13.時代の幕開け
シャルトリューの協力で過去の貴族院の不正や横暴の証拠を集め、
ククルが騎士団を、ランが商人ギルドを、レイラが貴族夫人たちを説得し味方に引き入れた。
レジェンスもまた貴族院への不満を持つ伯爵や侯爵に水面下で接触し、
次回開かれる議会で貴族院の者たちを告発する予定である。
バーン国も着々と計画を進めており、半月ほど前アーク国の王宮に表向きは休戦要請の知らせが届いた。
とても謙った内容でアーク国王を持ち上げていた為に、ドルス王は漸くこちらの威厳に平伏す気になったかと意気揚々と承諾して
約束の日時に目的地であるアーク国城下で一番有名で格式あるホテルへと赴いた。
けれど、実際は全てこちらの筋書き通り。
会合の場にバーン国第二王子暗殺をドルス王から指示された間者を連行し、証拠となる令状と謝礼の金貨を提示させ、
前バーン国王の呪殺を指示され実行したとシャルトリューが申し出たことでドルス王は殺人教唆の罪があると告発されたのだ。
いくら一国の王といえど理由もなく人を殺すのは罪であり、唆したり命令することも罪である。
彼は国を守る為だと言ったが、それによってバーン国との関係が更に悪化し、
戦争の一歩手前の状態に陥ったとして、内乱罪が適応されるとレジェンスは言い放った。
既にアーク国の騎士団も懐柔しており、バーン国もまたカルトスの手の者しかいないその部屋には
ドルス王を庇いレジェンスに剣を向けるような者は誰一人いなかった。
そのまま王は後ろ手に縛られ、椅子に拘束される。
「おのれ、レジェンス!謀ったのか」
「陛下が私の話をまともに聞いてくださらないのでこんな強硬手段をとらせていただきました。
ですが残念です。敬愛していた陛下があんな非道なことをしていたとは思いもよりませんでした。
私の教育係であったシャルトリューまで使うなど……」
「我が国の安寧の為に敵国を弱らせることの何が悪い!」
「どこまでもアーク国が優れているとお思いで?
文化も生活様式も何もかもが違うバーン国をアーク国が占領してアークの様式を押しつけても反発しか起こりません。
そもそも今のバーン国はアーク国には負けません。
バーン人が反旗を翻しバーン国を建国した時点でアーク国よりもバーン国の方が軍事力が上なのです。
陛下はバーン国の技術を学ぼうともしませんが――」
そう言ってレジェンスが部屋の奥へと視線を向けると、床の魔法円が光り始めた。
そして何もなかった場所にグラススコープをつけた青年、ヤンが現れる。
「魔動機器を使った転送魔法だそうです。
これさえ用意できればあっという間に兵士を王の元へ送り込めます。
それに――」
レジェンスはアーク国には存在しない魔道機器をヤンから受け取る。
先に向かって細くなる円筒形の魔動機器には手に馴染むように作られたグリップも備え付けられている。
レジェンスは静かに魔道機器を構えた。
そしてドルスの足下目がけてトリガーを引いた瞬間、目にも見えない速度で火の玉が飛び出し床の石材にめり込んだ。
「これも魔動機器だそうです。私の魔力を弾丸に変換し、射出することができます。
魔力が切れない限り連射も可能ですし、ある程度魔法のコントロールができる者なら火力も自由自在です。
――未だに魔道士や大砲を主流とする我が軍が勝てるとお思いですか?」
ドルスはこれまで操り人形のように自分の期待に応えようとし反発どころか否定すらしなかったレジェンスが
冷静に自分を脅していることに恐れおののくと共に、これまで馬鹿にしていたバーン国の技術に圧倒された。
腹の底から冷え切り手足は脱力して背中には汗が滲む。
「父上、アーク国は終わりです。貴族院の不正の証拠も握っています。
革命は既に始まっているのです」
「わ、私を見せしめに処刑するつもりか」
青ざめて狼狽えるドルスにはもうかつての威厳は見られない。
レジェンスは申し訳なさと共に虚しさも抱く。
本当に彼が後の共和国の上に立てるのか?とレジェンスはカルトスを窺い見た。
彼は心配するなと言いたげに真っ直ぐな視線を返す。
「いいえ、そのようなことはいたしません」
