12.託された者




 父であるドルス王にバーン国と和平交渉がしたい、と申し出た日から
レジェンスはまともに眠れない日々を送っている。
やりたいことが次々と頭を巡り、落ち着いて眠れないのだ。

 これまで温々と育った為に過酷な旅で気が狂れたのか、と何度言われたか分からない。
厳格な父親からはバーン国に洗脳されたのかと問い詰められ、穏やかな母は青ざめ、
お転婆な妹からも大人しく優秀だった兄が父に逆らうなんて信じられないという反応を返された。
当然、臣下や召使いからも訝しがられて距離を置かれた。
 アーク王はバーン国やバーン人に対して特に強い差別意識がある。
その為に最初は意識していなかった周囲の者までも徐々にその思想に染まってしまうし、
そういうものだと教育されてしまう。
 しかしながら近年は魔動機器により急速にバーン国が栄え軍事力も増しているのと、
実力があれば他地域や別大陸の者も人種問わず要職に就けるという噂が広まり、
民衆の中でバーン国に対する興味関心が深まりつつあった。
昔ながらの差別意識は残ってはいるけれど、新しいバーン国王の手腕に対する評価はアーク国内でも高まっていた。
 貴族の中には現在閉鎖状態で文化も科学も進歩がないアーク国は先がないと考え、
今後はバーン国とも協力して別大陸への進出も考えた国政をするべきだという者もいたが、
古い考えで自分たちの権力を振りかざせる立場にしがみ付きたい貴族院は伝統を守り抜くアーク国王に従順で、
未曾有の災害が迫っているこの状況でも混乱を防ぐ為に国民には秘匿すべしという態度を貫いていた。

 自分や国のルーツを大切に誇りに思うことは素晴らしいと思う。
レジェンスも「自国の自然に感謝し、自然からの贈り物とされている魔法や魔力を称えるべし」という教えは
自分たちの人生の根源であると感じている。
そこから派生した文化や魔法教育も残すべきだと思っている。
 けれど、違う文化を拒否したり忌避したりすることは進歩が止まることを意味するのではないか、と今の彼は考える。
こんなこと、民衆はとっくに気づいていたのだろうけれど。

 それまで教科書通りにしか考えが巡らず、バーン国や他大陸のことを学ぶことすら悪だと感じていたレジェンスだったが、
旅をする中で色んな地域でそれぞれの環境を受け入れながら生きる民や、
安奈が新しいものを楽しそうに受け入れる姿を見て、
自分がいかに狭い視野しか持たず固執した考えしか抱けなかったことを自覚し、恥じた。
 違う価値観、文化を取り入れたとしても人間全てが変わるわけではない。
安奈はアーク国の文化や魔法という存在を受け入れてもアーク国に染まったわけではなかった。
彼女はどこで何をしていても彼女だった。
バーン国の者たちと話をしていた時も彼女はただの皆の平和を願う優しい女性だった。
彼女に紹介された時、お互い顔を知らなければそのまま彼らと友人になっていたかもしれない。
自分たちの仲を邪魔したのは、国と立場だった。文化や人格ではないのだ。

「レジェンス様、今日はきちんとお召し上がりになったのですね。
 その調子で今夜は寝てくださいよ」

 昼食が済むとシャルトリューがメイドから受け取ったデザートを持ってやってくる。
レジェンスは他の者を下がらせ、彼が持ってきたミルク入りの紅茶に口をつけた。

「急にシュメル卿に外せない予定が入ったらしいのでな、食事の時間が取れたのだ」
「伯爵の立場で王子との予定を急に破るなど、許されざることですよ」
「この王子に国は継げぬと馬鹿にされているのだろう。
 ――良いさ、選定する時間が省けた」
「それで、次はどうするのです?」
「ブロード閣下を説得する。正確にはブロード閣下の長男のロバート子爵だ。
 彼は数少ない先進派であり、許嫁のグレイ伯爵家のエレイン嬢は顔が広く月に一度はサロンを開催している。
 女性は噂や流行に詳しいし家を任される故、管理能力が高い者が多い。是非女性を味方につけたい」
「なるほど、目の付け所が良いですね。ではロバート卿に繋がりを持たせエレイン嬢を茶会に呼び、レイラ様にお近づきになって貰いますか?」
「そうだな、エレイン嬢とのやりとりはレイラにお願いしよう。交流や交渉はお手の物だからな」

