不器用な彼女 第11話
この大学で一番盛り上がるし、力を入れている行事――それが七夕祭である。
何故か文化祭は七夕祭ほど盛り上がらない。
出店の出店数も少ないし、イベントに呼ぶ人も評論家などが多く芸人や歌手などは滅多に呼ばないので
かなり静かな文化祭となり、学生の中には文化祭があったことを知らずに過ごしている者も多いらしい。
もしかしたら他の大学と時期を外して、七夕祭をこの大学の目玉にしたかったのかもしれない。
そんなわけで、今日は新フェス以上の盛り上がりを見せている。
しかも、学生たちの殆どが朝から浴衣や甚平を着ていて、とても艶やかな雰囲気だ。
時折、チャイナ服やチマチョゴリなどの民族衣装を着た留学生以外の女性も見かける。
この祭の雰囲気が一種の仮装パーティーのようにも思えるのか、起源はよくわからないがそのような衣装を着ている者が毎年いるのだった。
――このように、特に女性が目一杯にめかし込んで参加する七夕祭に行くことになった美景も例に漏れず
夏香にせっつかれて仕方なく浴衣を着ることになった。
昔から人形ごっこが好きだったという夏香は、美景を自分好みにプロデュースするのが趣味のようで
時々、可愛らしい洋服を買ってきてはプレゼントし、普段はあまり化粧をしない美景にバッチリとメイクして髪の毛もヘアアイロンでくるくると巻き、
そうしていつもと違う美景の姿に満足し、一緒に出かけたり彼女を外に放り出したりするのだ。
そんな夏香は今日も朝からご機嫌で美景の部屋にやって来て一緒に浴衣に着替えると、
自分のメイク道具を取り出して彼女にメイクをして髪の毛を器用に纏めて可愛らしい髪飾りとかんざしをつけた。
普段は暗い色や黒い洋服を着ていて非常にクールな印象の美景だが、
夏香の手にかかった今日の姿は髪の毛を少しカールさせて緩く纏めたのと、メイクを暖色に統一したのでどこか優しげで柔らかい雰囲気に見える。
「うんっ、バッチリ!」
「そうか…? 何だか普段と違いすぎて恥ずかしいんだが……」
「大丈夫大丈夫!めちゃくちゃ可愛いから!!」
「か、可愛い…? 私の辞書にはない言葉だ……」
鏡に映った自分の姿があまりにも普段と違うことに戸惑いを隠せないものの、夏香が喜んでくれるのは嬉しかった。
この満足気な表情を見れるなら、好きなだけメイクでも髪の毛のセットでもしてくれていいと思う。
何故なら、彼女のその満足そうに笑う姿は彼女の言葉を借りると“めちゃくちゃ可愛い”からだ。
こんな彼女の表情を匡や緑にも見せてあげたいなぁと思うが、今日は恐らく沢山見れるだろうと思い美景はひっそりと微笑む。
「お待たせ〜」
「すまない、遅れた」
「大丈夫だよ、全然待ってないし」
待ち合わせをしていた大学前のコンビニに行くと、匡と緑が手をあげた。
「わぁ、2人ともいつもと雰囲気違うね〜」
彼女たちの装いに匡はにっこりと笑って感想を言う。
そんな彼の言葉に頷き、緑も「似合ってる」と微笑んで見せた。
「でしょでしょ、美景ちゃんかなり可愛いでしょ!」
「いや、可愛いのは夏香だろ」
「「2人とも可愛いよ」」
夏香の言葉に照れている美景と、美景の右腕に抱きついて笑っている夏香を見て、匡と緑は同じ言葉をこぼした。
そんなシンクロする2人を見て美景と夏香も笑う。
「じゃあ、行こうか」
「何から食べようかな〜。やっぱり焼きソバかな」
「新フェスの時も食べてなかったか?」
「私は断然かき氷ー」
派手に装飾された歩行者用の門を通り抜ける。
壁の至るところに出店している各部活やサークルの貼り紙が見受けられ、興味が湧くと共に購買意欲を掻き立てられていく。
「赤坂さんは、何か気になる店はある?」
緑は会場図を見ながら歩いている美景に尋ねると、彼女は少し高揚した様子で一言、
「アーチェリー部」
と言った。
「アーチェリー? あぁ、確かダーツで的当てのお店してるよね」
「そうそう。ついでにアーチェリーの実物を触らせてもらえるし打ち方とか教えてもらえるから面白そうでさ、
