目を彷徨わせたはレディネスがいないことに気づいた。
またふらりとどこか別の場所に行ってしまったのだろうか、そんなことを考えていたの表情から察したらしく
傍にいたカイトはレディネスはアステムと一緒にいるのではないか、と教えてくれた。アステムがいるであろう場所もだ。
そして買い物を済ませたはカイトに礼を言って、彼が言っていた場所へ行ってみることにした。
丁度、カイトから宿屋に集合するように伝言を頼まれていたこともある。
アステムとレディネスはカイトの予想通りに関所付近にいた。
二人とも耳で人型魔物と分かるので帝国軍領ではあまり中心街には近寄らないようにしているとのことだ。
それでもレディネスは人の目線など気にしないようなので、アステムの話相手をしていたのかもしれない。
「二人とも、そろそろ宿に行きましょう」
「オレは特に荷物もないから合流は食事の時でいいでしょ?」
「それは構わないけど……」
「俺は先に行く」
「あ、はい」
その場から立ち去るアステムをは戸惑いながらも見送った。
呼びに来たのだから一緒に戻ればよかったのだが、レディネスと過ごしたいと思う気持ちがあったのだ。
そんな彼女の気持ちも知らずにレディネスはその場で本を読んでいる。
「キャスカ」
「――あれ、まだいたんだ。呼びに来たんじゃなかったっけ?」
「そうだけど、貴方と話したいと思って」
「何?今からデートする気?」
レディネスはいつもの調子で顔を上げた。
私に対してそんなつもりはないくせに、と思いながらは首を振り、
彼の守護石を兵器に組み込むことに対しての礼を言いたいと思っていたとは話した。
大切なものであろうその石をエウリードの施設に入る為に使わせてしまうのは
彼が申し出てくれたことであったとしても心苦しいことであるから。
「キャスカが持っていた守護石って、以前話してくれたミーシャ様に関わる大切な石だったんでしょう?
本当に良かったの?」
「いいんだって。大切だったけど、もう全部終わったことだしね」
目の前のレディネスは本を閉じると静かに笑って見せた。
隣に腰かけては彼の瞳を見つめる。
カッシート遺跡でのやり取りは今でも覚えていた。あの時の彼はいつになく暗鬱な様子だった。
ミーシャとの再会を500年も待ち続けていたのだ、ミーシャに対する彼の想いは強く深いところにあるのだろう。
それなのに彼女と自分を繋ぐ絆である守護石を手放し、終わったと言い切る彼が不思議でしかなかった。
――もしかすると、彼は転生したミーシャを見つけ出したのかもしれない。
転生自体はこれまでに確認されていたのだ。彼はついに彼女が誰に転生したか掴んだのだろう。
だからもう過去のものになった守護石は必要ないのだ。
そう結論付けたは物狂おしい程の苦しみを覚えた。
レディネスとはこの任務が終わればパーティを解消すると知っていたのに、
彼が転生したミーシャを愛していると確信してしまった今、既に別れの辛さに打ちのめされている。
これはきっと彼を恋しく想う気持ちがそうさせているのだろう、とは悟った。
「好きな人がいる人を好きになるわけがない」――そう言ったことが遥か昔のことのようだ。
「あれ、何でお前がそんなに悲しんでんの?」
「何でと言われても……うまく言えないよ、そんなこと」
「自分のせいで家宝を差し出させたって思ってるならお門違いだよ。
今回のことがなくてもオレはあの石を捨ててたさ。
オレの目的は叶ったし、あの石は本当に不要になったんだから」
「でも、それは……」
転生したミーシャの居所が分かったからでしょう?とは言おうとしたが言葉が続かなかった。
俯いて膝の上に乗せた手をじっと見つめる隣の彼女を見つめてレディネスはくすりと笑う。
仕方がないなぁ、とでも言うかのように。
「話してやろうか、オレがずっと隠してたこと」
「いいの?」
「ああ、構わないよ。もう全て終わったことだからさ」
そう言ってレディネスはミーシャとの別れの後の自分の人生を話し始めた。
「オレの目的はね、転生したミーシャがヒトとして生きる姿を見ることだったんだよ。
彼女が神という絶大な力と愛を捨ててヒトとして幸せになれるのか見届けたかった。
当時のオレは理解できなかったからね。ヒトなんかを信じて愛して、同じように生きてみたいなんて神様っぽくないだろ。
だからオレはあいつがこの世界に生まれるのを待っていた。
あいつかホントにヒトとして生きて幸せになれるのか、純粋に知りたかったんだ」
レディネスはどこか遠くを見ていた。
当時の情景を頭の中に思い描いているのだろう。
「――そしてその日はついにやってきた。
守護石が微かに脈打つ方向を辿り、漸く見つけたあいつは人間の女に生まれ変わっていた。
幸せに生きているのかは分からなかった。だが、その時の彼女は明らかに不幸の真っ只中にいることは分かったよ。
だってそいつは壊滅した村の上空で身体半分機械になった男の腕に抱えられていたんだからね」
「……それ、私?」
「そうだよ。はミーシャの生まれ変わりさ。
だからオレは放っておけなかった。目の前で浚われていくお前を咄嗟に追いかけたよ。
でも、例のバリアに阻まれてすぐには助けてやれなかったせいでお前は細胞を採取されて異物を頭の中に埋め込まれた」
「キャスカは助けてくれたわ。私がこうして無事なのは貴方のおかげよ」
「記憶はごちゃ混ぜにしちゃったけどね」
自嘲するようにレディネスは鼻を鳴らした。
「その後のことはも分かってるよね?