 とはいえ、いずれ貴族院も王家も解体する予定だから王家と繋がりを持ってもあまり意味はないのだがな、とレジェンスは呟いた。
そんな主にシャルトリューは静かに、というジェスチャーをしてみせる。
 王家まで滅ぼそうとしているなんて知られたら処刑されるのは目に見えている。
けれどレジェンスはこの国をいずれバーン国と合併させて共和国にしたいと考えていた。
 開かれた政治、柔軟で多様な思考と議論、その為の平等な立場が必要だ。
安奈と過ごした最後の晩に聞いたのだが、彼女がいた国はそれぞれ国民が代表を選出し、彼らが政治を執り行っていたらしい。
しかも三権分立といって司法、立法、行政機関を分けたのだ。
 アーク国では建国当時から戦功によって爵位を得た貴族たちの反乱を防ぐ為に貴族院が設けられた。
そして全ての権利は貴族院と王に委ねられている。
その為、貴族有利な裁判がとても多いし、王に報告するまでもないということで王の知らないところで貴族が法を歪めたり罪人を裁いたりしていたのだ。
 共和制になったとしても貴族院がそのまま横滑りするのでは意味がない。
爵位はそのまま残すにしても、領民や臣下から支持されるような貴族を集めなければ、新しい未来は開けない。

 レジェンスはこれまでアーク国を無事に治めてきた父を尊敬している。
けれど、災害が襲わなくてもこの国は長くないと思っている。
 バーン国のカルトスと対峙した時から、彼の懐の広さや先見の明、政治の手腕に圧倒された。
母を亡くし、弟を亡くし、父も急死し、急遽王となった彼のことはシャルトリューから伝え聞いていた。
その時は敵国なれど自分と比べて気の毒だ、と思ったものだった。
 けれど、そうではなかった。彼は遙かに未来のことまで考え、自国の繁栄と強化に取り組んでいた。
そして、アーク国への恨みを抱えながらもそれを抑え、王として対話してくれたし、本音も語ってくれた。
彼は本気で国と国民を背負っているのだ。貴族院の者たちや王とは覚悟が違った。

 紅茶を飲み干したレジェンスはあの日のことを思い出す。



 安奈が消えて力なく膝をついていたレジェンスの隣にやってきてカルトスはどさりと座った。
そして「俺は彼女を信じる」と言ってくれたのだ。
彼女が奇跡は起こせると言ったのだからきっと起こる、と。
 放心状態だったレジェンスは頷いた。
そして「その為にはどうすれば良いか」とカルトスに問うた。
彼はアーク国王を和平交渉の席に立たせて欲しい、と言った。
もしくはレジェンスが同じ権限を持ってくれ、と。

「――ヤン、計算してくれ。この大陸全土に魔法で防御壁を張る。
 津波の威力は……このラスティア山まで到達するくらいの最悪の場合を想定してくれ。
 その場合、必要な魔力はどのくらいだ。
 大陸全土の国民を総出した上で魔動機器を使えば何とかなりそうな現実的な数値になるか?」
「カルトス様、そんなすぐには答えを出せませんよ」
「確かに、ここにはまともな計算機もないしな。だが数日中には答えを出して欲しい」
「はい、勿論です」
「ですが、人それぞれ潜在魔力は異なるでしょう。平均化するのには調査も必要かと」
「ふむ、そうなると城下の市民に協力を仰ぎますか」

 バーン国の者たちは次々と話を進めていく。
誰一人として「奇跡を信じるなんてそんな馬鹿なことを」とは言わなかった。
元々、真実味のない宝玉の伝説を信じて集め、決闘までした者たちだ。
それなら魔法そのものを信じる方が簡単かもしれない、とも思う。

「あの、誰がどのくらい魔力を持つかは関係ないのではないでしょうか」

 バーン国の者たちの話し合いを聞いていたランが怖ず怖ずと言った様子で割り込んだ。

「アンは想いの強さだと言っていました。
 だったらこの大陸にいる限り、魔法を使ったことがなくても強く願えばそれは形になってくれる筈です。
 僕も魔法をまともに使ったことはありません。でも、アンの言葉を信じたい。
 魔法を使ったことがない僕でもこの大陸を守りたい、その役に立ちたい」

