第4章 第8節






 出入り口付近にを抱えているリットンの耳に数人の足音が聞こえてくる。
5人だろうか、階段を駆け下りてくる音だ。
敵か味方か戸惑いつつリットンが仲間たちに目をやると、レディネスは余裕の笑みを浮かべていたので
彼を信じることにして、リットンは扉から少し離れた。
 エウリードも足音に気づいて右手を動かそうとしたが、レディネスに電撃棒を押しつけられて短い悲鳴と共に膝を落とす。
その瞬間、扉が激しく開け放たれた。

「無事か、お前ら!」

 先頭の少年が左手にピストルクロスボウを構える。
赤みの強いブラウンの髪を深紅のバンダナでまとめており、深いグリーンの瞳。

「パッシ、どうしてお前が?」

 カイトが驚きの表情で問いかけると、少年はエウリードを見据えたまま答える。

「拠点制圧の追加任務を受けたんだ。――それより、は無事なのか?」
「それは…分からない」
「何だよ、それ…。
 とにかく、リットンはを連れて下がれ」

 4人の大人の傭兵を引き連れた少年は、自分たちのよく知るギルドの受付の少年、パッシだった。
その名を聞いた瞬間、床に膝を落としてそのままレディネスに拘束されていたエウリードが顔を上げる。

「そうか…15歳になったのか。
 僕の後をついて回っていた泣き虫のおチビさんが」

 エウリードの瞳が揺らめいたように見えた。
それを見たパッシは一瞬苦しげに顔を歪めたが、すぐに表情を引き締める。

「――エウリード、せめてもの手向けだ。
 このまま俺に殺されるか、帝国軍に引き渡されて処刑されるか選ばせてやるよ」
「帝国?拠点制圧は帝国の依頼なのか?吹き飛んだ研究所の瓦礫の下でまだ生きていた研究員たち見殺しにして捨てた帝国が?
 どんな顔で僕を裁こうと?」
「その点に関しては君がこのまま大人しく捕まって正直にありのままを帝国軍に話せたら、その事件に関する追及が始まるだろう」

 レディネスが拘束しているエウリードの右手を更に捻る。

「追及なんて行われるはずがない。僕は帝国を信じない」
「安心して。帝国軍は既に新たな女帝をトップに据えている。
 彼女は心優しい人でアンドロイドにも慈悲の心を持つ善人だよ。きっと君の言葉を信じ、君を哀れんで真相を調べてくれるだろう。
 それはともかくティン島に混乱を振りまいたことと、非人道的で非倫理的な研究や実験を行ったことに対する処罰として処刑されることになるだろうけど」
「そんなことは信じられない」
「――信じないのはお前の自由だよ。先日の締結式後に陛下は生死不明で手配しているお前をできれば生かして返してくれるよう望まれた。
 オレは約束はできなかったが叶えてやろうと思っていたよ。
 お前の言い分もあるだろうし、実際にお前の魔硝石を使った研究に興味もある。
 それにお前のおかげで我々魔王軍と帝国軍、そして傭兵団は同盟を結べた。これは歴史的な快挙だよ」
「――レディネス、先日どこかに出かけていたと思ったら帝国軍の本部に行っていたのか?」

 未だに左腕を庇う様子のレディネスに変わってアステムが拘束役を変わった。
アステムの問いにレディネスは頷く。

「そう。あ、報告が遅れたけどオレ、一昨日王位継承が済んで魔王軍の王になったから。
 これからは緩々だった法と社会基盤を整えて人型魔物が人間と共存しやすくするつもりだから、安心して」
「そうか。お前のやる気が出たのならそれでいい」

 レディネスとアステムの古馴染みの会話を聞きながらカイトやリットンは目を丸くする。
レディネスの正体を知り納得するところもあるがそれでも驚きが大きい。
身近に魔王軍の王位継承者がいたのだから。
 しかしながらそんな彼と一緒に過ごしてきた彼らだからこそ
レディネスがこれから率いる魔王軍には親近感が沸いていた。
同盟を結んだと言っていたし、これからのティン島は組織関係なく協力し高め合って行くだろう。
同盟の理由となったエウリードがいなくなったとしても、レディネスと新たな帝国の女帝と傭兵団長の3人であれば
上手く関係を続けていけるだろうし、ブルー諸島一帯の未来はますます明るくなるはずだ、と思わずにはいられなかった。