俺も去年見てやってみたいって思ってたんだけど、凄く人気で行列ができてたから諦めたんだよねー」
「そっかぁ。美景ちゃん、去年は私が色々連れ回したのと人混みですぐにダウンしちゃって全然お店、見れてないもんねぇ。
じゃあ、アーチェリー部に行こう!」
鶴の一声とはまさにこのこと。
美景の興味のあるアーチェリー部の店へと皆は向かう。
アーチェリー部の店がある一帯は人気のある部活動の店が並んでいて非常に混雑していたが、なんとか目的の店まで辿り着き、美景たちの順番がやってくる。
そうしてダーツを皆で楽しみ、ジュースやお菓子などを手に入れた後、その隣の実践コーナーで実際にアーチェリー部が使っている道具を触らせてもらう。
“ボウ”(弓)と“アロー”(矢)、アームガードやチェストガード、アローを入れて腰に下げるクイーバー、フィンガープロテクターとしてストリング(糸)を引く指に取り付けるタブ、
弓を手の中にとどめておくために紐でハンドルを手に結んでおくための道具というボウスリングなど、他にももっと細かく道具の説明をされたが
慣れない横文字であるせいか、すぐに美景たちの頭をすり抜けてしまった。
そして次は打ち方を教えてもらう。
どうやらこの大学のアーチェリー部は弓道の射法八節を参考とした射法をしているようで、部員がゆっくりと動作を見せてくれた。
その動作を見て恰好いいとその場にいた者は思う。
そうして紐を貸してもらい浴衣をたすき掛けにして、実際に弓を引かせてもらうが力任せではうまくいかず、普段使っていないような筋肉を使うような感じがした。
何度か素引きをしているうちにコツを掴み、美景はようやくスッと引けるようになった。
その姿に「おぉ」と夏香たちは声を上げる。
「美景ちゃん、恰好いい!」
「赤坂さんって、こういう一点に集中するようなスポーツが似合うよね」
「うん。なんか自分との戦い的な個人競技が合う」
「そうか…? だが…明日おかしな場所が筋肉痛になりそうだ」
そんなことを言い、部員達に礼を言って実習を終える。
「…楽しかった。皆、付き合ってくれてありがとう」
「ううん、私も楽しかった!美景ちゃんみたいに様にならなかったけど」
「俺も初めてだったし、いい経験になったよ」
「ホントホント! ピリッとしたあの感じいいよなぁ。
弓道も恰好いいと思ったけど、アーチェリーも違った恰好よさがあるっていうか。
自分の能力とかコンディションに合わせて調整することで精度が上がるっていうのも楽しそうじゃん!」
「そういえばそんな話もしていたな」
わいわいと話しながら構内を歩き回り、留学生サークルの本格的なカレーや匡の好きな焼きソバ、夏香の食べたがっていたかき氷を買って食べ歩きつつ
他にも目に留まる食べ物を買って全員の両手が塞がった為に、ひとまず匡の研究室で一休みがてら食べることにした。
「蒼井くんはいいよねぇ、学年ごとに研究室があって」
「ホントだよ。俺達も経済学部と同じで3年の後期にならないとゼミ分けしないし」
「あぁ」
「あーなるほど、今まで意識してなかったけど教育学部って学科の人数が少ないもんなぁ。
一部屋自由に使えると楽だよ。急に休講になった時とか学食が混んでる時とか」
そうして匡が教育学部の玄関で暗証番号を入力し、全員中に入る。
いつもとは違い玄関に一番近い事務室の照明はなく階段横のエスカレーターも止まっており、
外はBGMと雑踏で非常に騒がしいのに、建物内は別世界のようにシーンと静まり返っていた。
「美研は1階だからすぐだよ」
そうして薄暗い廊下を歩いて行く。
匡は教育学部学校教育教員養成課美術教育コースという学科に在籍している。
ちなみに夏香は経済学部経営ビジネス科、緑と美景は農学部生物生態化学学科だ。
「そういえば前に美景ちゃんについて農学部に行ったことあるけど、農学部って人が通ると自動で廊下とかトイレの電気が点くでしょ?
