昨日、突然具合が悪いと言い出したレディネスが気になったは、後で体調を尋ねようと思いながら
先程カーテンを開けた窓を全開した後、伸びをして外を眺めた。
するとずっと遠くの方にカイトらしき後姿が見える。
こんな朝早くから出掛けるなんて余程大事な用があったのだろう、と思いながらは彼から視線を逸らしてカッシート遺跡に目をやった。
昨日は新しい部屋を見つけたけれど、レディネスが戻ろうと言ったので壁画が気にはなったものの戻ってきたのだった。
 あの部屋の壁画のことが気になってしまうのは何故だろう。
純粋に興味を引かれているというのもあるが、興味以上に惹きつけられる何らかの力が働いている気がしたのだ。

「行ってみよう。……もう一度、カッシート遺跡に」

 もう一度遺跡に行くことに決め、は宿の食堂へ向かう。
その日はカイトを除いたメンバーで朝食を取った。
 普段はキャスカの姿で食事をするレディネスも、今日は町の宿なので気を遣っているのか人の姿で食事を取っている。
何だかカイト一人がいないだけで静かになってしまったな、と思いながらは黙々と食事を口に運んだ。
彼の用事を他の皆は知っているのか、誰もカイトの行き先について尋ねもしないし言いもしない。
 そんな中、も聞くようなことはせず、全員は静かに食事を終えた。
その後、どこかへ行こうとするレディネスの後を追う。

「キャスカ、具合はどうなの?」

 が声をかけると、彼はいつもと変わりない眠そうな表情で振り向いた。

「別に。普段と変わりないけど」
「そう、ならよかった。昨日、急に様子が変わっちゃったから気になって」

 そう言うとレディネスは垂れた目を大きく開いて彼女をじっと見つめる。

「……オレに惚れた?」
「は?」

 突然の理解不能な言葉にの頭は処理が追いつかず、目を点にしてポカーンと口を開ける。
彼女のそんな姿を見たレディネスはプッと噴き出すように笑った。

「そっ、そんなわけないでしょう! ……第一、キャスカには好きな人がいるんだし。
 相手がいる人を好きにはなりませんよーだ」

 プイっと勢いよく顔を背けた彼女にレディネスは苦笑する。
そんな彼を見ないままは部屋へと戻っていった。
そうして部屋に戻って支度を済ませ、宿を出る。
 何だかやけに心がザワザワしていた。
いつも眠そうな顔をしてるくせに、たまにキリっとしたと思ったら女の子を追いかけて、
なのに私には何とも思えないとか言うし、その割には簡単に頬にキスしてくるし、
いつだってキャスカは私をからかってばかりだ、と憤慨しながら足を踏み鳴らして遺跡へと向かう。


 カッシート遺跡に着いたは守衛に頼み込んでもう一度鍵を貸してもらい、再び洞窟の奥の壁画のある部屋にやってきた。
どうやらあと2日後には学者たちがやってきて調査をすることになったらしく、無暗に周囲や壁画を触るなと忠告されたので
は足元にも何かあったら大変と思い、慎重に歩を進める。

「壁画は何面あるんだろう……」

 ランタンの光に照らされた薄暗い部屋をざっと見回して確認する。
どうやら大きさは違うが壁画はいくつもあるようだ。
 まず一番手前の壁画の前には立つが、微かに気配を感じてバッと振り返った。
ランタンを床に置き、静かに刀の柄に手を伸ばす。

「ちょっとストップストップ」

 薄暗い中から聞こえてきたのは先程自分を憤慨させた者の声。

「……キャスカじゃない。何でここに? 閉塞感が嫌なんでしょ」

 そう言うとレディネスは革のパンツに片手を突っ込み、もう片方の手で頭をポリポリと掻く。

「あんた一人でブラブラさせるのもね、心配だし。
 それにここの壁画は……あんたに変な影響を与える可能性もあるからさ。
 そういう理由であんたには見せたくなかったから昨日はさっさと引き揚げさせたんだけど……」
「……そうか、そうよね。私、今、いつどうなるか分からないもんね」

