隣のくん 第22話?
今までにない程のスピードで廊下を駆け抜ける。
涙で景色が歪んで見えた。
廊下の角や掲示板に鞄や腕がぶつかる。
それでも走り続けた。
立ち止まったら声を上げて泣いてしまいそうだったから。
なのに――――
下駄箱から靴を取り出した瞬間、メモ紙や封筒が足元に落ちた。
その光景に思わず足が止まり、へにゃへにゃと床に崩れるように座り込む。
「――おい、…どうした?」
床にへたり込んでうな垂れた私の後ろから声が聞こえた。
それは私を追ってきたくんの声だった。
私は慌てて辺りに散らばっていた紙を引っつかんで鞄に突っ込む。
だが、傍らに膝をついた彼が震えるように声を出した。
「お前…何だよ、これ……っ!」
「――見ないで!離してよっ!!」
彼の手の中の紙を奪い取ろうと左腕にしがみ付き手を伸ばすが、伸ばした手をグッと逆に掴まれてしまう。
「前、昼休みに女子数人と屋上にいたのも――」
「――くんには関係ない。それ、返して」
「関係ないってなんだよ! 俺のこと、書かれてるじゃねーか!? もしかして今までずっと…?」
「だから、関係ないって言ってるでしょ…っ!
皆が勝手に思い込んでるだけで、くんが何かをしたわけじゃないし、
私だって悪いことしてるわけじゃないし、全然何とも思ってないんだからぁっ!!」
玄関にヒステリックな声が響き渡り、そんな自分の声にハッと驚いた。
目の前のくんは私の取り乱した姿に呆然としている。
完全なる八つ当たりだった。
くんは本当に何も悪くなんてないのに。
「…ごめん」
彼の表情を見て、それまで湯が沸騰していたような激しい感情がしゅうぅと収まっていった。
くんには迷惑をかけたくなかったのに。
こんなことが言いたかったわけじゃないのに。
結局、彼を巻き込んでしまった。
「でも、ホントにくんは関係ないの。 それに私、平気だから。全然何ともないよ、大丈夫」
彼から解放された自分の手で、ゴシゴシと涙を拭い笑顔を作る。
…大丈夫。
今までも何度かこんな手紙貰ったことがあるし、くんのことだって…いつも失恋してるし。
私、こういうことには強いの。
強いんだから――
「……にならねぇ」
「え…?」
俯いた彼が静かに口を開いた。
最初の方が聞き取れなかった為に思わず問い返す。
すると彼は顔を上げた。
「お前の“大丈夫”は当てにならねぇんだよ!」
今度はくんの声が響く。
そんな彼はとても真面目な顔をしていた。
「お前は前科持ちなんだぞ! 文化祭の準備の時、ぶっ倒れる前も大丈夫って言ってたじゃねーか。
…だから、もうお前の“大丈夫”だなんて言葉、俺は信じたりしねぇってあの時、決めたんだ!!」
「――っ…」
「…いつもそうだ。いつもお前は全て抱え込んで自分で解決しようとする。
――人のことばかり気にして全部自分で背負い込んで……ホントにお前は可愛くねぇなっ!
何で俺たちを頼らねぇんだ、馬鹿野郎っ!! ……お前が強がってるのなんて、丸分かりなんだからな!!」
拭った涙が再び溢れてきた。
嗚咽を漏らしそうになり、ぐっと両手で口元を押さえる。
俯いた顔からはポタポタと涙が落ちていった。
「…関係ないとか……言うなよ」
「――ん…っ…」
体を深く前に屈めた私の頭の上から彼の声が響いた。
滲んだ視界に、体の震えとともに揺れている自分の前髪が映る。
そんな私の後頭部をワシワシと掴むように撫でたのは彼の大きな手。
…何でいつもそうなの?
どんなに踏ん張っても強がっても、最後はくんに負けてしまう。
しかも、昔は力に押しつぶされて負けていたのに、ここ最近は彼の大人な部分に負けてしまっている。
――悔しい、悔しい、悔しい……っ!
