Jの告白 −3−



 私もルネもユージンも、クラスは違うけれど同じ高校に進学した。
私とユージンの気安い関係は変わらないし、私とルネの関係も出身校が同じでクラスメイトだった時がある、程度の仲だ。
 私は中学に入って早々ルネに告白して振られたけれど、なかなか忘れられずに高校二年生になってもまだその想いを持ち越してきた。
けれど好きな人がいるという彼に大々的にアプローチする気は起きず、ひっそりと陰ながら見つめ思い続けている。
 高校に入ってからできた親友で守護契約を結んでいるリオンからは
「陰から見つめる方が気持ち悪いよ。思い切ってOK貰えるまでぶつかってこい」と辛辣ではあるけれど何度も背中を押されている。
 リオンとは出会った時からとても気が合って、すぐに何でも話せるような友達になった。
その後、高校一年の冬休み明けに彼女からジャックだと打ち明けられ、私と守護契約を結びたいと懇願された。
 守護契約のことはバース教育で教わり知ってはいたが、実際にどのような関係になるのかが分からず一週間程、返事は待って貰った。
それでも彼女がずっと傍にいてくれるということがとても心強く心地よいだろうなと思ったので、契約することに決めた。
 彼女はとても喜んで「これからは私がの力になるから」と言って彼女のブラッド結晶を渡してくれた。
私も彼女にブラッド結晶を渡し、その日の放課後、アクセサリーショップに駆け込んでお揃いのピンキーリングを作ることにした。
 三日後、出来上がったピンキーリングを交換して自分と彼女の指にはめてみた。
彼女のブラッド結晶は薄いグリーンで爽やかな彼女らしいと思ったし、
これで彼女と精神的に繋がっているという気持ちが私の中に広がっていった。
彼女の細長い指に収まった私の深い青色をしたブラッド結晶のリングはとてもよく似合っていた。
 
「ユージン、嫉妬しないかな」
「ユージンが?何で?」
「私が一番先に守護契約結んだから」
「え?ユージンはジャックなの?」
「確実なところは知らないけど、でも何かあったらすぐにの所に来て声かけていくじゃない。
 多分ジャックだと思うな」
「そうなのかな?バースはデリケートな話だし、リオン以外と話したことないから私も分からないけど……。
 でも、リオンみたいに契約のこと言われたことがないから
 たとえユージンがジャックだとしても守護する相手は私じゃないんだよ、きっと」
「うーん、そうかなぁ。私は会った瞬間分かったよ。この人だ!って。
 そういうのもあってのこともっと知りたいって思って話しかけまくったんだ」
「そうなんだね。でも、リオンに話しかけて貰えて良かったよ。クラスに知り合い誰もいなかったから」
「キングとクイーンに運命があるって言うけど、ジャックと守護者も運命だよね」
「本当だね、会った瞬間にこの人って分かるんだから」

 リオンとそんな話をしたからか、私はルネのことを思い返していた。
彼を見た瞬間「この人だ」と確かに思ったのだ。
それでも、彼にとって私は“この人”ではなかったのだから、やはり運命のキングとクイーンのペアなんて伝説なのだろう。


 ――そう思ったのだ。
本当に、そう思っていた。

「ルネ、止めて!」

 嘘……、嫌だ!
何が起こっているの――?
 私の身体にしがみ付いて離さないルネの手を力の限り振りほどこうと努力してみるがびくともしない。
後ろから羽交い締めにするように抱きついてくる彼の荒い吐息が耳元を掠めてぞくりとする。
 何故こんなことになったのか、私は必死に記憶の糸を辿る。
ルネが目の前に現れてから意識が朦朧としてまともに頭が働かない。
 仕方なく朝から自分の行動を思い返すことにする。

