夢見堂 a la carte
〜記憶辿り〜
――レモネードの香り、赤に近いオレンジ色、そしてヒマワリの飾りが付いたヘアゴム。
あの日のことはあまり覚えていない筈なのに、それらの印象はずっと頭に焼き付いていた。
レモネードの香りが微かに漂う暗い部屋で俺は横になるとあの日の夕日を思い出しながらヘアゴムを握りしめる。
うつらうつらとし始めた後、俺の意識はゆっくりと夢にも似た思い出の海へと潜っていった。
次第にそれぞれのキーワードが俺の求めた記憶に繋がる。
あいつと過ごした最後の日に戻ってきたのだ――
「いらっしゃいませ。今日はどうされますか?」
夢見堂のドアを開くと若き店主が笑顔を向ける。
出会った当初から色々と苦労の絶えない子ではあったが、無邪気に笑ったら年相応でどこか安心したのを覚えている。
とはいえ彼女が無邪気に笑えるようになるまでに数年はかかったと記憶しているが。
「今日は依頼後の報告ってところかな。
少し、時間いいかい?」
「ええ、構いませんよ。そろそろ閉めようと思っていたところです」
そう言うと彼女は表の看板を裏返し“閉店”にした。
その後、俺の為にレモングラスティーを用意してくれているらしい。
「目的のものは見つけられましたか?」
「ああ、無事にね」
先日、夢見堂に客として来店した俺はトラの記憶辿りをオーダーした。
どうしても思い出せないことがあった為だ。
事の始まりは久しぶりの同窓会の知らせの葉書だった。
今回の同窓会は特別な集まりということは何年も前から知っていた。
30歳となる節目に初等学校卒業の際にクラスで埋めた未来ポストを掘り出すことになっていたのだ。
そのことを俺は苦々しく感じていた。何故なら埋めた場所を覚えていなかったからだ。
未来ポストと名付けたスチール製の缶を埋めたのは当時学級委員だった俺と友人の二人。
後で埋めた場所を忘れないように友人が地図を描いてきてくれる筈だったし、
掘り返す時はそれをもとにして大人になった皆で宝探しもどきをする予定だった。
――けれど地図は描かれなかった。
友人はその日を境に消息不明となったのだ。
俺は未来ポスト埋めを友人に任せきりにしていた自分を責めた。
いや、友人と一緒に何かを企むことを楽しみ過ぎてクラス行事をおざなりにしていた自分を恥じた。
何度も思い返そうとしたけれど、肝心の未来ポストを埋めた記憶はそわそわとした感情へと置き換えられ情景は全く思い出せなかったのだ。
情けないがあの日の記憶は友人と別れた時のものしか残っていない。
夕日に向かって帰宅する半ばシルエットになった後ろ姿、それだけだ。
あの日の記憶をあの場面だけ切り取ってしまっているのは俺の後悔の念がそうさせているのかもしれない。
「指輪、ですか?」
「そう。子どもの頃に祭りの屋台で買ったんだ」
「もしかして、未来ポストを一緒に埋めた友人って…好きな人だったり?」
「…うん、そうだよ」
17年経って掘り返された赤く塗られたスチール缶から取り出されたのは想像通りガラクタの山だったが、
自分のは一際センチメンタルであり、ロマンチシズムの塊だった。
特別な想いを馳せた友人と出かけた夏祭りであいつは冗談めかして指輪を強請ったが、俺は照れ臭くて「似合わない」と笑い飛ばした。
あいつも「ですよねー」と笑って結局その場を後にしたが、別れた後、俺は走って戻りその指輪を買った。
けれど渡せなかった。勇気がなかったし、好きな気持ちがバレて周りに冷やかされるのが照れ臭かった。
そんな子どもじみた自分を封印したくてその指輪を缶に入れることにしたのだ。
「青春ですね」
「本当、青春だったな」
「その好きな人は今回は遠くにいて集まれなかったみたいですけど、その方の品物はどうしたんですか?」
「今のところは俺が持ってるよ。中身は見てないけど手紙みたいだった」
「そしたらそれをきっかけにまた恋が始まったりするかもしれませんね」
と恋愛について話すことになるとは思ってもみなかったが、気負いはなかった。
彼女は美那子ちゃんみたいに喰いつく様子ではないし、紫朗ほど冷めた目で見たりしないから。
純粋に話を膨らませようという厚意で言葉を選んでいるのが分かる。
けれど俺は「うん」とは頷けなかった。彼女に嘘はつけない。
「――今回のことでとりあえず区切りがついたって感じかな。
これで俺も前を向ける」
「前を、ですか?私からしてみたら草薙さんはいつでも前向きな人だと思っていました。
ともあれ、我々の力が草薙さんのお役に立てたのなら喜ばしいことです」
「全然前向きなんかじゃないよ。油断すると落ち込んだりするんだ、これでもな。
まぁ、それも今日で終わりだ。本当にありがとう。
…思えばにはお前が子どもの頃から世話になりっぱなしだよな。俺の方がずっと年上なのにさ。
今回はトラの力も借りたし、心から夢見堂の皆には感謝してる。
皆にもよろしく伝えておいてくれるか?」
「はい。こちらこそありがとうございました」
お代はいいと言うので空いたカップを残して俺は立ち上がる。
するとは少し考えた後、怖じ怖じといった様子で俺を呼び止めた。
「あの…ずっと聞きたかったことがあるんです。
どうして初めて会った時、草薙さんはすぐに私の言うことを信じてくれたんですか?
