2.冒険の始まり
偶然の出会いからレジェンス王子らの旅に同行することになった安奈だったが、
その上で知っておかねばならないこととしていくつかの説明を受けた。
話によると、彼らはこの大陸に古くから伝わる「光と闇がひとつになる時 世界を変える力が手に入る」という伝説の力を宿した宝玉を実際に手にする為に旅をしているらしい。
何でもあと2年後には天変地異が起こり、この大陸は海の中に沈んでしまうかもしれないという占いの結果が出たのだそうだ。
それでレジェンス一行はこの大陸に代々伝わる伝説の大いなる力で大陸を救おうとしているのである。
しかし、その力を手に入れるには、光と闇の国に散らばる各4個、計8個の宝玉を集めなければならないということ。
光の国と同じく、隣の闇の国も宝玉を集めているということ。
いずれはその宝玉をめぐり、闇の国と本格的に交戦するかもしれないということ。
――以上のような話を聞き、安奈はこの不思議な世界に非常に興味を持った。
想像もつかないし、伝説が真実なのかも疑わしいものの、何だか本当に大きなことが起こりそうな予感がし、
更に自分がその瞬間に立ち会えるかもしれないと思った安奈は、不安な気持ちから一転、
好きなファンタジー小説の次のページをめくる時のようにワクワクしながら床に就いたのである。
次の日、朝食を食べ終わった一行は町へと散らばる。
何でも、1つ目の宝玉はこの周辺にあるという記録は残っているがはっきりとした場所が分からないらしく、
皆で手分けをして情報収集するところから始めなければならないのだという。
その上、旅を続ける為には食料や薬草なども買い出しに行ったり、旅で得た果物や珍しい鉱物を換金してもらったりする必要があり、彼らは毎日、役割分担して旅をしているらしい。
その話を聞いた安奈は、旅に同行させてもらう以上、自分も何かしなければと思い頷く。
とはいえ、宝玉についてもよく知らないし、彼女が彼らの持ち物を管理しているわけでもないので、
実際に何をしたらいいのかわからずに考え込んでいると、ククルが提案してくれた。
「そんなに悩まなくてもいいって。もし手が空いてるんなら、たとえば、野宿の時は交代で料理作ったり火の番とか手伝ってくれたらいいし、
町にいる時は、情報の聞き込みや買い物とかの手伝いをすればいい」
「そんなのでいいんですか?」
「あぁ。用事があればこちらから頼むし、それ以外では特に気にすることはない」
「わかりました」
とりあえず慣れるまでは補助のようなことをしよう、と思った安奈は補足してくれたレジェンスに頷いた。
するとランがこの後の予定を聞いてくる。
「この後、ボクたちは町に出るんだけど、アンは何がしたい?」
今日の仕事は、情報収集と道具の買出し、図書館に行って調べもの、そして食材の買出し。
どれにしようか迷ったが、安奈はうんと頷き顔を上げた。
「じゃあ、食材の買出しをします!」
「そうか。では私が同行しよう」
「え、でも…」
レジェンスの思わぬ言葉に安奈は恐れ多い気持ちになって断ろうとするが、彼は穏やかに微笑んで口を開く。
「荷物持ちは男の仕事だ」
「あ、ありがとうございます」
さらりと言った彼の台詞があまりにも似合っていたので安奈は思わず承諾をしてしまう。
しかし王子様に荷物持ちなんて、と彼女は気が気でなかった。
第一、王子と2人きりになったら何を話せばいいのだろうと思う。
昨日出会ってから町に着くまでと宿で少し、そして今日の朝食の時に話す機会があったのだが、
実際に話してみると、レジェンスは王子という身分でありながらも偉そうな素振りなど一切見せずにとても物腰柔らかでかつ、気さくな人物だった。
それでも話をした時は他の3人もいたのでそこまで緊張もしなかったのだが――そんな不安を抱きながらも、持ち前の前向きさで安奈はこの状況を楽しむことにした。
王子と知りあえるだけでも珍しいことなのに、更に物語に出てくるような優しくて恰好良い理想の王子様だなんて自分はとても幸運だと思い、
隣を歩く彼を見て、幸せと仄かな優越感を噛み締めるように感じながら頷く。
そうして、2人は食材を探して町へ繰り出したのであった。
「王子、少し休憩しませんか?」
「そうだな。宿まで距離もあるし、そうしよう」
色んな店を歩き回り、果物やチーズ、干した肉などを購入して両手に荷物を抱えた2人は公園の噴水の淵に腰を下ろす。
「……はぁ、何だか小腹が空いたなぁ。王子は空きません?」
高く昇った太陽を見上げて安奈は呟くようにレジェンスに問いかける。
一緒に町を歩いて回り、食材を買う中で会話を交わすうちに安奈の中でレジェンスに対する友好度はかなり上がっていた。
町に出る前の言葉通り、彼は王子だというのにもかかわらず率先して荷物を持ってくれ、常に彼女の体調を気遣ってくれた。
更には護身用にと言ってナイフまでプレゼントしてくれたのである。
そんなレジェンスは彼女の問いかけに優しく微笑みながら頷いた。
「少し空いたな。……それよりも、アンナ。私を王子と呼ぶのはやめてくれないか?」
「え、でも」
「名前でよい。それに敬語もやめてくれ。この旅の間は、王族ということを忘れていたい」
静かにそう言う彼の表情は少し寂しそうに見えた。
何となく彼は身分の為に孤独感を感じることが今まであったのだろうということが伺い知れる。
そのくらいは一般人の安奈でも容易く想像することができた。
