バイトから帰宅してパソコンを開くと、メールが届いていた。
久しぶりにメールします。お元気ですか?私は元気です。
今日、ちょっと色々ありました。同じサークルの同級生の人に告白されてしまったのです。
とても優しくて、何でも相談できる人だったのですが、私は心に想う人がいるので断りました。
また友達の関係に戻れるかとても心配しています。
何故そんなに気になるかというと、昔もこのようなことがあったんです。
今でも良い友達として付き合っている人もいるのですが、ただ1人だけ、交友が途絶えてしまった人がいるのです。
その人は私をいつも励ましてくれて、慰めてくれて、本当に大切な人でした。
その人と今でも連絡が取れないことをとても後悔しています。
貴方にこのようなことを相談するのは迷惑この上ないと思うのですが、思慮深い貴方ですから何か助言をお願いしたいのです。
どうか我侭な私をお許しください。
SAEKO
オザキ様
1年ほどオザキこと俺とSAEKOこと香川のメールのやり取りは続いていた。
彼女は俺の正体を知らない為に、今のメールのように彼女のプライベートを無断で知ってしまうという可能性もあるのだが
彼女が絶対人に知られたくないことを話すことはしないだろうと思ったので、こんな大胆かつ卑怯な方法に出たのだ。
約1年前、初めて彼女のブログにアクセスすると、彼女の感動した場面の写真や絵が沢山掲載されていた。
そのブログからホームページにもリンクされていて、それを辿ると『S−エス−』というトップページの文字が目に入った。
そのホームページにはブログに載っていない写真や絵もあって、絵や写真にまつわるエピソードなどが数行載せられている。
空や自然を写した写真が多く、絵の中にはあの日の花火もあった。
日付と共に書かれたタイトルは「今までで一番美しく切ない花火」だった。
彼女は何を思ってこの絵を描いたのだろう、と思う。
しかし俺はどうしても彼女と接触する機会が欲しいと思い、感想用に記載されていたメールを使い赤の他人を装って
はじめまして。オザキと申します。このサイトの絵や写真に感銘を受けてメールしました。
僕も空を見るのが好きなんです。ちなみに僕が一番好きなのは夕方の空の色です。
紫のような青のような、オレンジやピンクも混ざっているよな言い表しにくい色で、
とにかく透き通っていて神秘的な色の空が大好きです。 管理人様はどのような空がお好きなのでしょうか。
と書き、自分のメールアドレスも添えた送ったのだった。
ホームページの管理人に感想を送るなど今までしたことがなかったので、
どんな風に書いたらよいのか皆目見当もつかなかったけれどとにかく彼女が興味をもってくれたら、と思った。
だから、かつて傷心の彼女と一緒に見上げた空のことを書いたのだ。
すると次の日、彼女から返事が来たのである。
はじめまして。サイトにきてくださってありがとうございます。
あの空、綺麗ですよね!私もあの時間帯の空、大好きです。
また是非お話聞かせてください。
SAEKO
オザキ様
そんなメールから始まって、次第に俺たちは感動することについて意見を交換したり、
俺のことに気づかれない程度に将来の夢について語り合ったり、相談し合ったりする関係になり、今に至る。
お久しぶりですね。僕も元気です。SAEKOさんのメール読みました。そういう微妙な関係ってありますよね。
僕も経験したことがあります。僕の場合は告白した立場ですけど、やはり気まずくなってしまってその人とはそれっきりです。
僕が一方的に想いを伝えたことと、その場の雰囲気を台無しにしてしまったことを彼女に謝りたいと今でも思っているのですが、
彼女の困惑した顔を見るのが怖くて未だに連絡も取れず謝れない状態です。
早く謝って2人の関係を修復していればよかったなぁ、と後悔しています。
きっとSAEKOさんを好きだった人も早く友達だったことのような関係に戻りたがっていると思います。
どのくらいの時間が経ったかはわかりませんが、どちらかが少し勇気を出して連絡を取れば、
一気に止まっていた時間は流れ出し、想像していた以上に仲良くなれるかもしれませんよ。
僕はそろそろ大人になろうと思っています。
傷つくことを恐れずに、自分の気持ちを押し殺すのはやめて素直に彼女に謝り、以前の関係に戻って欲しいと申し出るつもりです。
SAEKOさんも自分にできる範囲で頑張ってみてください。僕のできることは、彼女の居場所を調べ連絡を取ることくらいです。
それでどうしても連絡が取れなかったり、連絡は取れても彼女に拒絶されたら、それはそれで諦めがつくと思うのです。
僕は誰よりも貴女を応援しているつもりです。何かあったらいつでもメールしてください。僕でよければいつでも話を聞きますから。
偉そうに語ってしまい申し訳ありませんでした。少しでも貴女の役に立てれば良いのですが。
オザキ
SAEKO様
このメールを送った5分後、香川から感謝のメールが届いた。
そう、俺はいい加減大人にならなければならない――
その気持ちを決定的したのはそのメールの数日後、大学3年生の夏休みに入る2週間前のことだった。
「おざわくん。君ぃ、夏休みの間、南アメリカに一緒に行かないかね?
