Jの告白 −1−



 このリーフグラント大陸は一度全てが氷漬けになって文明が滅んでいる。
人々が怠惰で全く成長のない社会だった為に嘆いた神が気候に手を加え、大地も家々も人を含めた生き物も氷で覆ってしまった。
 その後、何とか神の許しを得た人々は懸命に社会を立て直し、別の大陸の国々に力を借りて
今では氷漬けになった時点よりもずっと進歩した社会になっている。

 “それ”は突然生まれたという。
国復興の時代から稀にではあるけれど特殊な体質を持つ人間が生まれ始めた。
 遊具をモチーフにしたふざけた名前ではあるけれど、
特殊体質の特徴や関係性を踏まえた上で科学者はカードバースと名付けた。

 人口の20%程の割合でバースを持つ者が存在する。
バースは出生や血筋などはあまり関係がなく、突然変異のようにある日突然現れる。
 二次性徴の時期に確定するらしく、それまでに子どもたちは基本的知識を与えられ、
バースは神に与えられたプレゼントなのだと教えられる。
しかしながら、バースがあろうとなかろうとあなたたちは全員大切な存在なのですよ、と締めくくられるのだ。

 バースの有無による差別やバースを悪用することは禁じられている。
けれどもバースがある者からバースを持たない者への見下したような態度や、
ある特有のバースに対する偏見などが存在することに子どもながら気づいていた。
 それでも、自分には関係のないことだと思っていた。
昔からおっちょこちょいでどこか抜けているといつも言われ慣れていた私は、バースと関係ない人生だと思っていたし、
人から見下されても仕方がないと考えていた。



 小学校を卒業する半年程前、政府の刻印が押された封書を開いてバース判定を確認した母は
目を見開き、驚きで一瞬声を失った。
 そして、一緒に紙を覗き込んでいた私の両肩を痛い程に強く掴んで
「クイーンよ!。貴女、クイーンだったのよ!!」と、涙を滲ませながら喜んだ。
 私は母に抱きつかれながら呆然と以前血液を採取された左手薬指の先端を眺めていた。
バースなんてなくても私は普通に生きていけたのに、どうしてこんなものを神は与えたのだろうかと。
 バースなんて与えられたら周りの期待に応えるような成果を上げなければならなくなるし、
今まで考えたこともなかったのにいずれ誰かとペアを組もうか、組むならどんな相手か、などと考えることになる。
普通の恋愛はできなくなるかもしれない。

「貴女は優しい子だから、クイーンじゃないかと思っていたのよ。マイプリンセス」

 青天の霹靂に色々と考え込んでしまったけれど、心の底から喜んでくれている母を見たら
クイーンで良かったとも思えてくる。
 去年、父を病気で亡くしてから母は女手一つで苦労しながら私を育ててくれているのは目に見えて明らかだった。
朝から夕方まで正社員の歯科衛生士として働いて、夜は四時間程飲食店で働いている。
 それまではパートタイマーで午前中だけの勤務だった為に、
私が学校から帰ってきた時にはいつも迎えてくれていたけれど、
今では私が寝る頃に帰宅する母はいつだって疲れ切った顔をしていた。
 それでも休みの日は手の込んだ料理を作ってくれて、穏やかな顔で私の話を聞いてくれる優しい母。
そんな母の家での仕事を少しでも減らそうと考えて私が家事をするようになった。
 最初は目玉焼きすら上手に焼けなかったがそれでも母は褒めてくれたし、
問題なく夕食を作れるようになった今では毎朝「夕食用意してくれてありがとう、美味しかった」と抱きしめてくれる。
 そんな私の行為を優しさと言うのならば、私が優しいのは母が強くて優しいからだ。
だったら母の為にクイーンの利点を最大限生かしてみようかとも思えてくる。

「私、今まで苦手だった算数も頑張る。クイーンって優秀な人が多いんだよね?
 私もその素質があるってことだもん。頑張ればきっとできるよね」
「うんうん。は昔から本が好きで記憶力が良かったし、頭は良いのよ。
 算数も好きになったらきっとぐんぐん成績が上がるわ」


 普段あまり学業にやる気がなかった私の決意を目の当たりにした母は更に興奮していたが
流石に興奮しすぎたと自覚したのだろう、ふうと一息ついていつもの穏やかな笑みを湛えた。

「あのね、の才能がバースで認められたのも嬉しいけど、お母さんはね、に幸せになって欲しいのよ。
 クイーンは特にペアに求められやすいバースだって言うし、きっと貴女を心から愛して大切にしてくれる人と出会えるわ。
 ペアになると幸福感が増すってこの前、職場の待合室に置いてる雑誌に書いてたの。
 うふふ、昼休みに拝借してね、夢中で読んじゃった。そろそろのバースが分かる頃だから。
 ――ああ、勿論、お母さんとお父さんみたいにバース関係なく好きな人と結ばれることが一番だし、
 ペアを組みたくないってこともあるかもしれないけど……。
 とにかく、私はに幸せになって欲しい。
 ペアになることでよりが幸せに暮らせるなら、ペアの相手を見つけて欲しい」
「うん。二人一緒にいて最強になれるなら、二人が良いよね。
 ……いつかそういう人と出会えると良いな」

 母のその言葉を励みに私は自分のバースを受け入れることにしたのだった。













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