「来ました、アーク国軍主力部隊です。大砲なし、魔道士隊も編成されていません。
 騎馬隊と歩兵と弓兵の三部編成ですが足並み揃わず統率がとれていない様子!」
「そうか。もう軍事にまで回す金も時間もなかったということか……。
 だが、助かった」

 そう言い、カルトスは玉座から立ち上がる。
自分の周りにいるのはレイラとヤンとレノンのみ。
偵察兵と工作兵一人ずつを残し、他の者は全て地下へ退避済みである。

「少々の魔法なら城も耐えてくれよう。
 後はどれくらい敵を黙らせておけるかだが……至急、総大将の姿を確認せよ!」
「はっ」

 そう言うと工作兵は国独自の手旗信号を送った。
数秒後、返信がある。

「アーク国、総大将はククル・イッキとのこと。
 正面に展開する軍にいます」
「それは好都合だな。予定通り、伝書鳩を放て。
 ――レイラ、頼む」
「はい」
「レノン、レイラを頼むぞ」
「は」

 そうしてレイラとレノンは玉座の間から出ていき、工作兵は空に伝書鳩を放った。
天窓から見上げた空には青白い月が浮かび上がっている。

「鳩が城内で射落とされなければいいのだがな」
「大丈夫ですよ。首輪にちょっとした加工をしてますから」
「お前は実に研究熱心だな。
 ――無事にやり過ごした後は、その力をバーン国の復興に力を貸してくれるか?」
「ええ、勿論ですよ。
 でも……地上のものが洗い流された後に残った世界は一体どんな世界なんでしょうね」
「生きる者達が作っていく世界には変わりあるまい」
「それもそうですね」


 ――その頃、アーク国軍を率いていたククルは微かな光の反射に気付き、手を挙げて進軍を止めさせた。
暗い中目を凝らすと、城の方から白い鳥が飛んできたのが見える。
双眼鏡で鳥を確認した兵がククルに耳打ちした。

「城から放たれた伝書鳩のようです。足にバーン国の紋章を付けています。
 撃ち落としますか?」
「……そうだな、鳩には悪いが落とすことにしよう」
「はっ」

 後方の弓兵が静かに弓を構える。
そして集中した後、鳩に向かって矢を放った。
 
「へぇ、見事だな」

 ククルは思わず言葉を漏らす。
矢は鳩の羽根を掠り、バランスを崩した鳩はそのままククル達の前方へ落下して行った。

「隊長!鳩がバーン国からの手紙を持っておりました」
「そうか。見せてくれ」

 細く丸められた紙を開くと、そこにはバーン国からの交換条件が書かれてあった。

“総大将が一人で玉座まで来ること。さすればレイラは解放し、無血開城する。
 もしも交戦の意思を見せた場合はレイラの首が飛ぶだろう”

「――隊長っ!」

 偵察兵は双眼鏡をククルに差し出した。
城門に近い塔の窓には、両腕を後ろに拘束されたレイラとレノンの姿がある。
こんな状況にもかかわらず昔と変わらない堂々とした佇まいをしているレイラ。
そんな姿を見たククルはカルトスがレイラに手をかけることなど100%あり得ないと何となく分かっていた。
ああやって彼女が作戦に協力しているのを見ると、彼女はバーン国で上手くやっていたのだと少しホッとする。

「おい、さっき弓を射った奴、こっちに来い」

 そう言い、ククルは先程の紙の裏に“条件を飲むから城門を開けろ”と走り書きした。

「あの窓の近くを狙って射れるか?」
「はい、いいえ。ここからでは高さが足りません。城門に当たってしまいます」
「そうか、じゃあ魔法使える奴を呼ぶか。
 誰か伝書鳩を治療してやってくれ。まだ生きてるから多分、治せるだろ」
「はっ」

 そうして翼が折れていた鳩を治癒魔法により元の状態に戻すと、その鳩に手紙を再び持たせて城の方へ向けて飛び立たせる。
白い鳩は暗い空へ呑みこまれるように見えなくなった。