「…泣いてるところ悪いけど、とりあえず場所変えないか? 人目につくし、もまだ残ってるんだろ?
そんな顔、あいつに見せたくないだろーしさ」
「…わかっ…た」
スカートのポケットからハンカチを取り出し、涙や鼻水でぐちゃぐちゃな口元を押さえながら立ち上がると、
くんは床に散らばった残りのメモや手紙を拾っていた。
「……ごめ…ん…」
「気にすんな。ただの床掃除だ」
そう言い私たちは靴を履いて歩き、門を出る。
そうして普段とは違う方向へと向かう彼の後に続いた。
「今日貰った手紙、全部出せよ」
「…」
学校から少し歩いたところにある大きな川の橋の下で彼が立ち止まる。
涙は収まったものの顔が変な熱を持ったまま浮腫んだ感じを抱きつつ、私は彼の言うとおりに鞄から紙切れを取り出した。
「――今時、こんなガキっぽいことする奴がいるんだな。 …はぁ、どいつもこいつも勝手なことばかり書いてやがる」
ちらっと内容を見ると、彼は次々にその紙を破いていく。
「どうやったらお前が俺を好きに見えるんだ? 喧嘩しかしてねーのにな、俺たち」
「ホントだよ。さっきだって可愛くないってハッキリ言われちゃったし」
「いっ!? あれは…その――」
「――ぷっ!」
珍しく動揺した彼に思わず噴出す。
「…ったく、ホントにお前は……」
くすくすと笑う私をくんがコンと小突いた。
接し方が分からずにギクシャクするよりも、やっぱりこんな関係がいい。
「空想し過ぎな女子たちのことは、大ごとにならないように何とかするから」
「何とかって…」
「まぁ、俺に任せろよ。 これからは告白された時は振り方にも気をつけるし」
「告白されるの前提なんだ、凄い自信ねー。
…まぁでも、先生に話さないでいてくれるなら…任せるけど」
「おう」
そう言うと、彼は大きな口をニッと上げて笑って見せた。
その時、もうくんは私の隣にはいないのだと思った。
彼は私よりも一段も二段も上にいるのだと。
気づかないうちに、彼はずっと大人になってしまった。
「――くん」
「ん?」
彼の家の前で私は彼に呼びかける。
振り向いた彼はいつもの“くん”の顔。
「…ありがと」
「何がだ?」
「分かんないならいい」
「何だよっ」
すっと彼の手が上がり思わずぐっと構えたが、その手はピタッと止まり、ゆっくりと近づいてきた。
『ピシっ』
額にデコピンの軽い痛みを感じ、衝撃で頭が30度ほど後ろに傾く。
「ま、元気出たみたいで良かったぜ」
「…おかげ様で」
冷たい風にさらされているせいか、未だにヒリヒリとしている頬がピキッと引きつった気もしたが、心から笑えた。
結局はくんの手を煩わせてしまうかもしれないけれど、こうなってよかった気がする。
何だか心強い味方ができたような…。
くんのことは、いつものことだし気にしないようにしよう。
きっと時が過ぎれば、「あんなこともあったね」と笑って思い出せるようになる筈だ。
――何か置いてけぼりにされたような気がして悔しいけど、
でも…ありがとう、くん。
早く更新せねばと思いつつ、スランプが長引いて遅くなってしまいました!
すみませんっ!!
といってもまだまだスランプ中なので、ダラダラと無駄に長くなってしまったような…。
さて、今回の「お前の“大丈夫”は当てにならねぇ!」というのが
ずっと書きたかった台詞だったのでした。
よかった、出せてー^^
これで、『隣の○○くん』の必須台詞は終わりました♪
台詞その1は文化祭の「守ってやる〜」という台詞、そして今回の台詞です。
これだけは連載を考えた時に言わせてやるっっっ!と意気込んでいたのでホッとしています。
というわけで、あとは終焉に向けて励むのみ!
といってもいきなり次の話で終わったりはしませんので
あと2、3話は覚悟しておいていただけたら…^^;
それでは、読んでくださったお客様、本当にありがとうございました!!
吉永裕 (2007.12.23)
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