4.接触



 レジェンス一行が1つめの宝玉、朱玉を手に入れてから20日程経った。
20日間、周辺の町を歩き渡り、山を1つ越え、現在彼らはもう1つの山を越えようとしている。

「ふう……」

 歩いても歩いても続く坂道に思わず安奈の足が止まる。

「大丈夫ですか?」
「あ、はい!」

 心配したシャルトリューが覗き込んだので、慌てて笑顔を作ったが、それでも足は疲労と痛みが溜まりパンパンにむくんでいた。

「もう少し頑張ってね。あと10分位歩いた所に山小屋があるはずだから」

 ランのその言葉を聞いた安奈は一気にオアシスを見つけたかのように気持ちが高揚する。
そうして再び歩く気力を奮い立たせた。

「ランはこの辺にも来たことあるんだな」
「はい。昔から父の行商に連れて行ってもらっていましたから。この山道はアーク国の中心の街道ですから必ず通るんですよ」
「へぇ」

 ククルとランの会話を小耳に挟みながら、ふと思うところがあって安奈は前を歩いていたレジェンスに声をかける。

「ねぇ、ちょっと聞いてもいい?」
「何だ?」
「この大陸ってどのくらい大きいの?」
「そうだな……」

 そう言い、レジェンスは懐から世界地図を取り出して開いて見せる。


世界地図


 そこには大きな大陸が4つと、小さな島のような大陸が1つ。
大きな大陸の内の1つは白く塗られており、どうやら氷で覆われた大陸らしい。

「どの大陸がアークバーン大陸なの?」

 そう問いかけると、シャルトリューがある大陸を指差した。

「この小さな大陸がそうです。周りと比べると、大陸というよりも島といった方が適切かもしれませんが」

 そして彼はアークバーン大陸の地図を取り出し開いて見せる。


アークバーン大陸


「半年もあれば縦断できる大きさだな」

 レジェンスがそう言うと、安奈の顔はぱぁっと明るくなる。

「そっか。じゃあ、結構早く宝玉集められそう!」
「あぁ。――しかし、バーン国の動きも気になる。昔から対立は続いているからな」
「戦いにならなければ良いのですが」

 シャルトリューとレジェンスの深刻な表情を見て安奈はこの大陸の状況を思い出した。
彼らが以前話してくれたこと――この大陸にはアーク国とバーン国があり、両国は昔から戦い続けているという悲しい事実。
大陸に危機が迫っているにもかかわらず、両国の争いは終わらないという。
一般人の自分には国全体の運営について考えることも、想像することすらできないものの、
こんな小さな大陸に住んでいるのだから尚更力を合わせてこの危機を回避すればいいのに、と思っていた。
 しかしランは暗い表情で俯く。

「難しいですね。ボクはバーン国にも行くことがあるんですけど、あの国はアーク国をかなり敵対視しています。
 力が均衡している今は攻撃を仕掛ける様子はありませんが、少しずつ戦力を蓄えているようです」
「じゃあ、もしかしたらバーン国が宝玉を集めるってことはアーク国にとって脅威なの?」

 安奈がそう言うと、ククルが頷いた。

「そうだな。あいつらにとっても2年後の天変地異は防ぎたいはず。しかし、バーン国のことだから自分の国だけを守るような気がするな」
「そんな……」

 一方的にしか話を聞いてはいないものの、バーン国のアーク国に対する敵意は半端なものではないらしいということが分かる。
一体、バーン国はどんな人の集まりなのだろうと考えながらも、
もし本当にバーン国がアーク国の全ての者を見捨てて見殺しにするつもりならば、相手よりも一刻も早く宝玉を集めなければ、と気合を入れた。
しかし、彼女はふと引っ掛かりを覚えて再び立ち止まる。

「そういえば、宝玉って集めるだけでいいの?」
「いや、宝玉を8つ集めたらラスティア山という山の頂上にある台座に掲げなければその力は発動しないのだ」
「へえ……」」

 レジェンスの話に安奈はふむふむと頷いた。
この世界には魔法という概念が当然のように存在し、極めて信憑性のある伝説や宝玉も存在する。
自分は記憶をなくしているがこのような現実が未だに信じられない。
きっと自分が記憶をなくす前にもこのような体験はしたことがないのだろう。
しかしこの摩訶不思議な世界を安奈は不安を抱きながらも何故か楽しんでいた。
色んな場所を旅して回る日々で毎日が新しい発見の連続。
勿論、途中で賊のようなものに囲まれて危険な目にも遭ったが、立ち寄った町で人と会話をしたり、店を見て回ったりすることはとても楽しく勉強になることばかり。
 それに、出会った4人はそれぞれ性格は違うけれど皆いい人だ。
本当に出会ったのが彼らで、しかもこの旅に同行させてもらって良かったと安奈は思う。

 そんなことを考えていると、ランが前方を指差した。
そこには待ちに待った山小屋が見える。
安奈はホッとした表情を浮かべ、鉛のようだった足を必死に動かしそこへと向かった。