きっと王子である彼の周りは警備が厳重で、自分のやりたいことなど思うようにできないのではないだろうか。
それ以上に、自分のやりたいように行動できるのだろうか、と安奈は思う。
こういう王族のような大きな権力を持つ存在は国や国民の為に色々なものを犠牲にするものだと思ったからだ。
――たとえば自由。この王族の世界には政略結婚など当たり前な話だろう。
それでもきっと国を治めるというのは責任と確固たる理念がなければできないのだろうと安奈は思っている。
だが……、と胸につっかえるような感じを覚えながら彼女はレジェンスに視線を移した。
すると彼は寂しげな表情をすっと元の優しいものに戻す。
「第一、王族が町をうろちょろしているなんて知れたら面倒なことになるからな」
彼のその言葉で安奈はなるほど、と手を叩いた。
確かに王子がこんな所にいると知れたら、悪者が襲ってこないとも限らない。
自分のせいで彼に何かあったら大変だと彼女は頷き、レジェンスの方に向き直る。
「わかりました――じゃなくて、わかった。 じゃあ、レジェンスって呼んでもいい?」
「ああ」
そんな彼女の言葉に嬉しそうに笑ってみせるレジェンス。
その笑顔を見ると何だか普通の少年のように思え、彼を少し身近に感じる。
レジェンスは城にいた時もこんな風に笑っていたのだろうか。
安奈は先程、頭によぎったことを思い出す。
王族が国や国民に対して責任を負い、国民の為に生きる存在とはいえ、何もかも自由を奪われてしまうのは気の毒だと思ったのだった。
考える自由、選択する自由、行動する自由――恐らくそれらの自由を全て許していては国民を顧みず暴利に走り、国は一気に傾くのは何となく予想がつく。
欲望を制御できる人間もいるができない人間の方が多い。
王だって同じ、いや権力と財力を持っている分、周りに与える影響はすさまじいものがあるだろう。
そんな世界に生まれてきたレジェンスも、きっと制限のある自由の中で生きているのだ。
そう考えると、今は彼の望むように接するのが一番だと思った。
旅の間だけ王族であることを忘れたいのならそうしよう。
他の者たちはきっとこれからも王子として接するだろうから、自分だけは友達として接しようと。
そうして安奈は紙袋から1つリンゴを取り出した。
「レジェンス、リンゴ食べない? さっき、あまりにも美味しそうだから、皆に貰ったお小遣いで買っちゃったんだ」
「ふふ、アンナは旅を楽しんでいるようだな、いいことだ。 しかし折角のリンゴを私が貰ってもいいのか?」
「勿論!」
突然の提案をレジェンスは快く受けてくれる。
それに気を良くした安奈は綺麗なハンカチでリンゴの表面をふき取り、先程買ってもらったナイフでリンゴの皮を剥いていく。
そして数分後、彼女はレジェンスの前にリンゴ1切れを差し出した。
「はい、でーきた」
「これは……?」
「うさぎリンゴだよ。レジェンス、見るの初めて?」
「ああ」
レジェンスは目の前に差し出されたリンゴを興味深そうに見つめる。
ほぉと感心しながら色んな角度からリンゴを見上げる彼は何だか初めておもちゃを与えられた子どもみたいでとても可愛らしく思えた。
「アンナは器用なんだな。驚いた」
「えへへ」
昔、作ったことがあるのだろう。自分の手は無意識のうちにリンゴをうさぎにしていた。
きっとレジェンスを喜ばせたいとか驚かせたいとかいう気持ちが働いたと思うのだが、記憶はないものの、感覚は体に残っているらしい。
そんなことを話しながらリンゴの皮を袋に片づけている安奈を見てレジェンスは表情を曇らせる。
「そういえばアンナは名前以外覚えていないのだったな」
「うん」
「では年齢も分からないのか」
「……うん。あ、レジェンスは何歳?」
「私は17だ」
「へぇ、しっかりしてる」
17歳で大陸を旅して回るなんて信じられないな、と思いつつ安奈は他のメンバーも思い浮かべてみる。
彼らもレジェンスと同じ年代のようだが、実際に彼らがどんな仕事をしているのかは分からないながらも、
きっと王子と一緒に行動するくらいなのだから普段から責任のある重要な仕事をしているのだろうと想像する。
そんな彼女にレジェンスはにっこりと微笑んで見せた。
「私よりもそなたの方がしっかりしていると思うぞ。普通、記憶のない状態だったらもっと不安になるだろう?」
「えへ、そうかな」
真っ直ぐな彼の言葉に安奈は少し照れながらも喜ぶ。
前向きというよりは図太いと自負しているものの、褒められて嬉しいことには変わりない。
特にレジェンスのような美しい青年に笑顔で言われたら尚更だ。
すると彼は笑顔で手を差し出して口を開く。
「私は城の中の世界しか知らない。だからこの世界のことを何も知らないアンナと私は同類だ。
似たもの同士、よろしく頼む」
「うん、よろしくね!」
彼のその言葉の意味を考えると同情や悲しさを感じずにはいられなかったが、
こんな正体不明の自分を受け入れてくれた彼の優しさを嬉しく思った。
今日の1日で、レジェンスとの距離が昨日よりもずっと近づいた気がした安奈だった。
各キャラで話を分けたのでそのキャラに関するヒロインの想いやら考えやら
できるだけ深く入れていこうと思っております。
そんなわけで、原作よりもかなり長くなってしまいますが、
こんな文章でよければどうぞこの先も読んでいただけたらと思います。
吉永裕 (2009.2.27)
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