隣のくん 第25話?



 私がくんに逆告白をしたクリスマスから時は流れて今日で3月。
そして3年生が卒業する日だ。
くんのもと、和気藹々と活動してきた我らが生徒会はこれが最後の仕事になる。
この数日後、新しく生徒会長が選出され、新生徒会が発足することになっていて、終業式までの間に仕事が引き継がれるのだった。

卒業式は、生徒会長のくんが彼らしい送辞を述べた。
最初は形式に沿っていたが、回想は体育祭や文化祭での出来事などを彼らしい口調で語り、
涙が当たり前の卒業式で明るい笑い声が上がっていた。
最後まで彼らしい送り方だったと思う。
そんな彼の後姿を眺めながら、私は来年の自分の姿を思い浮かべていた。
1年後も変わらず皆で泣いたり笑ったりしながら学校に別れを告げ、卒業式後、卒業パーティーでも開くことになるだろうと。



 そうして、終業式前日。
新しい生徒会メンバーも決定し、ここ数日、引継ぎの準備や部屋の片付けで放課後は慌しく過ごしている。
そんな中、くんの発した一言、「明日、解散パーティーでも開こうぜ!」の鶴の一声でクリスマスの時のような企画が立ち上がった。
きっと私たちが成人だったら、飲み会ばかり開いてる大人だろうなぁと苦笑しながらも
生徒会の解散を寂しく思っていた私にとっては嬉しい提案で、迷うことなく賛成する。
クリスマスの日にくんとあんなことがあったけれども、
彼はその後も自然に接してくれたので、特に気まずいこともなく友達として過ごしてきたが、
今回のパーティーで忘れていたことを思い出させるような気がして、その点だけは少し気がかりだ。

ただ、くんとの関係はあれから徐々に変化して、時々一緒に帰宅するようになり、
その途中にある児童公園に立ち寄りブランコに乗って30分くらい話をするようになった。
毎回、話の内容は異なっていて、友達や日常などの近況報告に近い話をしたり、
子どもの頃の思い出話をして笑い合ったり、将来の夢について真剣に語ったりした。
たまに何も言わず夕日が傾いていくのを眺めるだけの時もある。
それでも沈黙が重いと感じたことはない。
夕日を見つめている彼の横顔を見ていたら、私も夕日が無性に気になって目が行き、
いつの間にか2人とも移りゆく空の色に魅了されてしまうのだった。
「じゃ」と短く言って家へと向かう彼の背中を見ながら私はひとり“きっと私たちは腐れ縁から本当の友達になったのだ”と
漸くくんへの苦手意識が温かな気持ちに変わったことを喜ぶ。


「じゃあ、明日は5時に駅前に集合な!」
一通り片付けが終わった生徒会室にくんの声が響いた。
その彼の言葉に皆が頷く。
今年の春休みはいつも以上に楽しいものになるような気がしていた。



 クリスマスの時と同様に食事の後、カラオケへと向かう私たち。
さすがに高校生なので遅くまでは遊べないという結論に至り、2時間だけカラオケを楽しむことにする。
偶然にも、部屋は前回の時と同じ部屋。
否応にもくんとのやり取りを思い出してしまうではないか。
そんなことを思いながら、私は手洗いへと席を立った。

 あの時は、この先の自動販売機の所にくんが――

なんだかんだいって自分が一番思い出しているじゃないか、と思いつつ廊下を曲がると、前回と同じ場所にくんが立っている。

「…飲み物?」

目が合ったので尋ねると彼は首を振った。

「ちょっと話せる?」
「うん、全然構わないよ」

そう言い、私は彼の顔を見上げたら目の前のくんは前回と同じようにキョロキョロと目を動かしていた。

「何かあったの?」

また何か友達に言われたのかと思い一歩彼に近づくと、彼は少し頬を赤くして口に手を当てた。
何だか今日は前回以上にうろたえている気がする。

「大丈夫…?」
「あっ、うん。ごめん」

あまりにも様子がおかしかったので顔を覗き込むと一層彼は硬直した様子だったが、
どこか「えい」と腹を決めたように頷くと、口ごもりながら喋り始めた。

「…って今、彼氏とか……いない…よね?」
「え? う、うん…」

そう言うとシーンと漫画で表すような沈黙が数秒流れた。
この展開はなんだろう、どうなるのだろう、と私は色々な可能性を考えては消していく。

「じゃあ、好きな人は……」

彼のその言葉にピクっと体が震えた。
恐る恐る顔を上げると赤面したくんと目が合う。

「…まだ…俺だったり?」
「……当たり」

何だか前回とは違う雰囲気を感じて、今回はこの前のように弾むような声で答えることができずに目を逸らしてしまった。
この後、彼は何と言うんだろう。
私の夢見ては自ら否定していた言葉を言ってくれるのだろうか。
それとも完全に拒否の――

「よかったら…付き合わないか?」

一瞬、頭の中が真っ白になった。
失恋しか経験したことのない私は大きな感情の高ぶりと衝撃に心と体が反応しきれないでいる。

「…あれからずっと考えてた。お前のこと。
 今まで友達と思ってたけど…でも、意識し始めたら急にが気になり始めて…。
 このまま友達のままの方が関係が変わらずにずっと繋がっていられる気がしたけど、もっと…知りたいと思ったんだ。
 …これって、好きってことなのかなって考え始めたらもっと気になって……」

