不器用な彼女 第4話
門の手前にある横断歩道で信号待ちをしていると、「美景〜!」と名前を呼ばれた。
声のする方を見ると、緑と匡が手を振ってやって来る。
「おはよっ」
「…おはよう」
「赤坂さんがこういう時に大学に来るなんて珍しいね。 何か用事?」
「……まぁな」
そう言うと美景は後ろに立っていた幹をチラッと見た。
すると彼は緑たちに向かってニッと笑ってみせる。
「どーも。俺、こいつの隣に住んでる春日ってモンです。
赤坂とは中学まで同級生だけど、一浪してるんで後輩になりま〜す。どーぞ宜しく」
幹が軽い口調で挨拶をすると、2人とも呆気にとられたような表情をしていたが、緑は少し頭を下げ、匡はパッと笑顔になった。
「…どうも」
「へー、同級生と隣同士?すっごいなぁ! ってことは、俺たちとも同い年ってわけだ。
あ、俺は蒼井匡で、こっちは高田緑。俺たちも高校が同じだったんだ」
気さくな性格の匡は幹に興味を示すが、緑はいつもと同じような表情のままで美景に話しかける。
「もしかして、彼を案内する為に来たの?」
「……まぁそんな所だ。 水泳同好会が使ってるプールが見たいらしくてな」
「全然大した設備もないよ? 市民プール並みだし。 あ、水泳に興味あるとか!」
「まぁね」
幹がそう言うと、丁度、歩行者用の信号が青に変わったので4人は歩き始める。
「…2人は何しに大学へ?」
門を通り抜けながら美景は匡と緑に尋ねる。
「…るご……を……べに」
「え?」
辺りは既に人で賑わっていて、ざわざわと騒がしくて緑の声が聞こえない。
美景は少し歩調を速めると緑の隣に並ぶ。
「昼ご飯を食べに来たんだよ。 匡が焼きソバが食べたいっていうからさ」
「わざわざ素人が作る焼きソバを買いに来たのか?」
「わ〜、美景ったら酷いし! 焼きソバはこういう祭の雰囲気で食べるからウマいんだよ?」
「…そうなのか?」
左側にぴょんとやってきた匡の言葉を聞き、美景は右隣の緑に意見を求める。
「うーん、まぁ確かに祭の時に買うたこ焼きとか焼きソバは普通に家で食べるよりも美味しく感じるかもね」
「…高田くんもそう思うのか。…ふむ……」
美景は自分の歩調に戻ると、何かを考えているような様子で黙々と歩き始める。
「あ、かき氷がある!赤坂、買って来ようぜ」
突然、美景の後ろを歩いていた幹がそう言うと、彼女の手を掴み走り始めた。
「っちょ…っ……まっっ待てっ!」
あまりの唐突な出来事に、美景は引っ張られるようについて行きながら叫ぶ。
その場に置いていかれた緑と匡は呆然と彼女らの後姿を見つめる。
自分でも赤面していると分かるくらい顔が熱い。
…何でこんな人前で、しかも春日幹に手を握られなきゃならないんだ!