「さ、山小屋に着いたよ」
「ではここで一休みしよう」
「うん!!」

 一同が荷物を下ろすと、ククルはキョロキョロと辺りを見回した。

「ん?ここ、薪がないんだな」
「じゃあ薪を拾いに行かなきゃ。ついでに飲み水や食料も確保しておいた方がよさそうですね」
「そうですね。では、役割を決めましょうか」

 安奈以外の者たちにより話が次々に進められていく。
自分も何かしなければと思い、安奈は「はいっ!」と元気に手を挙げて口を開いた。

「じゃあ私、食材集めします」

 そう言うと、レジェンスが肩に手をのせる。

「では私も行こう」
「ありがとう」

 そうして全員、役割を決めて一旦山小屋を後にした。


「これ、食べられると思う?」

 周辺の森の中に入り、木の枝や地面に注意深く視線を配って食料を探していた安奈は
木の根元に生えていたキノコを見つけて駆け寄り、レジェンスに指差す。

「……以前食べたことがある気もするが」
「毒キノコだったりして」

 その言葉で2人は顔を見合わせて苦笑した。
食料を探すといったものの自分は山菜やキノコに詳しいわけではなかった、と安奈は自分の選択に後悔する。
しかしそんな彼女に向ってレジェンスは申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「すまないな。私が何も知らないばかりに」
「そんな!レジェンスのせいじゃないよ。私だって何も知らないし」

 王子に謝られるなどあってはならない、と安奈は思い、ぶんぶんと首と手を振る。
第一、自分につき添ってくれただけでもありがたいのだ。
それに王子である彼がキノコの種類を知らないのは当然だと思う。
そんな彼女の気持ちを察したのか、彼は優しい笑顔を浮かべた。

「アンナ、ありがとう」

 その至極の笑顔に思わず安奈の頬は赤く染まる。
レジェンスはどのパーツを見ても美しく整っていて、それらの集まった顔はもはや男性とは思えない彼の美しさであり、
あまりの綺麗さに女の安奈ですら緊張してしまう程である。
更に細くてサラサラな金髪と、澄んだグリーンの瞳が一層彼の美しさを強調している。

「どうした?」
「い、いいや!何でも!!」

 彼に見惚れていた安奈の目にレジェンスの瞳が大きく映る。
それに驚きやら恥ずかしさやらで動揺しながら慌てて一歩後ろに下がると、彼女は急いで話題を探した。

「――あ、そうだ。レジェンスは王子様なんだよね。王子様って普段はどんなことするの?」

ひとまず、今までに気になっていたことを尋ねることにするが、その瞬間、レジェンスの表情が曇った。

「そうだな……」

 その表情を見て、聞いてはいけないことを聞いてしまったと一瞬で後悔して反省をした安奈は、再び慌てて言葉を探す。

「あ、ごめんなさいっ! 旅の間は王族だってこと、忘れるようにしてたんだよね」

 そう言って安奈が頭を下げると、彼はくすっと笑顔を見せて首を振った。

「いや、話そう。アンナには聞いて貰いたい。
 ……ふふ、何故かな。そなたは私の心を開かせる魔法を持っているようだ」

 そうしてレジェンスは彼女の頬にそっと触れる。
そんな思いがけない状況に安奈の心臓は激しい鼓動を繰り返す。

「あ、そう、かな?」

 できるだけ動揺を表さないようにと努めて冷静さを装うも、なかなか心臓の音は小さくならないし脈打つ間隔も早いままである。
しかしそんな彼女とは反対に、レジェンスは静かにゆっくりと話をし始めた。

「私はずっと勉強をしていた。王としてどうすれば民が従うか、どうすれば国が繁栄するか。
 学問や礼節はシャルに教わり、王としての生き方や態度は父の姿から学んできた」
「うん」
「しかし、私はこの旅で漸く自分がいかに小さき世界で生きてきたかを知った。
 私は現実の世界を何も知らなかった。国民がどのような暮らしをし、どのようなことを王に望んでいるのかも」
「でもそれは……」
「城にいる時の私は何も感じなかった。こうすれば良い、と言われたことをただ行っていただけだ。
 城の中だけが世界だと思い込んでいたのだ。
 この旅に出たことで、今まで上っ面だけを磨き、肝心なことに気づこうとしなかった自分を知った」

 レジェンスの声が荒いでくる。

「だから今回の旅で私は世界を知ったのだ。
 まだこの国の一部しか知らないけれども、それでも、以前の私よりはずっと良い。
 城にいる私は喜びや悲しみなどがわからなかった。大人たちに囲まれ、何も感じずに生きていた。
 ただ、皆が望む私になろうという気持ちだけで」
「レジェンス……」

 思わず安奈は彼の手にそっと触れる。
レイピアを使いこなす彼の手は思っていた以上に華奢で綺麗だったけれど、今は戦いの時のような力強さは感じない。
寧ろ、微かに震えている。