 自分の状況を全く考えていなかったは彼の言葉にしゅんとして項垂れた。
するとレディネスは「はぁ」とため息をつく。

「普通、そこは“私を心配してこんな所にまで来てくれたの?”ってトキメクところじゃないの」
「え? そういう意味だったの?」
「……まぁ、いいけどさ」

 彼は不貞腐れた様子でそう言い、壁画の方に近づいていく。
何を考えているのかちっとも分からないは床に置いたランタンを手にとって彼の後に続いた。

「――何でそんなにこの壁画が気になったわけ?」
「理由は……私自身もよく分からない。でも、何だか惹かれたの。
 壁画と、この空間そのものに」
「そう……」

 そう言うとレディネスは壁画に視線を移し、も最初の壁画に目を移した。
その壁画は所々塗料が剥げたり表面が欠けたりしているが、大きな島もしくは大陸に見える。

「……はじまりの大陸?」

 は壁画の下に掘られた古代文字を読んだ。
自分自身、古代文字をいつ学んだのかは分からないが、記号のような文字はすっと頭の中に入って現代語に変換されていく。

「――次は?」

 レディネスは静かに次の絵を指差したのでは隣の壁画の前へ移動する。
二番目の壁画は、割れた大地が描かれており、海や空が真っ黒に塗られていて嵐の場面のようだった。

「神の火……だって」
「成程ね。雷が忌み嫌われる筈だ」

 素っ気なく一言で感想を済ませると、彼はすぐに次の壁画へと足を向けた。
はもうちょっとじっくり見たらいいのに、と思いながらもランタンを持っているのは自分だけなので
彼の動きに合わせて移動することにする。

「これは……聖なる分化、ね」

 次の壁画は現在のものと殆ど変わらない世界地図が描かれていた。
ただ、現在とは違いサウスランド大陸と帝国軍の本拠地は緑で覆われている。

「あの神の火で割れた大地がこんな風に複数の大陸になったのかな?」
「恐らくそうだろうね」

 そう言って2人は隣の壁画へ移動すると、そこにあったのは男女4人が描かれた壁画だった。

「……大陸を加護する神々」

 は呆然と壁画を見つめる。
チェスの駒ようなものを持った少年、その隣で杯を持つ逞しい青年、
その後ろで時間を計っている女性と、そんな彼らを見つめる女性が描かれている。

「――神の名は……テラ、オーランド、マリービーン、ミーシャ」

 ひっそりとはプレートに刻まれた彼らの名を呼ぶ。
何だかとても懐かしい言葉だと思った。
今まで神の名前なんて聞いたこともなかったのに、とは不思議な感覚に包まれる。
 その間、レディネスは静かに彼女の横顔と壁画を眺めていた。
は他の壁画も気になり隣へ移動すると、そこからは先程の神々が一柱ずつ描かれたものが並んでいる。
 金髪でシアンの瞳を持ち、見た目は10代後半の少年のような容姿のテラ。
アイボリーの長い髪と緑色の瞳のオーランドは30代前半くらい容姿をしており、背中に翼が生えている。
20代半ばの女性の容姿で、コバルトグリーンのロングストレートヘアと金色の瞳を持つのはマリービーン。
そして、ピンク色のロングウエーブヘアとセルリアンブルーの瞳を持ち、10代後半から20代前半の容姿をしているミーシャ。

「……ミーシャ?」

 その名前にピンと来てはもう一度、口に出した。
すると真剣な表情のレディネスと目が合う。

「――ミーシャって、前にキャスカが好きって言ってた人と同じ名前だよね?」
「……そうだね」

 の言葉を聞いた彼は、安堵にも聞こえる溜息をつきながらミーシャの壁画の方を振り返る。

「……もしかして名前が同じとかじゃなくて、この神様がミーシャさん本人なの?」

 以前、レディネスの家系が神と交信する役目を担っていたという話を思い出し、は壁画を見上げる彼の横顔に問いかけた。
その彼は黙ってこくんと頷く。

「この絵みたいに綺麗な人だったんだ」
「うん。よくできてるよ、この壁画。髪の毛も瞳の色もこんな感じだった。オレみたいな交信者が描いたのかな……」

 そう言い、彼は少し口を噤んだ。
は黙って彼を見つめる。
そんな彼女の視線に気づき、レディネスは黒いコートの内ポケットから革紐で作られた赤い石のペンダントを取り出して見つめながら呟いた。