褐色の赤眼王はドルスに向かってはっきりと言い切った。
そして片膝をつき、彼と目を合わせる。
「ドルス陛下の統治によってアーク国は安定していました。
これまで私利私欲に目が眩み横暴を働く貴族たちを抑え一つにまとめ上げていらしたからです。
それも陛下の威光が故です」
カルトスの赤い瞳に見据えられたドルスはその目に飲み込まれそうな思いがしていた。
レジェンスよりも若いバーン人の王なのに、大司教のように全てを見透かす目をしていたのだ。
自分の思考や感覚が全て読み取られるような気さえしてくる強い眼差し。
だが、どこか慈悲をも感じさせる。彼の瞳の奥に哀しみが宿っているようにも見える。
私がこうさせてしまったのか?とドルスは思った。
私が彼から家族を奪ったせいでカルトスはこの年で達観した存在になってしまったのか?と。
そして彼に感化されてレジェンスが変わったのか、とも。
共和国はレジェンスの案だと言っていたが、本当にそうなのだろうか。
あの素直で従順な犬のようであった息子が半年ほどの旅でそこまで変わるのか。
「それでも国の為とはいえ手を汚したことは事実であり罪である。
その罪は、陛下の命をかけて人生をもって償っていただけないでしょうか」
「な、何をさせようというのだ」
「レジェンス殿下からの発案ですが、両国を解体し統一させ、共和国を建国しようと考えています。
陛下にはその国の初代大統領となっていただきたい」
「――私に貴族たちの反乱を押さえ込めというのか」
「そうです。
今回の革命で不正を働いていた貴族は爵位を奪われ粛正されます。
更に残った貴族たちも共和制となり市民が権利を持ち力をつけることを酷く嫌がるでしょう。
そんな彼らを納得させ、まとめ上げるには陛下の立場と統制力が必要です」
そうしてカルトスはエドワードを呼んだ。
彼はバーン国との休戦、アーク国解体、そしてアークバーン共和国建国受諾の誓約書をテーブルの上に並べる。
「陛下に残された道は、罪人として皆の前で処刑されるか、国民の為に死ぬ気で生きるかです」
「――カルトス王、そなたは私を殺したくないのか?」
「個人的な恨みがないと言えば嘘になりましょう。
だからこそ陛下には死よりも辛い贖罪をしていただきたい。
これまでの自分の価値観、人生を捨てていただくという」
ドルスを拘束していた縄をカルトスは懐に忍ばせていた短剣で素早く断ち切った。
その声はどこまでも冷静で濁りがない。
「陛下が誰よりも嫌悪していたバーン国やバーン人を受け入れ、共に生きていく姿を見せてください。
――我々はこの大陸に生きる同じ人間だ。
アーク人も、バーン人も、サウスランド人も、混血の者も、どんな大陸の地方の者も、
皆が己の人生を生きる為に生まれてくる。
見た目やルーツ、文化や習慣が違ってもそれは全くおかしなことではない。
罪を犯してもいないのに生まれや見た目で侮辱されるいわれはない筈だ」
ドルスにとって大昔には奴隷として扱っていたバーン人を受け入れることなどプライドが許さない行為であるが、
事実、バーン人の進歩は凄まじいものだった。
アーク人と何ら変わらない魔法力、頭脳を持ち、他国の技術を学び自国に取り入れる柔軟さと適応力、
何よりこのカルトスという数少ない生粋のバーン人の化け物じみた達眼と行動力。
そんな彼とこの状況にドルスはすっかり圧倒されてしまっていた。
「――恐ろしい男よ。そなたと出会えたのがここで良かった。
戦場ならばとうに私は死んでおる」
乱れた髪をかき上げ、背筋を正してドルスは椅子に座り直す。
そしてペンを持つと誓約書に片っ端からサインをしていった。
「ありがとうございます。これでこの大陸の歴史は変わる。
そして予測されている災害もきっと防ぐことができるでしょう」
カルトスはドルスに手を差し出した。
ドルスも躊躇なく手を握り、覚悟を決めた様子で頷く。
その様子を見届け、レジェンスは部屋から退室した。
会合が終わり、先に外で待っていたククルやレジェンス、ヤンとエドワードはほっとした表情を浮かべる。
一番の難所を乗り越えた彼らは目が合うとぐっと拳を握って互いの健闘を称えた。
