7.最後の宝玉
カムイで黄玉を手に入れたレジェンス一行は最後の宝玉を手に入れる為、リッツという町にやって来た。
そこには虹玉(にじぎょく)があるらしい。
確実に目指す方向に向かっている筈なのに、どこか一行の足取りは重くなる。
「ここで宝玉を手に入れたら、次は……」
「バーン国だな」
安奈の呟きにククルが答える。
今まで彼らがバーン国について話し合っていたのを知っている彼女は、
虹玉を手に入れたらすぐに開戦してしまうのではないだろうかと不安な気持ちを抱いていた。
しかし遠くから誰かが手を振っているのに気づく。
どうやらレジェンスの知り合いのようだ。
皆の表情は途端にパッと明るくなる。
「レジェンス王子。ようこそおいでくださいました」
身なりの整った青年が一行を出迎える。
どうやらこの者が宝玉を預かる家の者らしい。
「父は仕事により町を離れております故、私がご案内致します」
「感謝する」
そうして軽く挨拶を交わした後、レジェンス一行はその青年についていった。
リッツの町の中心にある屋敷に一行は案内された。
屋敷の主人はノームという者で、彼もまた若い頃はバーグやユーリらのように王に仕えていたらしく、
先程出迎えてくれた青年はノームの息子のサンディ。
そしてそのサンディが奥の部屋から大事そうに小さな箱を持って来る。
「――これが虹玉でございます」
サンディはそう言い、箱の蓋を開けてレジェンスに献上した。
箱の中の虹玉を見たレジェンスは軽く頷くと、それまでの真剣な表情を少し緩め、いつもの穏やかな視線をサンディに向ける。
「今まで世話をかけたな」
「いえ。これをお預かりすることは私たち家族の誇りでございました」
青年は微笑む。
「そうか。そう言って貰えるとありがたい。
――さて、これからのことだが……」
虹玉をしまい込むとレジェンスは早速次の宝玉の入手について思案し始めた。
そしてサンディにアーク国とバーン国の間にある関所への道を尋ねる。
レジェンス一行らとサンディは今後のことについて話し始めた。
そんな中、時折、こちらを伺うような様子でレジェンスと目が合う。
安奈は何となく分かっていた。
彼らができるだけ自分たちの国のことに彼女を巻き込まないように、
そして旅の最中も彼女を過酷な目にできるだけ合わせないようにこれまで気遣ってくれていたのを薄々感じていたのだ。
そんな事実に気づいた時、酷く自分が足手まといな気がして恐縮したものの、
自分がいることで少しでも戦いを回避できて彼らにとっても安全な旅になるなら自分は喜んで足枷になろうと思った。
敢えて足枷になろうと考えるなんて気遣ってくれる彼らには申し訳なかったけれど、
それでも自分は彼らの命や身の安全より大切なものなど今のところないのだ。
大陸を救う為に甘いことなど言ってはいられない状況なのかもしれないが、しかし安奈は彼らが生きていてこそ、大陸は救えるのだと感じていた。
「――私、ちょっと外の空気吸って来ていい?」
「ええ」
「俺たちは話が終わったら宿に戻ってるからな」
「気をつけてね」
どことなく自分の申し出にホッとした様子の皆に笑顔を向ける安奈。
「はーい」
にこやかにそう返事をすると屋敷から出る。
外見的には自分と同年代の彼らなのに、国を守る為に命をかけて働いている。
私は記憶を失う前は何をしていたのだろう。
どこかの町で学校に通っていたのだろうか、それとも働いていたのだろうか。
家族はどんな人たちだったのだろう。兄妹はいたのだろうか。
――彼らは、私を探しているのだろうか?心配してくれているのだろうか?
