彼女の場合 第九話
授業の終わった初音と合流し、私たち4人は大学前にあるコンビニへ行くことにする。
朝に立ち寄ったコンビニとは違う企業であり、こちらの方が敷地面積が広い。
駐輪場には既にいくつもの自転車が並んでいて私たちのように帰宅途中や登校途中に立ち寄る学生がこの店の客層を占めているのだろう。
「奏はどっちのコンビニによく行ってたんだろう」
「頻度としてはこっちじゃないのか。
向こうのコンビニは大学の反対方向にある。
通学の生き帰りに寄りやすいのはこちらだと思うが」
「確かにそうだね。朝の忙しい時にわざわざ遠くなる方へ行かないよね。
余程向こうに思い入れがあるならともかく」
清亮の言葉に頷きながらも私は朝会った気さくな店員を思い返す。
まさかあの人目当てで行っていたわけではあるまい。
とはいえ向こうのコンビニ限定のお菓子や弁当などを好んでいた可能性もあるし、
登下校のついでではなくおやつや飲み物欲しさに「ちょっとそこまで」という感覚で行くことが多かったかもしれない。
「ねえ初音、奏がよく買ってたコンビニ限定のものとか知ってる?」
「うーん…どうだったかなぁ」
指名された初音はおにぎりや弁当からデザートのコーナー、
カップやパックジュースのコーナーまで一通り見たけれど、お手上げのポーズをする。
どうやら特にこだわりを持っていた商品があるわけではないらしい…というかそこまで姉の趣向を知らないようだ。
それもそうだろう。私も初音がどのコンビニをよく利用していて、そのコンビニのどの商品を愛しているのかなんて知らないのだから。
とりあえず複数人でぞろぞろ店内をうろつくだけで何も買わないのも悪い気がしたので、
フレーバーウォーターのペットボトルを1本手に取ってレジへ向かった。
「あれ佐久良さん、いらっしゃいませ。君たちってホントに仲いいねぇ」
「――ああ、真中(まなか)か。お前、授業は?」
「俺は今日は午前中だけ。さっきバイトに入ったんだ」
「理学部はいいよなぁ」
「俺だって資格試験受けるつもりだし実験もあって忙しい身なんだよ、これでも。
それに四年になったら大学院の試験勉強で忙しくなるんだから、バイトも遊ぶのも三年の前期までだよ」
私の横から響士が現れ会話を引き受けてくれたので助かった。
そんな私に清亮が「高校の時の同級生で真中コウジだ」とこっそり耳打ちしてくれる。
高校の通学区域と凡そ被っているこの大学に通っている同級生は多い。
やはりできれば近くの学校に進学し実家から通学してほしいという親御さんらの意思が影響するのだろうか。
それを私も奏も振り切って独り暮らしさせてもらっているのだから少し肩身が狭い気もする。
しかし、何故奏は独り暮らしをしているのだろうか?
私は父親がいなくなったことを引け目に感じて家に居づらくなってしまったことが理由だ。
でも奏は?奏は家に居づらい理由が他にあったのだろうか。
それとも別に何か独り暮らししたい理由でもあったのか。
「あ、シールだけでいいよ。鞄に入るから」
「はい、かしこまりました」
そう言うと、コウジは急に店員の顔になって丁寧に対応し、希望通りにペットボトルにシールを貼ってくれた。
ちなみに、ペットボトルを持っていた彼の左手にも、テープを張る右手にも指輪はない。
うーむ、先程気づいてしまったがやはり私は指輪チェックというよりも手自体や指の動き、仕草などを見る方が好きなのかもしれない。
「たまには俺も仲間に入れてよ」
「仲間なんて大袈裟だなぁ。じゃあ今度、皆でご飯食べようよ」
「やった!覚えててよね。
――ありがとうございました」
頭を上げたコウジの深い紺色の髪の毛がさらりと揺れる。
長身の割にほんのり童顔でアンバラスな感じではあるが、微笑んだ顔は更に可愛らしく見えて好印象だ。
仕事をしながらも自分の知り合いが来た時に他の店員や客に咎められない程度の私語を嗜めるというのは
世渡り上手と言うか器用な人物なのだろう。
もしくは普段真面目なのでほんの少しのイレギュラー程度なら見逃してくれる信頼関係を職場の人と築いているのかもしれない。
朝の店員といい、皆、自身の資質に合う仕事に就いているなと感心する。
「うーむ、同級生がいたならこっちのコンビニの方をよく使ってたのかな?」
「逆に利用しづらいってことはない?」
「あー、確かに買う物によっては行きづらいかもしれないね。
日用品とか化粧品とか買ってるの、あんまり異性には見られたくないかも」
そう言いつつも、実際にはケチな私はコンビニであまりそういうものは購入しない。
消耗品はポイントカードのあるディスカウントストアかドラッグストアを利用している。
奏の部屋はカラーリングなどが私の趣味とは異なってはいたけれど、そんなに華美ではなかったと思うので
金銭感覚は同じようなものだと思いたい。
「それじゃあ今日は解散しようか。付き合ってくれてありがとね。
明日の朝は初音に付き合ってもらうから二人はゆっくり過ごしてよ」
「いや、俺は明日も少し離れたところからついて行くつもりだ。
女二人で変質者をどうにかできるわけがないだろ。何かあってからじゃ遅いしな」
「キヨの言う通りだよ。遠慮しなくていいから相手が諦めるくらいの期間は一緒にいた方がいい。
明日も俺が迎えに行くからさ」
「でも大学内でもずっと一緒に行動してもらってるし、二人の時間を大幅に奪うことになるのは申し訳ないんだよね」
「朝から帰宅するまでくらい、どうってことないよ。夜は自由に過ごせるんだから」
「ああ」
そう言って男二人は頑として送り迎えの任を解くことを許さなかった。
なのでお言葉に甘えることにする。
「じゃあ、これから奏の家に寄って荷物を置いてから明日の洋服を持って帰ることにするよ。
それで翌朝も奏の家に寄ってその日の授業に必要な荷物を取ってくる、っていうルーティンでどうかな?」
「それは構わないけど、用事とか買い物とかやりたいことがあるなら遠慮せずに言ってくれよな?
