数日後、俺は坂本に呼び出されて屋上にいた。
放課後のグラウンドでは沢山の運動部員たちが練習している。
どうやら坂本も俺や真田と同様、香川のことが心配で気が気でないらしい。
「冴子ね、私たちの前では凄く元気に振舞ってるけど、時々声をかけても気づかないくらいボーっとしてて…。
私、そんな冴子を見てるのが凄くつらいの。それに、何もできない自分が腹立たしくて…」
「…確かに最近の彼女は顔色が悪いし、痩せてというよりやつれてきてるみたいだね。
このままだと香川さん、身体を崩しかねないよな。 でも、何をしてあげたらいいのか俺も分からないよ」
屋上の手摺に乗せた手の上に俺は顎を置く。
隣にいる坂本は頷き、グラウンドを見下ろした。
「うん…。私たちが口出しすることじゃないのは分かってるけど」
「なんたって、俺たち4人の中で一番元気な人だったから」
「そうそう。だから余計に沈んでるのが分かっちゃうんだよね」
俺たちは苦笑して青い空を見上げる。
「とりあえずは俺たちが逆に香川さんから心配されないように元気でいることが先決じゃない?」
「うん、そうだね」
こうして俺たちの話が終わり、階段を下りようとすると、女子の声が聞こえてきた。
「…わかった、別れましょ」
そう言って足音が聞こえ、次第に音が小さくなっていく。
俺と坂本は何だか気まずいので暫くその場に立ち止まり、男の気配がなくなったのを見計らって階段を下りる。
すると先程の女子の相手は真田だったのだろうか。
彼の他に生徒はおらず、教室に入る真田の後姿が見えた。
俺と坂本が顔を見合わせて教室のドアの所まで行くと、中から香川の声が聞こえてくる。
「…あの、お節介かもしれないけどさ、ホントに彼女と別れて良かったの? さっき彼女とすれ違ったけど…凄く泣いてたよ?
それに…今の真田くんの顔見たら…2人とも好き合ってるような感じがする」
「…好きなのはお前だよ」
その言葉に香川は勿論、外で聞いている俺と坂本も固まった。
「俺はお前のことが好きだ。ずっと友達だと思ってた。
でも、それは自分が臆病だったから……お前との友達の関係が崩れるっていうことが怖くてその思いに気づかないようにしてただけだったんだ。
今でも友達のままでいたいと思ってるよ」
中の2人の表情は見えないが、恐らく真田は穏やかな顔をしているに違いない。
とても冷静に、ゆっくりと優しく真田は香川に語り掛けるように話す。
「お前とどうこうなりたいと思ってるわけじゃない。 ただ、お前に伝えておきたかっただけなんだ。
お前なら、これからも友達として接してくれると思ったから」
「わ、私……ごめ…っ…」
香川のつまったような声が聞こえてくる。
驚きと困惑と申し訳なさが交じり合ったような声だった。
「俺、お前の笑顔が好きなんだ。拓哉や坂本もな。 だから俺みたいなつまらない奴のことで泣くな。早く元気になれ。
お前、最近痩せすぎなんだよ。嫌でも食べて寝ろ。体力がないと気力もなくなるぜ?
死んだような顔してるお前なんて俺は見たくないからな。 俺は、元気で明るいお前が好きだ。友達として、な」
「…うん」
明るい真田の声に、ゆっくりと静かに香川は応える。
「じゃーな。明るいうちに帰れよ」
そう言うと真田は鞄を持ち、教室から出て行った。
ドアの所で俺と目が合ったが、ふっと笑うとそのまま俺と坂本に背を向けて去っていく。
――男らしかったよ、真田。
後でそんなメールを送ろうと思った。
すると坂本は真田を慌てて追いかけて行く。
残された俺は香川の様子を伺うことにする。
俺が教室のドアを開けると、香川はハッとして窓の方を向いた。
「どうしたの?何かあった?」
何も知らないように尋ねると、彼女は背を向けたまま俯いて話し始めた。
「真田くんにさ、好きだって言われちゃったよ。
……私、全然気づかなくて……好きな人の話ばかりしてさ……。 何て自分は無神経な奴だろうって思って…。
――でもね、真田くんは優しかったよ…」
「そう…」
俺はそのひと言しか言えず、彼女の後姿を見つめる。
「――真田くんにも言われたけど…元気出さなきゃって分かってはいるの。
でも……駄目なの」
「え?」
俯いた香川の方が小刻みに揺れている。
「今でもね、あの人のこと考えちゃうの。割り切ってるつもりなのに…祝福している筈なのに、
ふと彼の名前を心の中で呼んでしまうのよ。私、最低な女だわ……」
「そんなことないよ!」
俺は思わず叫んでいた。
その声に香川はビクリとして振り返る。
「誰だって簡単に想いが断ち切れるわけないじゃない!
香川さんにとって彼はずっと好きな人だったわけで、特別な人なんだろ? だったら無理に忘れられるわけがないよ。
時間が経てば、自然に振り返れる時が来ると思う。 きっといい恋だったって思えるようになる日がいつかきっと来るよ。
だから無理に忘れようとしなくていいんじゃない? 自分の心の中に無理やり想いを押し込めるのは良くないよ…」
言い終わった後、何だか香川にではなく、自分自身に言っているような気がして途端に恥ずかしくなる。
しかし目の前の香川は泣きながら笑っていた。
「――無理に忘れなくてもいい、か。ありがとう、胸が軽くなったわ」
そう言って香川は目元の涙を細くて白い指で拭う。
「君の前では泣いてばかりね。ホントに小澤くんっていい人だわ」
くすっと肩をすぼめさせながら可愛く笑う香川がとても幼く見えた。
そんな彼女を見て、まだ彼のことを引きずってはいるけれど、とりあえず笑顔になって良かったと思う。
「俺は別にいい人ってわけじゃ――」
そうして次の言葉を発していた時、俺の動作は止まってしまった。
俺の視線に気づいた香川が窓の方を振り向くと、彼女の動きも止まった。
「…綺麗な空…」
「うん…」
青とも紫とも、言葉では言い表せない透き通った色が空中に広がって、全てを飲み込んでしまいそうな、そんな神秘的な空だった。
「…私、こんな色の空が好きなの。とても綺麗なんだけど、どこか寂しくて、透明で、
全て飲み込んでしまうんじゃないか、って感じの怖さ…って言うのかな。
そんな色んな感じをもたらしてくれるこの神秘的な色をした空が――私は大好き」
その空を見つめる香川の瞳はいつも以上に澄んでいて輝きを放っており、この上なく美しかった。
そうして彼女はその日を境に再び輝き始めたのである。
−つづく−
真田の方が目立ってしまった話になってしまいました。
自分で書いといてアレですが、こいつら、あまりにも心が綺麗過ぎて気持ち悪いです。
この時期の少年少女はもっと荒削りっぽくて痛々しい気がするんですが…(いつの時代!?)
とりあえず、純情な青春恋愛小説のつもりで書いていますので
こんな連中ばかりですみません(;´▽`A``
夕方の神秘的な空、大好きです。
ピンクのようなオレンジのような色になったかと思うと紫っぽくなって…みたいな。
あの凄い透明感、凄いなぁ〜、私の絵では表せないなぁと思いながら
いつも見上げています。
同じように思っている方がいらっしゃると嬉しいです^^
それでは、ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました!
吉永裕 (2006.8.11)
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