「ちゃんと戻って行けよな。色んな人間の命がかかってんだ」



「鳩が戻ってきましたわ! カルトス様のところに戻りましょう」
「は」

 偵察兵からの合図を見てレイラの表情はパッと明るくなる。
すると彼女に刃を向けていたレノンは剣を鞘に戻すと、窓の外から見えない位置に移動し頭を下げた。

「気にしなくていいのよ。
 ――さ、私を守る役目はこれで終わりよ。後はカルトス様を守って頂戴」
「は」

 二人はガランとした城を全力で走る。
石畳に響く足音が大きくなるのを聞きながら、カルトスは偵察兵の持ってきた紙を見ていた。

「良い返事だ。よし、工作兵に城門を開けさせ、退避させろ。
 お前もそれが終わったら下がっていい。最後の最後まで苦労かけたな」
「しかし、王…っ」
「気にせず早く行け。ククル殿は恐らく約束通り一人で来てくれる。
 彼に地下の存在を知らせるわけにはいかぬからな。
 それに転送装置ではあまり大人数は移動できぬ」
「……はっ」

 膝を折り、偵察兵は王に頭を下げると玉座を後にした。
それと入れ替わるようにレイラとレノンが入ってくる。

「返事が来たのですか?」
「ああ、良い返事だった。ククル殿が一人で来てくれるらしい。
 今、城門を開けさせている」
「そうですか、良かった……。これで時間が稼げますね」
「ああ。――レイラ、ありがとう。
 お前のお陰で家捜しされる時間が減ったぞ」
「お力になれて光栄ですわ。
 こんな状況でシェルターを見つけられては全てが水の泡になってしまいますもの。
 カルトス様が命がけで救おうとしている者達の命、守り抜く為なら何でもいたしますわ」
「うむ、お前がそう言うと心強いな」

 カルトスがそう言うと、外から城門を開く為の歯車が動く音が聞こえてきた。

「……さて、どのくらい進軍を止めておけるだろうな」
「そうですね、もって一時間くらいじゃないでしょうか。
 ただ、早急に編成されたらしい軍ですからね、統率がとれていないということが良い方に働くか、それとも悪い方に働くかで状況は変わってきますけど」
「そうだな。だが、今日の俺は運が良さそうだ。
 何とかなる気がするぞ」
「それもそうですね」

 敵に囲まれているとは思えないようなカルトスとヤンの穏やかな談笑にレイラも表情を緩めた。
どんな状況であっても、こんなやりとりが当たり前のように明日も続くと思える。

「――そろそろ来ても良さそうだがな」
「ええ、ククルはこの城のことは良く知っていますものね。
 こんな切羽詰まった状況で迷子になるような困った人ではないと思いますけど」
「……迷子でも困った人でもない奴が来たぜ」
「――ククル!」

 腕を組み、玉座の間の扉を潜るククルの姿にレイラの顔は一段と明るくなる。
幼馴染との久しぶりの対面は状況を一瞬忘れさせる程に嬉しいものだった。
しかし、彼の隣に佇んでいる人物を見てカルトスは表情を曇らせる。

「エド、どうして持ち場を離れた?」
「――申し訳ありません」

 大臣らと地下シェルターに避難している筈のエドワードがククルに同行していたのだ。
王に咎められることを重々承知の彼は眉間に皺を入れ、視線を落とす。

「こちらに何かあった時の為にお前とヤンは離しておきたかったのだがな……。
 だが、来てしまったものは仕方ない。
 それに……お前はここに来るような気がしていた。俺はお前に甘いからな」

 カルトスはエドワードに向かって柔らかく笑って見せる。
エドワードは彼に全て見透かされていたことを少し恥じた様子で眉間に皺を入れたまま口元だけ緩めた。
 ククルはそんな彼らのやり取りを見て、バーン国は自分と同世代の若い者達が作り上げている国なのだと実感する。
それは未熟で脆いようでありつつも、柔軟性と可能性に富んでいるといえよう。
アーク国がもう少し開かれた国であったら、王達はあんなことにはならなかったかもしれない――とククルは少し悔やんだ。

「――ククル殿、ご足労痛み入ります。
 貴殿が総大将とは我々は真に運が良い」

 敵対しているとは思えないような柔らかい物腰のカルトスにククルは一気に戦意を奪われてしまった。
無血開城などは嘘事だと分かっていた上で提案に乗ったつもりだったけれど、
彼の様子を見る限り、こちらを陥れるような策を用意しているようには見えなかった。

