*この話には、人によってはグロいと思われる表現があります
「カイトさんのところへ行こう」
カッシート遺跡へ発つ前の晩、逃げるようにして彼の前から立ち去ってしまった為に2人きりになった時はどんな態度をとればいいのか分からなかったが、
次の日彼は普通に接してくれたし、何より――大切な約束をしたのだ。
今日は何があっても彼の傍にいようとは思った。
朝食の前に はカイトの部屋に行く。
いつも彼は朝食のギリギリ前まで寝ているし、もしかしたら悪夢に魘されているかもしれない。
自分では彼を救えないのなら、せめて穏やかに目覚めさせてあげたい――そう思い、扉をノックした。
するとすぐに扉が開き、出かける支度を済ませたカイトが現れる。
「――あ、おはよ。何だ、起こしに来てくれたのか?」
「はい、そのつもりだったんですけど……今日はその必要はなかったみたいですね」
目の赤いカイトを見ては彼が一晩中起きていたのだと察したが、努めていつもと変わらない笑顔を向けた。
そんな彼女の笑顔を見て、カイトも穏やかに笑顔を浮かべる。
「……今日、付き合ってくれるか?」
「はい。勿論ですよ」
そう言うと彼は俯きがちに微笑んで、ありがとうと言った。
そうしてに朝食を摂るように言って再び部屋へ戻っていく。
彼はどうやら食欲がないらしい。
無理に誘うのも悪い気がしたので、その日はカイト抜きで朝食を摂った。
食事を終えて準備を終えたはカイトの部屋へ向かう。
すると小さな花束を持った彼が部屋の前に立っていた。
「じゃあ、行くか」
「はい」
今日の彼はいつもの弾むような元気さはなく、非常に落ち着いていて波一つない湖のような静かな雰囲気に包まれていた。
そんな彼の後をは黙ってついていく。
暫く歩いてカッシート遺跡を過ぎると、岩が所々に転がり短い草で覆われた丘とその上に建つ教会が見えてきた。
2人は丘の頂上まで伸びる細い道を登っていく。
数分後、教会の入り口に辿り着いたが、彼は教会には入らずその横の墓地へと足を向ける。
見晴らしのいい場所に彼の家族の墓碑はあった。
カイトは周辺の草をざっと抜き、墓碑の上の土埃をカバンの中から取り出した布でそっと払う。
土埃が払われた石からは刻まれた文字が現れて、彼はゆっくりとその文字を撫でるように触れた。
その後、墓碑の上に花束を置き、地面に片膝をついて頭を下げたので、も傍らに両膝をつき、胸の前で手を合わせて祈りを捧げる。
すると丘に吹く風が供えられた白い花の香りをに届けた。
控え目な甘い香り――それがカイトの家族に向けた思慕のように思えて胸を突く。
「、ありがとう」
彼の言葉では目を開ける。
「いえ、私には祈るくらいしか……」
そう言うと彼は首を振って微笑んだ。
その後、カイトは立ち上がって教会へ向かい、聖堂に入ると真っ直ぐ進んで祭壇の前で立ち止まり静かに佇む。
「――許されようとは思ってない。
救われたいわけでもない……。
俺は……、ずっと罪を背負って生きていくことが俺に科せられた罰だと思ってるから、これからもこの生き方を変えるつもりはない」
静かに彼は呟く。
それはに向けた言葉ではなく、彼自身もしくは亡くなった家族に向けてのものに思えた。
「……ご家族はカイトさんのそんな生き方を望んでいるとでも?」
胸を痛めながらは彼に問いかける。
「……望んでる、きっと」
彼は表情を崩し胸元をぐっと掴んで俯いた。
「そんな――」
「――家族を殺したのは俺なんだ……っ」
「え……?」
聖堂に響く彼の言葉が、の頭の中にも響いていく。
そんな彼女の方を見れずにカイトは今にも泣き出しそうな顔で口を開いた。
「……俺が12歳になった日、父親が傭兵見習になったお祝いに銃を買ってくれた。
俺は嬉しくて……一番に妹を呼んで、次に母親を呼びに行って戻って来たら――」
カイトの頭に当時のことがフラッシュバックする。
それはほんの一瞬の出来事だった。
「――銃に弾が入ってたの……知らなくて……、中を見ようとして顔をくっつけた妹の頭が……
大きな音と同時に俺と母親の目の前で……弾けるように砕けて――」
彼は震えながらボトボトと涙を落とす。
そんな彼をどうすることもできずに、は呆然と話を聞いていた。
「――その音と……俺たちの悲鳴を聞いた父親が隣の部屋から飛び出して来て……、
妹の姿を見たら……俺のせいだと……言って……、俺に………、俺に、その血まみれの銃を、向けた……」
「カイトさん、もういいです! ――もう思い出さないでっ」
当時の恐怖に体を支配されて呼吸困難になりながらも話を続ける彼をは泣きながら抱きしめた。
これ以上苦しむ姿を見たくない、そんな悲しい記憶は思い出さなくていいと彼女は懇願するが、カイトは話を止めようとはしない。
「……そんな狂乱した父親を止めようとして……母親は、棚の上にあった花瓶を……父親に投げつけて、そのまま父親も、死んだ……。
その後、俺たちは……警備隊に保護されて……精神療養施設に入れられた。
数か月後に俺は……ギルド長に引き取ってもらったこともあって、だいぶ落ち着いたけど……母親は……もう、元の生活には戻れなくて……。
