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→植村愛

 俺には好きな人がいる。同じ学年で2組の植村愛うえむらまなみさん。
昔からの進学校であるこの学校は校則が厳しくて化粧なんて色付きのリップくらいしかできないらしいけど、
植村さんは目がパッチリしていてとにかく可愛い。女友達の前で笑った時だけ見える八重歯がまた可愛い。
 しかし、俺は彼女がどんな子なのかは全く知らない。同じクラスにもなったことがないし話したこともないのだ。
これを一目惚れというのだろう。
 そんな身のないただの「植村さんが可愛い」という話を幼馴染はいつも楽しそうに聞いている。
子どもの頃は生意気なところもあったけど、今ではすっかり大人びて温和になった幼馴染は聞き上手だ。
 植村さんとは同じクラスだけれど、大人しいこいつは植村さんのギャル系のグループとはあまり関わりがないので
俺の応援らしいことができないことを申し訳なく思っている。
 俺はアドバイスが欲しいわけではないし、恋なんてものは自分でどうにかするものだと思っているので気にする必要はないのだが、
時々こいつも「今日、植村さんとちょっと話せた!可愛かった!」なんて報告してきて植村さんの可愛さを語り合う下校時のひと時が楽しいから、
相も変わらず植村さんの話をしてしまうのだ。
 それでも彼女には好きな人がいるらしいという話はこいつからうっすら聞いたことがある。
その時の顔といったら、まさに苦渋の選択という顔だった。言うか言わないかかなり迷っていたのだろう。
何故かこいつが泣きそうな声で植村さんの片思い話を切り出すから、酷く申し訳なかった。
 誰だって好きな人くらいいるだろうし、植村さん程可愛い人ともなれば彼氏がいたって当然だとも思う。
それなのに幼馴染は俺のことを必死に考えた結果、告げることを選んだ。自分が俺以上に苦しみながら。
こいつのこういうところが気に入ってるから俺は高校生になってもわざわざこいつの部活が終わるのを待ってまでも一緒に帰っているのだろう。
 たとえどちらかに恋人ができたとしても一緒に登下校することは変わらないと思う。
こいつは唯一の俺の幼馴染で、友達とか仲間とかとは別次元の存在なのだから。




→馬場希良莉

 英語の予習をすっかり忘れていた俺は慌ててノートと教科書を開きながらも傍の女子たちの話に耳を欹てた。
クラスで一番イケてるグループの二番目に可愛い馬場希良莉ばばきらりが「7組の若口くん格好良いよね〜」と嬉々として話をしている。
すると前の席の“先生”が振り向いて俺の机の上を見てニコリと笑った。
 “先生”っていうのは俺が付けたあだ名。真面目で成績優秀でかつ品行方正でそこら辺の教師よりも先生らしいからだ。
そんな先生は「訳の答え合わせさせてよ」と言って自分のノートと俺のできたてほやほやの訳を見比べる。
 俺、知ってるよ。先生が普段は自分から話しかけたりしないってこと。
先生が話しかける時は大概俺が授業中にあてられて困った時か馬場が若口の話をする時だ。
 多分、先生は俺が馬場が好きなのを知っている。
俺も積極的に話しかけているから分かりやすいんだと思うけど、それを知ってて陰ながら見守ってくれてるんだと思ってる。
でも基本は皆そうか。クラスメイトの好きな人を知ったからって自ら応援するのはさすがにお節介過ぎる。
見守るというよりも勝手にしてくれというのが正しい。
それでも先生は今みたいに馬場が片思い中の相手の話を堂々とする度に俺の耳を塞ぐように話しかけてくる。
 心配してくれてるんだろうな。先生、空気読みすぎなんだよ。俺は馬場が何を話そうがそれでいいんだ。
あいつの話を聞けば若口も誰かに片思い中だから馬場の恋はすぐには叶わないってことも分かるんだぜ?
 折角の情報を得る場を邪魔されてることになるわけで実際は有難迷惑なんだけど、
でも、周りがざわつく中で何気なく気を遣ってる先生のことは気に入ってるのも事実だったり。
 彼女にするなら間違いなく明るくて可愛くてグラマーな馬場だけど、きっと下心抜きの友達にはなれない。
でも、親友にするなら男女合わせても間違いなく先生だ。あ、馬場と先生とじゃ比べる天秤が既に違うか。