「私はどこかで知っていた。王には良い意味での人間らしさは必要ないと。
 国民の為に国を動かしその責任を負う者、それが王だから。
 だから王が自分の感情を持ち出してはならぬ、と教えられた。
 ただでさえ私は気が弱い故、そのままでは王としての威厳を示せないと父に注意を受けた程だ。
 しかしずっと憧れていた。体を震わせて笑うような状況に。環境に。
 妹やククルのやり取りを見ていたら自分とは違う世界で生きているように見えるのだ」

 寂しげな表情をしながら、ふっとレジェンスは視線を逸らす

「そんな時、この旅の話が出た。私は嬉しかったぞ。これで私はククルたちに近づけると思った。
 城から出れば、私はただの人間になれると思ったのだ。
 それに国民の生活を直に見ることもでき、声も聞ける。
 結果、旅をしていくにつれて彼らとのかかわりも増え、私の心も解放されてきた。
 そしてやりたいことをやり、言いたいことを言える。それはなんと幸せなことなのかが分かった。
 更に……アンナ、そなたに出会えた」

 静かに名前を呼ばれたのにもかかわらず、アンナは驚いてビクッと体を揺らした。
目線を上げると穏やかな笑みのレジェンスが真っ直ぐにこちらを見ている。

「私はアンナの色々な表情を見るたびに嬉しく思う。
 そなたを通して、私はこの世界の素晴らしさを知っていく気がする。
 そなたを介する時、何もかもが輝いて見え、素晴らしい音色に聞こえる。
 私の鈍っていた感覚を目覚めさせるのはそなたなのだ」
「え、わ、私!?」

 彼は笑ったまま頷いた。
その姿に胸が締め付けられる思いがするのは何故だろう。
そうして安奈にふとある考えが過った。
レジェンスはずっとお城に閉じ込められてきたようなものだと。
王族に生まれたのだから、それは仕方がないことなのかもしれない。
彼も王として生きる人生を受け入れているからこそ、この旅に出たのだと思う。
それでも生きたいように生きることのできる自分にしてみれば、彼の境遇をとても気の毒だと感じる。
そして、この旅が終われば彼は再び城の中へ――

「――レジェンス!」
「何だ?」

 安奈は急に大きな声を出し、レジェンスの顔をじっと見つめた。

「もし、この旅が終わってレジェンスがお城に戻っても私が貴方を救い出してみせるから!!」
「アンナ?」

 彼女の突然の言葉に、レジェンスは呆然としている。

「あ、救い出すっていうかその……、うん、遊びに行くから!!
 私みたいな一般人じゃ会えないかもしれないけど、でも、何とかしてこっそり外に連れ出してあげる!」

 安奈の頭の中に翼をもがれた鳥のように、彼が窓の外を寂しげに見上げる様子が浮かんだのだ。
そんなことにさせたくないと強く思った彼女は、子どもじみた考えだとは承知の上で、自分だけでも彼のところへ行って窓を開けてあげたいと思った。

「――っはは!」

 安奈の剣幕に呆然としていたレジェンスだったが、突如クシャっと顔を崩して笑い始める。
今までニコっと上品に笑った顔しか見たことがなかった為、その姿に驚くが何だかその笑顔は年相応で可愛く見えた。

「頼もしいな、アンナは」
「まぁね!」

 安奈はそんな彼の反応にホッとして大きく頷いた後、小指を差し出す。

「ん、何だ?」
「約束!! レジェンスは私が助ける!」

 そして状況がよく分かっていない彼の手を取ると、小指に自分の小指を絡ませた。

「約束?この儀式は約束の儀式なのか?」
「……さぁ? 私もよく分かんないけど、何か、こうしたくなった」

 記憶の片隅に“指きり=約束”ということが残っていたのかもしれない。
安奈は小指に力を入れて、数回上下させる。

「じゃあ、私も約束だ。――アンナは私が守る」

 すると穏やかではあるがレジェンスは真剣な表情で口を開いた。
その真っ直ぐな瞳に安奈は体の自由を奪われる。

「じゃあ……守ってもらっちゃおうかな!」

 恥ずかしさを隠す為に冗談っぽく言うことしか今の彼女にはできない。
そんな安奈にレジェンスは穏やかな笑顔を向ける。

 そうして一段と仲を深めた2人は、怪しいキノコを抱えて山小屋に戻って行った。
その後、シャルトリューとランがきちんと選別をしてくれて無事に美味しい食事を作ることができたのだった。


















相変わらず…長いですね^^;
できるだけ、リメイク版はまとめて更新しようと思っております。
次第に…近づいてきた2人ですが……どんどんレジェンスの台詞が恥ずかしくなっていきますよ(;´▽`A``
どうしよう…。
というわけで、次の話もまとめて更新です。
では、続きをどうぞ^^

吉永裕 (2009.3.19)



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