この大学って農学部が有名だからかな、やっぱり設備が違うよねー」
「わっ、マジで!? 金持ちだなぁ、農学部!」
「まぁなんていうか…研究機材とか設備維持とかでお金がかかるから普段省エネしたいんだろうね」
「ああ。いつも授業で教室を使った後は絶対に消灯をするように煩く言われているしな」
薄暗い廊下を真っ直ぐ歩いていると、匡の在籍する美術教育コースの研究室がちらほら見えてくる。
そして匡は突き当たりの部屋の前に置かれているロッカーの一つから鍵を取り出して部屋の鍵を開け中に入り、窓を開けて電気を点けた。
「ちょっと散らかってるけどどこでも座っていいよ」
部屋に招き入れられた美景たちは辺りを見回す。
美術教育コースというだけあって、部屋には製作途中の絵や、完成した絵があちこちに見られる。
絵は油絵やデザインだけでなく、黒板には漫画のイラストタッチで美研2年生の似顔絵が描かれていた。
部屋は画材の匂いが立ち込めていたが、換気したこともあり嫌な気はしない。
美景は昔から美術室の匂いや雰囲気が好きだったのだ。
「この中に匡の絵はあるのか?」
「うん、あるよー。黒板の絵は俺が描いたし、あとこんなのも作ってみた」
そう言って匡はファイルを取り出す。
するとその中にはパソコンのソフトを使って描いた絵が沢山ファイリングされていた。
水彩画のような静物画や風景画、人物画だけではなく、ゲームのポスターのようなファンタジーな絵や写真を加工して作った作品もある。
「違う雰囲気の絵を描けるのねぇ」
「あはっ。今、将来どの道に進もうか迷っててさ。とりあえず色んなジャンルの絵を描いたり勉強してる途中なんだ」
返事をしながら匡は人数分の紙コップに飲み物を注ぎ、テーブルの上に置いた。
「冷蔵庫もあるんだな」
「そうそう。この冷蔵庫もあそこにあるポットも全部卒業した先輩たちのお下がりだけどさ。
元々この部屋には冷暖房の設備もあったし、過ごし易くて助かるよ」
そうして皆は買い込んだ食べ物をテーブルに置いて、匡が用意してくれた紙皿に各人の分を取り分ける。
「出店の料理の種類が似通ってるから全体的に茶色ね……」
「確かに焼きソバや焼き鳥を扱っている店は何店もあったしな」
「でもたまにはこういうのでお腹をいっぱいにするっていうのもよくない?」
「匡は居酒屋メニューが好きだからな」
「そうそう」
そんな話をしながら美景たちが箸を進めている頃、時計は12時を回っていた。
分岐させようと思ったのですが…長くなったので次回をお楽しみに、というわけで^^;(ほんまかいな)
皆様、お久しぶりです^^;
連載が2本になったのに1か月ぶりの更新……。
遅い遅すぎると思いつつ、なかなか浮かんでこない作品です。
やはりゲーム向きの作品だったか…。
さて、今回は七夕祭です。
実際私はあまり祭り事が好きではなかったので…積極的に参加しておりませんでした。
故に今回の話はなかなか書けず苦労しました^^;
やはり何事も経験って大事ですね…。
しかし漫画ブログの方で個人の学部や学科の紹介をしていたので
本編の方では全然取り上げておらず。
今まで、ブログを見たことのない方は、「こいつら何学部なんだよ」と何度思ったことでしょうね^^;
すみません。
ヒロインと緑が同じ農学部の学科、幹が匡が同じ学部というのは書いておりますけれども他の細かい情報がなかったですよねぇ。
すっかり書いてなかったなぁ。
なので、今回慌てて書きました^^;
ちなみに、幹は 教育学部教員養成課幼児教育コースです。
というわけで、あまり進んでおりませんが読んでくださったお客様、ありがとうございました!!
吉永裕 (2008.9.30)
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