私の研究はインカ帝国の遺跡を対称にしていると君も知っているでしょう。君も同じ研究をしていると聞いたのでね」
「ぜ、是非ご一緒させていただきます!」
「研究費や食費は大学がもつから心配はいらないけど、土産とかは自費だからそういうのを買いたいなら持ってきとくんだね。
あと3週間は向こうにいるつもりだから、それなりの用意はしておくように。詳細が決まったら書類を渡すから」
「はいっ」
突如舞い込んできた嬉しい誘いに心から喜ぶ。南アメリカは俺が一番興味のある土地。最も行ってみたかった所だ。
それと同時に、香川が南アメリカにあるナスカの地上絵が好きだと言っていたのを思い出した。
そこで俺は授業が終わると急いで帰宅し、彼女にメールを送ろうとした。
すぐに送りたいのだけれど、上手く気持ちを表現することができず、何度も何度も推敲した結果、1時間かけて漸く文章ができあがった。
拝啓
今まで君を騙し続けていたこと、また勝手に君のことを調べるようなことをして申し訳ないと心から思っています。
しかし臆病な俺には直接君の声を聞くことも、会って君の顔を見ることもできなかったのです。
あの日のこと、今でも後悔しています。あんなに感動した後に、俺のつまらない一言で君の心を踏みにじってしまったことを。
ですがあの時の気持ちに偽りはありません。君の弱さや強さ、純粋さを俺は心から尊敬し敬愛していました。
今でもその気持ちは変わっていません。ですから君のような、かけがえのない大切な人を失った俺は、
ぽっかりと胸に大きな穴ができてしまいました。
それが自分のせいとはいえ、俺の中における君の存在は大き過ぎて、誰にも埋められそうにありません。
もし、君が俺のことを許してくれるのであれば、もう一度友達の関係に戻っていただきたいと願います。
敬具
7月18日
小澤 拓哉
香川 冴子様
追伸 8月の初めから3週間ほど南アメリカの遺跡の調査の為、日本を離れます。
今回は教授の付き添いですが、インカの遺跡を直に見ることが夢だったので、嬉しくて話さずにはいれませんでした。
君はナスカの地上絵が好きだったよね。今回の調査で地上絵も見れたら良いんだけど。
最初から返事が来ないような気はしていたので、それ以来連絡が途絶えたことにあまりショックは受けていない。
それよりも彼女が「騙されていた」と知ったときの心の痛みは相当なものだったに違いない。
俺は彼女を傷つけてばかりだ。本当にこれで俺は拒絶されるだろう。
しかし、俺はそれ相応のことをしたのでその罰は受けるつもりだ。どんな風に思われても、彼女に嫌われても、
俺はそれを当然だと思い、自分を責め続けなければならない。
そんな思いを抱きながら、俺は日本を発ったのである。
−つづく−
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