変な色してるぞ? 具合でも悪いんじゃねーの?」
「別に〜全然何ともないよ」
彼の視線から逃げるように、顔をプイッと背けてガタガタと引き出しから文庫本を取り出した。
「ホントに大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫大丈夫!ホントに何ともないんだってば。 石田くん、意外と心配性だね〜」
自分でも不自然かな、と思いながらも笑顔を作った。
きっと石田くんのことだから、具合が悪いなんて言ったら「帰れ!!」と言われて本当に帰らされてしまう気がしたから。
だけど、本当に大丈夫…そうだし。
大人しく今日1日過ごせば、明日は土曜日だし。
ただの微熱。大丈夫よ、大丈夫。
「今日はここまで終わらせたいね」
放課後、生徒会室ではいつもの作業が進められていた。
今日はアーチにつける看板を作らねばならない。
そこで私が文字を書くことになったのだが…。
――凄く息苦しいし…寒い。
自分でもただ字を書いているだけなのに肩で息をしているのがわかる。
瞼が重くて頭もガンガンしてきた。
背中がゾクゾク寒くて、でも顔から額にかけてポワポワと熱っぽさで包まれて、次第に意識が朦朧としてくる。
「――美桜、どっか調子悪い? 大丈夫?」
そんな様子に気づいたのか、四つん這いで俯いた状態から動かない私の顔をミヤが覗き込む。
「う…うん、大丈夫だよ?別に何とも――」
『パタリ』
頭をブンブンと振った途端、くらりとして、ふらっと身体が傾くのが分かった。
そして――
――気がつくと、ベッドの上に私は寝ていた。
「…っこの馬鹿野郎!」
「…すみません…」
目が覚めて身体を起こした瞬間、いきなり石田くんから怒鳴られた。
意味も分からず、とりあえず謝ることにした私。
…どうやら、ここは保健室のようだ。
「お前、何でぶっ倒れるまで無理するんだよ!?」
「あぁ…ぶっ倒れましたか…」
力なく私は笑う。
バレないようにしていたのに、全てが水の泡になってしまった。
「具合が悪いなら悪いって言え!んでもって早退しろ!!」
「…そう…なんだけど……」
だって、学校楽しいんだもん。
もっともっと沢山、皆と一緒に仕事したかったんだもん。
子どもが言い訳をするようにボソボソとそう言うと、石田くんは困ったような表情をして「はぁ」とため息をついた。
「…まぁ、お前が楽しいって思ってくれるのは嬉しいけどな、俺が無理矢理誘った手前、無理されたら何か申し訳ない気分になるだろうが。
――それに、無理して1日出ても、その後ぶっ倒れて1週間休まれたら逆に困る」
「…そうだね。そうだよね。ごめん…」
シュン、とうな垂れながら言葉を零すと、ポンと頭の上に何か冷たいモノが乗せられた感触がした。
「…もう少し頭冷やしとけ。まだ顔赤いし」
「…ん。ありがと、石田くん」
彼の顔を見上げると、彼は私の頭の上にアイス●ンを固定したまま窓の方を眺めていた。
何だかその横顔は、呆れてるような、ちょっと笑ってるような。
夕日が眩しいくらいに反射してよく分からなかったけど、でも優しい顔をしていた。
「今日、作業進んだ?」
「まぁ、ある程度はな」
その後、私の両親は共働きの為、迎えに来れないので自力で帰ろうとした所、石田くんが送ってくれることになった。
保健の先生が車で送ってくれるとも言ってくれたが、さすがに申し訳なくて断ったのだ。
そうして薄暗い中、私は心配性の石田くんに背負われて帰宅することに。
「もう皆、帰ったの?」
「あぁ」
彼と同じ目線で背負われている私は「普段、石田くんはこんな風に景色を見てるんだなぁ」とぼんやりと思いながら
ゆっくり変わっていく周囲を見回した。
「……傍にいるのが悠樹じゃなくて悪かったな」
「別にそんなこと、気にもしてなかったよ」
ボソリと呟いた彼の一言にキョトンとなる。
「ホントは悠樹に頼もうかと思ったんだけどお前とは家、反対方向だったし無理があるかなと思って言えなかった」
「…そんな気を遣わなくていいよ」
「俺だって気ィ遣ってるつもりじゃないけど、でも――」
…お前、悠樹と一緒の時、すげぇ幸せそうに笑うから、と石田くんはボソボソとらしくない声で言う。
「何か腹立つけど」
「…何それ」
何だかこんなに大きくて広い背中してる石田くんが私なんかに気を遣ったりしてくれてるのが可愛らしくて、でも嬉しくて、
首に回していた手に少し力を込めると微かに彼の使っている整髪料か香水の匂いがした。
爽やかだけど、ちょっと甘くてスパイシーな香り。
――まさに、彼そのものという感じがしてクスリと笑う。
「…石田くん、色々ありがとね」
「そう思うんなら早く良くなれ」
「…うん、そうする」
辺りはとても静かで、空には一番星が光っていた。
今回は生徒会長がでしゃばっております。
ってか私の作品内のおけるヒロインさんのイメージは
「優等生なんだけど、倒れるまで無理するある意味問題児」
な感じです。
何だかんだいって、会長はアニキな人なので、どうしてもこういう描写にしてしまう…。
もっとガキ大将って感じにしたかったんだけど…ドンドン大人な人になってる気がします(;´▽`A``
吉永裕 (2008.12.14)
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