ここにはついてくるなって言うなら勿論その通りにするし」
「うん、その時はちゃんと言うね。あと、すぐに連絡が取れるようにはしておくからさ」
そんな風な取り決めをして、私たちは奏のアパートへ向かった。
お遊びで仕掛けてきたヘアピンに異常はない。
しかし、安心する為にも今後もお遊びを続けた方がいいかもしれない、と私は周りに気付かれないように
靴を並べ替える際にヘアピンを回収した。
「明日の授業は5,6限目で終わりだよ」
明日の教科書をある程度は用意しておこうとしていた私に響士が話しかける。
5,6限目つまりは3コマ目で終わりということは、14時半以降は自由時間だ。
私はふと考える。このままあとどれくらいこの世界にいるかはわからないが流石に今のような生活を毎日送るのは面倒臭いなと。
特に次の日の洋服を持って帰るというくだりが、だ。
なので私は咄嗟に自分好みの服を買いに行きたいという衝動に駆られてしまった。
「初音は明日いつまで授業?」
「明日は午前中で終わりだよ。昼からまるまる休み」
「だったら明日の午後、私の授業が終わったら洋服買いに行こう!!」
「いいね、そうしようか。次の日は大学の創立記念日で休みだし、ゆっくりできるよ」
「え、そうだった?うわぁ、休みになるなんてラッキー!
じゃあ、のんびり店内を見て回ろう!!」
和気藹々と明日の予定を楽しそうに話す私たち姉妹を響士は優しげな眼差しで見守っている。
奏が気付いていたのかは不明だが、きっとこれまでも同じように彼女を見ていたのだろう。
ここにいるのが奏でなく私であるということが非常に心苦しいが、
それでも彼は優しい表情をしているということは、元から穏やかな人なのかもしれない。
家族の仲の良さにほっこりする気持ちは私も分かる。
「植松くんと楳澤くんも一緒に行かない?
それでさ、帰りはここで一緒にご飯食べようよ。
久しぶりにお好み焼きパーティーしたいの!」
私はかつて友人らと共にホットプレートを囲んでわいわいと盛り上がった光景を思い出す。
意外と各家庭によって材料や作り方、切り分け方などが違うのが面白かったのを覚えている。
「楽しそうだね、お好み焼きパーティー。
邪魔じゃないならご一緒したいけど。ねえ、キヨ?」
響士に話題を振られた清亮の目が一瞬大きく開いたが、その後は特に表情も変えずに頷いた。
恐らくこれまでもこんな風に誘われて清亮は響士や奏と一緒に遊んでいたのだろう。
しかしながら、今回は私を護衛する為に受け入れたのではないかと私は思っている。
「よし、決まり!
じゃあ明日は皆でソフィアに行くぞー!」
「それなら車で行くか?
親の車を借りることになるが荷物がどれくらいになるのか分からないし、日が暮れた中帰るのは危ないだろ」
「ありがとう。
それにしても、楳澤くんって運転できるんだね」
「ああ、普段はバイクの方だがな。免許は取ってる」
「いいなぁ…。私もいつかお金貯めて教習所に通わなきゃ…」
そう言うと、先日の通話で私から車の話を聞いていた響士はくすりと笑っていた。
こいつは余程車が好きなのだな、と思ったことだろう。
そんな中、私は自分の世界のマイカーに想いを馳せる。
もしかすると、ソフィアの駐車場に未だに停まっているのだろうか?
奏は運転できないし、車を所持していたことすら知らないだろうから
ソフィアの管理会社などから連絡があるまで、ひょっとすると放置されることになるかもしれない。
ああ、中古で50万リーンした私の車。お前ともう一度、ドライブしたいのに。
もし元の世界に戻れたら愛情込めて洗車して車内も掃除するからね、と私は心に誓った。
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