→磯矢頼乃

 僕は磯矢頼乃いそやよりのという同じ部活の子に片思いをしている。
小さくて元気が良くてお姉さん肌だけど笑うと顔がクシャッとして可愛い子。
今日、その磯矢さんからプリントシールを貰った。磯矢さんのことは好きだけど、正直、このシールの彼女は目が大き過ぎだ。
宇宙人みたいで少し怖い。そう言ったら「もう!」と言いながら軽く叩かれる。可愛いから良し。
 だが、僕は彼女の手帳に貼られたシールに“青田LOVE”と書いているのを知っていて、そのシールは仲の良い女友達にしか渡さないことも知っている。
知りたくなかったけど、たまたま彼女が落とした手帳を拾って渡す際に見てしまった。はい、その時点で片恋決定。つらいです。
そんな僕だけど片思いは続けている。元々昔から一途な方だし、一方的に好きになることには慣れているから。
 「良かったね」という小さな声が隣から聞こえた。副部長だった。
副部長は僕の片思いを知っていて恐らく磯矢さんの好きな人も知っている。
古臭いけど僕は他の人に見えないようにピースサインをしてみせる。すると副部長は嬉しそうに笑った。
 副部長は特定のグループに所属していないようだけれど皆と満遍なく仲が良い。
いつも聞き役が多いからかもしれないし、責任感が強く思慮深いので部活内外でも色んな人に頼られているから皆の副部長と化しているように思う。
 きっと副部長は皆に優しいんだ。皆がその場を穏やかに過ごせるように副部長はいつも心を配っている。
だからもし僕が磯矢さんに振られたり、可能性は低いけど付き合ったりしたとしたら副部長は更に僕らや周りに気を遣うんだろう。
吹奏楽は音だけでなく皆の気持ちも揃えることが大事だから。
 そう考えると副部長は吹奏楽が大事だから僕らに気を遣うのか、それとも僕らが大事だから気を遣うのか分からなくなってしまう。
それが前者だとしたら悲し過ぎる。
 それでもシールを貰った僕に嬉しそうに笑いかける副部長はきっと個としての僕を見てくれている。
大丈夫、副部長は後者だ。
 通し練習が始まった。まだ完璧ではないけれど綺麗な旋律が音楽室に響く。
僕は少し離れた磯矢さんに目をやる。背を伸ばしフルートを吹く彼女の姿は美しくて一番好きだ。
隣でアルトサックスを吹く副部長も普段は温和で優しいイメージだけれど演奏中は凛々しくて格好良い。
磯矢さんも副部長も僕の大切な仲間だ。




→あの子

 家庭の事情で1週間前に引っ越してきた僕が近所を散歩して道に迷った時に出会った子。
迷子になったと言ったら携帯で周辺地図を呼び出して家を探してくれて、
無事に家が見つかった時に喜んで笑顔を見せた親切な子だった。
 家を探す道すがら他愛のない世間話をして同じ高校に通うことになりそうだと思ったけれど、教室に入った瞬間に驚いた。
まさか本当にあの子がいるなんて。
「また会ったね」と言ったら向こうも驚いていたけれど先日と同じように笑って「これからよろしく」と言ってくれた。
 先生が席を隣にしてくれたこともあってその子とはすぐに仲良くなったし、話を聞いて面白そうと思ったから同じ部活にも入った。
家も近所だから一緒に登校もしている。
 あの子といると優しくて温かい気持ちになる。人に話す必要のない両親の離婚のことをすっと話せてしまったり、
今まで誰にも言ってなかった外国製のボードゲームが好きという趣味の話なんかもできてしまう。
そんな話をする度にあの子は僕の気持ちに共感して僕の欲しい反応を返してくれる。
 こんな子には今まで出会えなかった。離したくない、独り占めしてしまいたいという気持ちが心を締め付ける。
あの子も周りも気づいていないんだ。あの子がどんなに繊細なのか、どんなに綺麗な人なのかを。
周りが気づこうとしないなら、僕がこのまま彼女を攫っていく。
自分だけのが存在しない世界がどんなに寂しいものか、実際に目の当たりにして初めて気づき慌てる人はきっと何人もいると思うよ。





