不器用な彼女  第3話



 
 そんなこんなで、約5年ぶりに再会した2人だったが――

「赤坂ー」
「……今日は…何だ…」

仲良くしよう発言の後、その言葉を実践するかのように幹は毎日、美景の部屋の呼び鈴を押し、
「洋服とかどこで買ってる?」とか「一番近い本屋ってどこ?」とか、そんなことを聞いてきた。
2日程は動揺しギクシャクと硬い動きをしていた美景だったが、3日目からはだいぶ冷静でいられるようになった。
それでも未だに苦手意識は変わっていないのだが。

寧ろ、更に苦手になったかもしれない。
美景の反応を面白がって、幹は頻繁に顔を覗き込んだり髪の毛を引っ張ったりするのだ。
…これも一種のいじめなのだろうか、と思いながらも身体が勝手に反応してしまう。

幹にいじめられたことがきっかけで、女子よりも男子の方が怖くなったのだ。
なので男子の存在自体が苦手になってしまったのである。
それでも緑は穏やかで中性的な優しさを感じるし、匡は明るく誰とでも仲良くなれるような人なので
その2人だけはこの1年間でようやく肩の力を抜いて話ができるようになった。

しかし、幹は違う。
「苦手=男」というのがあるからか、嫌でも男だと意識してしまう。
そして余計に苦手になって……

 …悪循環だ。

美景はふぅ、とため息をついて玄関のドアを開けた。

「よぉ」
「…何だ」

へらへらと明るい表情の幹とは反対に、硬い表情の美景。

「相変わらず嫌そうな顔するよなー」

幹の笑顔で言う言葉に棘は感じなかった。
どうやらこれが彼流の挨拶らしい、というのを美景はこの数日で理解した。

「……すまない、気をつける」

苦手意識はあるが、そこまで嫌という感情は抱いていないのだが…と思いながら美景は幹に謝る。
すると彼は穏やかな表情で口を開いた。

「…いいよ、別にそのままで。 無理にニコニコされたり、皆に親切にしたりする奴の方が胡散臭くて感じ悪くない?
 …俺がへそ曲がりなだけかな」

彼のその言葉に、かつての自分の姿を思い出した。
小さい時から両親がいつもピリピリしていた為、そんな居た堪れない雰囲気をどうにかしたくて自分が良い子になればいいのだと思った。
実際にテストで良い点をとったり、絵画コンクールで賞を貰った時などは、両親共に喜んでくれたものだ。
だから自分は常に良い子であろうとした。成績は上位を目指した。
家族を笑顔にしたくて、いつもニコニコ笑うようにしていた。

 ――結局、私には何もできなかったけれど。

幹が胡散臭いと言うのが分かる気がした。
笑顔の裏には、「嫌われたくない」とか「もっと見て欲しい」とか、そういう欲望が隠れているのだから。
もしかしたら、当時の幹はそんな自分の胡散臭さを見抜いていたのかもしれない。

「――どうした?」
「…いや……お前の言うことはもっともだと思ってな…。 …ありがと…ぅ――っっ!?」

俯いていた顔を上げた途端、覗き込むように幹の顔が目の前にあって、美景は一歩後ろに下がる。
どうにも覗き込まれるのは苦手だ。

「何だよ? ありがとうの意味も分かんねぇし、礼を言う割には逃げるし」
「……それは…その…あまりにもお前が至近距離にいるから…驚いて…」
「はは〜ん。美景チャン、男性恐怖症? だったら俺が治すの手伝ってやるよ」

ニヤリと笑った顔で幹が近づき、再び美景の顔を覗き込んだ。
さすがの美景にも、完全に遊ばれているのが分かる。

「…っ――こ、断る! それに私は恐怖症というわけでは……っ」
「じゃあ男好きなの?」
「違っ…! ――お前なぁ…っ!!」

極端過ぎる、と言おうとしたが幹がブブーっと噴出すように笑い始めたので言うタイミングを逃してしまった。
何がそんなに可笑しい、と思いながら美景は笑い続ける彼を見据える。

「…っは…あはは…はぁ〜、もうマジで笑えるんだけど! 赤坂って不器用だよなー。
 感情の出し方が分かってないっていうか。脳と身体が直結って言うか」
「…悪かったな」
「ぐふっっ…今度は拗ねてんのか?」

