シアンの海に浮かぶ大陸の名はアークバーン大陸。
世界地図では南東に位置し、他の大陸に比べると面積も狭く島のような大陸であり、大陸には二つの国が存在する。
北にあるのが光の属性を持ち、魔力の強いアーク人が治めるアーク国、
南にあるのが闇の属性を持ち、機械化政策を進めるバーン国。
 それぞれの国の名が今の大陸名となっているのだが、かつてこの大陸はアーク大陸と呼ばれていた。
それは先住民であるアーク人に由来し、当時は全土をアーク人が治めていたからである。
その後、大陸の西に点在するブルー諸島からバーン人は移住してきたが、
闇の属性を持つバーン人は、光の属性を持ち尚且つ魔力の強いアーク人にないがしろにされ続け、ついには奴隷にされてしまう。
 しかし、長い時を経てバーン人はアーク人に対抗する手立てを手に入れ、反乱して独立。
アーク人を北へ追いやり、南にバーン国を建国した。
それはAHD1920年にバーン人の奴隷制度が始まってから900年後のことであった。

 ――では、何故バーン人がアーク人に対抗できたのか。
それはバーン人は内密にサウスランド大陸からの難民をアーク大陸に入国させる代わりに、技術提供を受けていたからである。
サウスランド大陸とは世界一の面積を持つ大陸であり、尚且つ神の加護を失った大陸で、
そこに住む人間の殆どは魔力を持つことがなく、大陸の約8割は砂漠となっている。
 そのような過酷な環境の為、古くからサウスランド人は道具を作り使うということに特化していた。
そうして木の掘削機が発明されてからは、資源の豊かな海沿いやブルー諸島に近い南部が急速に発展し、
火竜岩という鉱物が燃料になると分ってからは蒸気機関が発達、ついには運動装置、即ち機械が開発されるようになったのだった。
更にバーン人はその技術に魔力を取り入れることに成功する。
 それが使用者の魔力を動力にした装置、魔動機器である。
その技術を集結した魔動兵器によってバーン人はアーク人を圧倒したのであった。
それからというもの、魔動機器がバーン国の核となっており、バーン国は機械化政策を進めて国力を急速に上げた。

 一方、アーク国は圧倒的な火力の差にバーン国の独立を認めざるを得なくなり、大陸名までも変更するに至る。
そして大陸の南側を奪われたアーク人の中にバーン人に対する憎悪と差別意識が一層深く刻まれることとなった。
そのバーン人の生き方を非難するが如くアーク国は魔法奨励国家の道を進んでいき、AHD3450年になった現在でも両国は対立を続けている。
 しかし、人種の違いが争い全ての原因ではない。
今は昔、バーン人がまだアーク人の奴隷であった頃から人々の間で囁かれ、伝えられてきた伝説と
それにまつわる8つの宝玉の存在がここ数年の対立の原因だった。
伝説とは「光と闇がひとつになる時 世界を変える力が手に入る」というもので、その伝説の力を得る為の鍵となっているのが8つの宝玉と言われている。
宝玉はアーク国内とバーン国内にそれぞれ散らばっており、全てを集めラスティア山の台座に捧げると伝説の力が手に入るというものだが、
長年の両国の対立から8つ全てを集めることは不可能であった。
更にそのような信憑性のない伝説を真に受ける者も殆どいなかったのである。
 だが、近年その伝説が見直されることになり、両国は早急に宝玉回収を行っている。
それというのも、アーク国バーン国両国でそれぞれ手段は違うものの数年後に大陸全土を壊滅的被害に陥れる程の大津波に襲われることが分かったからであった。
その為、残りの期間が短いこともあり、両国は慌てて危険回避の手段を考え実行に移したのである。



アークバーン物語 〜The end of ArcBarn〜



「――バーン国の新たな王に……?」
「お前をバーン人と結婚させるのは非常に耐えがたい苦しみだが、これもアーク国の為故」
「……両国の関係が良好になり、この大陸に平和な未来が訪れるのなら構いませんわ」
「数年後の災害を乗り越えるまでは良好を装うのもよかろう。
 だが、お前の役割はその為ではない。
 レイラ、お前の役目は情報をこちらに流すこと。
 そして、王族からバーン人の血を薄くし、アーク人の血をバーン国王家に残すことだ。
 お前がいれば内側からバーン国を滅ぼすことができる」
「お父様――っ…なんて恐ろしいことを……」

 レイラは、父親であるアーク国王との会話を思い出していた。
いつも「もう少し淑やかになれ」だとか「明るい色の服を着ろ」などと王の理想とする王女になるように長々と説教されるので
てっきり今日もそうだと思い、真剣に話を聞いていなかったが今回は違っていた。
 ここ数ヶ月、数年後に迫りくる津波回避の為、長年対立していたバーン国と協定を結ぼうという動きが有力貴族や兵士たちの間で起こっていたのを彼女は思い出す。
というのも、頼りにしていた宝玉は両国が4つずつ見つけ出したがどちらも手放そうとせず、伝説の力には頼れないという最悪の結果に至ったからである。
そこで、これまで何があってもバーン国の力は借りぬと言っていた父親だったが漸く重い腰を上げて和平の道を歩もうとしているのだ、とレイラは嬉しく思っていた。
そして、両国に繋がりを持たせ親交を深める為には縁談を持ちかけるのが手っ取り早く、相手が同年代の王ならば尚更のこと
自分がその役に相応しいと考えてすぐに腹を決めたが、王は彼女のように純粋な和平は望んではいなかったのだ。
誇りにし、心底尊敬していた父親をこれほどまでに情けなく思い、恥じたのは初めてである。
 「これを機にバーン人と共存する未来を築けばいいのに」とレイラはため息をつく。
すると同時にドアがノックされた。
入るように促すと、聞き慣れた声が短く返事をする。
そして一気に扉が開かれた。

