次の日、香川の瞼は厚かった。それに気づいた坂本が香川に事情を聞く。
彼女は昨日のことをそのまま話した。彼との話の内容も正確に。
思い出すのもつらいのだろう。再び目が潤んでいる。
しかし俺に話したように彼女は好きだった人の幸せを望んだ。

「馬鹿!何でそんなこと言えるの!? あんなに好きだったのに!」

坂本は香川の良い所を沢山知っているから尚更自分のことのように悲しみ怒った。
そんな親友に香川は微笑む。

「凄く悲しいのはホントよ。中学の時にあの人を好きになって、
 今回みたいに彼に彼女が出来て、それで諦めようと思ったけれどなかなかそうもいかなくて。
 でも、高校に入って彼が彼女と別れてからまた一緒に遊べるような友達の関係に戻れて凄く嬉しかったんだ。
 ずっと好きでいて良かったって今でも思ってるよ。彼は私にとって特別な人だから」

彼女は俯いて痛々しく笑った。

「だからね、幸せになって欲しかった。私が彼を幸せにできるものなら幸せにしたかったけど、
 私にはできなかったから
――幸せそうなあの人の顔を見て嬉しかった。
 それだけよ。それだけのことなのよ」

そうは言うものの、机の上に置かれた彼女の小さな手は微かに震えていた。
そんな香川に坂本は苦笑する。

「ホントに、どこまでいい奴なの」

悲しみながらも呆れた様子で言った。

「こんないい女が近くにいるってのに気づかないなんて勿体ねーな」

今度は真田が冗談交じりに言葉を発す。しかし、心の奥底のやるせなさが伝わってきた。
俺たち3人は本当に香川が好きだったのだ。
それなのに彼女を励ますような言葉は誰からも発せられなかった。
というよりも、何を言っても香川を本当に励ますことなんてできないと皆分かっていたのだ。



 次の日の昼休み、俺と真田はパックジュースを飲みながら窓辺にいる香川と坂本を見ていた。
香川のふわふわとした髪が風に靡いて、スカートの裾も上下している。
そのスカートがある一定の所まで上がると彼女はサッとスカートを押さえていた。
その動きが可愛いので変な意味はないのだが、風が吹くと少し嬉しくなる俺。
そんな時、真田が真剣な顔で俺の方を向いたので俺は驚いて椅子から立ち上がってしまった。

「そんなに驚くなよ。何か俺の顔、変か?」
「変というか新鮮というか」

俺がそう言うと真田はため息か深呼吸かよく分からない息をついて、暗い顔で俺に話をし始めた。

「拓、香川のこと好きだろ?拓のこと見てるとよく分かるよ。 …そんなお前が羨ましくてさ、俺」

そう言うと真田は窓辺の香川をチラッと見た。

「お前も知ってるよな、俺が8組の女子と付き合ってること」

うん、と俺は頷く。

「向こうから告白されたことだし、最初は全然好きとかいう感情はなかったんだ。
 でも段々一緒にいると楽しく思えてきて、好きになっていった。 それで、1ヶ月くらい過ぎた時に…したんだ」

この年にでもなれば“した”の意味は分かる。
とりあえず俺はうんと相槌を打ち、真田の話を続けさせた。

――そしたら何だか急に冷めていく自分に気づいたんだよ。
 自分が最低だって、そんなことは分かってる。でも俺はそれまで純粋に彼女を愛してたつもりだった。
 だけど俺は心の底では彼女の体を好きだっただけなのかと思うと、
 彼女のどこを愛していたのか分からなくなって、彼女に対して罪悪感で一杯になるんだ。
 だからこんな気持ちのまま付き合うのは彼女が可哀想だし、別れようと思ってさ…」

真田の彼女への申し訳なさが彼の切ない表情から伝わってきた。

「まぁ、お前がそう思うなら仕方ないんじゃないかな」

何とも言えないので、俺は真田の気持ちを汲み取ることにした。
実際にどうするか決めるのは彼なのだから。

「…だけど別れようと思ったのはもう1つの理由があるって昨日気づいて
――

俺は真田の言おうとしていることに見当がついた。

「俺は香川のことが好きだ。今まで友達と思ってた。それは本当だ!
 でも、昨日みたいにあんな悲しそうなあいつを見たら、相手の男に腹が立ってきて。
 だけどその怒りは嫉妬じゃないかって思ったんだ。
 香川が自分の幸せよりも大事にするその男に対して俺は怒ってたんじゃないのかなって」

あぁ、真田の気持ちが痛い程良く分かる。
俺も相手に嫉妬しているから香川の笑顔を見るとジリジリと焦げるような思いがするんだ。

――で? 俺に報告されても」

とりあえずいつもの様子で俺は真田を見つめた。

「拓のことは誰よりも大切な友達だと思ってるからさ。 お前にだけは正直に言っておこうと思って。
 …ごめんな、拓が香川のこと好きだって知ってたのに」
「誰が誰を好きになるかなんて自由なんだから気にするなよ」
「お前らしいな」

そう言うと真田は安心したように笑った。
俺も笑った。
ライバル出現という感じではなく、同志ができたような気分だった。

「それで?思いは伝えないのか? はっきり白黒つけたがるお前のことだから、さ」

俺がそう言うとあぁ、と真田は頷く。

「告白と言うよりも懺悔みたいなものかもしれないな。
 無意識に抑えつけてたあいつへの想いが今の彼女も、香川本人も傷つけることになるんだ。
 でもできるだけ早くにハッキリさせたいと思う。それが傷を大きくしない一番の方法だと思うし」

それに今まで通りの友達の関係が一番望ましいカタチだと思うしな、と言う真田の顔は
先程の暗い顔とは違い、すっきりとしていて男らしかった。
俺は真田を正直尊敬する。
本当にズルい奴なら今の彼女に罪悪感なんて感じずそのまま付き合っていく筈だ。
しかし全て清算し、未だに忘れられない人のいる香川に気持ちを伝えに行くとは、何て男らしいんだと俺は心底思ったのだ。
何故なら
――

「拓は気持ちを伝えないの?」
「俺は…まだ無理だ。友達のままで良いよ」

俺は臆病だから。








−つづく−

さぁ、青々とした話になってきました。
今回もダラダラと会話中心ですみません。


ヤロー同士の会話ってあまり想像がつかないのですが
とりあえず、真田と男主人公はこんな感じで。

ちなみに、男主人公の名前がちらりと出てきますが、
主人公の名前は拓哉です。

真田は拓と短く呼んでいます。


以上、どうでもいいプチ情報でした^^;

それでは、ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました!

吉永裕 (2006.7.22)

次に進む
   メニューに戻る