「……ミーシャはさ、オレにとって絶対的な存在だったワケ。まぁ、オレだけじゃなくこの世界にとっても、だけど。
 でもそれが憧れだったのか、尊敬だったのか、愛情だったのかは今でも分かんない。
 ――ただ、優しい笑顔が好きだった」

 その表情はあどけない少年のように見える。

「ねぇ、前にこの大陸一帯の神様は消えてしまったって言ってたよね。 どうして神様は消えたの?」
「――この世界に生きる者、全てを愛していたからかな」

 の言葉でレディネスはおぼろげに500年程前のことを思い出していた。


「――どうして、どうしてお前は人や魔物を信じるんだよっ!?
 欲望を満たす為に同じ種族で争いを起こすような奴らなんだぞっ!?
 その力を失えば、お前も唯の――」
「私は信じたいのです。この世界は誰のものでもない。その時を生きる者たちで作り上げるもの」
「世界を破滅へと向かわせることになってもか!?」
「……私は、信じます」

 何故、ミーシャは神という絶対的な力と永遠の命を捨てようとするのか。
幼い自分には彼女の決断が信じられなかった。

「――時が巡り、私が地上人として生まれ変わる時が来たら、きっとまた会いましょう」
 
 別れの時、光に包まれたミーシャの最後の笑顔を目に焼きつけようと、涙を堪えながら頷いたのを覚えている。


 あの時も、こんな風に青く澄んだ瞳だった――そう思い、レディネスはをじっと見つめた。
珍しく物思いに耽っている彼を見つめていたは、突然彼が顔を上げ目が合ってしまったのでハッとする。

「……大丈夫?」
「ん、何で?」
「いや……何となく。もうミーシャさんはいないから……寂しいのかなって」

 レディネスから視線を逸らし、はミーシャの壁画に目を移した。
すると彼がすぐ隣にやってきて口を開く。

「寂しいことはないさ。ミーシャの魂はここに………この島や、イビリア大陸全てに宿ってる。
 この世界は彼女の愛で満ちてるんだよ」
「……キャスカは、強いのね」

 は彼の方を向き、柔らかく微笑んだ。
そんな彼女を見たレディネスは表情を曇らせて俯く。

「――オレは一体、どうしたいんだろうね。
 ミーシャにもう一度会いたいってわけじゃない。……かといって、救いたい理由の中にミーシャの存在があるのも否めない」

 小さな声で呟くと、彼は寂しげな瞳を揺らしている。

「ねぇ、ホントに大丈夫……?」
「ん……。――ね、ちょっとだけ、抱き締めてもいい…?」
「うん、いいよ」

 今にも消えてしまいそうな声を出すレディネスに手を伸ばし、は優しく抱き締めた。
彼もそっと手を回す。

「――お前、こんな細くて柔らかい髪の毛してたんだな。……笑うとふわふわ揺れる筈だ」

 泣いているのか、レディネスは少し掠れた声でボソボソと言葉を発する。
そんな彼の背中をゆっくり撫でていたは、その言葉が自分に対するものだと思いつつも、何だかそうではないような気がしていた。










まさかレディネスまでも薄暗くなってしまうとは!と自分自身思っております^^;
今回、絵の説明ばかりで退屈だったのではないかと…。
本当はもっと説明を入れようと思っていましたが、半端なく長くなってしまうのでごっそり削除しました。
うん、結果的にそっちの方がよかったと思っております。

さて、薄々というかバレバレなんですが、レディネスイベントではヒロインさんの設定も少しずつ出してきております。
他のキャラのルートではノータッチですが、ヒロインのことを知りたい方はレディネスルートへどうぞ、という感じです^^;
そんなわけでレディネスのこともまだ全てを明らかにできない為、
もにょもにょした内容になっております。すみません。

次の分岐で恐らくレディネスとの関係に決着がつくかと。
でもまだ迷っていますが^^;


というわけで、いつも更新が不定期で心苦しいですが、読んでくださった皆様ありがとうございました^^

吉永裕 (2009.1.28)


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