 ランは涙を湛えながら拳を握りしめる。
彼もまた安奈に新たな風を吹き込まれた一人なのだ。

「俺も魔法は使えねーけど役に立てるといいな」

 ランの肩をポンと叩き、ククルも頷く。

「ランさんの言う通りだと思います。
 今回の作戦の鍵を握るのは想いの強さ。つまり量より質。
 皆の思いを一つにして一斉に願うこと、それが必須です」
「ならば早めに国交を正常化させたい。そして全国民に全てを話そう。
 この大陸を脅かす災難が刻々と迫って来ていることを、それを退ける方法も。
 ――その次はパフォーマンスだ。
 我々王族や臣下らが仲良さげに交流するところを国民に見せつける」
「それで国民は納得するのですか?」
「これまで断交していた両国がそこまでするなんて本当に危ないのでは、と危機感は抱くでしょう」
「確かにな。だが混乱するだろうな、数年後には大陸が滅びるかもしれない津波が襲うなんて聞いたらさ」
「そこで必要なのは救世主の存在と、防波堤の備えですよ。
 この大陸から逃げることもできない民は心の拠り所を求めます。
 恐怖に怯え何かに縋りたい気持ちは誰にもあります。その時、我々はアンナの存在を提示する。
 実際に彼女と接した者たちもいますしね、恐らく彼女の奇跡を信じたいと思うものは多い筈です」
「防波堤は安定剤みたいなものだな。もし駄目でもこれがあれば、と思わせることに繋がる」
「そうです。混乱をできる限り抑えるには安心が見えるようにすることも必要です」

 会話にエドワードとシャルトリューも参加し始める。
このメンバーだけでも国家間のしがらみから少しずつ解放されつつあるとレジェンスは感じた。
それと同時に自分がいかに何も知らない無能な存在かということも。

「――カルトス殿、私の考えも聞いて貰えるか」
「勿論だ」
「私は和平交渉が上手くいくとは思えない。
 けれど、変えたいと思った。そなたたちの話を聞いて、今のままのアーク国では駄目だと」
「確かに、頭の固いドルス王の元では無理な話であろうな」
「これは私の独断なのだが、交渉は両国の和平でなく統一交渉にすべきだ。
 大陸を統一し一つの国とするのだ。
 大陸の全ての民の心を一つにするにはまず国が一つでなければならない、違うか?」
「それはそうだが……」
「アーク国はほぼ貴族院が権力を握っている。
 そして時代が変わっても保身の為に昔からの法や慣習を守り続けることに固執する。
 こんなことではいずれアーク国は滅びる。
 もしかすると私の代になった途端に貴族院に乗っ取られるかもしれない。
 ――今が改革の時だと思う。アーク国は国民の為にも開かれるべきだ。
 国民全てに考え生きる権利を持たせなければ。
 政治ももっと民衆に寄せたものを、法の改定も。その為にもアーク国の君主制を終わらせなければならない。
 そして統一後の国家にはカルトス殿、そなたが必要だ。そなたが上に立つべきだ。
 もしくはそれぞれの国から国民の代表を選出して共和制にしよう」
「王子、なんてことを!ドルス王への反逆罪になりますよ」
「私は全てが終わればどうなっても構わぬ。私ほど役に立たない者はおるまい。
 与えられたことだけ学び、王に求められたことしか言えぬような者など。
 だが、今後も国は続き、民も生まれる。
 私は新たに生まれた民にはカルトス殿らのように多角的に物を見て考え、身分に関わらず誰もが自分の意見を言える世の中で生きて欲しい」
 
 レジェンスは隣に座っているカルトスの右手を取り握り絞める。
どうかこの大陸を頼む、という気持ちを込めて。
けれどカルトスはもう片方の手でポンポンと彼の手を優しく叩くのだった。

「――レジェンス殿、卑下するのはお止めなさい。
 貴殿は自国とその王をよく分かっている。
 客観的に見ることができるのは人の上に立つ資質があるということだ。
 何より自分の立場や権力が失われるかもしれないにも関わらず、民の為に国を変えようとしている。
 貴殿は立派です」