あんな話、誰も信じてくれないと思ってました。それまでもそうでしたから。
きっと私の頭がおかしいとか嘘をついているとか言われると思っていたのに」
「――嘘かどうかなんて、考えるまでもなかったさ。
お前が話した被害者の一人の特徴が卒業式の日に突然消えた俺の友人そのままだったんだからな」
背後でガタリと音が鳴った。振り向くとは後ろの棚に背中を凭れていた。
大きな瞳を更に大きく見開き、青ざめた顔で唇を震わせている。
「ご……ごめんなさい…っ、私…私が……」
「お前が謝ることなんて何一つないよ。
お前のおかげで犯人を捕まえられたし、あいつや他の被害者たちの遺骨や遺品を家族の元へ返すことができた。
今回の未来ポストのこともずっと胸に痞えていたけれどトラのおかげで夢の中で久しぶりにあいつにも会えたし。
…あいつ、笑ってたんだ。あいつの笑顔なんてずっと忘れてたよ、俺」
「でも…世の中には知らなくていいことだってあるかもしれません」
「俺は人の命に関しては真実を知るべきだと思うよ。
死んだ…あいつの場合は殺された、だけど…事実がどうであれ特に死んでいるなら尚更関係者は知っておくべきだと思う。
でないと家族や友人はずっとそこから動けないだろ。どこかで生きてるかもしれないって思いながら捜し続けるのも辛い筈だし。
悲しくても苦しくても憎くても、残された人間はその負の感情ですら利用して生きていかなきゃいけないと思う。
その人のことを覚えているのは周りの人間しかいないんだから。人の記憶の中でしかもうその死んだ人は生きられないんだから。
何より死んだことにも気づかれず供養もされないなんてその人が可哀想じゃないか…」
友人が行方不明になってから変わり果てた姿を見つけるまで約7年、犯人を逮捕してからは10年経った。
7年もずっと誰にも気づかれずにあいつは冷たい土の下で眠っていたのかと思うとやるせなさや怒りが今でもこみ上げてくる。
その後犯人を逮捕し、その背景に邪神を崇拝する宗教団体があったと突き止めてその団体も摘発した。
犯人と団体が直接的な関係があるとまでは証明できなかったものの、怪しいのは明らかで現在も水面下で警備隊はその団体をマークしている。
そんな中で悪をどこまでも追い詰めて根絶しようとするこの復讐にも似た気持ちがいつまで持続するのか分からなかった。
友人に関係のある悪を全て罰することで落ち着くのか、それともこの思いは悪という全てのものに対しても続いていくのか。
それは未だに答えが出ない。
けれども今回の同窓会で友人に対する気持ちは一段落したのは確かだ。
さっき言った通り、これで俺は漸く前を向いて歩いて行ける。
これまで抱えていた想いを解放して少し寂しくもあるが、今夜はその思いも全て受け止めよう。
今後、あいつに関する思い出は楽しく笑い合うものになるのだから。
「、また来るよ」
「…はい。ありがとうございました」
明日にでも未来ポストに入っていた手紙を家族へ渡そう。
当時のあいつは一体どんなことを書いたのやらと俺は懐に入れた手紙をそっと天に透かした。
が、夜なので見える筈もなく…そもそも本当に見るつもりもなかったが。
宛名欄に“未来の向日 葵へ”と大きなポップ体のような文字が書かれているのだけは外灯の光でかろうじて見えた。
夢見堂メンバーではない草薙さんの話です。“気負い”って言葉を使った通り、12歳差だけど一応恋愛対象の一人のつもりだよ…?
草薙さんの外見は全然書いておりませんが、若々しいお兄さんのイメージ。
口調が未だに掴めない人です。すみません。
ちなみにサビさんの皆の呼び方は
対 ヒロイン→名前呼び捨て
対 シロ→紫朗
対 クロ→ざくろちゃん
対 ミケ→哉太くん
対 サバ→美那子ちゃん
対 トラ→トラ
今回でヒロインのトラウマに気付いた方もいるかもしれませんね。
正直、胸糞悪い話ですのでホントに名前変換のある主人公でこの設定とか誰得なの?とお叱りを受けても仕方ないのですが
私の趣味です、としか言えない…。
今回も読んでくださってありがとうございました!!
裕 (2015.8.23)
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