彼女の泣き顔を見た日から、俺は香川冴子に恋をしてしまったのだと思う。
――あれは1年前の今日みたいなジリジリと暑い夏の日で、特別授業の時だった。
それは自然保護と開発について、4、5人の班に分かれて互いの意見を言い合う授業で。
俺の通っている高校は何かにつけてクソが付くほど真面目で、窮屈なカリキュラムと
規則に縛られた生徒たちが、堅苦しい学校生活を嫌々ながら送っている、所謂“伝統ある進学校”なのだ。
連休には必ず実力テストや模試があるので結局休日は1日だけだし、学期末の終業式の日でも、終業式の前にテストや授業がある。
そこまで授業時間を執拗に確保する割りに、特別授業や人権教育、進路相談などに時間を割くところには感心するが、
「はたして本当に生徒の為を思って行っているのか」と思うと何処か胡散臭い気がする。
ただ「あの学校は勉強だけでなく、人間性の形成にも力を入れている」と
世間にいい面をしたいだけなのではないだろうか、と厭らしく思ってしまうのだった。
全校集会では、必ず地域住民からの些細な苦情があったと叱られ、
社会見学や修学旅行では「周りに迷惑をかけるな、騒動に巻き込まれるな」と注意され、
「地域の方々は我が校に期待しているし注目しているから行動に気をつけろ」とプレッシャーをかけられる。
…こんな教師たちのいる学校がどうして厭らしくないものか。
権力のある者の言うことを何でも聞く「イイコ」ばかり生み出すこの学校が、
どうして進学校と言われるのか、俺には理解できなかった。
確かに、そこら辺の学校に比べたら偏差値は上かもしれない。だが同じ高校生だ。
恋をしたり、友達と騒ぎながら帰ったりすることの何処が悪いのか。
ただこの高校に通っているだけで地域住民からいろいろと監視され、密告されるのはどう考えても変だ。
この学校に通う生徒は、内でも外でも人の視線を感じて過ごしているのだ。
――そうは思いながらも、俺は何も出来ずに流れに流されて今までやって来た。
学校の方針には賛同しかねるが、内申書を考えると従わざるを得なかった自分も厭らしかった。
だから俺はあの時、イイコの意見を述べたのだ。
「山や川に住んでいる生物の住処がなくなるし、公害の問題だってある。
それに森林不足や地球の温暖化という問題もあるし、どう考えてもこれからは自然保護に力を注ぐべきだよ」
そう言うと、1人の女の子が手を挙げた。
「それなら電気も水道もろくに普及していない地域に住む人たちはどうすればいいの?
君は四六時中、電気の下にいるし、喉が渇いても蛇口をひねったらすぐに水が飲めるわ。
でも、もし君がそんなところに住んでいたらどう思うかしら。病院も役所も遠くにあって、
緊急の場合でも緊急の処置が出来ない、そんなところで暮らしている人たちは何時だって
心の何処かに不安を抱えながら生きているわ。 君は1日でもそういうところで暮らしたことがあるの?
――表面だけの意見を述べているのなら、その人たちの立場になって一度考えてみて欲しいの。
…確かに、自然はむやみに破壊していいものじゃない。その自然のおかげで私たちは生きているのだものね。
でも、自然を守る代わりに生きている人を犠牲にしていい筈がないとは思わない?
地球規模で考えると、自然保護はとてもいいことだし、当たり前なことだと思う。
私も自然は大好きだし、多い方がいいと思う。
だけどね、どんなに過疎化が進んでいても、その場所には命を持った人間が生きているのよ。
その人たちに“自然保護はいいことだから、電気も水道もないところで一生暮らしてくれ”なんてどうして言える?
他人の評価ばかり気にして、結局は皆、偽善者なのよ。そんな人たちに自然保護が出来ると思う?」
俺は自分の心を見透かされたような気がして恥ずかしくなった。
その一方で、感情的だが心に響くようなことを言う香川に俺は嫉妬に近い感情を抱いたのである。
「それならそんなところで暮らさなければいいじゃないか。
第一、香川さんの言ってることは推測の部分だってあるだろ?」
今、思い出してみても情けなく子どもじみた反論だった。
「自分が生まれる場所は選べもしないし、その人にとっては大切な故郷なのよ。
それに障害を持っていたり、高齢だったりして体を動かすことが困難な人はどうするの?
開発と聞いたらすぐに反対する人がいるけど、私は自分たちの大切な故郷のよさを守りつつも、ある程度の開発は必要不可欠だと思うわ。
…私は感情的だし、思ったことをうまく伝えることができないけど――」
俺は香川が泣き声になったのに気がついて彼女の方に顔を向けた。
クラスの中でも綺麗な顔立ちの香川の大きな目から次々と涙が溢れ出ている。
涙が頬を伝うまま、彼女は呆然とどこか一点を見ているようだった。
不謹慎だが、俺は彼女のそんな泣き顔も綺麗だと思う。
「感情的になってごめんなさい。私、言い過ぎね。小澤くんの考えを全て否定するような言い方しかできなくて…。
君の意見は正しいのに――あ、君のせいじゃないのよ? 私、感情が高ぶると涙もろくなるから」
真っ赤な目をしながら香川は俺に微笑み謝った。
そうは言われても、俺は自分が彼女を泣かせたような気がして、その日は罪悪感で一杯だった。
−つづく−
ふふ…、ただでさえ終わっていない連載があるというのに
「また新しい小説書きやがって」と思われた方、正解(;´▽`A``
しかし、この作品は高校〜大学中に少しずつ書き上げていったモトの原稿がありますので
それをちょこっとずつ手を加えたり削ったりしてPCに打ち込めば、すぐに完結できる筈です…。
(恐らく更新が止まるとこちらがUPされる筈…^^;)
さて、今回の主人公は男の子です。
しかしタイトルにもある通り、香川冴子さんが真の主役です。
彼女は私の理想像なので…嫌いな方はホントすみませんとしか言いようがありませんが
そんな彼女と主人公の小澤くんとの真面目な青春恋愛小説のつもりなので
よろしければ是非また読みにいらして下さいね。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました!
吉永裕 (2006.5.31)
次に進む メニューに戻る