「おいっ…! ――春日、手を放せっっ!!!」
美景が何度も名前を呼ぶが、幹は聞こえているのかいないのか、どんどん先へと進んで止まることはない。
そうして店と人が集まった中心部へ足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ〜!」
チアリーダーの恰好をした女の子たちのいるかき氷屋の前で幹は止まった。
心なしか目の前の風景に喜んでいるように見える。 ギュッと握られていた手も放された。
「かき氷2つ〜。 俺はレモンで……赤坂は…イチゴ派、だったっけ?」
「え……。…あぁ、確かにそうだが」
「じゃあレモンとイチゴ」
「はい、ちょっと待ってね〜」
そう言うと、シャシャシャシャと目の前で氷が薄く削られていくが、
見事に好みを言い当てられて美景は氷そっちのけでポカーンと幹の横顔を見上げる。
「はい、お待たせしました」
そうして出来上がったかき氷をほい、と渡され、幹は2人分の金額を払っている。
「春日。私も払――」
「うーん、どこで食う?」
慌てて鞄の中から財布を取り出そうとしていた手を再び幹は掴むと、またさっさと歩き始めた。
「っだから…放せと言っているだろうが!」
「あの2人が同じことしてもそう言う?」
「え?」
暫く無言で歩き、図書館の東の職員用の入り口の階段の前までやってくると、漸く幹は歩を止めた。
そうして階段の方へ向かうと段に腰を下ろす。
「あいつらには結構近づけるんだな。――仲良いんだ」
「…まぁ、高田くんは同じ学科だし、匡はサークルが同じだからな」
仕方なく美景も階段に座る。
そうして買って貰ったかき氷のストローを指で摘んだ。
「俺が近づくと露骨に嫌がるくせに」
「…悪かったな。――きっと時間が経てば慣れる。 それまでは不快だろうが我慢してくれ」
「……慣れられてもなぁ」
それも面白くないし、とブツブツ言いながら幹はレモンのシロップが沢山かかっている氷を口に入れた。
「面白いって…。人を何だと思ってるんだ」
美景もブツブツ言いながらイチゴのシロップでピンクがかった鮮やかな赤に染まった氷を口に運んだ。
すると向こうから匡と緑がやってくるのが見えた。
しかし幹はそんなことも気にせずに美景の氷を見つめる。
「…俺もイチゴ食いてぇ。なぁ、くれよー」
「……好きなだけ食べろ」
そう言ってカップを差し出すと、幹は嬉しそうに氷イチゴを食べる。
そうしてふた口ほど食べると、「俺のも食う?」と言い出した。
「…別に……」
「遠慮するなって。ほら、アーン」
「っっ――っ!っぃ、いらないから…っ!!」
彼のストローとニヤニヤした顔が近づいて来て、美景は慌てて彼から離れる。
そんな様子を見て、幹は声を出して笑っていると、すぐ傍までやって来ていた匡が2人に声をかける。
「ここにいたんだ。 何だよ〜いきなりいなくなっちゃうなんて」
「…すまなかったな」
階段に座っていた美景は立ち上がる。
「――っていうか2人って、昔、付き合ってたとか? もしくは今そういう関係?」
美景と幹を見ながら緑が静かに口を開く。
「……有り得ない。絶対にない。今も昔もな」
一瞬固まるも、美景は冷静な表情できっぱりと反論した。
そんな彼女の肩をいきなり幹がガシッと掴む。
「――っっっなっ…このっっお前っっ!!」
突然のことに美景は動揺して言葉も出ない。
そんな彼女を尻目に、幹はニッと笑みを浮かべる。
「そう。今も昔もそんな関係じゃないぜ。
第一、昔はこいつこんなに面白い奴じゃなかったから――嫌いだったし」
「……」
耳元で聞こえた低い声に思わずゾッとした。
もしかしたら、いじめはまだ続いているのかもしれないと不安になる。
すると緑が口を開く。
「そう…。とんだ勘違いをしてごめんね。 ――赤坂さん。この後、俺たち学食行くんだけど、一緒にどう?」
穏やかな声なのに、何故かピリッとしたものを感じて美景は驚いて緑の顔を見つめる。
すると目が合った彼は優しい表情でこちらを見ていた。
「…あ、うん……じゃあ夏香にもメールするから…皆で食べよう」
「やった!」
匡が嬉しそうに笑う。
そんな彼を見て美景も心なしか口元が緩む。
「……じゃあ、俺は適当にぶらついて帰るぜ。 またな」
「春日。一緒に食べないのか?」
「やめとく。この後、用事あるし。それに皆さんの邪魔しちゃ悪いから」
眉毛を上げて茶化した様子でそう言うと、幹はじゃ、と手を上げて背を向けた。
「――あ、春日」
美景はハッと何かを思い出し、呼びかける。
「ん?」
「…かき氷……ありがとう」
「おう、気にすんな。後々倍にして利子付きで返してもらうから」
ニヤリ、とした表情で幹がそう言うと、美景は呆れた様子で口を開く。
「――悪徳金融業者だな…」
あははと笑って立ち去る彼の後姿を彼女は腕を組んで見送る。
「…何か今日の美景、いつもと違って良く喋るね。意外〜。 あの春日って奴さぁ、やっぱりただの同級生じゃないと思わない?」
「――そうだな」
後ろで匡と緑がそんなことを言っているとも知らずに。
こりゃ続かなきゃ、でしょ^^;
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