「姫さん。頼まれてた石、買ってきたぜ」
「ありがとう、ククル」

 王女に対してあまりにも砕けた物言いをするこのククルという男は、18歳という若さで騎士団副団長の地位に昇りつめた実力者であり、レイラの幼馴染とも呼べる存在である。
彼女の兄で第一王位継承者であるレジェンス王子が幼少の頃、ククルの父親のヴォルフが世話役兼護衛を務めており、
王子の遊び相手として彼の息子のククルが選ばれたことから、彼らの間には兄弟のような絆が築かれていた。
そして後から生まれたレイラもククルに世話をして貰った為に彼を兄のように慕っており、時に我儘で振り回しながらも兵の中では誰よりも彼を信頼している。
 そんな彼から小さな袋を受け取って、嬉しそうにレイラは中身を取り出した。
掌にコロンと転がり落ちたのはロードクロサイト。
ロードクロサイトは前世からの魂の繋がりを持つ人に出会わせてくれる石で、永遠のパートナーにめぐり合わせてくれる力があると、
占い師であり教育係でもあるシャルトリューに聞いてからずっと気になっていたのだった。
とはいえ、ほぼ結婚することが決まった今になって永遠のパートナーに出会っても仕方がない、と少し残念な気持ちになるが
紅赤色にピンク色で薔薇のような模様をした石の美しさに心を奪われ、レイラは機嫌を直してにんまりと微笑む。

「気に入ったみたいだな」
「うん、かなりね」

 今回のように時々、レイラは無性に町の様子が気になってククルに買い物を頼む時がある。
町で人気の天然石だったり、流行りのアクセサリーだったり、綺麗なレターセットだったり、
同年代の少女なら誰もが一度は興味を持つようなものに彼女も興味津々なのだ。
でも、こんな我儘なお使いを頼むのも今回で終わりね――と、レイラは心の中でひとりごちる。

「これが最後のお使いよ、今まで色々と我儘言って悪かったわね」
「何だよ、最後って?」
「私、バーン国の新王に輿入れすることになったの。
 まだ相手側から返事はきていないそうだけど、お父様は早急に引き合わせる予定だと」
「なっ…あんなにバーン国を敵視していた王が姫をバーン王にだなんて!
 和平の為とはいえ、協定が決裂したら人質に等しくなるのに」

 声を荒げて一気に興奮状態に突入したククルの姿があまりにも想像通りだったので、レイラはぷっと噴出し、口を大きく開いて笑った。
そしてバーン国に行けば、もうこんな風に笑うこともできまいと思い、尚更腹の底から笑う。
そんな彼女の姿にククルはいっそう顔を歪めて見せた。

「……笑い事じゃないだろ」
「確かにそうね。私もお父様や大臣ら大人達の思惑は分かっているのよ。
 将来、両国協力して津波を防げたとしても、その後はまた争いが再び始まるだろうってこともね」
「だったら……!」

 彼が言いたいであろうことは分っていたが、レイラは穏やかに微笑んで首を振った。
そしてすっと姿勢を正し、公務でしか見せないような王女の顔で口を開く。

「――ククル。私はね、生まれた時からお母様に私個人が希望する人生にはならないと言われ続けてきました。
 そして国の為、民の為、その頂点に立つ王の為に生きるのが王族に生まれた女の宿命であり、誇りであると。
 私もホーリー家の女、諦めることの大切さは理解しているつもりです。
 ……だからこれまでは好きなようにさせてもらいました。
 馬に乗ったり、世間で流行っている洋服を着てみたり、ヴォルフが貴方の家にこっそり連れて行ってくれたこともあったわね。
 ――ククル、貴方とヴォルフのお陰で私は楽しく過ごせました。
 ありがとう」
「姫さん……」
「だからといって何もかも諦めたりはしないわよ。
 私はこの大陸に生きる全ての人々が平和に暮らす未来を作る手助けをするの、バーン国の王と一緒にね。
 両国の和平を一時的なものではなく不変のものにしたいから。
 そして何もかもがうまく進み平和な世になったら、私はこの大陸を我が子のように思うでしょう。それがとても楽しみよ。
 なんせ私は何でも楽しむ天才だもの。バーン国での暮らしもきっと自分なりに楽しみながらやっていくと思うわ。
 ククルもそう思わない?」

 それまで威圧感すら感じる表情をしていたレイラだったが、パチッとウインクして笑ってみせた。
兄のレジェンスよりも自分は睫毛が短く鼻も低いし綺麗じゃない、といつも口を尖らせる彼女だけれども、
ウェーブの金髪をふわふわと揺らし、透き通ったグリーンの瞳を細めて無邪気に笑う姿はとても愛嬌がある。

「それにバーン国の新王には前々から興味があったのよ。
 まだ即位して間がないけど、それでもお兄様よりも年下なのに王として国を統治しているんだもの。
 どんな方か一度お目にかかりたいと思っていたわ。
 お父様のように厳しい方かしら。それともお兄様のように純粋で優しい方かしら。
 ……ふふっ。性格はともかく、外見はあまり期待しない方がいいかもしれないわね」

 そんなレイラを見て、ククルは彼女の図太さもとい前向きさには頭が下がるとため息をついた。
こう決めたが最後、彼女は自分の思いを通すまでは梃子でも動かないのを誰よりも彼は知っている。
それに一兵士の自分が何かを言ったところで、王の決定を覆すことなどできはしない。
ボリボリと頭を掻いた後、ククルはレイラに笑顔を向けた。

「最初の顔合わせで失態晒して相手に断られないようにな」
「んまぁ、失礼ね!ちゃんと時と場所を弁えた行動くらいできるわよ」




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