隣の石田くん  第13話?





 ざわざわと人だかりが中庭にできている。
午後1時55分まであと2分。

私はメイド服から制服に着替え、スカートの下には体育で着用するハーフパンツを穿き、靴もローファーからシューズに履き替えて準備万端だ。
本当は全身ジャージで逃げたかったけど、逆に目立ってしまうので制服のままがいいだろうと生徒会のミーティングで決定したのだ。
石田くんは屈伸したり、上体を伸ばしたりして体を解している。
体力もあって、運動神経もいい方の石田くんは30分間、逃げ回ることにするらしい。

一方私はさすがに体力がないので、ある程度隠れて様子を見てから鬼に見つかった時はダッシュで逃げることにした。
なのでここ数日、ずっと私が5分以内で隠れられる場所を徹底的に生徒会メンバーで探していたのだ。
中庭から走って5分以内で行ける範囲の誰も目に留めないような所で尚且つ、見つかった時に一方通行にならずに色んな方向へ逃げれる所を
ゴミ拾いを装いながらチラチラと横目で見ながら探し、放課後、誰もいなくなった頃を見計らって
実際に隠れて皆に色んな方向から覗いてもらって死角はないか確認してみたり、
見つかった際の逃げるルートを数パターン用意し、次に隠れて体力を回復させる場所も探したり。

…そんな特殊工作員のようなことを真剣に生徒会で取り組んでるのがおかしくて。
凄く楽しい日々だった。

だが今日、石田くんはともかく、本番で私が捕まってしまったら今までの苦労が水の泡だ。
それは何としても阻止せねばならない。

 それに明後日の代休は、もう予定決めちゃったもの!

「――及川、捕まるなよ?」

隣で軽いストレッチをしていた石田くんが首を傾けながら私の顔を覗く。
私と違って彼は凄くリラックスしていた。きっと絶対に捕まらないという自信からくるものだろう。

「勿論よ!折角の代休を潰されたくないもん。
 それに私、その日は見たい映画の最終日だから絶対に負けられないんだから!!」

グググと私は拳を握り締める。
すると「はっ」と頭の上から笑い声が聞こえた。

「上等! …ラスト2分は俺がガードするから任せとけ。だからそれまで死ぬ気で逃げろよ」
「わかってる」

うん、と頷くのを見てニッと笑った石田くんは、いつものようにペチッと私の頭の右斜め45度辺りを叩く。

 でも何でだろう。今日のは不愉快じゃない。
 ――寧ろ、元気を貰ったような。

「及川、脩二がスタートしたらお前もストレッチしとけよ」
「とりあえず怪我しないようにね」

会長用の受付がひと段落した悠樹くんとミヤがやってきて後ろから声をかけてくれた。

「うん、ありがとう。 皆が助けに来てくれるまで頑張る!」

そう言って辺りを見渡すと、中庭の向こうで副会長用の受付を開始しようとしている東ちゃんと遠野くんと目が合う。

「ファイト!」

と東ちゃんが口パクで言ってるように見えて、返事の代わりに大きく手を振った。
遠野くんはガッツポーズをしている。
まだ私の出発する時間まで30分くらいあるのに……と苦笑しながらも、自分を応援してくれる仲間たちの存在が嬉しかった。



 ――そうして、午後1時55分。
会長の声が中庭に響き渡る。

「…というわけで、他学年やら男子女子やら混ざり合っていますが、
 受付で貰ったバッジを目立つ所に付ける、左手に輪ゴムを付けて5秒キープで捕獲、携帯の電源は切るというルールだけは守ってください。
 ちなみに参加している友達同士で協力し合ってもOKです。
 でも最終勝利者は1名だけなので、仲間で協力して俺を追い詰めて最後に裏切って勝つのもよし、最初から1人で戦うのもよし。
 皆さんの作戦を楽しみにしています」

ニヤリと笑みを浮かべてそう言うと、集まった先着50人の生徒たちはキョロキョロと周りを見回す。
1人を捕まえる為には当然協力した方が有利だが、最後の最後で抜け駆けされることほど、腹の立つことはない。
最初に裏切るのは自分か、相手か。 そんなことも考えながら会長を追い詰めなければならないのだ。

 …既に石田くんの心理戦が始まってる。

私は会長の横顔を見つめた。
夏休みを前にした少年のように目が輝いて見える。
彼はとことんこのゲームを楽しむつもりだ。そんな姿が勇気をくれる。

「あ、えーっと。さすがに男女一緒で同じルールっていうのは気の毒なので女子の皆さんは特別ルールで、
 両手のどちらかに輪ゴムをつけて3秒キープで捕獲、とします。 大変でしょうけど頑張ってください。
 でも俺は本気で逃げますので、手加減とレディーファーストは期待しないように」

そう言うと、石田くんはすぅっと大きく息を吸い込む。

「じゃあ、先に行かせてもらうぜ!  俺をがっかりさせるなよ!!」
「「「「「わあーーー!!!!」」」」」

中庭にいた生徒たちだけでなく、様子を校舎の窓から見ていた生徒たちも一斉に声を上げた。
まるで今からフランス革命でも起こるかのよう。

「じゃ、行ってくる。30分後、戻ってくるからな」
「うん、待ってる。無傷で戻ってきてよね」
「…俺を誰だと思ってんだ?」

そう言って強気に笑うとマイクを私に手渡し、石田くんは中庭から飛び出していった。









ヒロインさんの方がメインなので、会長の出番はもう……と思っていたら
お客様に「会長の活躍がみたい」と言っていただけたので会長のシーンを書くことになりました。
当時、“お客様と一緒に作品を作っていってる感”が嬉しかったのを覚えています。


吉永裕 (2008.12.14)


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