隣の石田くん  第14話?



 「おー、さすが石田。普通に蹴散らしてるぞ」
「そういえば会長って体育は柔道選択してたわね」

一旦、生徒会室に戻った会長を除く一同は窓から彼の活躍を双眼鏡で見ながらため息に近いような声を上げる。

「バタバタと男子生徒が投げられてる…」
「あいつ、走って逃げる気ゼロね。向かってくる奴全て投げ飛ばすつもりよ」

苦笑しながら私が東ちゃんに双眼鏡を手渡すと、彼女も呆れた顔で双眼鏡を下ろす。

「でも、何だかんだいっても疲れてるっぽいぞ?」

遠野くんがそう言って窓から乗り出すと、私はうん、と頷いた。

「20分も走り回ったり大の男をぶん投げながら逃げてるんだし、誰だって疲れるよ。 あと10分、大丈夫かな…」
「っていうか、あんたは自分のことを心配しなさいよ」
「そうそう。運動神経はいいにしても、あんた基本体質がドジなんだから万全を期しても何が起こるかわかんないわ」
「うぅ…ミヤ〜!!」
「美桜の場合は運だけが頼りだからねぇ…」
「東ちゃんまで……」

そんなふうに辛い激励を受けつつ、自分に喝を入れる。
そうしてそろそろ自分たちも中庭の受付へと向かおうと皆席を立った。
するとその途中、グラウンドの方から「キャア!」という声が聞こえる。
一斉に窓に集まると、グラウンドの隅に人だかりができていて
その中心には石田くんと彼を取り囲むように男子生徒と女子生徒が10人ほど詰め寄っている。

「ちょっとヤバくないか?」

悠樹くんの表情が曇る。
他のメンバーも不安げな顔をしている。
彼を囲んだ生徒たちは顔を見合わせてタイミングを合わせてじりじりと会長との間を詰めていく。
さすがの彼も真剣な表情だ。

「あのまま後ろにさがったら…もう壁しかないよ? かなりピンチじゃない……??」

ミヤの腕を掴むと彼女も眉をしかめている。

「うーん、さすがに会長でも無理かもね」

そう言っている間にも、石田くんは砂場や鉄棒のある隅の方へ追いやられてしまった。
そして砂に足を取られてバランスを崩す。
すると会長を取り囲んでいた生徒のうちの1人の女子生徒が飛び出した。
それを見た他の女子が「抜け駆けなんて許さないわよ!!」とヒステリックな声を上げて走り出す。
それで一気に会長を囲む輪は乱れ、1人1人が無秩序に彼に向かっていく。

「あぁあぁあああ…ど、どうしよっ!?」
「あんたが動揺してもどうしようもないでしょうが」

『デシっ』

慌てふためく私に東ちゃんが軽くチョップした。
いてて、と頭を抑えながらも窓から落ちそうな勢いで乗り出し、石田くんの行方を見つめる。
するとピンチな筈の石田くんの顔が先程とは少し違うように見えた。

「――笑ってる…?」



 「…おかえり」
「おうっ!」

後ろで鬼ごっこ終了の合図のピストルが鳴る。
学ランを肩に担ぎ汗だくな姿で戻ってきた会長を私は呆然と見つめた。

「――よく逃げれたね。あんな囲まれてた状態から」
「あぁ、見てたのか? ちょっと油断したが、まぁ、俺にかかればあんなもんだよ」
「やっぱり石田くんって…」

 ――何か神がかったカリスマ性を感じるなぁ。

そう思いながら、先程の状況を思い出してみる。


 声にならない叫び声を上げながら、興奮した男子生徒が会長に向かって走ってきた。
するとその男子を会長はさらりとかわして足を引っ掛けて転ばせ、
反対方向から走ってきた男子と、更に遅れてやってきた女子が地面に転んだ男子にぶつかって2人とも地に倒れる。
その間に会長は砂場を後にした。
しかし背中を女子に捕まれ、乱暴なことはできないと思ったのだろう、手首をガードしつつ学ランを脱ぎ、
慌てた彼女の手から学ランを奪い取り、再び走り出す。
それでも逃げる先に追っ手が現れるが、会長はまるでアメフトのランニングバック*の選手のように襲い来るタックルをくねくねとかわしていく。

「あ、あぶな――!」

ギャラリーが咄嗟にあっと声を上げる。
会長の逃げた先は先程のあの砂場と鉄棒のゾーンだったのだ。
砂場に追い込まれ、走るスピードが少し遅くなった所に足の速い男子たちが追いつき、会長のシャツに手を伸ばす。
しかし彼は足を止めること無くそのまま走り続け――

 ――ウソでしょ!?