「少し、貴殿の国の話を聞かせてもらってもいいだろうか?」
「ええ……まぁ、いいでしょう」

 ククルはちらっとレイラを見たが、自分には話す義務があるように思えて彼女の前で真実を話すことにした。
協定が結ばれてからのアーク国の崩れゆくさまを。

「協定が結ばれてから……いえ、宝玉が集まらなかった時点で王の精神は狂い始めていたのかもしれません。
 姫がバーン国に行かれ、協定を結んだところまでは、王の思惑通りでした。
 アーク国有利の協定にもかかわらず、バーン国は譲歩して受け入れてくれたことに王は非常にご満悦の様子でしたから。
 しかし、次第に強まる災害への恐怖と、それを防ぐ為の良い策が出ないことへの焦りが王を追い詰めてしまったようなのです。
 元々、王は真面目な方で保守主義を固く唱えていた方ですから、基本的に自力でどうにかすることが当然だと考える節があったようです。
 それにバーン国の提案する魔動機器というものが信じられず、また自尊心が邪魔をしてそのような機械に意地でも頼りたくなかったのだと思います。
 こちらには何も打開策がないにもかかわらず、頑なにそちらの協力を拒んでいましたから……。
 ――そして、追い詰められた王の焦りは怒りとなってレジェンス王子へと向けられたのです」

 ククルは苦虫を噛み潰したような表情で拳を握り締めた。
頭に浮かぶのは絶望を通り越して無気力になってしまったレジェンスの顔。

「レジェンス王子は自室に閉じこもりがちになられた王の代わりに何とか国を守れないかと日々走り回っていらっしゃいました。
 そして度々、バーン国との関係を良好にして協力して事にあたろうと王に進言していたのです。
 しかしそれが王の怒りを買い、王子は宝玉を集められなかったことの責任を問われた揚句、バーン国に通じる反逆者と国家裁判で宣告されました」
「……そんな……」

 信じられない言葉の羅列に頭が真っ白になったレイラは立ちくらむ思いがした。
いつの間にか傍にやってきていたカルトスがそっと彼女の背中を支える。

「そうして王子は無理矢理ベッドに縛り付けられ、安定剤のようなものを投与され始めたのです。
 しかし、そうした仕打ちよりも尊敬していた父親に裏切り者と罵られたことが一番ショックだったらしく……もはや誰の言葉にも反応を示しません」
「――あのお兄様が……廃人のようになってしまうなんて……」

 レイラの目から静かに涙がこぼれた。
子どもの頃から優しく純粋で、周りが望むまま次期王として相応しいとされる生き方をしてきた兄。
あんなに真っ直ぐ父を敬愛していた兄を、父はばっさりと切り捨ててしまったのだ。

「――では民は?王や王子がそのような状態でアーク国の民はどうなったの?」
「民の殆どは変わらず生活しています。
 ……津波が大陸を襲うということすら知りません」
「嘘でしょう!?! では、今もアーク国には多くの民が普通に生活しているというの?」
「……はい」
「お父様は何をしているの!? 王はそれを見て見ぬふりして未だに城に閉じこもっているの!?」
「いえ……王は……」

 レイラは今にもククルを押し倒しそうな勢いで彼の腕に手を伸ばし、彼の肩を激しく揺らした。
ククルの表情が一際苦痛を帯びたようなものになる。

「王は……既に城の一部の者を引き連れて、船で南下しております」
「……なんてこと……王が民を見捨て身内だけ連れて国外逃亡したというの!?
 ――――お父様の恥知らず…っ!!!」

 静かな玉座の間にレイラの金切り声が響いた。
ククルは固く目を閉じている。

「……それで、ククルはその船に乗らなかったのね?」

 叫んだ後、暫く肩を震わせながら泣くのを堪えていた様子のレイラは少し冷静さを取り戻すと、ククルに向き直った。
目の前の彼女の顔が一気に疲労の色を帯びたように見える。

「ええ。船にも定員がありましたし、一般兵は最後の最後までバーン国と戦えと命がありました。
 勿論、脱走した兵も沢山います。最期は家族と一緒にいたいと思う奴が多いみたいで」
「貴方は…良かったの?」
「俺は……戦いの方が性に合ってるんで。それに両親は王の舟に乗っていますから、ここ以外行く場所もないんですよ」
「……そう…」

 レイラは以前、ククルが言っていたことを思い出した。
“もし、両国の関係が悪くなってどうにもならない時がきたら……その時は俺が姫さんを迎えに来る”――というあの言葉。
あの言葉が彼を縛り付けてしまったのだとしたら、自分がククルの命を奪ってしまうことと同意だ。
どうしてあの時自分は彼の言葉を突っ撥ねなかったのだろう、とレイラは視線を落とす。