張り詰めた緊張感から解放され一気に脱力してしまったレジェンスは
ホテルのラウンジの隅で一人ソファに埋もれるように腰掛けていた。
ドルスは念の為に監視をつけて王宮に送り届け、
宴会場では今回の会合の為に骨を折った者たちが飲めや歌えの大騒ぎをしている。
そんな中、パーティーを抜け出して隣に腰掛ける者がいた。
式典用の赤いマントを羽織ったカルトスだった。
彼はマントと上着を脱ぎ、レノンに手渡すとそのまま下がらせる。
レジェンスはソファに座り直し、2段目まで開けていたシャツのボタンを一つ留めた。
「――レジェンス殿、この度は感謝する。
父親を貶める悪者のような役を演じさせてしまい申し訳ない」
「いや、そなたが謝る必要はない。
父のしたことは事実だから仕方のないことだ。
……認めるのが遅すぎたくらいだ」
そう、カルトスらから暗殺の話を聞いた時、レジェンスは信じられなかった。
まさか父がそんな卑怯なことをする人だとは思っていなかったのだ。
だからバーン人を汚らわしいと言っていた父が、誰よりも手を汚していた事実は
これまで父や国に抱いていた高潔で美しいイメージを粉々に打ち砕いた。
そして――
「――それよりもシャルトリューのことだが……、許してやって貰えないだろうか。
彼も十分悔いてあれ以来呪術には手を染めていないし、新しい国には彼が必要だ。
私も主としてできる限り償おう。……何より私の友であり師だ。
身勝手であるとは分かっている、だが、失いたくないのだ」
レジェンスは立ち上がりカルトスに向かって頭を下げた。
彼の父親であり一国の王を呪い殺したなど、絶対に許されることではないと分かっている。
シャルトリューも処刑を覚悟で今回告発に協力してくれた。
それでもレジェンスは彼を救いたかった。
「……レジェンス殿、もう良いのだ。
頭を上げろ。ほら、座ってくれ」
カルトスはやや強引にレジェンスを起き上がらせ肩を持ち、ソファに座らせる。
その表情は穏やかだ。
「先程、シャルトリュー殿にも謝罪された。
父を呪ったことと、父を呪った自分を正当化する為にバーン国は悪だと思い込もうとしていたことを」
そう言って「ふう」と一息つく。
そして「――貴殿らは真面目だな、うちのヤンを見習うと良い」とカルトスは顔を綻ばせた。
「父は心筋梗塞で死んだが、死んだ原因ははっきりしていない。
心労がたたっての病死だったのかもしれないし、もしかしたら本当に呪殺されたのかもしれないが……証拠はない。
だからもうこの話は終わりだ。
俺はシャルトリュー殿が偏見をなくしてくれたことをただただ喜ばしく思う」
――敵わない、とレジェンスは感嘆する。
こちらが必死に追いつこうとしているのにカルトスは常に前を歩き道を切り開いていく。
しかしそれならば彼が切り開いた道を自分が広げていこうと思った。
どんなに険しく細い道だとしても、皆が迷わず真っ直ぐ彼に続けるように道を広げ整えよう、と。
自分と彼とでは持って生まれた役割が違うのだ。
「カルトス殿、貴殿と出会えて、話を聞いて貰えて本当に良かった」
「俺もだ。レジェンス殿のお陰でこの国の幾多の民の命が救われ、解放される。
貴殿のように民の為、赤誠を尽くす王族は他におらぬ。
――引き合わせてくれたアンナに感謝だな」
「ああ……、本当に」
感極まった二人は熱を込めて握手を交わした。
そしてアンナのことを回想ししんみりと涙を滲ませた後、
カルトスは部下が羽目を外しすぎているかもしれないと心配し宴会場へと戻っていった。
残されたレジェンスは窓の外に輝く星空を眺め、心の中でアンナに呼びかける。
「アンナ、そなたの思い描いた奇跡に一つ近づいた。
だが油断はせぬぞ、この大陸を守るまでまだ先は長いからな」
そうして貴族院に知られぬよう秘密裏に共和国建国の手筈を整えた革命派は、
両国に統一共和国建国の動きがあるという不確実情報を敢えて民衆へとリークした。
バーン国だけでなくアーク国にも噂は広がり、一般市民は変化を不安がる者もいたが
自由と私財を得られるということに胸を膨らませる者が多かった一方、
貴族は噂に過ぎないと一蹴し、臣下などにも箝口令を敷いた。
