隣のくん 最終話
高校を卒業してから、もう7年も経った。
高校を卒業して県外の大学に入学、そして卒業後、私は地元に帰ってきた。
高校の美術教師を目指して毎年教員採用試験を受けてはいたけれど
美術教諭の募集は少なく、希望している地元は高校の数自体も少ない。
心のどこかでもうダメかもしれない、と思いながらも諦められずにいた私は
時々やってくる臨時の非常勤講師の依頼を受けて、何度か教壇に立っている教師の卵だったが
去年の夏、採用試験に合格し、この春からやっと正規の教員として働くことが決まった。
それが私の人生を大きく変えることになる。
もしかしたら殆どの女性が一度はこのターニングポイントで悩むかもしれない。
――それは、仕事と結婚。
くんとはあれから恋人というよりも友達の延長のような感じで付き合い続けていたが、
今年で25歳という年齢もあり、彼はそろそろ結婚を考えていたらしく、逆にそれで私たちは別れることになった。
約3ヶ月前の12月上旬のことだ。
1年間会社員として勤めた後、警察官の道を選び国家試験に合格した彼は、プロポーズの言葉とともに、
結婚後は彼の住む土地へ行き暫くは私に専業主婦になって欲しいと言った。
しかし私は教員採用試験に合格したばかり。
今から自分の夢に向かって羽ばたけるという時に、そんなことを言われてしまった私は
一気に価値観の違いを突きつけられた気がしたのだ。
そしてそれから少しずつ私たちはすれ違い始めた。
彼のことは今でも友達としても男性としても好きだが、結婚となるとどこか尻込みしてしまう自分がいたのである。
それに――――
「の隣は俺には似合わない気がしてた」
別れを告げた時、それを悟っていたのかくんは優しく微笑みながらそう言った。
彼は気づいていたのかもしれない。
地元に戻ったことで私が次第にある人の面影を知らず知らずのうちに捜し求めるようになってしまったことに。
アメリカへ行ったくんとは、あれからずっと会ってもいないし連絡もとっていない。
世界中の人とメールができる時代なのに、何故、私はあの時、メールアドレスを聞かなかったのだろう。
住所も聞かなかった。だって、彼にとってここは故郷だから。
きっといつか帰ってくると思ったのだ。
しかし、私が大学生の時、彼の祖母が亡くなったらしく勿論、葬儀の時に一家は戻ってきたらしいが、
遠方の大学へ行っていた私は母親からその話を聞いただけで彼の姿を見ることはなかった。
誰も住む人がいない彼の家は今、貸家になっている。
どうやらこのまま彼の両親はアメリカで暮らすらしい、と人づてで聞いた母親が言っていた。
したがってもうこの土地に彼が戻ってくることはなく、二度と会えないのだと思うと
尚更あの時、連絡先を聞かなかったことが悔やまれるのだった。
といっても、どうにもならないことは分かっている。
――ただ、今の私を見たら彼は何て言ってくれるのかなと思って。
スーツ姿の私は背筋を伸ばして校門から一歩踏み出し、
学校の敷地内に入った。
私は春からこの学校の先生になる――
――晴れ晴れとした気持ちで校舎を見上げる。
すると、数百メートルほど先にある玄関と思われる場所から1人の男性が出てきた。
「あの…すみません。職員室の場所を――っ」
声をかけて相手が振り返った瞬間、私と目の前の人物は固まった。
なんと目の前にいたのは――
「こうして運命に導かれたように再会した2人は、以前のように喧嘩をしながらも惹かれ合い、今日へと至ったのです。
前向きで力強い新郎のくんと、聡明で心優しい新婦のさんは最高の夫婦になるでしょう。
これからもお2人で温かな家庭を作っていってください。
もう一度、お2人におめでとうの言葉を申し上げ、結びの言葉に変えたいと思います」
高校時代、生徒会の顧問をしていた先生のスピーチが済み、司会者の言葉で一同が立ち上がる。
そうして乾杯の音頭をお願いしていた教頭先生がマイクへと向かった。
「――僣越ではございますが、ご指名により乾杯の音頭をとらせて頂きます。では、ご唱和をお願いします。
お二人のご結婚を祝し、末永き幸福と家、家ご両家の幾久しいご繁栄をお祈りしまして、乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
「――何だかんだで、ここまできちゃったね」
「…あぁ。 何かこんな風に皆に注目されるのも変な感じだけど、でも――」
隣に座っているくんがテーブルの下で手を差し出した。
そっと彼の手に私の手を重ねると、穏やかに微笑む。
「お前、やっぱりいい女だな」
「ホント、こんなお嫁さん貰えるなんて、くんってば幸せ者だよ?
…なーんて、ふふっ…じゃあ――」
繋いでいない方の手でグラスを持ちすっと持ち上げると、彼も同じようにグラスを持つ。
「「――乾杯!」」
――私たち 結婚しました
たまに喧嘩もするけれど 私たちは幸せです
どうぞこれからも温かく見守ってください
・
― 終わり ―
今まで色々ひっぱっておきながら、最後がイマイチかもしれませんが漸く完結です。
ってか結婚するってのに、相手を「名字+くん」で呼ぶヒロインさん…。
本当は名前にしていたのですが、何だか違和感を覚えて名字に変えました。
少しずつ照れながら名前を呼べばいいよ(笑)
…あぁ、最初はこんな連載にする予定ではなかったのに…
お客様からの「この話が好きです」という声で『連載にしよう!』とやる気になり設定を練り直し、漸く全26話書ききることができました。
何だか最後まで腐れ縁で不思議な関係の2人でしたが、こいつらにはやはりこういう結末が一番自然かなと思いまして。
さて。
私はいつも話を考える時は動画で映画のように考えるので
その頭の中のイメージを小説に反映できずにいつも唸っております。
今回のラストの方もかなり時間が飛んでいますが時間の経過を順を追って羅列するよりも
今回のような書き方をした方がより劇的な感じがする気がしたので
非常に分かりにくい描き方ですが、自分的には満足な流れのラストになりました。
ただし、肝心の恋愛部分が丸ごと削除されているので恋愛編を同時に書きました。
これはこの話の最後を考えた時から、別に恋愛部分を書こうと思っていて
それでも完結させた後、時間をあけてから書くつもりだったのですが
やはり早く会長に愛されたい、と思って下さる方もいらっしゃるかと思いまして
「もうこうなったら一挙に更新してやる!」と思ったのでした。
…といいつつも、そんなに恋愛の場面はないですけども^^;
というわけで、当初の予定から随分出世したこの作品ですが
今まで読んでくださったお客様、本当にありがとうございました!!
吉永裕 (2008.2.21)
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