「――ならばこちらにとっては都合がいいというものだ」

 瞬間、辺りに響いた言葉にレイラは思わずゾクリとした。
この声はカルトスのものと思い、後ろを振り向いたと同時に「ぐっ…」という呻く声が聞こえる。

「……ククル!?」

 レイラが振り向くと、エドワードに魔法で動きを封じられ、レノンから後ろ首に手刀を入れられて崩れ落ちたククルの状況が目に入る。
戦い慣れているククルは手刀だけでは気を失うことはなく、エドワードの魔法でかろうじて動きを止められている状態らしい。
さすが彼の部下だとレイラが感心すらしてしまう程に、彼らはカルトスのちょっとした表情で王の望む行動をしたのだった。

「――っレノンさん…どうして…!?」

 暫し無言でカルトスを見つめていると、後ろから突然ヤンの声が上がった。
慌てて振り向くと、今度はヤンを羽交い絞めにしているレノンの姿が目に入った。
 カルトスとレノンは一体何をしようとしているのだろうかとレイラは途端に不安な表情を見せる。
カルトスはそんなレイラの横を素通りしてヤンに歩み寄り、彼のポケットから何か小さな機械のようなものを取り出した。

「カルトス様、それに無暗に触らないでくださいっ!」
「……ヤン、すまんな」

 彼がそう言うとまたもやレノンがヤンに手刀を喰らわせ、すっと彼の傍から離れる。
意識は辛うじてあるものの、ククルよりも打撃に慣れていない彼はエドワードの魔法がない状態でも床に崩れ落ちた。

「カルトス様…これは……」
「――すまない、レイラ」

 悲しげに微笑むとカルトスは珍しくレイラを強く抱き寄せて彼女の眉間にそっとキスを落とす。
何故だかレイラにはこれが最後のキスになるような予感がしていた。
彼の瞳がどこか寂しげに見えたからである。
そして、カルトスはレイラの体を解放すると宝物を扱うように優しく彼女の肩に触れた途端、トンとエドワード達の方へ押しやった。

「――王っ…!」

 カルトスの考えを察したエドワードが一喝するような大声を上げたが、
次の瞬間、カルトスは穏やかな表情で手元の機械にあるボタンのようなものを押す。
すると床に描かれていた魔法円が発光し始めた。

「動くな。その円から外に出るなよ。
 転送の途中で誰か一人でも出たら、お前達全員が死んでしまうかもしれぬぞ」

 カルトスの言葉にヤンは顔を歪めて頷く。
レイラは詳しく転送魔法のことを分かっていなかったものの、彼らのやりとりから一度この魔法円に入ったら転送が終わるまで身動きが取れないということは理解できた。

「カルトス様とレノンも早くこちらに…っ!」

 レイラの呼びかけにカルトスは微笑んで首を振った。
レノンは静かにカルトスの後ろに控えている。

「心配するな。俺は別のところに退避する」
「別の所とはどこですか?もうシェルターの扉はどこも閉まっているのですよ!?
 この転送装置とやらで直接行くしかないのです!」
「俺はラスティア山に行こうと思う」
「ラスティア山……この大陸で一番高い山のことですか?」
「ああ」
「どうして!? そんなことをせずとも、一緒に地下へ避難すればいいではないですか!」
「……まだ外にはアーク国の者がいる」
「嗚呼…貴方様は……」

 レイラはそこで漸くカルトスの真意を理解できた。
彼は城の周囲にいるアーク国の兵士を見捨てておけないのだ。

「――レノン、カルトス様を連れてこちらにいらっしゃい!
 貴方、カルトス様の命を守る為の騎士なのでしょう?
 ……ねぇ、お願いよ……」

 カルトスを動かすことができないと思ったレイラは、レノンに懇願するように呼びかけた。
彼がカルトスを危ない目に合わせる筈がない。
 ――しかし、レイラの期待はレノンの首振りで無残に崩れ落ちた。

「――恐れながら申し上げます。
 私の命は王の命を守ると共に、王の意思を守り望みを遂行させる為のものです。
 王はラスティア山に行くことを望んでいます。
 その望みを遂行させることが今の私の任務であります」
「二人とも死ぬかもしれないのよ!?
 アーク国兵の攻撃を逃れても、その後の津波に襲われたらひとたまりもないわ!
 大陸を呑みこむ程の大津波なのでしょう!?」

