第4章 第6節


 仲間たちの普段と変わらぬやり取りに少し場が和んだものの、すぐに一同は階下へと向かう。
階段を一段ずつ降りるにつれては不快な感覚が体にまとわりついてくるような気がした。
 他の者たちも同じようで特にリットンは珍しく顰め面になっている。

「この下にあるようだね、魔硝石が」
「そうだね、機械魔獣を中毒にさせるほどの量の魔硝石があるに違いない」

 リットンとレディネスが頷き合ったのを見て、はカイトやアステムを見上げた。
事前に魔硝石の瘴気への対抗策を講じたこともあり、彼らは「心配するな」と口角を上げてみせる。
変わらないいつもの瞳にユウは胸をなで下ろした。
 もうあんな悲しいことは起きてはいけない。あんな姿は見たくない。
そう思いながら、は拳に力を込める。

「こっちが実験室だね。後日ここでの手術をする予定だからここだけは壊さないように」

 地下三階の左の部屋の様子を見に行ったレディネスが皆に忠告する。
勿論、破壊された時のことを考えて彼はどんな設備なのか簡単に調べたようだが。
 本当に彼の有能さには脱帽する。
出会った当初は気の抜けた顔をして女性をナンパする時にしかキリッとした顔を見せてなかったのに、
この島のことや仲間のことになったら誰よりも真剣に取り組み、労力をいとわない姿はリーダーに相応しい人のように思える。
自分から先頭に立つことは好きではなさそうだけれど、請われたら最大限の力を振るいそうである。

 この仕事が終わったらこのパーティは解散する。
明るく頼もしく引っ張ってくれたリーダーのカイトも、冷静で攻守も回復もできる万能なアステムも、
類い希なる魔力を持っている魔法の使い手だけれど奢らず皆の潤滑油のように振る舞う優しいリットンも、
キャスカというの相棒として共に行動してくれたレディネスもこの任務が終わりの手術を終えれば、皆がそれぞれ別の道を進む。
 今後は全員揃って任務に当たることはなくなってしまうのだ。勿論、一緒に暮らしていた日々の生活も終わる。
カイトをリーダーとしたパーティも素敵だけれど、レディネスをリーダーとしたパーティも良いのではないかとは考えたが、
今のようにレディネスに頼りすぎになってしまうかもしれないのでやっぱりそれは駄目か、とは思った。
 自分は愛する人と共に生きたいし相手もそれを望んでくれるとは思うけれど、この大勢のメンバーで一緒に過ごす時間が何より好きだった。
しかしながら皆が自分のために生きる未来を祝福したい。そしていつかまた交わることがあればそれで良いではないか、と自分に言い聞かせる。
何度でも、何度でも。自分の寂しさを打ち負かすために。

「さて、この部屋だけれども。どうしようか」

 がぐるぐると考えていると、レディネスが腕を組んで唸った。
魔硝石の保管庫と思われる部屋を前に対処を迷っているらしい。

「とりあえずこの後にあるであろうエウリードとの戦いで利用されたくない。
 かといって鍵は向こうが持ってるし、奴らが入らないようにバリケードを作る素材もこちらには――」

 と言ったところで、リットンが「任せたまえ」と言って前に出た。

「私が扉付近を氷漬けにして、その後、リットンに草で覆ってもらおう」
「……まあ、いくつか種は持っている。できなくはない」

 そう言った二人にレディネスはにやりと笑って、「じゃあお手並み拝見」と言って後ろに下がった。
任された二人は意識を手に集中している。
 その後、リットンが扉付近の空気を凍らせ、扉自体を覆うように10cmほどの厚みの氷張りにして、
アステムは持っていた魔硝石浄化用のハーブの種を一気に成長させて枝で氷を覆うように扉を封じる。
更にリットンはその枝の上を薄い氷で覆った。
何も知らない人が見たら氷と草木で作った幻想の扉と題する芸術品に見えるのではなかろうか。