 あぁ、神様。
 私は今、幸せを感じています。
 好きな人と想いが通じることがこんなに幸せなことだなんて。

「――あ、待って!」

喉に詰まった喜びの言葉を発そうとした私を何故かくんは咄嗟に止めた。

「…返事は今じゃなくて、明日くれないかな」
「あ、明日?」
「うん。……そっちの方がいいと思う。 今日はゆっくり考えて欲しい。
 それからのホントの気持ちを教えて」

――ホントの気持ち…って嬉しいに決まってるじゃない、何考えてるのよくんったら、と
首を傾げながら私はその場に立ち尽くしていた。

彼はあの後、さっとその場を去ってしまったのだ。
普通、私が自分のこと好きだと分かっているのだから、その場で決着をつけないだろうか。
それとも明日返事をする方が彼の都合がいいのだろうか。


 「…ねぇ、どう思う?」

カラオケが終わり、その場で解散して各々帰宅することになり、前回同様にくんが私を送ってくれたので
今回のことを話して男心を聞いてみた。

「…お前の気持ちを窺ってるだけじゃねーの? あれから数ヶ月経ってるしさ。自信がねーんだよ」
「そうかなぁ」

くんの意図が掴めずもやもやした気持ちになった私はふぅとため息をついて視線を落とす。

「ま、大丈夫だって! 明日になればカップル成立だ。めでてぇじゃねーか」
「…ふふん」

ニカッと笑ったくんの表情と力強い言葉に励まされて私も笑顔になった。
何だかくんのことでいっぱいお世話になっちゃったな、と思いつつ、いつもの公園のブランコへ彼を誘う。

「やっとお前らがくっつくのか。 …これで俺も安心して行けるぜ」
「え? 行くってどこへ?」

突然の意味不明な彼の言葉に顔を上げるくんはブランコを立ち漕ぎしていた。

「アメリカ」

ブランコの揺れる音と金具の擦れる音が邪魔したが、私の耳は確かに彼の言葉を聞き取る。

「…旅行?」
「いや、引っ越す。明日な」
「――聞いてない!」

思わず私は立ち上がった。
先程とは違った意味で頭の中が真っ白になる。

「言ってねぇもん。 皆にしんみりされると嫌だからな」
「でも私たちには言ってくれたってよかったじゃない!!
 そしたらこんなカラオケとかじゃなくて、もっと盛大に……」

怒りと悲しみが同時に襲い掛かってきた。

 あぁ、神様。
 何故、彼を遠くへやってしまうの。
 やっと好きな人と結ばれるのに、それと同時に漸く友達になれた彼がいなくなってしまうなんて!

腹が立っているのか悲しいのか分からないまま、涙がボロボロと零れ出す。

「いいんだよ。いつものままで」
「そんなの…っそんなの勝手だよ!! 突然、いなくなられる方の気持ちくらい…考えてよ……」

溢れる感情と涙を抑えられなくなり、私は両手で顔を覆った。
横から聞こえてくるブランコの音が次第に小さくなり、それと反対に彼の足音が大きくなる。

「…なんかお前、俺の前で泣いてばかりだな」
「誰のせいだと思ってるのよ!」

目の前にやってきた彼の胸を拳で叩いた。

「もう本当に…っホントに自分勝手なんだから!! 何でいつも何も言ってくれないのよぉっ!
 そんなに私、信用ないのっ!?」

ダダをこねる子どものように、彼の胸を打つ拳は両手に変わる。
そんな私にされるがままの彼は、穏やかに微笑んでいた。

「…ばーか」

茶化したようにそう言うと、彼は優しく抱きしめた。
涼しげな香りが鼻を掠める。

「お前の悲しむ顔なんてな、ホントは1秒たりとも見たくなんてねーんだよ。
 何も言わずに行った方がいいと思ったくらいだぜ。
 …でもな。何も言わずに行くのも、お前に負けたまま逃げる気がして癪だから、今、全部、言っとく」

そう言うと彼は背中に回していた手を私の肩へと動かした。
私は涙を拭うのも忘れてくんの顔を見上げる。

「――お前はいい女だよ、ホント。
 あれだけずっと一緒にいたのに、最近になって漸く気づくなんてな。 俺も大馬鹿だぜ。
 でも、昔からお前には敵わねぇと思ってたけど、最後まで変わらねぇな。
 …あの日、下駄箱でズタズタなお前を見てからはお前の泣き顔なんて見たくねぇと思ったけど、
 俺の為に泣いてくれるお前の顔見たら、やっぱり嬉しいぜ。 ……サンキュな、
「…っ……」


 後々聞いた話によると、くんはくんにはこのことを話していたらしい。
そして、私をよろしく――と。
だからくんは猶予期間を私に与えたのだ。
くんと離れることになって私の気持ちがどう動くのか、予想がつかなかったのだろう。


――その後、泣き止まない私の手を取り、くんは家まで送ってくれた。
その途中、アメリカへ引っ越す経緯やこれからのことを話していたがあまり頭には入らなかった。
それでも頭の片隅にはこれが永遠の別れではない、という考えもあった。
一生アメリカに住むわけではないだろうと思ったのだ。
その思いが私に力を与えた。
そしてその力は私たちの絆や、友達という信頼関係は失われないという自信に変わったのだ。

「…今までありがとう。 元気でね」

最後の最後に私は顔を上げることができた。
強がって笑う姿に、彼は口角を上げる。

お前の幸せを祈ってやるよ。
それが俺の惚れた女の愛し方だ。

そう言って彼は笑顔で背中を向けて立ち去り、
次の日、彼を乗せた飛行機は遠く離れたアメリカの地へと飛び立ったのでした。



















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