目を彷徨わせたは目的の人がいないことに気づく。
アステムはこの近くにはいないようだった。
別の店にいるのだろうか、そんなことを考えていたの表情から察したらしく
傍にいたカイトはアステムのいるであろう場所を教えた。
買い物を済ませたはカイトに礼を言って、彼が言っていた場所へアステムを探しに行くことにした。
丁度、カイトから宿屋に集合するように伝言も頼まれていたので。
アステムはカイトが言っていたようにレディネスと共に関所付近にいた。
耳で人型魔物と分かるので帝国軍領ではあまり中心街には近寄らないようにしているらしい。
相手の人となりも知らずに見かけだけで怖がったり蔑んだりされるのは悲しいことではあるが、
別勢力なので仕方がないことだと現時点では割り切るしかないのかもしれない。
いずれ魔王軍と傭兵団と帝国軍が友好的になってティン島がもっと豊かになればいいとは思った。
「アステムさんとキャスカ、そろそろ宿に行きましょう」
「ああ、分かった」
「オレはもう少しここにいるから先に行っといて」
「分かったわ」
気を利かせたのかレディネスはその場で本を読んでいる。
そんな彼をその場に残しはアステムと並んで宿屋へと向かった。
「準備は済んだのか?」
「はい、宿で整理整頓しようとは思っていますが」
「使い方も頭に入れておいた方がいいだろう。帝国軍ならではの薬もあるからな」
「そうですね。体調や状態に合わせて調合した方が効果はあるでしょうが、
緊急時で時間がない時は帝国軍製の既製品の方が便利かもしれませんね」
「ああ。特長を理解した上で使い分ける必要があるな」
「はい」
レディネスが気を利かせて二人きりにしてくれたものの師弟のような会話しかしていないな、とは口元を緩めたが
アステムと実用的な会話が中心になってしまうのはいつものことだ。それでも十分に心穏やかな時間が流れた。
彼も自分と同じようにこの穏やかなひと時を楽しんでくれていたらいいなとは思った。
「キャスカ」
宿屋の近くにある食堂で食事を済ませた一行はその場で解散する流れとなった。
そこでは先に腰を上げたレディネスを追いかける。
まだ彼の守護石を銃に組み込むことに対しての礼を言っていなかったのだ。
大切なものであろうその石を、エウリードの施設に入る為に使わせてしまうのは
彼が申し出てくれたことであったとしても心苦しいことである。
「何?あ、オレとこの後デートしてくれんの?」
そんなの気持ちに気づかないのか気づいていてわざととぼけているのかは不明だが、
レディネスはいつもの調子で振り向いた。
私に対してそんなつもりはないくせに、と思いながらは首を振る。
「デートはしないけど、少し話がしたくて」
「いいよ、何でも聞いたら。終わりも近いし、あんたの気になることは全部明らかにしてやろうじゃんか」
そう言ってレディネスはアステムに「ちょっと借りるよ」と一言声をかけ、を宿屋までエスコートした。
その道すがらは彼の言葉を反芻していた。
終わりも近い――そうだ、もうすぐ任務は終わる。
この任務が終われば今の自分たちのようにパーティはばらばらに解散するのだ。
アステムとは旅を続けるけれど、他のメンバーが急にいなくなってしまうことが想像できない。
これまでも意識してきたことだけれど言葉にするとやはり寂しい、とは俯きながら歩いた。
「……それで、何が聞きたいの?」
「ありがとう。いただきます」
宿屋の談話スペースの隅に陣取ったの目の前にミルクが並々と入ったカップが置かれた。
レディネスが気を利かせて注文してくれたらしい。
これから詫びと礼を言いたかったのに更に世話になってしまったとは恐縮してしまう。
「その…聞いたよ、守護石のこと。
キャスカの持っていた石を使うことにしたんでしょう?
……良かったの?大切な石だったんじゃ」
「大切だったさ。でも、もういいんだよ」
目の前のレディネスは微かに笑った。
悲しみではなくどこか照れ臭さを隠した笑みに思えた。
「それならいいけど、私のことがなければこれからも大切に持っていたんじゃないかと思ったものだから」
「…いや、多分今回のことがなくてもいずれオレはあの石を捨てたと思うよ。
オレの目的は叶ったようなもんだから」
「目的って?」
「転生した女神がヒトとして生きる姿を見たかった。
彼女が神という絶大な力と愛を捨ててヒトとして幸せになれるのか見届けたかった」
「女神…この周辺を加護していたというミーシャ様のことね?」
「ああ、そうだよ。オレはあいつの消えるところを見たんだ。
当時のオレは何で消えるのか理解できなかったよ。
ヒトなんかを信じて愛して、同じように生きてみたいなんて神様っぽくないじゃん。
だからオレはあいつがこの世界に生まれるのを待っていた。
いつになるか分からないけど待ってたんだよ。
――そしてその日はついにやってきた。
守護石が微かに脈打つ方向を辿り、漸く見つけたあいつは人間の女に生まれ変わっていた。
そいつが幸せに生きているのかは分からなかった。だが、その時の彼女は明らかに不幸の真っ只中にいることは分かったよ。
だってそいつは壊滅した村の上空で身体半分機械になった男の腕に抱えられていたんだからね」
「……それ、私?」
「そうだよ。はミーシャの生まれ変わりさ。だからオレは放っておけなかった。
目の前で浚われていくあんたを咄嗟に追いかけた。
でも、例のバリアに阻まれてすぐには助けてやれなかったせいであんたは細胞を採取されて異物を頭の中に埋め込まれた」
「キャスカは助けてくれたわ。私がこうして無事なのは貴方のおかげよ」
「記憶はごちゃ混ぜにしちゃったけどね」
自嘲するようにレディネスは鼻を鳴らした。
「その後のことはあんたも分かってるよね?
