第4章 第1節



 夜に着くようにサンティアカに戻ってきた一行は、できるだけ知り合いに会わないように気をつけながらギルドへと向かう。
出会ったとしても報告で一時的にギルドに寄っただけ、などと言う程度で会話を切り上げていた。
 ユウは依然として人々の視線を恐ろしく感じたが、ギルド長やパッシの計らいもあってか疑いの目は幾分和らいだように思える。
しかしながらレラの村で魔獣を従える自分の複製を見てユウは理解してしまった。
捜索隊を壊滅させたのは彼女たちなのだと。
以前レディネスも言っていた気がするが、あの夜夢で見たビジョンは精神が同調した結果なのだろう。

 ――自分は何もしていないけれど、複製が犯した罪は償うべきなのだろうか?
エウリードの傍にいたことで非常にねじ曲がってしまったようではあるが彼女は既に個として人格を持っている。
だとすると組織が同じだとしても私には責任がないのかもしれない。
けれど私がいなければ彼女は存在しなかった、となればやはり私に責任があるということになる――と、ユウは下唇を噛み締めた。

「……駄目だな」

 ポツリと呟く。色々なことを考えても結局は自分を蔑ろにする思考に向かってしまう。
皆が助けようとしてくれているこの命を蔑ろにするなんてことは絶対にしてはいけないとユウは己に言い聞かせ、
久しぶりの我が家でテンペ行きの準備をして床に就いた。


 翌朝、事業開始前にユウたちはギルドを訪れ、パッシからクントの関所に提出するメダルと依頼書を受け取った。
書状にはテンペからガラまでの火竜岩の運搬、護衛任務と書かれている。
石の運搬と護衛という比較的安全そうな任務をゴールドレベルとシルバーレベルの傭兵が請け負うのは些か役不足にも思えて怪しまれそうだが
まだ一人前とは言えない自分を連れているので何とか誤魔化せるだろう、とユウは書状を眺めながら思った。
 そんな彼女の考えを読んだようにリットンが「火竜岩は今凄く注目されている資源で盗賊団が村全体を狙うこともあるのだよ」と解説してくれたので、
それならば強い者が請けた方が現地の人も安心だろう、とユウは納得する。

「それじゃあ行ってくるぜ」
「ああ、気を付けてな」
「パッシさん、行ってきます」
「おう、今度こそあんまり無茶するなよ。皆と無事に戻ってこいよな」
「はい」

 パッシに見送られユウたちはサンティアカを出発した。
緑が点在する西側と違い、帝国軍領のある東側は茶色い大地が目前に広がる。
北東にはロソネロ山が見えた。ロソネロ山は火竜岩を掘り出した際に発生した赤黒い色の捨石から成っているという。
つまりは捨石集積場であり、産業廃棄物の山ともいえる。
そんなロソネロ山の麓は大きな穴がいくつも空いているそうだ。
そしてその穴と山のすぐ傍にテンペという町は存在している。

「採掘や運搬は重機械がするけれど合間合間の作業は手作業になるからね、
 どうしても屈強な肉体を持つ力自慢の若者が多いのさ。
 少し荒々しく思うかもしれないが、大丈夫。ユウには指一本触れさせやしないよ」

 カイトたちにテンペについて詳しい話を聞いていると、リットンはユウの緊張を和らげるように笑顔を見せた。
そんな彼にカイトは「リットンが一番慌てふためきそうだけどな。この町にはエレガントの欠片もない!こんなところでは安らげない!!とか言いそう」と呆れたように言った。
ユウもアステムもそんなリットンを想像するのは容易かったようで二人で顔を見合わせくすりと笑った。
 こんな風に皆で和気藹々と出かけるのは久しぶりのような気がする。
常に緊迫感があるわけではないが、ここ最近は自分の体調やパーティの皆のことなどを考える機会が増えて馬鹿話なんてする雰囲気ではなかった。
冗談を言い合ったり、とぼけてみたりすることはこんなにも心温まるひと時をもたらしてくれるのか、とユウは思う。

「――見えてきたな。あれがクントの関所だ」

 サンティアカを出発して4日目、真東の方向に異質な鉄の砦のようなものが見えてきた。
砦からは南北に鉄条網が走っていて完全に帝国軍領と傭兵団領を隔てている。
魔王軍領と傭兵団領の境目がなかったマラダイの関所とは雰囲気が大きく異なっていて、
帝国軍が排他的、もしくは閉鎖的な性質を持つことを改めて実感させられた。
ユウが傭兵になりたての頃に帝国軍は民の味方だと聞いていたが、恐らくそれはレジスタンス運動で人間側だったことが一番の要因だろう。
けれど彼らの考える“民”は果たしてティン島全土に向けたものなのだろうか。
もしかすると帝国軍領内の人間しか守る気はないのかもしれない、など邪推したくなる程に目の前の鉄条網の柵は外部のものを拒絶しているように見える。