「――終わりだよ、兄貴」

 パッシがエウリードに言葉をかけた。とても優しく、寂しそうに。
観念したエウリードは左胸の内ポケットから起爆装置らしき物を取り出して傍に立つレディネスに渡す。
その後、仲間の傭兵らがエウリードの腰と残った右腕に拘束具を付けていく。

「連れて行ってくれ」

 連れて行かれる兄を見送った後、漸くパッシはクロスボウを下ろした。
その腕は少し震えている。

「びっくりしたぜ。急にお前が飛び込んでくるなんて」
「へっ、一週間前の誕生日になったその時から傭兵の試験を受けに行って無理言って任務を受けさせてもらったんだ。
 外には親父がいるよ。エウリードの部下と思われる機械化人が2人うろついていたからそいつらを拘束した後、そこで警戒してもらってるんだ。
 ――それより、を早く回復させないといけないんだろ?報告は後で良いから行けよ。
 俺たちが乗ってきた機械車輪が森の入り口に止めてある」

 そう行ってパッシは未だ呆然とした様子のカイトたちを急がせた。
ひとまずサンティアカに戻るべく一行は慎重に降りてきた階段を今度は駆け上がる。
外に出るとギルド長のデルタが指示を出していた。
「お疲れ」と言わんばかりに片手を上げて見せたが、すぐに森の入り口の方を指差す。
彼らは頷いてそのまま来た道を走って戻った。

 森の入り口にはガラで見かけた機械台車が3台止まっていた。
一つは支援物資を乗せた物で、もう二つが傭兵たちが乗ってきた物のようだ。
その内の一つにエウリードが載せられたようで、厳重に鍵がかけられている。
 カイトらは彼らの厚意に感謝して残りの一台に乗り込み出発した。
レディネスがハンドルを握り、スタートスイッチを押す。
自動走行車に火竜岩からエネルギーが注ぎ込まれてエンジンがかかった。

「操縦したことあるのか?」

 後ろの荷台の窓からカイトがレディネスに向けて声を張り上げる。

「いや?でも向きを指示すればいいんでしょ。
 平坦な道を選んでいけば大丈夫さ」

 レディネスはハンドルにかかっていた砂塵ゴーグルを装着しながら答える。
本当にお前は大したやつだよ、というカイトの言葉がエンジンと風の音で消えていく。
 お前らみたいなのがの傍にいてくれて良かったよ、と思いながらレディネスはできるだけ直線距離で走り抜く。
途中の町で彼女を看てくれる医師を探したが、サンティアカまで戻った方が医師の質も医療体制も整っていると言われたため、
脱水防止の点滴だけ処置してもらってすぐに立ち去った。

 の命をこんなところで消してたまるか、誰も邪魔をしてくれるな、という彼らの祈りが天に通じたのか
彼らの機械台車は12日はかかる距離を2日で走破し、日が昇る頃にサンティアカへ到着した。
















思ってたよりパッシとエウリードが大人しくなってしまいました。
物語を考える初期段階では登場早々「あにきーーーー!」って感じで胸を打ち抜くパッシを想定していたんですけど。
こんな形に着地してしまいました。
それでもまあええか、って感じです。
ちなみに、パッシの武器は左手に装着できるサイズのピストルクロスボウで、装着しているのは矢ではなく鋼球です。
なのでほぼピストルなんですけど、一応捕縛や壁登り用に紐を付けた矢も取り付けられるように持ち歩いている設定です。
全然出てこなかったけど。

さて、次回でついに20年越しの完結です。
最終話+エピローグをお楽しみに!!!!!

※今回、機械台車という乗り物を登場させましたが、もっと前から描写していた方が今回の話の流れがスムーズかなと思い直し、
ガラの描写のある第4章第3節に加筆しました。
急に修正し、既に読んでいた方には申し訳ありません。


裕 (2025.10.12)


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