随分前から機械による頭痛とは別の違和感を覚えていた筈さ。あれはミーシャの魂が目覚め始めていたんだ」
「確かに頭がぼんやりとして真っ白になることがあったわ。でも、一人の人間の体に二人分の魂なんて」
「ああ、そうだよ。あんたは心身ともに疲弊していたが、それは記憶喪失やエウリードの機械に因るものと思ったかもしれない。
だがそれだけでなくミーシャの魂を背負っていることも身体や精神に負担がかかっていたのさ。
そしてこの状況は危険だとあんたが本能的に察した時、無意識にミーシャの力を使っていた。
ミーシャの方から力を貸していた、という方が正しいのかもしれないけどね。
……それがリオの森やレラで見せた力だよ」
正直なところどちらの時も必死だったことは覚えているが、細かいところまで覚えていなかった。
特にレラの村でのことは何故自分たちが無事にマラダイに戻ってこれたのかすら分からなかったのだ。
今なら全て合点がいく。
女神であったミーシャが力を貸してくれたから自分が使ったことのない転送魔法も使えたのだろう。
しかし、それならばミーシャは今でもこの身に存在しているのだろうか、とは思った。
神と身体を共にするなど有り難いことなのであろうが、どこか不気味だった。
特に自分が意識のない間に体を動かされているのであれば殊更だ。
「――心配しなくてもいい。もうミーシャは現れないから」
の不安な気持ちが顔に出ていたのか、レディネスは宥めるような口調だった。
「実はね、がマラダイで寝ている間にミーシャを呼び出して話をしたんだよ。
もう消えてくれって」
「さすがにそんな言い方は……」
「だってこれ以上はの身体がもたないと思ったからね。
……そしたらミーシャはあっさり受け入れたよ。
目覚めるまで、目覚めてからもの一部として生きてこれて良かったと言ってた。
ヒトの愚かさ、苦しみ、恐怖も知ることができたし、逆に他者と交流する喜びや楽しさ、そして愛し愛される気持ちを知れた、と。
ミーシャはヒトとして生きて幸せになれたんだ」
「私の一部として…幸せに?」
「そうだよ」
レディネスは優しく頷き、真面目な表情でを見据えた。
無意識には姿勢を正す。
「……確かにミーシャの生まれ変わりは君で、君の中にいた彼女の魂があまりに強すぎた為に目覚めてしまったけれど、君は君なんだ。
君は人間の両親から生まれ、と名付けられて家族から大切に育てられ、村人に愛され生きてきた。
他者の理不尽な暴力により恐怖を覚え、悲しみを知り、一度は逃げ出したけれど、仲間と出会い、信じ、助け合い、恐怖と向き合う勇気を得た。
そして愛する人を見つけ、彼の全てを受け入れ、また君も愛されている。
……それはね、君がヒトとして考え、苦しみ、もがきながらも懸命に生きてきた結果なんだよ。そこにはミーシャの導きも何も関係ない。
の魂が分裂してしまったような状態になっただけで、ミーシャの魂も間違いなくの一部でしかないんだよ」
彼の言葉は乾いた大地に降る温かい雨のようにの心に沁み渡った。
レディネスから話を聞いた時、咄嗟にどこまでが自分でどこからがミーシャなのか分からないことに戸惑ったのだ。
また気持ちを受け入れてくれたアステムだけれど彼はもしかするとミーシャの方を好ましいと思っているのではないかなどと一瞬考えてしまった。
だから彼が私は私だ、と言いきってくれたことは嬉しかった。
ずっと傍にいて見守ってくれた彼の言葉だからするりと受け止めることができたのだろう。
「――オレはずっとを見る時ミーシャを重ねて見てた。悪かったね」
「それは仕方がないことなのかもしれないわ。貴方にとっては特別な人だったんだろうし」
「そうだね。でもまぁとは似ても似つかなかったかな。性格とか。
ミーシャは穏やかでいつもニコニコしてたし」
「それって私がいつも怒ってるってこと?」
「そうそう、そんな風にいつもプリプリしてるじゃん」
「それはキャスカが私をからかうからでしょう!?」
いつもの調子を取り戻してレディネスはおどけた顔をして見せた。
はこんな彼とのやり取りがとても愛おしい時間だと思った。
彼と過ごす時間ももうすぐ終わりが来る。
知らない土地で目覚めてからずっと傍で守ってくれた頼もしい相棒よ――
「ありがとう」
レディネスは振り向くことなくひらひらと手を振りその場を後にした。
思ったよりも早く更新できたーーと思ったらそうでもなかった(。´Д⊂)
いつも遅くてすみません(;一_一)
今年中に!!といつものように思っていますが、期待できません…。
さて、今回は金太郎飴で本当にすみません。
レディネスのイベントの回なんですよね、彼以外のルートでも。
レディネスの二人称が変わるのはわざとです。
“あんた”の時はある程度距離を置いてる感じ(ミーシャが入ってるから)、“君”は主人公をミーシャ関係なくひとりの人として認めた感じ、
レディネスルート時の“お前”は愛がミーシャ<主人公になってて主人公に親しみを抱いている感じ、という風に私の中で使い分けてます。
そんな設定忘れてて過去の文では使い分けれてないかもしれないけど(;´▽`A``
既にカップルの方々はあっさりしすぎていますが、今後も小説内時間をどんどん進めていきたいな!!
流石に他の章とあわせて14節までにはしませんから!(多分)
早めに完結できるように励みますのでこれからもmissingをよろしくお願いいたします!
読んでくださったお客様、ありがとうございましたm(__)m
裕 (2015.9.23)
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