 エドワードが今すぐにでも飛び出しそうなレイラの腕を必死に抑えている。
しかし、彼の腕も震えていた。

「……その時は、レイラ。お前が新しい国を作れ。
 お前が望んだ明るい未来を築くのだ、ククル殿と一緒にな。
 ククル殿だけではない。ここにいる者達は勿論、城で仕えていた者達は皆きっとお前に協力するだろう」
「…貴方様は………」
「今回のことでアーク人は大勢命を落とす。
 誇り高きアークの血を絶やすでない」
「貴方様は最初から私をいつかアーク国へ戻すおつもりだったのですね…?
 だから……」

 だから彼は自分に必要以上に触れなかったのだ、とレイラは床に崩れ落ちる。
自分は最初から最後までただの客人だったということがショックでならなかった。

「馬鹿な人ですわ……。最後まで一人で何もかも背負うおつもりなのですね。
 ――酷いです、あんまりですわ!!
 突然すぎて……こんな状況なのに言いたいことが全然思い浮かびませんっ。
 何も言えないではないですか!」

 レイラがそう言うとカルトスは無邪気に微笑んで見せる。

「――俺は仮定の話をするのが得意ではないが……、それでも、もし、俺がお前のもとに戻ることができたら。
 その時は存分に叱ってくれ」
「ええ…ええ、そうします。それまでに皆に沢山悪口を教えてもらいますわ。
 貴方様が驚くような汚い罵り言葉をお見舞いしてやりますから」
「では、気合を入れて戻らねばならぬな。なぁ、レノン」
「は…」

 カルトスは少年のように笑ってレノンに視線を投げかけた。
レノンも少しだけ微笑んでいるように見える。

「…では、最後にこれを」

 そうして表情を真面目なものに戻すと、カルトスは玉座の後ろに隠すように置いていた宝玉の入ったケースをレイラに投げた。
小さなケースではあるが、ズシリと彼女の腕の中に収まる。

「全ての宝玉を集めることはかなわなかったが、単独でも魔力を持つ石だ。
 守ってもらえ」
「――っ…」

 転送の準備がそろそろ完了する頃なのか、光に包まれたレイラにはカルトスとレノンの姿がぼやけて見える。
手には宝玉の重みを感じるのに、身体全体は重力に逆らって浮かび上がりそうな不思議な感覚に襲われる。

「――レイラ、ククル殿に幸せにしてもらえ。
 エド、ヤン。お前達はレイラとククル殿を守れ。
 もしかするとアーク国出身の彼らを良く思わない者も出てくるかもしれないからな」
「……はい」

 エドワードとヤンは目に涙を溜めてゆっくり頷いて見せる。
レイラは涙を滔々と流しながらもカルトスの姿を焼き付けるように大きく目を開いていた。

「では、俺達もそろそろ準備をするか」
「はっ」

 そう言ってカルトスは踵を返す。
黒いマントに銀の糸で刺繍された三日月とそれを突き刺す剣の紋章が段々遠くなっていく。

「カルトス様っ……!」

 レイラは涙で詰まる喉から精一杯の声を上げた。

「私は……明るい世界を貴方様の隣で見たかった……っ。貴方様と同じ方角を向いているものだと思っておりました!
 絶対に…生きて戻ってきてくださいまし…っ……そして、一緒にこの国を復興させましょう……!」

 振り向いたカルトスからは既に魔法円の中のレイラ達の姿は透けて見えていた。
どうして彼女は涙を流してもあんなに凛々しく見えるのだろうか、とカルトスはレイラの緑の瞳を見つめて笑った。

「レイラ、ありがとう」

 最後のカルトスの声はその時のレイラにはもう届かなかった。
彼女達の身体からは光の玉のようなものが浮かび上がってくる。
辺りはまるで蛍の大群にでも囲まれてしまったかのような幻想的な空間。
手足の感覚はもうない。
これで、本当にお別れなのだとレイラは思った。

「カルトス様……っ…」

 光の向こうに微かに見えるカルトスとレノンは並んで優しい表情でこちらを見送っている。
レイラはぼやける視界に映るカルトスに手を伸ばした。

「レノン……、カルトス様………。
 ――嗚呼……我が君――っ」




――第二章 第三話へ






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