「私、帝国軍のことも全然知らないです。
 帝国軍って普段はギルドにどんな依頼をしてるんですか?」
「基本的には今回みたいな護衛任務とかテンペ防衛任務とかが主だな。
 帝国軍っていう割にはティン島の帝国軍領は軍人は少ないんだ。元々帝国軍領に獣型魔物は少ないから必要ないっていうのもあるんだけどさ。
 それに基本的には帝国軍領は帝国の人間しか雇わないんだ。だからどうしても人手不足の時にはギルドに依頼が来る。
 更に言うと帝国軍領の連中がこっちの領域までやってきて仕事する時は稀だ。
 獣型魔物の被害が大きくて傭兵団も手一杯だとか悪質な人型魔物が徒党を組んで何か企んでるらしい、なんて魔物がらみの時は手伝ってくれるが、
 民間の依頼は殆ど受けないんじゃないかな」
「そうなんですね。
 そうやって見ていくと、魔王軍の方が鷹揚なイメージです。
 人間と同じで中には悪い方もいるでしょうが、境界を越えて交流されている方が沢山いるのは知ってますし。
 ――アステムさんやキャスカが傍にいるからでしょうけど、今は帝国軍よりも魔王軍の方が親しみ深い気がします。
 あまりこんなところで話すことじゃないですけど」
「それはそうだな。ここから先は魔王軍の話は控えた方がいいだろう。
 帝国軍本土よりも酷くないとはいえ魔物を前にした者がいい顔をしないのは事実だ」
「……はい」

 ユウは頷き関所に視線を移した。守衛の顔が見える位置まで来ている。
そろそろ話し声も聞こえるだろう。
そのまま口を噤み、ユウはカイトたちから一歩下がった。
帝国軍領のことが分からないので自分は邪魔にしかならないと思ったからだ。
 しかしその時、彼女は何かに気づき歩を止める。
見覚えのある立札が見えた気がした。

ユウ、どうしたんだい?」
「あの立札、見たことがあると思って……。
 多分この辺から私の記憶が始まったんです」
「そうなのか。――少し見て回ってみるか?」
「いいですか?」
「ああ、行ってみようではないか」

 皆が快く頷いてくれたのでユウは立札までやってきた。
そしてこの立札はクントの関所とサンティアカ、そしてマニャの方角が書かれていた筈だ、と記憶を辿る。

「私はマニャの方へ続く道からやってきて立札を見たと思います。
 でもずっとマニャから歩いてきたわけじゃなくて、もう少し離れたところにある道沿いの木の下で目覚めた筈です。
 そこで私は――」

 緑が少ない景色の中、一本だけ立っている木がやけに目立つ。
そしてその下には見覚えのある男が佇んでいた。

「……何だ、ここに来たの。
 お前らとは関所前で落ち合うつもりだったのにさ」
「貴方と初めて会った場所を思い出したから、皆さんに無理を言って寄り道させてもらったの」

 ユウが目覚めて辺りを見回した後、「うな」と鳴く生き物が目の前に現れた。
背中に蝙蝠の羽のような翼を生やした白い猫に近い生き物を見た瞬間、彼女の頭に流れ込んだのは
その生き物が自分を魔物から救ってくれた、という思い込みにも似た記憶だった。

「今思うとこんなところに獰猛な魔物なんて滅多にいない筈だし、あの時も魔物の痕跡なんて全くなかった。
 なのに私はキャスカが私を守ってくれたんだと頑なに信じてた」
「そうなるように催眠をかけたんだ、仕方ないよ。オレが考えてた以上にユウは記憶を失ってて動揺したもんでね。
 でもまあ、ここまで戻ってこれて良かったじゃん」
「そうだね」

 ユウがそう言うとレディネスはカイトからメダルを受け取り関所へ向かって歩き始める。
流石に帝国軍領で猫の姿になるのは印象が悪いと思ったのだろう。
目の前を男性4人が歩く姿は少々威圧感はあるが頼もしくもあるとユウは思った。
 次にクントの関所を通る時は全て終わっているのだろうか。
頭の手術はその場でできるわけではないだろうから、後日エウリードの設備を拝借するか
同じものが傭兵団領か魔王軍領で作られるかしなければどうにもできない筈だ。
それまでは完全に終わったことにはならないのだろうけれど、まずはエウリードを確保して彼の悪事を公にしなければ。
今現在も機械化された者が辺りに紛れ込んでいるかもしれないのだ。
身体を操られ誰かを殺してしまうなんていう悲劇は早く止めなければならない。

「皆さん、私の複製のことですけど。
 もしまた殺意を持って襲ってきた時はこちらも殺す覚悟で対峙してください。
 私もその気で戦います」
「……分かった。俺たちで終わらせよう。
 あいつには悪いけど、この世界に複製なんていちゃいけない」

 もし次に会うことがあればその時は自分が殺そうとユウは思っていた。
彼女は本来この世にはいない存在なのだ。
同じ存在ならは自分が終わらせるのが道理だろう。

「――よし、行こう。ここから帝国軍領だ」

 カイトの言葉に頷き、ユウは彼らの後に続いた。
関所から延びる鉄条網は有刺鉄線で作られていて高さは3メートル程あり、侵入も脱走も許さないといった存在感である。
その中心に立っている守衛2人がこちらをひそかに窺っていた。





前回から1年半年以上経ってますね、すみません(;一_一)
結局去年中にmissing終わらせられなかったです。
今年こそ!今年こそは!!!…と毎年言ってますがホントに今年こそは終わらせる気満々ですから!
今年はサイト10周年の年なのでね!

さて、漸く第4章に入ったものの、今回はレディネスのイベントまでいけませんでした。
私の書き方が下手なもので目的地に辿り着くまでに時間がかかります(;´▽`A``
ともあれ未だにmissingは書き方が安定しないというか
ヒロイン目線で書いた方が良いのか客観的に書いた方がいいのか今でも迷っております。
とりあえずは第三者的な目線で書いていますが、ヒロインの心情寄りになってますのでわけわかんないですよね。
この辺も成長することなくサイト開設時の未熟さを延々と継承しているわけですがorz
ともあれなんとか完結させるべく励みますのでどうぞこれからもmissingをよろしくお願いいたします!
読んでくださったお客様、ありがとうございました!!


裕 (2015.1.7)


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