けれど開かれた定例議会でレジェンスは貴族院を告発し、貴族院を解体させることに成功する。
そしてドルス王が半年後には王位を返上し、君主制を解体してバーン国と同一共和国建国すると国民に宣言した。
同日、バーン国もカルトスが同様の宣言をし、大陸は大いに揺れた。
そこからは国民間にあるしがらみや偏見の解消と、共和制と国の新体制への理解を目的とし、
宝玉を持つ8人が中心となって大規模な武闘大会を開いて市民に無料観戦と交流の場を用意したり、
頻繁な交流会を開いて貴族たちに今後の社会変化とそれに応じた職業や役職部門の開設、
民間銀行の設立や投資などの話を持ちかけた。
その甲斐あって半年後の調印式は暴動もなく滞りなく行われ、アークバーン国が建国された。
その場でドルスとカルトスは一年後には史上最悪の規模となる津波が大陸を襲うという予言と予測が
それぞれの地域で確認されたと国民へ向けて発表した。
しかしながら国は既に防波堤の建設に取りかかれるよう準備はできている、と言って騒然としている群衆へ向けて
魔動機器を用いて巨大スクリーンに完成予定図を表示した。
そしてアーク地方の民らに魔動機器の性能を披露すると供に、レジェンスたちが安奈と出会い、彼女に希望を託されたという内容を
子どもにも分かるような絵本タッチでアニメーションにして放映した。
15分程で物語はクライマックスを迎え、
「彼女の遺した言葉と存在そのものが、いずれこの大陸を救うことになるだろう」という言葉がスクリーンに映されて終わる。
「誰もが想像もしなかった国の統一を成すことができたのも、この少女のお陰です。
勿論、津波を防ぐ為に国は最優先で防御壁を作ります。
しかし、それだけでは防げないかもしれません。それ程に今回の災害は最大規模なのです。
私は最後に頼れるのは国民皆様の想いの力だと考えています。
どうか、皆様の力を貸していただきたい。
私たちの明るい未来の為に!」
国民に呼びかけながらもレジェンスはこんな子どもだましな説得など、国民には届かないのではないかと思っていた。
けれど彼が一礼して壇上から下りようとした時、歓声と拍手が上がった。
それまで様々な行事を執り行い、民と交流していたレジェンスの言葉は
アーク地方の者だけでなく、バーン地方の者たちの心をも震えさせたのだ。
最初はばらつきがあったものが段々と波立つように大きくなり、
拍手は辺り一帯に鳴り響いて熱狂が会場を飲み込んだ。
レジェンスは舞台袖の仲間たちの方へと振り返る。
彼らもまた嬉しそうに頷き、はち切れんばかりに手を叩いていた。
この調印式は後世に語り継がれる歴史的出来事となった。
新たな時代の幕開けであった。
最近、乗りに乗っている私です。
また早めに更新できました!
何でしょう、数年分の創作力を絞り出しているのではなかろうかと不安にも思いますが
こんな感じで今後も不定期ではありますけど更新していきたいです。
さて、今回は黒レジェンスって感じでした。
犯罪を犯すほどまではいかないけど、立場を利用し相手に知らしめる程度の能力はないと
王族ってやっていけないと思うのですよね。
レジェンスが漸く目覚めた感じですが、でももう王子様ではなくなるんですけどね(^_^;)
でも今後は別の役職でも上手くやっていくことでしょう。
因みに、今回出てくる転送魔法円は『アークバーン物語 〜The end of ArcBarn〜』に出てくるものを更に改良しています。
改良前は転送に5分ほどかかっていたのですが、今作の時点では1分弱で転送可能になっています。
けれどドルス王への心理的圧迫の為に予めヤンがレジェンスの台詞とタイミングを合わせて事前に発動していたのでした。
そういう計画もすんなりと遂行するバーン国の面々にはレジェンスは心から信頼を置いています。
こんな裏側はヤンルートなどで書けたら良いなぁ。
というわけで、今回も読んでくださったお客様、ありがとうございました!
吉永裕 (2021.2.26)
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