それとも……天涯孤独で彷徨っていたのかもしれない。
そんなことを思うと胸が重苦しくなってしまうので、安奈は首を振ってうーんと背伸びをした。
「そう言えば、町の外に花がいっぱい咲いてる野原があったっけ」
寂しさを紛らわせる為の独り言が癖になってしまったなと自嘲しながら安奈は立ち止まった。
気分転換と時間つぶしにはもってこいだと思い立ち、そこへ向かうことにする。
「わぁ〜、綺麗!」
安奈は目の前に広がる花に眩しい笑顔を零した。そうして甘い香りで満ちた空気を目いっぱい吸い込む。
今、自分が立っている場所は平和を切り取ったような場所である。
これまで旅してきた中で活気に満ちたような町や村もあったが、貧困に苦しんでいるところも見てきた。
自然に囲まれ自然と共存している村、自然の脅威に生活を壊された村、商人らであふれる街、静かで閉鎖的な町――アーク国内ですらこんなにも生活は違ってくる。
だが、安奈は色々な人々を見て、誰が幸せで誰が不幸せだなどとは考えたことはなかった。
そこに住んでいる人たちが決めることであって、通りすがりの自分には分かるはずもないからである。
それでもこうやって生きているだけで幸せだということは何となく感じていた。
もし本当に大陸全土を襲う程の災害が起これば、楽しいだとか悲しいだとかそんなことも考えることもできない。
命と大地と自然があれば、人はその時点で幸せな存在なのかもしれない、と安奈は花を見つめてそう思った。
しかし、花の可愛らしさに思わず手が伸びる。
「皆にも見せたいな。……ちょっと摘ませてもらおう。ごめんね、お花さん」
ククルによく「物に喋りかけてるのか?」と驚かれるのだが、それが安奈の癖だった。
愛着を持ったもの、可愛らしいもの、美しいもの、そんな物質には命が宿っているように思えてしまい、物が心を持っている気がするのである。
こんなところをククルに見られたらまた呆れられちゃうわね、と思いながら安奈はしゃがみ込んだ。
しかしその瞬間、花に伸ばしていた手が不意にぼやける。
ドクン
視界の異変の次に襲ったのは激しい胸の痛みだった。
何かが心臓に突き刺さったような痛みや張り裂けそうな痛み、潰されそうな痛み、様々な痛みが襲い来る。
今まで疲れた時などに身体の色んな場所に原因不明の痛みを感じることはあったが、寝ると忘れる程度のものだった為に肉体疲労によるものだと思っていた。
しかし、今回のものは明らかにそれとは次元の違う痛みである。
そんな訳のわからぬ痛みと息苦しさに耐えきれず、安奈はそのままパタリと意識を失った。
その後、額に乗せられた冷たい手拭いのような感触で安奈はゆっくりと覚醒した。
手拭いの冷たさにぼんやりとしていた意識が次第にはっきりとしていく。
「――ん」
「あ、気がつきました?」
自分を覗き込むのは、眼鏡をかけた少年のようだ。
ゆっくり瞬きして漸くピントが合い、はっきり目が合うと少し垂れ目なその彼は優しく笑った。
一見、年下のようにも見えるが、眼鏡の向こう側に見える瞳は何だか大人びている。
「……あの、これは?」
この状況が掴めず、安奈はゆっくりと身体を起こして辺りを見回した。
「異常はないか?」
「――あ、はい」
次に現れたのは赤い瞳が印象的な褐色の肌の少年。
自分よりも確実に年下だと思うが、どこか彼は何もかもを悟ったような冷静な瞳をしている。
「あの……ここは?」
ざっと見回して気づく。先程まで野外にいたはずだが、ここは屋内のようだ。
だが、そんなに広くはない。
宿屋の部屋よりも狭いかもしれない――と安奈が考えていると、外から水を汲んで来た様子の髪の長い青年が声をかける。
「ここは我々の馬車の中だ。野原で倒れている姿をその者が見つけ、ここへ運んだのだ」
その彼の目線を辿ると、右目から頬にかけて大きな傷のある青年と視線がぶつかる。銀色の髪が薄暗い中でも綺麗に見えた。
どうやら彼が安奈を助けてくれた張本人らしい。
「助けてくださってありがとうございました」
「……無事で何よりだ」
片目の青年は小さな声で返事をすると、馬車の外へ出て行った。
その彼の様子を見て安奈は何だか気に障るようなことでもしたのだろうかと思ったが、眼鏡をかけた少年が笑顔を向ける。
「気にしないでください。彼、無口なだけですから」
「あ、はい」
眼鏡の少年の言葉で安奈は少しホッとすると、改めて周囲を見回す。
不躾だとは思ったけれど、突然知らない場所に連れてこられたのと、相手がどんな人たちなのか分からなかった為に何か情報が欲しかった。
彼らはそれぞれタイプは違うもののどこか気品があり、洋服も良い生地を使っているようだし装飾品なども凝っていた為、安奈はどこかお金持ちの旅の一行かしら、と思った。
「皆さんは旅をしていらっしゃるんですか?」
「あぁ。ある目的があってな」
褐色の肌をした少年が頷く。
そんな彼の言葉を聞いた安奈は、自分たちと同じ旅行者と出会ったのが嬉しくてにっこりと微笑んだ。
「そうなんですか。私もそうなんですよ。目的は凄く大きくて、達成できるかはまだわからないんですけど……。
でも、多くの人たちが幸せになれますようにと思って頑張ってるんです」
「教会の方ですか?」
眼鏡をかけた少年の言葉に安奈は首を振る。
「いえいえ、私はただの一般人です」
そうして安奈はこれまでに寄った町の様子や楽しかった祭りの夜のことなど、自分が楽しかったり興味深かったりしたことを思い出しながら彼らに話した。
そんな彼女の表情はとても明るく魅力的だった為、男たちの警戒心を解くのは容易かったようで、