随分前から機械による頭痛とは別の違和感を覚えていた筈さ。あれはミーシャの魂が目覚め始めていたんだ」
「確かに頭がぼんやりとして真っ白になることがあったわ。でも、一人の人間の体に二人分の魂なんて」
「ああ、そうだよ。は心身ともに疲弊していたが、それは記憶喪失やエウリードの機械に因るものと思ったかもしれない。
だがそれだけでなくミーシャの魂を背負っていることでも身体や精神に負担がかかっていたのさ。
そしてこの状況は危険だとお前が本能的に察した時、無意識にミーシャの力を使っていた。
ミーシャの方から力を貸していた、という方が正しいのかもしれないけどね。
……それがリオの森やレラで見せた力だよ」
正直なところどちらの時も必死だったことは覚えているが、細かいところまで覚えていなかった。
特にレラの村でのことは何故自分たちが無事にマラダイに戻ってこれたのかすら分からなかったのだ。
今なら全て合点がいく。
女神であったミーシャが力を貸してくれたから自分が使ったことのない転送魔法も使えたのだろう。
しかし、それならばミーシャは今でもこの身に存在しているのだろうか、とは思った。
神と身体を共にするなど有り難いことなのであろうが、どこか不気味だった。
特に自分が意識のない間に体を動かされているのであれば殊更だ。
「――心配しなくてもいい。もうミーシャは現れないから」
の不安な気持ちが顔に出ていたのか、レディネスは宥めるような口調だった。
「実はね、がマラダイで意識を失っている間にミーシャが出てきたんで話をしたんだよ。
もう消えてくれって」
「さすがにそんな言い方は……」
「だってこれ以上はの身体がもたないと思ったからね。
……そしたらミーシャはあっさり受け入れたよ。
目覚めるまで、目覚めてからもの一部として生きてこれて良かったと言ってた。
ヒトの愚かしさ、苦しみ、恐怖も知ることができたし、逆に他者と交流する喜びや楽しさ、そして愛し愛される気持ちを知れた、と。
ミーシャはヒトとして幸せに生きたんだ」
「私の一部として……幸せに?」
「そうだよ」
レディネスは優しく頷き、真面目な表情でを見据えた。
は首を傾げる。
「……確かにミーシャの生まれ変わりはお前で、お前の中にいた彼女の魂があまりに強すぎた為に目覚めてしまったけれど、お前はお前なんだ。
お前は人間の両親から生まれ、と名付けられて家族から大切に育てられ、村人に愛され生きてきた。
他者の理不尽な暴力により恐怖を覚え、悲しみを知り、一度は逃げ出したけれど、仲間と出会い、信じ、助け合い、恐怖と向き合う勇気を得た。
……それはね、がヒトとして考え、苦しみ、もがきながらも懸命に生きてきた結果なんだよ。そこにはミーシャの導きも何も関係ない。
の魂が分裂してしまったような状態になっただけで、ミーシャの魂も間違いなくの一部でしかないんだよ」
彼の言葉は乾いた大地に降る温かい雨のようにの心に沁み渡った。
彼が私は私だ、と言いきってくれたことは嬉しかった。
ずっと傍にいて見守ってくれた彼の言葉だからするりと受け止めることができたのだろう。
けれど、納得いかないこともある。
レディネスはの中に存在するミーシャを愛しているのだろう。それならばどうしてミーシャに消えてくれなどと言ったのか。
「でもやっぱりそれっておかしいわよ。
キャスカはミーシャ様が好きでずっと待っていたのに、それがこんな私なんかの一部になっちゃったんだから貴方は随分失望したと思うわ。
それなのに何故ミーシャ様の方に消えろなんて言ったの?貴方は――」
自身理由がよく分からなかったが涙が零れていた。
レディネスが愛したのは自分の中身だった、ということが思いがけず悲しかったのだろうか。
全く別の誰かだったらここまで苦しくなかったのかもしれない。
けれど彼は自分によく似た――順番としては自分が似てしまった方だが――世界を愛せる程の慈悲と慈愛に溢れた女神という次元の異なる存在を愛したのだ。
「まだ分かんないのかな。さっきオレが言ったミーシャの言葉、覚えてないの?
