隣の石田くん  第15話?




 あ、落ちる――と思った瞬間、バランスを崩した身体は空中へ大きく傾く。
するとそれまでのことが頭の中にざっと駆け巡った。

 「よーい…」


『パーン!!』


企画開始のピストルの音で私は猛ダッシュで中庭から飛び出す。
そうして生徒会メンバーと練りに練った策を思い出しながら、まず中庭に隣接されている渡り廊下のトイレの窓に足をかけ、
更にそこからトイレの屋根に手を伸ばす。
まさか中庭を出てすぐのトイレの屋根の上に逃げるとは誰も思わないだろう。
壁で擦った膝や脛がジンジン痛いのだが、まだ鬼ごっこは始まったばかり。

 ――気にしてる暇はないっ!!

おりゃぁあ〜!!と人に聞こえないように心の中で叫ぶとハーフパンツを穿いた足をガッと屋根の上に上げる。
しかし…こんな姿を悠樹くんに今まで練習の度に見られている私って、もはや女の子と思われてないよなぁ、きっと。
と少し凹みながらもグッと足と手に力を入れて屋根の上によじ登る。
そうして屋根の傍に生えている生い茂った木の枝の陰に移動し、時計を見ると丁度、参加者スタートのピストルが鳴った。
中庭の方からドドドドと足音が聞こえてくる。
枝の陰からそっと覗き見ると、男子の比率が多い気がした。
参加人数は、石田くんの時よりも少なくて25人ほどだったのだが、それでも30分間、25人から追いかけられるのは正直しんどいものを感じる。

 ちょっとちょっと、いくらなんでもこんなに男子ばかりだったら囲まれたら即行アウトだよ、これ!

もう少しハンデが欲しい、と思いながらも見つかるつもりはなかった。
あともう少ししたら更に場所を移動する。
ずっと隠れ続けたら、体力の劣る自分でも逃げ切れる筈だ――そう思い、辺りをキョロキョロと見回した。

参加者たちはだいぶ、散り散りになったようだ。
となると、もうすぐ校舎の2階や3階に上がる人も出てくるだろう。
ここは校舎の渡り廊下からは丸見えなのだ。
きっとこの企画に参加していない生徒たちはとっくに自分の存在に気づいているだろう。
なので見つからないようにそっと中腰でトイレの屋根の一番西の端へ向かう。

「〜足っ…痺れるっっ…」

辺りを見回して屋根から飛び降りた私は、涙目で小さく声を出しながらもすぐに目的の場所へ走る。
トイレのすぐ隣はゴミの収集場所で、この学校は1週間分のゴミをまとめて持っていく為、週末は結構ゴミがたまっているのだ。
それに文化祭準備で、最近は更にゴミの量も多い。
昨日の放課後、こっそりと目立たないようにゴミを避けて作っておいた通路を、様子を見ながら中腰で進んでいく。

そうしてそのゴミ捨て場の先にあるのは、スタート地点の中庭。
そう、私はUターンして元の場所に戻るつもりなのだ。
さすがにスタート地点に長く留まっている生徒はいないだろう、という予想からこのコースにしたのである。
案の定、先程まで賑わっていた中庭がもぬけの殻状態である。
そこで私はスカートのポケットから携帯を取り出した。

「…もしもし?」

声を潜めて口を開く。

『お疲れ。無事にB地点に移動できた?』

携帯からはミヤの声。
生徒会メンバーにはバックアップを頼んでいるのだ。
ラスト10分までは、色んな場所で見つからないように待機し、こちらに状況説明と指示を与えるのである。

「うん、今の所は予定通り。 今の中庭とC地点の付近の状況は?」
『中庭は完全にノーマーク。でも校舎から丸見えだから気をつけなさいよ。 C地点の方へ2人走っていったのは確認済み。
 でもさっきざっと見回った遠野の話では、D地点の方に人が集まってるみたい』
「了解。じゃあ、またC地点で様子を見て、危ないようだったらプランYに変更ね。また連絡する」
『ラジャ。あと20分、頑張んなさいよ』

電話を切り、再びポケットへと戻す。
そうして辺りを確認し、えいっと飛び出すと、目的の場所へとダッシュした。


 その後、中庭を突っ切った所にポツンとある旧図書館の陰へ移動し、そこから部活棟の裏へ回り、更に渡り廊下に施された低めの壁を乗り越えて、
学食と繋がっている特別教室ばかりある校舎へと入り、非常用の梯子を上って2階へ行くと、生徒会室の2つ右隣の和裁室に入った。
広い校内を隈なく探し回るのは25人ほどでは厳しいのだろうか、と思うほど誰とも遭遇しなかった。

 そうよね、こっちは石田くんの時とは違ってコソコソ隠れて回ってるし。
 やっぱりあの人数だと私の方が有利か。

そう思いながら、息を整え時計を見ると時間はあと10分。
生徒会メンバーの護衛がつく時間帯だ。
しかし護衛をつけた方が目立つので、ピンチの時以外は誰も傍に近寄らないことに決めていた。
なので私はあと10分、隠れ続けるつもりである。
辺りを見回し窓を開ける。窓の外には大きな木が立っていた。
枝が育ちすぎて、校舎のすぐ傍まで伸びている木である。
私は窓の外に手を伸ばすと、細い枝に絡み付けていた紐を解いて軍手をはめた手に数回巻いて、
「えいっっ」と覚悟を決めて窓からダイブした。