私だけでなく、彼を見ていた者全員が立ち尽くした。
男子を追い払うために我武者羅に走っていた会長だが、鉄棒の下を潜り抜けるのかと思いきやそのまま鉄棒を掴み、
突如グルッと逆上がりをしたのである。
そして態勢を整えるように鉄棒の上で逆立ちの状態をキープ。
思いがけない方向へ突然動かれたことで、シャツや腕を掴んでいた手を強引に外された男子たちはポカーンとしたままだ。
すると会長は体操選手のように逆立ち状態のまま方向を変え、もと来た方向へピョーンと大きく跳んで着地する。
そうして予想外の行動であんぐりと口をあけていた追っ手たちをよそに会長は「してやったり」という顔で逃げ出した。

「「「「わぁあああ!!!」」」」

周りから歓声や拍手が湧き起こる。
一般客だけでなく、不参加者の生徒やグラウンドの反対側で露店を切り盛りしていた生徒、買い物をしていた生徒、
校舎や渡り廊下から乗り出すようにして見つめていた生徒、更には彼を追っていた企画参加者も、
彼の何があっても逃げる姿に強い感銘を受けた様子で手を叩き、大きく手を振った。

残り1分を切ると中庭までの道に多くの人が集まり、スタート地点へと戻る彼を出迎えるかのように、若しくは見守るかのように彼の通り道を作る。
皆で作られた道を、やりぬいたような誇らしげな笑顔で戻ってくる石田くんは少年のようにキラキラしてたけど、
でもやっぱりどこか逞しく思えて、大人びて見えた。

「…敵わないなぁ」

中庭に集まってくれた人たちに向け、笑顔で拳を振り上げる彼を見てポツリと言葉が零れる。

 あんなの見せられたら、私、どうすりゃいいの。

そんな風に思いながら、まだあの時の興奮は収まらない。
「――あ、やばい」と思った瞬間のゾクっとする感じ。
何でいきなり鉄棒!? と突っ込みたくなる程の奇抜な発想。
鉄棒から大きく跳び出し着地して走り出す時のガキ大将顔負けの嬉しそうな顔。
皆に囲まれて中庭に戻ってくる姿。

 何かもう、凄い。

それしか言いようがない。

「お前は派手なことするなよ。抜けてるトコあるから」

ボケっと見つめる視線に気づいた石田くんが顔を覗き込んだ。
余裕の顔が何か悔しい。

「…石田くんまで…そんなこと言うんだ」
「はっ。お前が抜けてるのは周知の事実だろ」
「ウソ!! 私、こんなにもしっかりしてるのに?」
「はいはい。抜けてる奴は大概そう言う」

そう言うと石田くんが頭にペチンと平手打ちする。

「まぁ、気張りすぎて怪我だけはするなよ」
「まさに今、叩いたくせに!」
「気合入れてやったんだよ」
「ただの暴力だってば!」
「はいはい、そこの俺様ホストと天然メイド。じゃれるのはそこまでにしときな。 そろそろ準備しなさい」
「「じゃれてなんかない!!」」

涼しげな表情の東島に向かって、同時に叫ぶ。

「っていうか“俺様”って何だよ?」
「私、全然天然じゃないよね?」

「…ホントに2人って似てないようで似てて面白いコンビよね」
「何かこうやって2人をからかって遠くから眺めるのが次第に日課と化してきたな」
「2人がいるとやっぱり楽しいよな。もう生徒会の名物って感じだよね」
「生徒会というよりも、この学校の名物って感じね。見てて全然飽きないし」

そんな様子を見ていた他のメンバーは腹を抱えながら笑っていた。




*アメフトのランニングバック

アメリカンフットボールの攻撃側のポジション。
フルバックとハーフバックのこと。ランニングプレーを主な任務とする。
大辞泉より


つまり、簡単に言うとボールを持ち敵陣に向かって走る人です(笑)
(関係者の方、ごめんなさい…。これでもアメフト、『ア●シールド21』が世に出る前から愛してるんですよ、えぇ。)


会長の活躍を見たいと拍手メッセージを送ってくださったお客様、ありがとうございました!
お客様のおかげでこの話が生まれましたっ(Pд`q)゚。 ありがとうございます!

おかげでやっと主役の1人らしい話ができたと思います…^^

でもあんまり大した活躍じゃないんですが…。
ホントは…馬とびとか跳び箱の要領で襲い掛かってくる男子を片手で数人飛び越えるとか、
鉄棒じゃなくて、木の枝を使って逆上がりしてかわす、とかやりたかったんですけど流れ上、あんな感じに。

鉄棒から下りる時は、足を開いて後ろ向きに身体を傾けてその遠心力でぐいーんと飛んで下りる
グライダー(http://www.shinmai.co.jp/kids/20041114/0001.htmに写真がありました^^)っぽい下り方をイメージして欲しいです…。
実際に写真を見ると恰好悪そうですが…飛び降りるとき、足をまっすぐ伸ばして身体をそらすように飛ぶと
結構恰好良いんですよ(笑)


吉永裕 (2008.12.14)



次に進む         メニューに戻る