……あいつにすら気づかれてたのに当事者は分からないなんて何でだよ」
レディネスは呆れ返った顔で肩を竦めた。
「ミーシャや守護石よりもが大切だからじゃん」
硝子玉のようにの目から零れ落ちる涙を手袋のまま拭いながら、レディネスは彼女の耳元で囁く。
それでもは涙が止まらなかった。いっそう堰を切ったように溢れ出す。
「最初の頃はミーシャを重ねて見てたよ。本当に悪いことをしたと思ってる」
は首を振った。
そんなことは当然だ。彼にとってはミーシャが主体だったのだから。
彼の生きる理由だったミーシャの姿を転生体に重ねるのは仕方がない。
「オレはね、怒ったり泣いたり悩んだり笑ったり喜んだりして必死に生きる人間らしいを愛してるんだよ」
いつも眠たそうな顔をしているレディネスなのに今は真剣な表情を向けている。
その瞳は優しく、けれど目を逸らすことを許してくれないような熱さを持っていた。
はそんな彼に見入ってしまう。涙は少し落ち着いてきたようだ。
「私でいいの?本当に後悔しない?」
「するもんか。オレにはお前しかいないってのに――」
そう言ってレディネスはを強く抱き寄せた。
は彼の背中にしがみつく。
「ありがとう」
知らない土地で目覚めてからずっと傍で守ってくれたレディネス。
最高の相棒だと思っていた貴方が恋人になるのね――がそう言うと
レディネスは「そんな恥ずかしいこと一々言わないくれる?」と照れた様子で顔をの髪に埋めた。
思ったよりも早く更新できたーーと思ったらそうでもなかった(。´Д⊂)
いつも遅くてすみません(;一_一)
今年中に!!といつものように思っていますが、期待できません……。
さて、今回はレディネスのイベントです。
漸くレディネスもカップル成立です。
最近覚醒ばかりしててあまりナンパや眠たげな顔してないのでキャラ崩壊しつつあるな、と思いながら
彼らしさを出せたらいいなと意識して書きました。
自分の言葉の割には結構恥ずかしいこと平気で言っちゃうレディネスなんですけど、
普段ずっとナンパして振られ続けているので本気出されると恥ずかしくなっちゃう奥手タイプだと面白いなと思うけど
そんな500歳嫌だな……。
ちなみに、レディネスの二人称があれこれ変わるのはわざとです。
“あんた”の時はある程度距離を置いてる感じ(ミーシャが入ってるから)、“君”は主人公をミーシャ関係なくひとりの人として認めた感じ、
レディネスルート時の“お前”は愛がミーシャ<主人公になってて主人公に親しみを抱いている感じ、という風に私の中で使い分けてます。
そんな設定忘れてて過去の文では使い分けれてないかもしれないけど(;´▽`A``
お前呼びが結構嫌いなお姉さま方もいらっしゃるのでどうしようかな、と考えた時期もあったのですが
口調的に君よりもお前の方がしっくりくるので。親しみも感じやすいですし。
既にカップルの方々はあっさりしすぎていますが、今後も小説内時間をどんどん進めていきたいな!!
流石に他の章とあわせて14節までにはしませんから!(多分)
早めに完結できるように励みますのでこれからもmissingをよろしくお願いいたします!
読んでくださったお客様、ありがとうございましたm(__)m
裕 (2015.9.23)
次に進む メニューに戻る