「ここは気温も低めだし、暫くは保つんじゃないかな」
「やるね、良い感じじゃん」

 振り返ったリットンにレディネスはパチパチパチと拍手してみせた。
頑丈なバリケードが一瞬で出来上がったことの驚きと感動では呆然とすらする。
 しかしながら、カイトが「いよいよか?」と言ったことで全員が表情を変えた。
明らかに階下から何者かの気配を感じるのだ。但し大勢ではない。
ただこれ程まで近づいて魔法を使っても動いてこないということは、奥で待ち構えているのだろう。
パーティ全員が同じことを考えたようだ。氷のバリケードの冷気とはまた別の空気の冷えとひりつくものを感じる。

「行きましょう」

 は暗い階下を見据えて言葉を発し、腰に差した刀の鯉口を切る。
自分でも驚くほど低くてはっきりとした声だった。
 彼女の覚悟を受けて他のメンバーも集中力を高めて頷く。
一歩一歩確実に、探るように下への階段を降りていく。
上からは物音も気配もない。恐らくレディネスが始末した機械魔獣以外の戦力は上階にはもういない。
もしかすると見回りなどに出ている部隊がいるのかもしれないが、この建物から図れるのは大勢の人は住んでいないということ。
残る一階がどんな広さまでかは分からないけれど、これまでと同じかそれより大きいならば精々4,5人が寝転がれる広さだ。
 エウリードが手下となる者たちを人扱いしているかは分からないけれど、部屋がぎゅうぎゅうになるほど押し込んでいることはないだろうし、
複製のように完全な機械化をしていなければその分食料もいる。なのに食料庫はなかった。
 それならこの施設で保管するほどの食料は必要ないのだ。
狭い場所でリットンの強力な魔法やアステムの弓矢は使えず不利な状況だけれど、勝機は十分ある。
いや、何をしてでも勝たなければ。

 階段が終わる。階段の右手には今までと同じ扉、左手には白くて両手開きの硬質な金属の扉がある。
両手開きの扉の先には光が点いているのか、扉の下の隙間から漏れた光が一本の線となっている。
一刻も早く両手開きの扉の方へ飛び込みたかったが、慎重なレディネスからの提案で、
カイトとの2人が両手開きの扉を、アステムは階段上を監視し、
リットンがレディネスを見守るような布陣をとった上でレディネスは右手の扉の部屋へと探索しに行った。
 すぐに戻ってきたレディネスによると、中は使っているかどうかも分からない簡素なベッド一つとボロボロの白衣の入ったロッカーだけだったようだ。
どうやらエウリードが寝室として使っている部屋らしい。
 使う頻度は低いようで室内はうっすら埃臭かったようだ。
そこにもエウリード以外の者が隠れていた訳でもないので、やはりは「こちらの戦力で十分戦える相手である」と自分に活を入れる。

 お互い見合って頷き、今度こそ戦闘覚悟で皆がそれぞれ武器を確かめる。
カイトはヒップホルスターに収まっている回転式拳銃を確認した後、レッグホルスターからトンファを取り出し構え、
アステムは普段はあまり使わないが常に腰に備えているレイピアを抜く。
リットンは特に何かしているわけではないが、恐らく派手な魔法が使えないので防御や回復役に回ろうとでも考えていそうだと思いながら
もいつでも抜刀できるように構える。
 彼らの準備が整ったのを見て、レディネスが先頭に立った。
そして白い金属でできた両手開きの扉の右側を素早く開ける。

 「行くぞ!」という目の合図によってレディネスが素早く部屋に入ると、他の者たちも後に続いた。
殿のリットンはエウリードの援軍が来た時を考え後ろ手で扉は閉める。
 閉鎖した空間は四方の壁に備えられた非常灯にも見えるおぼろげな光でかろうじて全体像が見渡せた。
これまでの部屋よりも2倍以上はある広さで、壁面はこれまでの石材と同じ作りだが
扉の向かいには大きなパネルと様々なボタンが埋め込まれたような機械がある。
そしてその前に座っていた白衣を着た男が椅子に座ったままくるりと振り返った。

「ようこそ、僕の研究所へ。
 ――そして、おかえり。

首から下の右側が硬質な金属で、左側が人間のままの男が静かな笑みを浮かべていた。







今回も予定通り書けました!あんまり進んではいないけれど。
でも形になってるだけで嬉しい!
終わりに向けて頑張ります!!!!

いつもご訪問並びにご覧になってくださる皆様、今回もありがとうございました!


裕 (2025.8.10)


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