更に笑い続ける。
こんなに自分のことで笑われたのは初めてだ。

 …だが、こんなに――――

「――でも、無表情でいるより、不器用なりに感情出した方がいいと思うよ?」
「…」

 ――夏香以外の人の前で感情を出せたことがあっただろうか。

「……そうだな、心に留めておく」



 「そういえば、今日は何の用だ」

その後、暫く世間話をしていたが、ふと美景は思い出して口を開いた。

「あ、そうそう。肝心の用を忘れてた。 今日、新入生歓迎フェスティバルっていうのがあるんだろ?
 案内してくれない?」
「……」

昨日が入学式で、土曜の今日はサークルや部活で模擬店を出してアピールをするという“新入生フェスティバル”という催しが大学で行われている。
そして夜はお花見。
昼間、食べ物を買いに来た1年生と仲良くなる為に、購入した際に「夜○時からお花見するから○○に来てね!」と声をかけ、
皆が集まった後、桜並木のある川沿いに移動してお酒を飲んだりご飯を食べたりするのだ。
そうして、先輩らと意気投合したり、部活等の活動内容に興味がある者が後々入部する、という流れになっている。
文化祭のような催しなのでキャンパス内は人で溢れているし、元々新入生獲得の催しである為、非常に色んな人から声をかけられる。
人ごみも、知らない人に話しかけられるのも苦手な美景は正直、行きたくない。

「嫌そうだな。俺と一緒に行くのが嫌なのか?」

「いや、そうじゃなくて…。………その、人ゴミが苦手で……」
「そんなに人いっぱい来るわけ?」
「…あぁ。新入生歓迎フェスティバルはこの大学のメインイベントの1つなんだ。
 文化祭は他の大学のように盛り上がるイベントではないが、この大学は何故か新フェスと七夕祭っていう夏の行事に皆、力を入れている」
「…そっか〜。そんなに人が多いのもヤダなぁ。 でもその分、色んな子と知り合える可能性が高いってことだし……」
「知り合いたいなら行った方がいいんじゃないか?
 キャンパス内をうろついているのが1年、店で料理を作っていたり、品物を売って回ってるのが2年、
 3年以上は店の近くで話したり声をかけたりしたりしている。 目的に応じた人間に話しかけるといい」
「……何か情報屋から情報聞いてるみたいだな」

幹がククッと笑う。
何だか今日は笑われてばかりだ。

「赤坂はサークルとか入ってないの?」
「…一応、入ってはいるが……」
「何に?」
「水泳同好会…というサークルだ」
「へぇ〜。――お前、昔から水泳習ってて上手かったもんな。まだ続けてるんだ」
「…あぁ。今は好きな時に泳ぐ程度だがな」
「ふーん…。そのサークル店とか出してないの?」
「あぁ。皆マイペースでのんびりした連中ばかりだからな。 店をやろう、なんて案は全く出なかった」
「そんなサークルもあるんだ。何か楽しそうだな」
「まぁ、楽しい……かは分からないが…、気は楽だ」

そう言うと、幹がプールを見たいと言ってきかないので、結局、大学へ向かうこととなった。
幸いなことにプールは祭の会場から少し離れているので、そこにはそんなに人もいないだろう。

「…あいつに振り回されてばかりだ」

物々言いながら美景は服を着替えて軽く化粧をし、部屋を出た。



 2人は徒歩で大学に向かう。
自分たちのアパートから徒歩5分ほどの位置に大学はあるのだ。
荷物が重い時は自転車で行くこともあるが、自転車を停めたり探したりするのに手間がかかるような気がするので、
歩いていくことの方が多い。

今日は行事ということもあり、休みの日だというのに多くの人が門を通っていくのが見える。
自分たちもあと数分後にはあの中に入るのか、と思うとそれだけでもう疲れた気がする。
そんなことを考えていると、隣を歩く幹が口を開いた。

「――なぁ、結局さっきの“ありがとう”の意味、何なんだ?」
「…それは……」

30分ほど前の会話を思い出し、美景は立ち止まった。

 ――こんな私でも存在していいと認められたような気がして…

「…嬉しかったんだ」

静かにそう言った美景は、穏やかな表情をしていた。










続きますね



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