 ――今日は文化祭最終日で、後夜祭として校庭でキャンプファイヤーが行われる予定だった。
火が点されて消されるまでの約2時間ほど、生徒たちは自由に行動できる。
その中でもキャンプファイヤーを囲み、好きな相手や親友など大切な相手とダンスを踊るのがこの学校の習わしとなっている。
 私は最初からリオンと踊るつもりだったけれど、登校直後にクラスメイトの男子から手紙を渡されて呼び出されたので
約束の時間であるキャンプファイヤーが始まる頃に呼び出された階段の踊り場へ向かったのだ。
 そこで私はキングを自称する男子に告白されたのだが、丁重にお断りさせていただいた。
私には好きな人がいるから、と言って。
 そして告白してきた彼を階段の上から見送って「さあ、私もリオンの所へ戻りましょ」と踵を返そうとした瞬間に、後ろから誰かに抱きしめられたのだ。
 抱きしめられたというよりも、拘束されたと言った方が適切かもしれない。
誰かが右手で私の身体を硬く締め、左手は私の両頬を掴んで顎を固定している。
 酷く恐ろしくなった私は何とか声を上げて助けを求めようとしたが、急に頭がくらくらとして力が抜けた。
これはキングのフェロモンだと気づいたのはその時だ。
 チョコレートのように甘くて美味しそうな香りが身体を包み、ふわふわとする感覚に足から力が抜けていく。
早く抑制剤を、と思ってスカートのポケットに手を伸ばそうとするが、拘束が解かれない上に脱力状態なのでどうにもできない。

「だ、れ……?や、め……て」

 漸く絞り出した声に後ろの人物はぴくりと反応する。
そして苦しそうに相手も声を振り絞った。

……ごめん、ごめん」

 その声はルネだった。
彼がどうして?それにキングだったの?とますます頭が混乱状態になる。

「お前が、他のキングと二人きりでいる気配がして……じっとしていられなくて……。
 こ、こんなつもりじゃ……なかったのに」
「ルネ、止めて!」

 「くっ……ああ、美味そうだ」と焦れるように声を漏らして私の耳にキスを落とし、
彼の右手が私の臍部分をさすり始めた。
 ぞくぞくとする快感が身体の表面を駆け抜けていく。
けれど同時にバースへの嫌悪が湧き上がり、頭も心もおかしくなりそうだった。
 彼にはずっと好きな人がいるのに、バースなんかに惑わされて全然好きでもない私を手籠めにしようとしている。
今の暴走した彼が欲しいのはクイーンのフェロモンを出す私の身体だけで、私の心などお構いなしなのだ。
こんなに悲しいことってある!?
 バースに対する嫌悪とプライドが本能を上回ったのか、私は自分でも驚くような怒鳴り声を上げる。

「止めなさい!!!」

 暗い校舎に私の声が響く。
もしかすると声を聞いた誰かが来てくれるかもしれない。
 次に、ピンキーリングをはめた指を握り締め、私だけのジャックであるリオンの名前を必死に呼んだ。
そして無意識にユージンの名も。

!」

 守護契約上、感ずるものがあって私を探していたのか、リオンの名前を呼んだすぐ後に彼女が階段を駆け上がってきた。
そして私からルネを引き剥がし、私のポケットから抑制剤を取り出して口に入れてくれる。
 けれど、キングのフェロモンの中で行動するのはきついらしく私を守るように抱きしめた状態でうずくまる。

「ルネも早く!」
「う……、ああ、分かってる」

 彼は制服の上着の内ポケットからタブレットケースを取り出し、規定量の倍近くの抑制剤を口に含んだ。
そして苦しそうに膝をつき、肩で息をする。

「――!無事か?」
「ユージン……来てくれたの」
「ああ。丁度、教室に忘れ物取りに行く途中でさ。切羽詰まったお前の声が聞こえたから焦ったよ。
 ルネも、大丈夫か」
「……ああ」

 本当にすまなかった、とぐったりした状態でルネはこちらに頭を下げ、そのままユージンに担がれて保健室へと運ばれた。
私はそれを見送って、涙目で私にしがみ付くリオンの背中をそっと撫でる。