レジェンスらと知り合った時と同じように、彼らともすぐに打ち解けたのだった。
「――あ、そろそろ戻らないと。仲間がきっと心配してます」
太陽が低くなってきたので安奈は町に戻ることにする。
図々しくもあれから数時間は彼らの馬車でお喋りを続けていたのだ。
きっと皆のことだから今頃宿屋に戻っていない自分を酷く心配しているに違いないと思う。
「気をつけてな」
「はい。皆さんもお元気で」
褐色の肌の少年にエスコートされながら馬車を降り、安奈はお世話になった全員に一礼する。
「あ、あれは……」
後ろを振り返ると町の入り口付近でレジェンスたちがキョロキョロと辺りを見回しているのが見えた。
心配させて申し訳ないという気持ちと心配してくれて嬉しい気持ちが入り混じる。
「やっぱり心配かけたみたいです。――そうだ、何かお礼させてください。
一緒に食事でもどうですか?ちょっと呼んできますね」
そう言うと、安奈は急いでレジェンスたちのところへ戻り、事情を説明して馬車まで連れていく。
きっと今夜はいつも以上に楽しい夕食になると彼女の心は弾んでいた。
しかし――
「――お前はっ!?」
「――まさか!?」
顔を合わせた途端、レジェンスと褐色の肌の少年は驚愕する。
「何故、バーン国の王であるカルトス殿がここに?」
レジェンスの言葉に辺りの空気は凍りつく。
安奈も思わず動きを止めた。
「――知れたこと。宝玉を手に入れる為だ」
先程とは全く違う冷静で威圧的な褐色の少年の声。
年下なのにどこか人を突き放したかのような目をしていたのは、彼が王という身分だったからなのだろうかと安奈は思った。
一方、レジェンスもいつもとは違う険しい表情をしている。
「では、そちらも既に4つの宝玉を集めているのだな」
「そうだ」
一触即発とはこのことだ。
今にも戦いが始まりそうな気がして、安奈は不安な表情で2人を見つめる。
2人、いやアーク国とバーン国が戦う理由などないように思えた。
バーン国の人たちは自分の立場を知らなかったものの、苦しいところを助け、親切にしてくれた。
深い話はしなかったが、それぞれ皆、良い人ばかりだった。
この大陸を、そこに住む人たちをとても愛している様子だった。
少しの間しか関わっていないけれど、安奈はこのバーン国の人たちを好きだと思えた。
国など関係なく、人として純粋に好きだと――
「明日の正午、ラスティア山の頂上で決闘だ」
「わかった」
彼女の気持ちをよそに、彼らは確実に戦いへと進み始める。
ぞわぞわとした悪寒が安奈を襲った。
「待って! 何で戦わなきゃならないの!?」
咄嗟に彼女は2人の間に入る。
そんな彼女を諌めるようにレジェンスは冷静な口調で語りかける。
「宝玉を我らの手に入れなければ、この大陸は救われないのだ」
「バーン国の彼らだって、その願いは同じ筈よ!」
「こいつらは自分の国しか眼中にないんだよ!」
ククルが安奈の腕を掴んだが、そんな彼の言葉を否定するように彼女は勢いよく首を振った。
「そんなことない!さっき私、話してわかった。皆、いい人だって。
この大陸を大切に思う気持ちは彼らも持ってる!! なのにどうして……」
どうにかして戦いを止めたいが、もうこれ以上言葉が出てこない。
言葉には表しようもない想いはあまりにも大きすぎて喉に詰まる。
理屈ではなく、戦って欲しくないという実に感情的な想いをどうやったら皆に伝えて理解してもらえるのだろう。
何故、自分はこんなにも政治に無頓着に生きてきたのか。
もう少し彼らが聞くに値するような策で納得させることができたら良いのに。
悲しさと悔しさで安奈の目からは涙が溢れ出す。
「……貴女はお優しいのですね」
バーン国の眼鏡をかけた少年は悲しげに微笑む。
そして、髪の長い青年は安奈から目を逸らしながら静かに口を開いた。
「――だが、昔からバーン国とアーク国は争い続けてきた。これからも同じだ」
「そう、何かを得る為にはそれに見合う代価や代償が必要なんだよ」
酷く苦い表情をしてランが言う。
そんな彼らの言葉に安奈は眼を見開いた。
「それが人の命だって言うの!?
強引に奪い合って手に入れた血まみれの宝玉で、明るい未来なんか作れるわけないじゃない!」
そう叫ぶと、安奈は走って町に戻っていく。
収まっていた胸の痛みがぶり返すようだった。
残された男たちは明かりを失ったように酷く静まり返っていた。
「――彼女の言うことはもっともですが」
「急には変われない。人も国も、歴史も……」
彼女の小さな背中を見つめるシャルトリューや片目の青年も苦悩の表情を浮かべている。
そんな中、レジェンスとカルトスは目を合わせた。
そして互いに頷く。
「やはり戦うしかないのだ」
「……そうだな」
そうしてバーン国の者たちは立ち去った。
彼らを追うようにレジェンスたちも馬車を借り、関所を越えてラスティア山の麓にある町へと向かう。
その間、安奈はずっと黙っていた。
今回はキャラ関係なしの共通ルートですね(;´▽`A``
リメイクの割になかなか進まなくてすみませんm(__)m
リメイクした分、詳しく書こうとしているのですがあまり詳しくも書けてないっていう……。
次は例の一部R-17の話なので……どんな風に書こうかなぁ。どこまで書こうかなぁ……。
…そんな感じで、またパタリと手が止まるかも知れませんので、のんびりとお待ちくださいませ^^;
では、ここまで読んでくださったお客様、ありがとうございました!
次、またお会いしましょう^^
吉永裕 (2009.11.16)
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