   ↑  

   ↓

 正六角形。ハニカム構造で知られる多角形。
各辺の長さが全て等しく内角が120度である安定した形。私はそれを見ると安心する。
 幼馴染である2年7組の若口望わかぐちのぞむが好きな子は私と同じクラス2年2組の植村愛、
植村愛が好きなのは私と同じ吹奏楽部で2年9組の宮間英介みやまえいすけで、宮間英介は同部で2年2組の磯矢頼乃が好き、
磯矢頼乃の好きな人は同クラスの青田雅人あおたまさと、青田雅人が好きなのがまたもや同クラスの馬場希良莉で、馬場希良莉が好きなのが若口望。
 見事に一方通行な六角関係。しかし、正六角形は均衡を崩しさえしなければ安定を保ち続けることができる。
彼らの距離感が変わらなければ、誰も今以上に傷つかない。
 私は身勝手だと思う。身の回りの人たちには傷ついて欲しくはない。
だから皆の好きな人を知っているけれど、それぞれを応援することはできない。誰かを応援すれば誰かが傷つくことになるのだ。
勿論、私が応援したところで相手が想いを変えることはないだろうし、私はそこまで皆と仲が良いわけではない。
彼らの好きな女の子たちとも話はするけれど、私の一言で何かが変わるような子たちではないし、いきなり恋の話をする程の仲でもないから。
 したがって私は何もしないという選択肢を選び続け現状維持を保っている。
彼らが振り返りさえしなければ、自分に向けられている好意に気付いて心を揺らしたりしなければ、この正六角形は彼らが片思いしている間はずっと崩れはしないのだ。
 しかし、私のクラスに転入してきた有川静ありかわじょうの存在が正六角形の関係に介入することになった。
彼がクラスメイトになってからというもの、登下校、部活、休み時間等全ての時間において有川静と過ごしている。
つまり、それまで私と友人らの二人だった関係のところに、有川静が入ってくるようになったのだ。
そのせいか最近、均衡を保っていた彼らの関係が崩れつつあるように思える。
 それでも有川静が彼らの好きな子と仲が良いわけではない。有川静が親しくしているのは私だ。
彼はこちらに引越してきて間がないし家族関係で心に傷を負っていて目が離せなかった。
 私は世界中全ての人が平和な日々を送れることを願うが、かといって自力で何かする程の聖者ではない。
身近な人間の平穏な生活くらいまでしか結局は意識が向かない偽善者だ。
だから身近になってしまった有川静の心の平穏を願い、彼が望むので傍にいる。
 それでもそのせいで他の友人たちとの時間が削られており、その結果として彼らの正六角形関係が崩れつつあるとすれば
その原因は奇しくも自分自身にあるのだ。彼らの関係が崩れるのと自分と有川の存在との因果関係は分からないにしても。




正六角形→十字架

 形が変わっただけで中心点は変わっていないということをだけが知らないまま
これから先、じわじわと辺の長さが短くなっていくこととなる。











結構前から考えていて放置していたネタで、オムニバス形式だけれど実は繋がっているという話でした。
今まで友達と思ってた子に猛烈アタック(死語;笑)してくる男がいて初めて恋を自覚する男たちの話です。
皆の気持ちの変化までは描いておりませんが、何となく分かってもらえたでしょうか…?
普通に物語としては今から始まるプロローグ的な感じですけど、これはもうここで終わりです^^;

私はある意味ホラーなラストだと思っています。
この後、友人と思っていた人たちからじわじわ詰め寄られていくのはやはりホラーでしょう(´д`、)
しかも独占欲強そうな人が多いし、誰を選んでも怖い結末しか浮かんでこない……。
恋愛ゲームだったら好きな人と結ばれたら他のキャラは全く出てきませんが、実際は…怖いよね。
「お前、俺と何度もデートしてたじゃん!」とか「俺の喜ぶことばっかり言ってたくせに!」みたいに言われてキレられて迫られそうだ。
多分、このせいで恋愛ゲームのヒロインは天然系が多いんだろうな。と。
天然でなければうまく凌げなくて監禁エンドとか心中エンドとかに平気でなりそうです。

と、話がなんだかそれてしまいましたが。
こういう一方通行な片思い話は好きなのでネタを腐らすことなく書けて良かったです。
久しぶりの更新がこんな短い内容で恐縮ですが、読んでくださったお客様、ありがとうございました!!

吉永裕 (2012.12.9)



後日談:√3a→大団円  (※2014年2月22日追加しました)






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