Jの告白 −4−
文化祭最終日のフェロモン暴走事件から私はルネへの想いに疑問を抱き、寧ろ苦手意識が勝り始めた。
けれど一度フェロモンを浴びてしまったからか、離れた廊下の先に彼がいるだけでも
もう一度彼に抱きしめて貰いたいという欲求が湧き上がってくる。
なんてふしだらな身体なんだ、と私は純粋に幸せを願ってくれた母に申し訳なくなり、
すぐにその場を離れて抑制剤を噛み潰す。
「一度、病院に行った方がいいよ。最近飲み過ぎだって」
「一応一日量は守ってるけど」
「今まで殆ど飲まずに済んでたんでしょ?体質が変わったのかも」
「そうだね」
これまで休息日以外に抑制剤でフェロモンをコントロールすることなどなかった私は、
規定量は守っているけれどもいつになく抑制剤を飲んでいることで胃の調子が悪くなっていた。
今日も食欲がなく、折角早起きして作った好きなものばかり入れたランチケースにも手が伸びない。
この一週間で体重が2s落ちていた。これ以上、続くと母にも心配かけるかもしれない。
しかし、病院に行くのは苦手だし何よりお金がない。
母に貰ったお小遣いは先週大好きな作家の新作の本に使ってしまった。
母に言えば出してくれるかもしれないけれど、次のお小遣い日まであと1週間程だし
もう少し様子を見ようか……と理由をつけて私は嫌なことは引き延ばすことにした。
「、久しぶりに一緒に帰らない?」
その日の放課後、ユージンが私の机の前にやってきた。
周りの女子たちの目が輝いている。
昔から可愛らしい顔をしていたユージンは高校生になっても美少年のままで結構人気者なのだ。
それでも私と並ぶ程だった身長は高校に入ってからぐっと伸びて、
平均的な身長の私よりも15p近く高くなってしまった。
顔が小さくて可愛いなんてずるい、と私は彼と並んで歩く姿が店のウインドウに映る度に
ひっそりため息をつくくらい目を惹く容姿なのである。
それでも態度は昔から変わらず気の良いお兄ちゃんなので、私はそんな美少年を前にしても緊張することなく素のままで過ごせている。
「だったらアイス食べて帰ろう」
「外、結構寒いけど大丈夫?」
「温かいお店で食べるから大丈夫!」
不思議だけれど、ユージンに話しかけられたらそれまで食欲がなかったことなど忘れてしまって
急にアイスが恋しくなってきた。
きっと色々バースのことを考えすぎていたのだ。
バースを恨みすぎて自分自身も嫌いになりかけていた。
私のような人間はあまり深く考えては駄目なのだ、きっと。
これまでも流されるようにクイーンを受け入れてきたし、今回もきっと時間が解決してくれる。
ユージンは私にとって平和な日常の使者みたいなものなのだ。
「じゃあ、寄っていくか」
そうして行きつけのカフェに寄り、私はピンク色の薔薇のソースをトッピングしたバニラアイス、
ユージンはトッピングなしのバニラアイスを注文して二人ともホットココアで乾杯した。
「少し痩せた?」
「うん、なんか食欲なくて。でも今は復活した!」
「それなら良かった」
私が右手で力こぶを作ってみせると彼はほっとした表情を浮かべる。
しかしすぐに口角が下がった。
「――ねえ、ルネのこと避けてる?」
「避けてる」
「には気の毒だけど、あれは事故だろ。ルネも傷ついてる」
「それは分かってるけど」
「ずっとルネのこと、好きだったんじゃなかったのか?」
「……好きじゃなかったのかも、本当は」
そういった瞬間、ポタリと左目から涙が零れた。
泣くつもりなんてなかったし、悲しくもないのに。
「全部バースのせいだったんだって、分かったから――」
言葉を詰まらせて握り絞めた私の手に向かいのユージンがそっと手を重ねる。
「あいつはよくお前のこと見てたよ。初恋の子をずっと好きだったかもしれないけど、
お前に告白されてから気にかけてた。
現時点で一番ではないかもしれないけど、好かれてるよ」
「だから、それも全部バースのせいなのよ」
「……そうかもしれない。でも、お前たちはきっと運命だ。
ルネもお前を初めて見た時に心臓を掴まれたような感覚を覚えたと言っていた。
普通のキングとクイーンだったらそこまで衝撃な出会いにならない。
あいつが初恋の人と付き合わずにずっとフリーでいたのは、とペアになる可能性を考えてたからだよ」
あいつもお前と同じでバースと戦ってる、とユージンは言った。
お前に対する想いが本物なのか考えてたのにあんなことが起きてしまったのは
二人にとってとてもタイミングが悪く不幸なことだったと。
「――ユージンは、運命なんて信じてるの?」
「信じてる」
「私は信じない。運命のハートのペアなんて」
「どこまでバースの影響を受けているかなんて分からない。
一緒にいたらそんなこと忘れて幸せになれるかもしれない」
「幸せになんてなれないよ。あの人は別の子が好きなのは事実なんだもん。
……ねえ、ユージンは私とルネをくっつけたいの?」
今日に限ってユージンは私の味方ではない。
そのことが余計に悲しくなって私は右目からも溢れてきた涙を彼に触れられていない方の掌でゴシゴシと拭った。
「無理矢理くっつけたいわけじゃない。
でも、俺はに幸せになって貰いたいと思ってる。
運命の二人は幸せになれるって昔から皆が言ってることだろ」
「本当に幸せになんてなれるの?今まで誰が実証したの?
第一、私はバースを嫌ってるのに、バースで結ばれた相手と幸せになんてなれるわけない」
「……そうか」
注文が運ばれてきたのもあって、ユージンはこの話を切り上げた。
これ以上は別の場所で話そう、とだけ言って。
あんなに食べたいと思っていたアイスはなかなか喉を通らなかった。
けれど薔薇のソースは香り高く美味しくてソースが付いたところだけ私は食べた。
私が半分以上残したアイスの皿をいつものように優しい顔に戻ったユージンが引き寄せて
「美味しいね」とだけ言って食べてくれた。
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