1年後………施設で、俺からの手紙を全部飲み込んで……自殺した――」
「カイトさん――」
「――俺が……俺が皆を殺したんだっ……俺が――っ!! 俺は……、愛する人を殺してしまう……ううっっ」
「違うっ、違います!!!」
カイトの絶叫との声が聖堂に響く。
そして地に崩れ落ちて子どものように声を上げ泣き始めた彼をはきつく胸で抱きしめる。
彼を悪いと言うことがカイトの望みだとは分かっていた。
それでも何もかも自分が悪いと責めて、罪を背負って、自分を傷つけ続けるなんて。
そんな悲しい生き方をして欲しくない――カイトを苦しめることは分かっていながらもは残酷に事実を述べる。
「カイトさん、――こんなこと言うと冷たい言い方になってしまうかもしれません。
でも、貴方は悪くない……。もう、これ以上貴方に傷ついて欲しくない。
ご家族が亡くなったのは不幸な事故です……っ!」
「違う、違う……、違うっ! 俺が銃を机の上に置いたまま席を離れたりしなければ……、銃弾が入っていることを確認していれば、
……サーシャは死なずに済んだ…っ! 父さんも、母さんも……っ」
カイトは首を激しく振ってから離れた。
そんな彼の後姿を見ながら彼女は口を開いて話を続ける。
「そんなことを言ってしまったら、最初に銃弾を入れていた人間が原因になります。
銃弾が入っていることを知らせずに貴方にプレゼントしたお父様にも原因があります。
――カイトさんは、お父様の過失と自分に向けた殺意、お母様の殺人を受け入れたくないから……自分のせいにして……真実から逃げているんです」
「――っちが、違う……。やめてくれ……俺は――」
「これは事故です。貴方だけが悪いわけじゃない。ご家族皆さんがそれぞれ過失を犯した結果……そんなことに」
「う、うぅっ……っ」
彼は慟哭しむせびながら首から下がっているロケットペンダントを握り締めた。
きっと彼も分かっているのだ。あれが不幸な事故が重なって起こった事件だと。
それでも全て自分のせいにすれば、父親も母親も妹も、皆をそれぞれの過失から守ることができる。
罪を被ることで何もできなかった自分を罰することができる。
恐らくそうやって生きる方が、彼にとっては楽な生き方なのかもしれない。
自分が殺したと思う方が、より強く家族との絆を残していられると――
「――でも私は、ご家族はカイトさんに幸せになって欲しいと願っていると思いますよ」
優しい声では彼に言葉を投げかける。
「ご家族の記憶や思い出、何より皆さんの血はもうカイトさんの中にしか残っていないんです。
カイトさんを作っている細胞のひとつひとつがご家族とのつながりです。
一緒に生きていこうとは思えませんか? ご家族の記憶やと共に、幸せになろうとは思えませんか?」
「……一緒に?」
「はい。カイトさんはご家族の命を奪ったんじゃない、残りの人生を引き受けたんです。
……だからその分幸せになって欲しいと思います」
呆然こちらを見上げるカイトには穏やかに微笑みかけた。多分、崩れた笑顔だったであろうが。
彼はその笑顔に顔を崩して涙を溢れさせる。
「私、カイトさんを愛してますよ。強いところも弱いところも、全部。
貴方が幸せになる為なら、何でも力になりたい。
……カイトさんは困るかもしれないですけど、一方的に想うくらいはいいでしょう?」
「……」
彼は掠れた声で「ありがとう」と言って涙を拭い、ゆっくりと立ち上がる。
「お前の気持ちは、嬉しい……。そんな風に言ってくれて……救われた気持ちがする。
でも、俺は仲間以上には……お前を好きにはなれない。大切な存在を作るのが怖いんだ」
「それでもいいです。カイトさんが幸せそうに笑ってる姿が見れたら、それで」
純粋無垢な愛情を向けるにカイトは複雑な表情を浮かべたが、彼女はニッコリとした笑顔を崩さない。
「愛してますよ、カイトさん」
「……何度も言うなよ」
明るい彼女の言葉に、カイトもいつもの調子を取り戻していく。
「あはっ、言える時に言っとかないと。
カイトさんと一緒の時にロマンチックなムードになることって滅多にありませんから」
「何だよそれ」
彼は口元を緩めて彼女の額を人差し指で軽く突く。
そんなカイトの様子にホッとしたは涙を堪えながら口を大きく開いて笑った。
かなり暗く長い話になってしまいまして…すみません。
カイトの設定はホントに救いようがない感じでして。
ちなみに、カイトのキーワード(?)は「死の十字架を背負い続ける者」です。
ずっと早く出したいと思いつつ、実際書いてみると非常に胸が痛いという……。
しかもまだカップル成立してませんしね^^;
でも話が終わる頃にはカイトは救われると信じて最後まで読んでいただけたらと思います。
ってか、こんな暗い過去を引きずってる人をすぐに慰めて救ってやることなんて不可能だぜー!と思いながら精一杯言葉を考えました。
やっぱり自分を呪い続け嫌い続けて生きるなんて、悲しいと思うんですよ。
特にそれが好きな人だったら尚更。
というわけですけども。
いつも更新が不定期で心苦しいですが、読んでくださった皆様ありがとうございました^^
吉永裕 (2009.1.28)
次に進む メニューに戻る