第9話 想いは言葉となりて
衝動的に部屋を飛び出した安奈はレジェンスの部屋の前にやってきた。
先程まで焦燥感で息もできないほどだったのに、ドアを前にした途端、頭の中が空っぽになり茫然と立ち尽くす。
しかしレジェンスの顔を見なければ後悔するような気がして、控え目にノックをした。
「アンナ。どうした?」
「……あの、ごめん……」
寛いでいたらしく首元を緩めたレジェンスがドアを開ける。
すると息苦しそうに顔を歪めている安奈を見て心配そうに首を傾けた。
「不安なのか?それともまた身体の具合が?」
「……ごめんなさい」
今でさえこんなに心配をさせているというのに、もうすぐ消えてしまうことなどどうして言えよう。
何より明日は彼自身の命も危ないかもしれないではないか。
そう思うと、自分がいなくなってしまうことよりもレジェンスを失うことの方がずっと恐ろしいと気づく。
「アンナが心配する事はない。私は大丈夫だ」
「……でも…、 レジェンスが危険なことするの、怖いの」
自分が消えるのは仕方ない。元々は植物人間のような状態の筈なのだから。
しかし、もし目の前でレジェンスを失ってしまったら……自分は正気でいられないかもしれない。
安奈は襲ってくる色んな恐怖が耐えられず、顔を覆い肩を震わせて泣いた。
「アンナ……」
レジェンスはそっと安奈を抱き寄せ、部屋に通してベッドに彼女を座らせる。
そして上着を脱ぐと震える彼女の肩にかけて背中を優しくさすった。
「私は死にはせぬ。そなたの為にもな」
彼女の隣に腰を下ろして優しく涙を拭うと、彼は微笑んでみせる。
「きっと何もかもうまくいく。アンナはただ見守っていてくれ」
「……うん」
安奈はそうなることを祈り、微笑んで頷いた。
レジェンスも頷くと、彼女を抱き寄せ安心させるように背中を撫でる。
辺りはとても静かで、レジェンスの心音と自分の心音だけが聞こえていた。
それが不安で焦る気持ちを穏やかにさせてくれる。彼の腕の中にいると不安が拭われていく気がする。
自分はこんなにも彼に生きる力を貰っていたのだと安奈は知った。
「――アンナ」
安奈の気持ちが落ち着いた頃、ふとレジェンスから名前を呼ばれて上を向く。
腕の力が緩められ、彼は少し身体を離した。
「明日、全てが終わったら、私と共に城で暮らさないか」
「え……」
突然のことに一瞬時が止まったような錯覚を覚えた。
そして夢でも見ているのだろうかとも思ったが、彼の目がとても真っ直ぐ貫くようにこちらを見ていたので正しくこれは現実なのだと思い知る。
「私はアンナが好きだ。
父上……王に紹介したい。私の妻として」
嬉しさと悲しさで胸が一杯になった彼女の目に再び涙が溢れた。
彼が自分を必要としてくれているだけでなく、女性として愛してくれていたのだ。
昨日までの自分ならば喜んで彼の言葉に頷いていただろう。
「アンナ……」
レジェンスは安奈の頬に手を添える。
このまま、時間が止まればいいのに――と思い、安奈は瞼を閉じた。
しかし――
「――やっぱり駄目」
「え」
断腸の思いで安奈はレジェンスを突き放す。
泣かずに最後まで話せる強さが欲しい、と思った。
「……やっぱり黙っていられない」
「どうした?」
「レジェンス。私ね、記憶……戻ったよ」
「そうか!それは良いことではないか。……何故悲しい顔をする?」
不思議そうな表情でレジェンスは安奈の両肩に手をかけると、彼女の顔を覗き込んだ。
安奈は彼と視線を合わせることができずにレジェンスのつま先に視線を落とす。
「……私」
今にも泣き出しそうなのを堪えて言葉を絞り出す。
そのようにして発した声はとてもか細い。
しかし、腹を決めて安奈はキッと表情を引き締めると、顔をあげて真っ直ぐにレジェンスと視線を合わせた。
「私、レジェンスの妻にはなれない」
その言葉と同時に彼の視線が弱々しく下がっていく。
そんな彼を目の当たりにすると今すぐ先程の言葉を取り消したい気持ちに襲われたが、なんとか抑えて安奈は言葉を続ける。
「私、自分の居場所に戻らなきゃ」
「……そうか」
堪えていた筈の涙が静かに頬を濡らす。
レジェンスはそんな彼女の涙を静かに見つめていた。
「……ごめんね。でも、凄く嬉しかった」
安奈は無理矢理笑顔を作る。
愛しい人の悲しげな表情は見たくなかった。
そんな彼女の笑顔が痛々しく思えたのか、レジェンスは彼女の涙を拭うと唇を重ねる。
彼のキスで安奈の止めようと思っていた感情が溢れ出してくる。
「レジェンス……っ!」
強くレジェンスを抱き締めた。
どんなに力を入れて彼を抱き締めてもいずれ二人は離れてしまうことが悲しくて安奈は一層背中に回した腕に力を込める。
「……好き。貴方が、ずっと好きだったの」
涙と同じくらい好きという言葉が次々と出てきて止まらない。
好きという言葉が別れの言葉になるなんて考えたこともなかった。
普通はここから新しい物語が始まるのに、自分はこれで終わりなのだ。
最期の時までできるだけ長くレジェンスの傍にいたい。
「……今日だけは私の傍にいてくれないか」
そんな安奈の気持ちが伝わったのか、レジェンスは静かに耳元で囁いた。
彼の胸に顔を埋めたまま、安奈は頷く。
「そなたの話をしてくれないか。いつかそなたを捜しに行けるように」
「レジェンス、ありがとう。
でも……捜すのは無理だわ。貴方が知らない、それはそれは……遠い場所なんだもの」
彼の気持ちは嬉しかったものの、期待を持たせるわけにもいかないので安奈は首を振った。
しかしレジェンスは穏やかに微笑む。
「今はどこか分らなくても、遥か遠くても構わぬ。それでもいつか必ずアンナを捜して迎えに行く。
そなたはそれまでに自分のすべきことを終わらせていてほしい」
「レジェンス……」
安奈はレジェンスの肩に首を擡げた。
そしてゆっくりと二人は窓辺に移動する。
「――私が生まれ育った所も、こんな風に星がよく見えていたの」
細かくは言うつもりはないけれど、安奈は生い立ちや生まれ育った場所についてレジェンスに話すことにした。
自分自身、思い出に浸り死への覚悟を決める為と、この夜を永遠に心に刻み込んでおく為に。
8話を二分割したので短いです、すみません^^;
レジェンスとの最後の夜は静かに話をしながら寄り添って星を見上げる、という時間の過ごし方にしました。
あんまり星を見上げるシーンはないですけど(;一_一)
レジェンスはやはり王子様なので結構無茶を言う設定です。
どんなに優しくてピュアな人だとしても、どんなことをしてもヒロインを見つけ出す(部下が)、みたいな思考が
根底にある王族人間だと思っています。
薄ら黒くてなんかすみません^^;
……というわけで非常に更新が遅いですが、お待ちになってくださっているお客様、
いつも読んでくださるお客様、ありがとうございます。
あともう少しでレジェンス編も終わりますし、がんばりますね^^
吉永裕 (2010.3.1)
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