Jの告白 −2−



 クイーンのバースが確定した私は、中学に上がった頃から3ヶ月に一度、1週間程ではあるが高熱が出るようになった。
私自身には分からないけれど、クイーンのフェロモンが高濃度排出される期間らしく、
その期間は休息日として学校を休むことになったし、普段からタブレット型の抑制剤を常備するようになり
「誰かと一緒にいる時にクラクラしたりフラフラするような感覚が出た時にすぐに飲みなさい」と養護教諭から指導を受けた。
 そんな私のバースは口外していないのに皆に知られていた。
他のクラスにも数人バース持ちの生徒がいた。殆どの者が口外していないのに皆が気づいていた。
集団生活とは不思議なものだ。どこかから情報は漏れてしまうし、憶測は確信に変わる。
 勿論「俺はキングだ」と自慢する者もいたけれど、そんな人の周りには誰も寄りつかなかった。
黙っていても際立つような能力を持ち、自然と人を惹きつける……そんな人がキングであれ、と皆が思っていたのだ。
 恐らくクイーンに対してもそのような理想や思い込み、言い方は悪いが偏見を抱いているのだろうな。
そんな風に感じる私は親しくない人から向けられる視線が苦手になった。

「おはよう、熱下がったの?」
「うん。もうすっかり元通り」

 二学期が始まって早々、二度目の休息日を迎えてしまった私は憂鬱な気持ちで登校したが、
幼馴染みのユージンがいつもと変わらない態度で迎えてくれてほっとする。

「ユージン、悪いけどまたノート見せてくれる?」
「いいけど、先生がまとめプリントくれるだろ」
「ユージンのノートの方が要点分かりやすいんだもん。
 数学の苦手意識が消えたの、ユージンの教え方が上手だったお陰だからね」
「ははっ、それは嬉しい」

 彼の家は50歩くらい歩いた先にあって、幼稚園に通う前から一緒に遊んでいた。
といっても、はっきりとした記憶はないのだけれど女の子のように可愛らしいユージンと
口の周りがクリームまみれの私が一緒におやつを食べている写真はあるし、
幼稚園に通い始めてからも私は彼と一番仲良しだったのだ。
 中学生になった今でも私たちの関係は変わらない。
彼はバースが発現した私の体調を気遣ってはくれるけれど特別扱いもしないし、
バースありきで私のことを変わらず受け止めてくれている気がする。
 そんな彼の存在に私は救われている。
そう、失恋した時だって――

 私は斜め後ろが見える角度で頬杖をつきながらある男子生徒をちらりと視界の端で捉える。
全体的に色素が薄くて中性的で綺麗な顔つき、背は高めだが細身の体型。
けれどバスケット部に所属しているからか足や腕、腹部などしっかりと筋肉が付いているらしい。
これは彼と席が近くて仲の良いユージンから聞いた話だ。
 彼の名前は、ルネ。
中学校初日のことだった。彼が教室に足を踏み入れた瞬間、私の頭の上に雷が落ちたような衝撃を受けた。
いわゆる一目惚れだ。
 それまで格好良い男子が気になることはあっても、綺麗系な男子を好きになったことなんてなかったのに、
彼の姿を見た瞬間に「この人だ」と思った。
 もしかすると、病死した父にどこか似ていたのかもしれない。
そんなことを考えながらクラスメイトの彼と時々接するうちに、優しくて明るく、
文武両道だった彼の良さをどんどん知っていってあっという間に本気の恋に落ちていった。
 そして、私は無意識に思ってしまった。彼がキングだったらいいのに、と。
しかしながら次の瞬間にはその考えがとても気持ち悪くなった。
私はバースで彼を選んでいるわけではないし、彼に選んで貰いたいわけではないのだ、と。
 そこで焦った私は、彼と知り合って1ヶ月も経たないうちに告白したのだった。
相手がバース持ちかは分からないけれど、もしそうならお互い完全にバースが発現してからでは遅すぎるし、
私の初休息日が来る前にできるだけフラットな状態で私自身を見てもらいたかったのだ。
 けれど、ルネは「小学校の頃から好きな人がいるから、ごめん」と誠実さをもって断った。
振られたのは残念だったけれど、良かった、と心のどこかで思った。
「良かった、私も彼もバースなんて関係ないんだ」と。

 とはいえほっとしたのは一瞬だけで、後から涙が止まらなかった。
彼にはずっと好きな人がいるのだという事実が悔しくて、悲しくて、嫉妬で胸が苦しかった。
 そんなドロドロとした想いを抱えてどうしようもなくなっていた私に気づいて寄り添ってくれたのはユージンだった。
彼は私が困った時やつらい時にいつもどこからともなく現れて私を助けてくれる。
そして人懐っこい笑顔で「お前は大丈夫」と言って頭を撫でてくれるのだ。
 完全に子ども扱いではあるけれど、彼にそうされるのは気持ちが良いし元気が出てくるので恥ずかしくはない。
苦手だった数学の中間テストの前もユージンに泣きついたらこうやって励まされたし、
私が理解するまで辛抱強く教えてくれたので今では数学が得意科目と言っても過言ではない。
 彼の存在に感謝する度に「ユージンが傍にいてくれたら私はどこまでも頑張れそうだな」と自分勝手なことを考える。
昔からずっと一緒にいたからか、私はユージンを兄妹のように思ってきた。
男子の中には私たちの仲を疑ったり変にくっつけようとする子たちもいたけれど、
私はユージンをそういう恋愛対象で見たことはないし恐らく彼もそうだろう。
 友達のままずっと傍にいられたらいいのに。バースなんて関係なく、ただのとユージンとして。
私が別の人とペアを持っても、結婚しても……。
 ――なんて身勝手。ペアでもカップルでもない、それを彼に求めるわけでもない。
相手にも人生があって、好みがあって、もしかしたらバースもあるかもしれないのに。
こんな都合の良い関係を続けていけるわけがない。
 そう分かっているから私はこの関係が終わるその日まで、ユージンの存在に甘えて生きていきたい。
こんなずるい人間だから失恋するのだ、と私は自嘲する。















次の話に進む        メニューに戻る