 ドッドッドッと心臓がバクバクいっている。
前日、幹に紐を硬く結んでいたのと距離もあまりなかったこともあり、見事に木へと飛び移った。
そうしてロッククライマーのように、ゆっくりと木の枝の太い部分まで上っていく。
ここまできたら大丈夫だろうと思い、枝に腰掛けてホッと一息ついた。
なんせ地面からここまで3メートルはある。
見つけてもロープを使わず上ってこれるとも思えないし、まず、女の自分がここにいるなんて考えも及ばない筈だ。
そう思い、再び携帯を取り出し電話をする。
すると今度はミヤの携帯に悠樹くんが出た。 どうやらミヤが気を利かせてくれたらしい。

『もしもし? 及川、無事か?』
「うん、皆のおかげでこれといったピンチもなく予定通り」
『そっか。一応、すぐ近くに他のメンバーが隠れて様子見てるし、
 もし見つかったとしても誰かが飛び出す手配になってるから、十分逃げ切れると思うよ。
 一番近くの茂みに会長がいるし、あいつがいたら多分何分あっても大丈夫じゃないかな』
「うん。ここまできたら何としても逃げ切らなきゃね」

枝の間から生徒会室の方を見ると、窓辺に悠樹くんの後姿が見えた。
何だか2人きりの空間にいるようで、とてもくすぐったい。

『あと5分か…』
「こうやってると何だか長い気が――っ」

突然、私は顔面蒼白で固まる。
ニューッと目の前に大きな蜘蛛が落ちてきたのだ。

「っっっきゃあっ――!」

蜘蛛の苦手な私は思わず身体を引く。
するとそれまで幹を持っていた手がズルリと外れ、グラッと足が浮いた。

 落ちる――っ!!

何だかスローモーションになったような感覚がしながら、次に来る衝撃を予想してギュッと目を閉じる。


『ドサッ!!』


想像していたよりも落下の衝撃は小さかった。
が、やはり痛い。
しかし、こうやって意識があることが信じられないと思いながら目を開けると、お尻の下に紺色のものが見える。

「…っ石田くん!? わ、ごめん!」

慌てて飛び退く。

お尻の下の紺色の正体は、会長の制服だった。
どうやら奇跡的に彼が受け止めてくれたようだが、そのまま勢いで倒れ込んでしまったらしい。
だが、倒れこんだ時に見事に彼の腹の上に乗っていた為、こちらよりも彼の方がダメージが大きいように見える。

「…っガハっっ!げぇほ!!!」

暫くむせている彼にごめん以外の言葉がかけられない。
しかし痛みが治まったのか、彼が立ち上がった。

「いつまで地面に座ってんだよ。まだ終ってねぇぞ」
「で、でも…その……腰が抜けて…」

恐怖から解放されホッとしたのか、今頃になって足腰の力が一気に抜けて立ち上がれなくなってしまったのだ。
すると胸にバッジをつけた2人の男子生徒が校舎から出てきて、私の姿を確認して指差し、こちらへ走ってくるのが見える。
だが、どうにも力が入らず、逃げることすらできそうにない。

「時間は?」
「え? …あ、あと2分――っわ!」

そう言うと、ひょいっと石田くんが身体を持ち上げる。

「もしかして、私を抱えたまま逃げるつもり?」
「当たり前だろ」

そうしてそのまま彼は走り出した。

「いくらなんでも、抱えたまま逃げるなんて無茶だよ。 それに私のせいで石田くん、かなりダメージ受けてたじゃない」
「及川。俺を誰だと思ってんだ?」

彼への申し訳なさで俯いていたが、その一言でパッと顔を上げる。
するといつもの自信満々の表情をした会長がそこにいた。

「――絶対、守ってやる。 他の奴にお前を渡したりなんてしねぇ!」

「ちょっと、プロポーズの言葉と間違えてない!? っていうかこの2分間限定だけどさ」 と心の中で突っ込みながらも
真剣なその表情と、実際に守られている感じに何だか悪い気はしない。

「…期待してる」
「任せろ!」



 ――その言葉通り、彼は最終的には4人に追いかけられながらも残りの時間逃げ切った。
この企画は「生徒会勝利」で幕を閉じ、一般客や他の生徒、参加者からの評価は高く、文化祭全体を盛り上げる結果となった。

そうして、石田くんが「楽しめるものを」と、提案したことから始まったこの初仕事が、
新生徒会の株をうんと上げることになったのです。

でも、木の上から落とした携帯の外側にはヒビが入っちゃったけど。
……クスン…。








―後日談―

写真部は副会長のレアな写真への注文が殺到して
非常に忙しい日々を送っているらしい。


イメージ画↓(汚くてすみません)









今回のヒロインはかなり逞しいイメージです。
サバイバルゲームをやらせたら実は会長よりも強そうな気がします(笑)

それにしても隠れてばかりで全然姿を現さなかったので参加者からクレームも出そうですが、
参加していない生徒にしてみたら、副会長の意外な一面が見れたので
そこは±ゼロの評価だったのではないかと…。

なかなか突拍子もない内容でしたが、この話を書くために連載になったようなものなので…
とっても満足というか肩の荷が下りたというか。
(勿論、他にも書きたい話はありますよ^^)


吉永裕 (2008.12.14)



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