 素直に相手を受け入れ称えることのできるカルトスに恥じぬ存在になりたいとレジェンスは思った。
彼と一緒に新しい世界を作りたいと。

「王子、もし本当にそれを望むのならば綿密な計画を立てねばなりません。
 失敗は死を意味します」
「分かっている。慎重に貴族の中から見込みのある同志を見つけて集めなければならぬな」

 シャルトリューは頷き、既にどの貴族なら取り込めそうか思案し始める。
ククルとランは先程から面食らった状態のまま顔を見合わせている。

「レジェンス殿、バーン国も協力いたす。こちらも統一に向けて動こう」
「カルトス様、真ですか!?我が国も君主制を捨てると?」
「ああ、確かに大陸を統一するのが民の気持ちを纏めるのに最良の方法だろう。
 それに民にとって統一は喜ばしいことになると思う。
 まず戦争の心配がなくなり流通は安定するし、新たな事業や商売を考えつく者も出てくる。
 特に共和制になれば特権階級がなくなり、もっと自由に教育を受けたり職業を選べるようになるし、
 土地も持てるようになる。民はまず反対はするまい」
「となると、まずは共和国建国を優先すべきでしょうか」
「そうだな、まずはバーン国からアーク国へ打診しよう。それを公にして世論を動かして行く。
 その後、アーク国で共和国推進派としてレジェンス殿に立ち上がって貰う。
 そうした中で我々が交流し、民に真実味を持たせるのだ。
 本当に私たちは統一させるつもりなのだと。
 恐らく、最後まで貴族院と王は反対するだろう。大規模な弾圧を行うかもしれない。
 それに関してはバーン国が牽制するし、貴殿らも警戒して欲しい。
 そして、ドルス王には統一国家の当主となって貰うことで譲歩して貰うことにする」
「父を当主などしてしまったらまた君主国家に逆戻りしないだろうか?」
「当主となっても独立した権限は持たない。全て議会で決定する。決定権は国民にある。
 当主は言わば議会で決まったことを国民に告げる役だ。
 とはいえ、別の大陸の国々と国交を結ぶ場合は当主が代表することになるが。
 しかし、私は期待しているさ。レジェンス殿のお父上だ、根は悪い人ではない。
 きっと正しく導いてくれる」
「そうなるように説得しよう」
「貴殿の勇気に感謝する。
 ――統一後、大陸を襲う津波について公表しよう。そしてそれへの対応策も。
 ここまでついてきてくれた民ならばきっと我々の言わんとすることを理解してくれる筈だ」
「そうだな」

 そうしてその場にいた8人は決意と信頼の証だとして、8つの宝玉をそれぞれ一つずつ預かることにした。
全てが終わったらまたこの場に集まろう、と言って。



 絶対に立ち止まることは許されぬ。
我々を信じてくれた安奈の為にも、自分を信じてくれたカルトスの為にも――、
そう意気込んでレジェンスは立ち上がった。
 シャルトリューが「美味しいので一口でも召し上がってください」と勧めたクッキーの皿の下には
「こちらは難関の大臣を説得できた。次は貴殿だ」と書かた紙片が差し込まれていた。
 ならばこちらも急がねばなるまい。
レジェンスは紙片をテーブルの上の蝋燭に翳し燃やし尽くしてからシャルトリューを連れて王宮を後にした。





















更新早いでしょう!?すごない?やればできるじゃん!って我ながら思いました。
じゃあさっさとやれよって話ですが、他の話が止まっていてすみません。
しかも今回で本当は終わらせようと思ったのに
統一運動までの流れも書いておきたいなぁと思ったら全然終わらないんだもの。
普通はこれだけで本一冊くらいなりますよね、国が統一されるんだもの。
それを1行くらいで原作は終わらせてたからすごいね、悪い意味で。
とはいえ、今回の話もふわふわしてちゃんと勉強していないことが丸わかりな内容かもしれませんが
楽しんでいただけたら幸いです。
読んでくださったお客様、ありがとうございました!!!

吉永裕 (2021.2.25)


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