「ごめんね、遅くなって。怖かったよね」
「本当にびっくりした……。よく分からないけど、あれってフェロモンが暴走したんだよね?
 ――リオンがすぐ来てくれて良かった。怖かった」

 その後、リオンに肩を貸してもらって落ち着くまで女子トイレに籠もることにした。
身体は未だに火照っていて、下着がぬるりとした液体で濡れている。

「……こんなのを望んでたわけじゃなかったのに」

 私はリオンに教室に置いてある鞄からシートが入ったポーチを持ってきて貰い、下着を丁寧に拭いた後、シートを装着した。
時間が経つにつれて頭が冷静になっていくのと同時に熱が下がっていくのを感じたが、頬を流れる涙は熱かった。

「――。私、思うんだけどね。
 とルネって運命なんじゃないかな。だって、は初めて会った時“この人だ”って思ったのよね?」

 手を繋ぎ、手洗い場に腰掛けるようにしてもたれ掛かった私たちは暫く沈黙を保っていたが、
そろそろキャンプファイヤーも佳境に入る頃、リオンが口を開く。

「普通のキングならクイーンの休息日以外で暴走なんて起きないと思う。
 多分、運命のクイーンであるを他のキングに取られるかもしれないって本能的に察して、
 それで……」
「だからって無理矢理フェロモンを浴びせるのは禁止されてる」
「それはそうだけど、向こうも故意にしたわけじゃない」

 子どものように口をへの字にして不本意を顕わにする私と向き合うように目の前に立つと、
リオンは私の両手をそっと握った。 

「ねえ。突然あんなことになっちゃったけど、ルネのこと好きなんでしょう?
 運命だとしたら最高じゃない」
「最悪だよ!私はバースで結ばれたいわけじゃない。
 本心じゃ私のことなんて何とも思ってないのに身体だけ求められるなんて最悪だよ。
 本能に抗えないなんて、こんなの運命でも何でもないよ。こんな運命ならいらない!」
……」

 漸く止まった涙が再び溢れてくる。
そうか。私が彼に一目惚れしたのも、彼をなかなか諦められなかったのも、彼がキングだったからなのだ。
だとしたら始まりから既に私はバースに感情を支配されていたのだ。
 ああ、なんて情けない。なんて憎い。
あんなことがあったのに、時間の経過で彼の香りが薄れていくのを惜しく思う自分がいることにも腹が立つ。

「リオン、大丈夫って言って。なら大丈夫って」
「――なら大丈夫。大丈夫だよ」

 リオンの肩に頭をもたれると彼女が優しく頭を撫でてくれた。
リオンからは柑橘系に似た香りがしてざわついた私の心を落ち着かせてくれる。
 ユージンも傍にいてくれたらいいのに。彼にも大丈夫だと言って貰いたい。
彼はあのままルネに付いているのだろうか。

「ユージンもジャックだったらいいのに。
 リオンとユージンが傍にいてくれたら私、本能なんかに絶対負けないもん」
「……そうだね」

 さめざめと泣いていた私の頬が乾く頃、キャンプファイヤー終了の放送が流れてきた。
最後は校庭に全校生徒が集まり、生徒会長が文化祭の終わりを宣言して文化祭は終了する。
それまでに校舎に荷物を置いている者は取りに行かなければならないし、教師が巡回を始める。
 もしバース持ちの教師に見つかって呼び止められ至近距離に来られたら混ざり合ったフェロモンに気づかれるかもしれない。
そうなったら面倒なことになってしまう。

「リオン、鞄取って来よう」
「もう大丈夫?」
「うん、リオンのお陰で落ち着いた。ありがとう」
「……の役に立てたなら良かった」
「大いに助かったよ、私の騎士様」
「ふふっ。これからもお守りしますよ、女王陛下」

 そうして私は無理矢理にでも平穏な日常へ感覚を戻していく。
バースに負けないという強い決意を抱きながら。
 
















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